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いじめとかホント無理

一度王の不興を買い、公爵家に睨まれてしまっては、出世することもままならない。ささやかな給金の殆どが公爵家への返済へと消えていく。

当然ながら、その話は社交界に尾鰭背鰭をつけて盛大に広まっており、歴代当主はおちおち結婚することもままならなかった。

少なくとも、「まとも」な家の令嬢は我が家に嫁いでこない。よほど派手に身持ちを崩したご令嬢か、事情があってかなり嫁ぐのが遅れたオールドミス、あるいは夫に先立たれた未亡人の三択だ。


マリーの母親はその三択のうちの未亡人で、父よりも10歳も歳が上だ。母の亡くなった前夫は身分の高い伯爵でお金持ちだったが、女癖が悪く、娼婦の間を渡り歩いていたので性病を患っていた。鼻が取れて足が腐り落ち、黒ずんだ皮膚と潰瘍まみれの体で苦しんで死んでいった。それを見てから、すっかり男が嫌になってしまったそうだ。母は残された年金で細々暮らしていたが、親族に再婚をせっつかれ、渋々出席した茶会で父と出会った。

当時の父は、本気で女性との縁がなく、もはや達観した男女観を持っていて、自分の代でこの借金地獄を終わらせるつもりだったらしい。その下心の全くない父のありように、母はいたく感動し、借金を共に担ぐことを約束した。

母の持ってきた持参金は、借金返済のために全てなくなったが、彼女は気にしなかった。

それを気にしたのは、父の方だった。なんとか家を持ち直したい。

それで、公爵家に談判を持ちかけ、慰謝料そのものは支払い終わったのだから、利子に更に利子をつけるのはやめてほしいと願ったのだ。

せっかくの定期収入がなくなるのは惜しいと公爵家は渋ったらしいが、最終的にはその願いを受け入れた。

やっと、無限に続くかと思われた借金地獄に、一筋の光明が差したのだった。



そうして、父と兄は王宮に伺候している。ささやかな職だ。吹けば飛ぶような。それでも、前よりははるかにいい。マリーも、その片棒を担ぐつもりだった。

どうせ、マリーの家の女は嫁ぎ先がない。王家と公爵家の不興を買った家の女など、どこの家も、金をもらってでもきてほしくはないだろう。全員、オールドミスとして家に残るか、家庭教師としてよその家にいき、雇い主の家で居場所がなくて自殺する。

いままではその二択しかなかったが、マリーは別の希望を抱いていた。

なんと、文官で女性の登用が始まったのだ。

毎年あるわけではないが、四、五年に一度、一人か、もしくは二人あるかないか程度の頻度だ。

それでも確かに採用されるし、その後もきちんと彼女たちは勤めている。

マリーはその枠に入りたかった。

必ず入るためには、かなりの学力と、それを保証するものが必要だった。

そのために、マリーは針の筵である貴族ばかりの王立学園に入り、昼も夜もなく勉強している。




マリーは、大広間に張り出された一覧を食い入るように見つめていた。一覧は前回の学力試験の結果だった。

最右翼に名を連ねるのはいつも同じ名前だ。

マリー・レクザンスカ、二位。

レオナルド・トゥールズベリー、一位。

その並びに、マリーは心の底からの安堵と、ほんのわずかな落胆を覚えた。

マリーは王立学園に入学してから、いつも二位だった。一年生の初学期から、今の三年生の期末まで、ずっとだ。かならず一位はレオナルド・トゥールズベリーだ。

マリーがどれだけ勉強を頑張っても、それは変わらなかった。最初の頃は意固地になって、追い越そうと頑張ってはみたが、それでも順位は変わらなかった。

どんな因縁なのか、レオナルドは、マリーの家が借金をしている公爵家の嫡男だった。

つまり、太い実家のある貴公子なのだ。我が家から吸い取った金よりも、はるかに多額の金が動く家ということでもある。唸るほどの金があるならば、嫡男もよく躾けられているだろう。高名な教師ならいくらでもつけられる。

