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自分のことは自分で決める

この日は、兄だけではなく、父も早く帰ってきた。


「ロンから聞いたよ。このあとにキイス子爵が来るんだろう?」


父はどこか疲れたような顔をしていた。キイス子爵は、レオナルドの儀礼称号だ。彼の父はダウランド伯爵という儀礼称号を名乗っている。


「ええ、そうなの。昼間は二人とも喧嘩腰で、どうして大人しく同じ部屋にいられるのか不思議でならなかったわ」


母がそういうと、兄は嫌そうに顔を顰めた。


「あいつがふざけたことを抜かすからだ」


兄がそう言った途端に、シンディが「お客さまが見えられました」と報告に来た。


きちんと夜の盛装に身を包んだレオナルドは、学園で見るのとは違う、年若い貴公子としてよりも、高貴な青い血を脈々と受け継ぐ裔としての迫力があった。

被っていたハットと、外套をメイドに渡してから、レオナルドはまず、マリーに挨拶してくれた。


「今晩は、マリー嬢。美しい夜に会えて嬉しいよ」


手を取り、甲に口付けを落とす。フリだけでいいはずだが、マリーは確かに肌にレオナルドの唇が触れる感触を覚えて驚いた。


「ええ、わたしもお会いできて嬉しいです。キイス子爵」


レオナルドがマリーの手を握っている間、隣に立った兄はずっと眉間に皺を寄せていたし、「早くその手を離せ」とせっついていた。

レオナルドは苦笑してマリーの手を離してから「あなたの兄君は過保護すぎるな」と「これじゃあ口説く暇もないじゃないか」と唇を尖らせた。


「あそこが子爵の席です。わたしへの挨拶は結構。朝のうちにしっかりしていただきましたから」

「ダメだよ、ロナルド。わたしが子爵に挨拶していないじゃあないか」


父が困ったように、ゆっくり近づいてきた。


「今晩は、キンドレド男爵。晩餐に招待していただけるのは初めてですね」

「ええ、なにせ狭く汚い蝸廬でして、子爵をお呼びするのは恥ずかしいと思っておりました」

「こんなに美しいお嬢さんがいるなら、宮殿だろうと洞窟だろうと、喜んで参りますよ。それに、奥さまのセンスが良くて、言われるまで気にもなりませんでした」


レオナルドと父は、軽く握手を交わした。それを機に、全員が席につく。



飲み物が配られて、すぐに前菜が用意される。


「あまり格式張った食事ではお話しが進まないかと思いまして、軽い内容にしてあります」


母がそう断ると、レオナルドは鷹揚に頷いた。実際は、あまりたくさんのメニューが用意できないだけだ。魚料理を抜きにして、肉料理がすぐに出てくるメニューになっている。子爵も兄も若いので、魚より肉を多く出した方が喜ぶだろうと母が判断した。スープのあとにすぐさま量が多めの肉料理が出てくるコースになっている。一品抜く代わりに、テーブルの真ん中にはこんもりとパンが盛られている。父にはキツいメニューかもしれないが、母がわざわざ父の分だけ肉料理を少なくするように指示していたので耐えてもらおう。

食事がサーブされて、父は躊躇いがちに話し始めた。


「我が家の娘のマリーを、そちらの公爵家で雇いたいというお話しをお聞きしましたが、それは子爵のご判断でしょうか」

「そうです。彼女は非常に優秀で、学園でもトップの成績を維持しています。たまたま、卒業後の進路を聞く機会があったのですが、王宮の文官希望だとか」


レオナルドに目配せされて、マリーは頷いた。


「その通りです。このまま、文官募集の採用試験を受けるつもりでいます」


マリーの言葉を聞いて、父はそっと嘆息した。


「娘はこう言っていますが、わたしは娘を働きに出したいとは思っていません。確かに、恥ずかしながら我が家の家計はとても良い状態とは言えませんが……。それでも、娘一人を家に置いておけないほどではありませんから」


マリーは父の言葉に驚いた。


「そんな…だって頑張ったら、成績が良かったら働きに出てもいいって……!」

「マリー、それはお前の周りの状態が問題なければの話だよ。どうして、学園で嫌がらせをされていることを教えてくれなかったんだい」

「だって……そんなこと、どうだってよかったの。あの人たちは話が通じないのだもの、頭が悪いからだわ。社会に出れば、色々な人がいるのでしょう。王宮ならそんなことには……」

