もうちょっと早く連絡が欲しかったです
それからしばらくの間、マリーがレオナルドの供として夜会に連れて行かれることはなかった。
レオナルドの耳にマリーの噂話が入って、それで夜会のパートナーを変えたのかもしれない。それならそれで、マリーは構わない。与えられた居室のクローゼットの中にしまってある、服と靴、装飾品の返却をどうするかについてだけ相談すればいい。
噂話について、こちらから振るのもどうかと考えあぐねているマリーの元に、レオナルドが訪れたのは仕事も終わり、そろそろ就寝しようかと思うような遅い時間だった。
人目を憚るように居室を訪れたレオナルドを、室内に入れるわけにもいかず、マリーは大きなストールを肩にかけて暗い廊下に出た。
「こんな時間にどうされたのですか」
周囲に響かないよう、低い小声で尋ねる。
レオナルドは、不自然なくらい機嫌良くマリーに答えた。
「ごめんね。急だけれど、僕の領地の視察に付き合って欲しくて。もう……昨日になるのかな。急に決まったことで、悪いんだけど、朝一番に出発するから」
「は?この後の朝一番にですか?」
「そう、8時間後に出発予定」
「うっそでしょう!?」
器用に小声で叫んで、マリーは慌てて室内に戻ろうとした。その手をレオナルドが掴む。
「メイドを呼んである。彼女に手伝ってもらって」
レオナルドが廊下の向こうの暗がりに声をかけると、若く気弱そうなメイドが現れた。
メイドはぺこりと頭を下げると「お手伝いいたします」とマリーに言った。
メイドの手を借りて、慌てて翌朝の準備を進める。ありがたいことに、大きな旅行鞄を複数個貸してもらえたので、そこに手当たり次第に詰め込んでいく。メイドが、衣装棚の中の借りているドレスも詰め込もうとするので、「それは必要ない」と言うと、困った顔で、若君の指示でして、と消え入りそうな声で答えた。
嘆息して、メイドに続きを促す。メイドは衣装棚の中の貴金属類や装飾品まで詰め込み、マリーは身の回りの細々したものを乱雑に鞄に詰め終わらせた。身の回りの簡単なものだけならそう多くない量になるはずが、ドレスだのなんだの予定外のものも準備する羽目になったせいで、たくさんの鞄が必要になってしまった。本当に全部持っていくのだろうか。
あまり眠れないまま朝を迎えた。
朝早くから、いつもの通りにメイドが起こしに来てくれたが、マリーの顔色を見て不審に思ったらしい。
「どうされました?体調でも……」
「いえ、大丈夫よ。準備を手伝ってくれるかしら」
メイドはマリーの言葉に僅かに不思議そうな顔をしたが、大人しく朝の支度を手伝い始めた。
衣装棚の中に入ったよそ行き用の上品なドレスを用意したので、マリーは思わず「いつもの服でいいのでは?」と苦言を呈した。
「若君と外出するのに、その格好では外に出さないと奥様から託けられております」
その言葉にマリーは嘆息して、先を促した。いくらか華美な装いに身を包んで、マリーはレオナルドの待つ玄関ホールへと急いだ。
馬車は二台用意されており、片方は大きな荷台のついた荷馬車だ。用意していた荷物は、全てすでに積み終わっている。
「やぁ、おはよう、マリー」
朝も早い時間だが、機嫌良くレオナルドが挨拶してくれる。不機嫌な人間と長時間馬車に押し込められる羽目にならずにすみそうだ。
内心ほっとして、マリーは丁寧に挨拶を返した。
手早く朝食を済ませて、使用人たちと馬車に乗る。マリーはメイドと共に、荷馬車の方に乗ろうとしたが、レオナルドに手をつかまれて主人用の豪華な馬車に連れ込まれた。
マリーが何か言う前に、レオナルドが御者に合図を出してしまったので、揺れる馬車の中で舌を噛まないように押し黙るしかなかった。
それから一週間ほど、マリーはがたがたと馬車の中で揺られることになった。それはレオナルドも同じだが、彼は時折気晴らしに馬に騎乗することもあったので、マリーほど気鬱にはならなかったようだ。とにかく何もすることなく、ただ、馬車に揺られている時間は退屈だった。
時折、ほとんど専属になっているメイドを荷馬車から呼んで話し相手になってもらうくらいしか気晴らしがない。メイドは、ある程度教養があったので、話し相手として退屈しなかったが、マリーをレオナルドの婚約者だと思っていることが判明して、その訂正に難儀した。