銀の匙を咥えて生まれてきたのだから、もっと怠惰でいてくれればいいものを、とマリーは悪態をついた。


レオナルドは、いつでもマリーの上を行っている。それこそ、生まれが違うのだと知らしめるように。

マリーは歯噛みしながらも、その現実を受け入れざるを得なかった。

マリーの最終目標は、学年で最優秀を取ることではない。あくまでここは通過点に過ぎない。優秀な成績を取って、文官として王宮に伺候するようになることが目標なのだ。そして、きちんと勤務して、家の借金を減らす。我が家の宿願だ。

採用されるために、絶対に学年一位である必要はない。「優秀であることが証明できる」ことが必要なだけだ。それは学年二位でも問題はない。それに、成績順位はあくまでも相対順位だ。極端な話、学年全体の出来が悪ければ、たとえ一位でも採用はされない。




マリーは張り出された順位を確認してから、視線を横にずらした。すると、そこには金色の髪の男子生徒が立っていた。

少し長めの髪に、整った顔。長い手足が鍛えられた胴体にくっついている。いかにも貴公子然とした風体だ。


「ふうん、一位か」


いかにもつまらなさそうに呟いてから、マリーの方を向き、皮肉げに唇の片方だけを吊り上げた。


「そっちはまた二位?」


レオナルド・トゥールズベリーだった。わざわざ聞かなくてもわかることを聞いてくるのはなぜだろうか。


「ええ、そのようですね」


マリーはそれだけ言ってレオナルドに背を向けて歩き出した。

レオナルドにいつも群がっている取り巻きが、遠巻きにこちらを見ている。嗜虐心のちらちら輝く目で見られるのは気分が悪い。

彼らは、こちらを甚振ってもいいのだと思っているのだ。


かつての先祖の悪行がために、彼らはマリーの家に連なるものは、反抗しないと思っている。

ちょっとばかり「悪戯」をして遊んでも構わないものだと思い違いをしているのだ。それで、マリーの席はよく教室から追い出されるし、制服を汚されるし、トイレに入れば上から思い切り水をかけられる。スカートを刃物で切られることもあったし、階段から突き落とされかけたこともある。ものがなくなるのは日常茶飯事だし、靴はいつのまにか捨てられてしまう。

教科書を破られたり汚されたりするのは本気でやめてほしいので、肌身離さず持っていたが、それでも水をかけられると濡れてよれる。

読めなくなることはないので、なんとかなったが、マリーはいつしか、濡れた本を効率よく乾かす方法に詳しくなった。

連中はマリーが死ななければ、それでいいと思っているのだろう。多分、死なない程度に甚振って、泣いて喚くところが見たいのだろう。


残念ながら、マリーは慣れた。最初の頃は、なんでひどいことをするのだと泣いて、首謀者と思しき相手にやめてくれと訴えたが、階段から突き落とされかけたときに悟った。

彼らは別にマリーが困ってもなんら気に病むことはないし、それどころか、先祖が「悪いこと」をしたのだから、その報いだと、その程度にしか思っていない。自分たちがしているのは「正しい」のだとすら思っている。昔、「悪い」ことをした人間の末裔を少しいびったからと言ってなんの問題があるのか。


それに類することを、同じ教室で机を並べる相手に言われて、マリーは諦めた。

こればかりはどうにもならない、彼らはマリーをそういう立場の人間だと信じている。

マリーの先祖に罪禍があり、それを正当に裁く権利があるとしたら、それはトゥールズベリーの家の人間だけのはずだ。教室の彼らは文字通り赤の他人で、なんの関係もない。しかし、罪のある人間を叩くのは、この上ない娯楽なのだ。人間が最も残酷になるのは、自らが正義の立場であると確信した時なのだとマリーは学んだ。

悪人は、叩いてもいい。彼らの正義ではそうなのだろう。法学を少しでも学んだことのある人間ならば、鼻で笑う。

なんのために法があるのか、彼らは知らないのだ。人間の残虐性は底を知らない。それこそ、理性の弱い子供なら、相手が死ぬまで続ける。

残念なことに、現状でマリーの周囲は理性の弱い子供しかおらず、最悪なことに、彼らは社会的地位の高い生まれで、なんでも自分の意のままになると錯覚している。

唯一の救いは、残酷な子供達の箱庭から、後一年で卒業できるという点だけだ。

マリーのモラトリアムも後一年、そのあとは社会に出て、金をもらって働き始める。

今よりは多少、マシな環境になることを願って、マリーは早足に教室へと戻った。

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