「確かにそうだ、だが、王宮は輪をかけて碌でもない奴らの吹き溜まりなんだ。わたしたちは男だから、どうとでもなる。だが、お前は女の子だろう」


マリーの反論に、兄が瞠目する。

カトラリーを置いたレオナルドが、兄の言葉を継いだ。


「学園では、面白半分で弱者を甚振るが、王宮ではストレス発散のために他者を嬲る。マリー、君の強さは逆に危険だ」


レオナルドの言葉に、マリーは色を無くした。


「わたしに適性がないと言うこと……?」

「端的に言えば。だが、君の賢さも努力を重ねる才能も、捨て去るには惜しい」


グラスから一口分だけ湿らせて、レオナルドは父に向き合った。


「わたしの部下として、マリー嬢をお預かりしたい。わたしの部下であれば、環境をきちんと整えられるし、マリー嬢の才能を万全に発揮できる」

「婚約もしていない女性を、公爵家に入れるのですか。周りから、どんなことを言われるのでしょう。わたしにはとても想像がつきません」


父の言葉に、レオナルドは微笑んだ。


「もしよろしけばですが、そちらの方向で話を進めていただいても構いませんよ」

「ひどい冗談だわ」


マリーは言い捨てた。


「働きに行くだけで、そんな下世話なことを言われなければいけないなんて、信じられない。機会があるなら受けるべきよ」


マリーは強い語気で続けた。


「お父さま、どうせ結婚できないのだから、公爵家に行きたいの」


父はいよいよ悲しそうに顔を伏せてしまった。


「マリー、そんなことを言わないでおくれ。わたしもロナルドも、ちゃんと考えているのだから」

「でも、まだ相手を一人も連れてきてないわ。見つからないからでしょう。うちの家系の女はみんなそうよ、どこの家からも嫌がられて、嫁げない」


マリーは言い切って、レオナルドに顔を向けた。


「キイス子爵、わたしはそちらにお世話になりに行きます」

「マリー!」


兄は止めるように声を荒げたが、父は諦めたらしい。


「マリー、もう無理だと思ったら、いつでも戻っておいで。ちゃんと結婚相手も探しておくから」

「ええ、ありがとうございます、お父さま。きちんとお勤めを果たしてまいります」





卒業試験を順当にパスして、マリーは不愉快な思い出しかない学園を無事に卒業した。


公爵家に行く前の準備に、マリーは一度実家に戻った。

朝と夜の二回、父と兄は顔を合わせるたびに、もしすこしでも嫌だと思ったら行かなくていいし、もう無理だと思ったら帰ってきなさいと言われ続けた。二人とも心配なのだとはわかっていたが、マリーには少々煩わしかった。二人にこれを言われるたびに、早く公爵家から迎えにきてくれと願っていた。

レオナルドからは、身一つで来てくれればいいと言われていたが、母が「何の支度もさせてあげられないのは困るわ」と言うので、半月の猶予をもらった。

支度といっても、大した準備ではない。

働くための服や、持っていく下着、細々した身の回りのもの、そう言ったものを新しく買ったり揃えたりするだけだ。

それでも、母は「マリーに新しく服を作ってあげるなんてひさしぶりだわ」と言って喜んだ。

そう言えば、学生の間は制服があったので、服飾関係の出費はほとんどなかった。


母に連れられて、店で採寸をし、生地を選んで、デザインを決める。決まり切ったパターンの使い回しなので店子達は慣れていて、しかもマリーの注文に余計なレースや飾りなどは全くない。その上、色はどこに着て行っても問題のない黒のみなので、出来上がるのも最短でできると言う。


「もう、立派なレディなのね……」


きちんと床のすぐ真上まで降りたスカート丈を見て、母は涙ぐんでいた。

子供の頃は膝丈のスカート丈だが、大人になれば、もう足を見せるなど問題外だ。歩いていてもつま先がほんの少し見えるだけ。

すっかり床上まで降りたドレスに、違和感はあるがそのうちに慣れるだろう。


仕事用なので、同じ形の生地違いを二、三枚注文して店を後にする。下着は安さ優先、身の回りのものは文房具だけは金を惜しまず買い揃えた。


ほとんどのものは、公爵家で揃えてくれると言うので、甘えることにして、当日を迎えた。

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