第一話
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数百年の歴史を持つ大陸屈指の名門校――ルーンクレスト魔法学院。
白亜の巨大な尖塔が空を貫くこの学院の魔法演習場で、多くの生徒が固唾を飲んで見守る中、同じ赤銅髪翠眼の二人の少女が力を競い合っていた。
何分にも及ぶほぼ互角の攻防。
決着などつかないかに思われたその戦いも、互いの切り札と呼ぶべき魔法同士がぶつかり合ったとき、その均衡が破られた。
やや髪の短い方の少女が吹き飛ばされ、濃紺の制服に土をつける。
「――そこまで! 勝者、リーシャ・アーデルハイド!」
演習担当のジェイド教諭が宣言すると、見学していた生徒たちが一斉に沸いた。
目の前で繰り広げられていた対戦について様々な意見が交わされる。
「やっぱりリーシャはすげえな。さすが学年首席」
「ああ。ルミナも健闘したけどあと一歩及ばずってところか」
「はっ! 批評家気取りか? お前全然わかってねーな」
「なんだと!」
「あと一歩なんて言っても負けは負けじゃん。しかも全戦全敗。ルミナはリーシャ様に一度も勝ったことないんだぜ」
「『リーシャ様』って――お前、厄介ファンかよ……」
そんな周囲の話に一切の関心を向けず、リーシャは対戦相手を務めた少女に向かって歩を進める。地面に座り「痛てて……」とお尻をさする少女の傍まで寄ると、差し伸べるように手を伸ばした。
「……立てる?」
「ありがと、お姉ちゃん」
対戦相手の少女――ルミナ・アーデルハイドは、リーシャの手を何の躊躇いもなく取って起き上がった。屈託なく笑う表情からは、悔しさや怒りなどの負の感情は一切読み取れない。
「えへへ、また負けちゃった。さすがお姉ちゃんだね」
「怪我はなさそうね。なら、いいわ」
リーシャはそんなルミナに短く返し、すぐさま背中を向けた。背後から「あ……」と小さな呟きが聞こえてきたが、お構いなしだ。
(またあの子は……。いったいなぜ、こんなことを?)
――最後の攻防。
リーシャの放った風の刃・複数に対して展開されたルミナの水の矢・連続。
ルミナの力量であればすべての風の刃を撃ち落とすことは可能だったはずだ。
しかしルミナはわざと一発撃ち漏らし、演習場の身体保護結界を発動させて敗北した。
(なぜ実力を隠すの? やはり気を遣っている? ……私が、姉だから)
ルーンクレスト魔法学院第三学年でリーシャ・アーデルハイドは首席学院生、そしてルミナ・アーデルハイドは次席学院生として知られている。優秀だが姉に一歩劣る妹――それが学院でのルミナの評価だ。
しかしリーシャだけはそんな妹の評価がまやかしだと知っていた。
ルミナは天才だ。
幼い頃から物事に対しあまり興味を示さない性格だったが、一方で常にリーシャと同じことをやりたがった。
学問、剣術、礼儀作法、芸事……さまざまな習い事をリーシャより後から始め、気が付けば並ばれていた。
リーシャが愚鈍だったわけではない。むしろリーシャは同年代の中では何をやっても〝優秀〟と評価された。
だがルミナはそんなリーシャをも遥かに超える成長速度を見せ、そして追いつくと決まって成長を止めるのだ。
同じ血を分けた双子の姉妹だからよく似た才能を持っている――リーシャとルミナを見る周囲の人たちはそう評価していたが、リーシャはそう思っていない。
ルミナは意図的に実力を隠している――それが一七年のときを共に過ごしたリーシャの目から見た、ルミナの偽らざる評価だ。
「アーデルハイドさん」
「……あ、はい」
外野に戻ろうとしていたリーシャは、途中でジェイド教諭から声をかけられた。考え事をしていたせいで、反応が遅れてしまった。これはいけない、と気を引き締める。
「素晴らしかったですよ。特に最後に放った魔法の練度は並み外れていました。六連でしたか。上級生でもあそこまで緻密に制御できるものはほとんどいないでしょう。さすが学年首席です」
「……ありがとうございます」
ジェイド教諭の讃辞を、リーシャは複雑な心境で受け取る。その称賛は本来、ルミナが受けるべきものだ。素直に喜ぶことなどできるはずがなかった。
しかしそれを表に出すこともまたできない。理由がわからないにせよ、リーシャを立てようとするルミナへの裏切りになるからだ。
思うところがあるにせよ、一緒に育った双子の妹の気持ちに背くことなど、リーシャにはできるはずがなかった。
「この調子でより一層研鑽を積んでください。次の学院魔法大会では、期待していますね」
「はい、頑張ります。……それでは失礼します」
話を打ち切るように短く答えたリーシャは、ジェイド教諭に軽く一礼してその場を立ち去った。やや非礼かとも思ったが、これ以上はリーシャが耐えられそうになかった。
リーシャは高潔で冷静で感情をめったに表に出さない優等生と評価されている。よく整った容姿や身分の高い家柄なども合わせて高嶺の花扱いされることも多いが、それは真実でない。
リーシャはただ、後ろめたいだけなのだ。
自らの受ける過分な評価が。
そして何より、その姿を妹に強要している……自分自身が。
(もっと頑張らないと。ルミナが私に気を遣わなくてもいいように。そして、いつか本当の姿で振る舞えるように)
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