こんなところで声をかけないでほしい
その夜会を境にして、マリーは一部のご令嬢方の敵として認識されたらしい。レオナルドに連れられて社交の場に出ると、嫌味や当て擦りをされるようになった。
初めの頃はうんざりして、嫌な気分になったりもしたが、何度も繰り返されるうちに、マリーはすっかり慣れてしまった。口での言葉以上のことは特にないし、マリーが特になにも言わなければ、向こうも早々にいうことをなくして、さっさとどこかに行ってくれるからだ。学園での嫌がらせは、苦痛で仕方なかったが、今がかなり楽だと判断できる基準にできるので、悪い意味で助かってしまっている。学園では物を盗まれるし壊されるし散々だった。階段から突き落とされた時は死を覚悟することすらあったが、夜会での悪口ごときで死ぬことはない。
学園でのことに比べれば、なんてかわいいじゃれつきなのだろうと微笑ましくさえある。
会場で、レオナルドと離れて化粧直しなどに向かうと、すれ違いざまに「薄汚い売女が」と言われることもある。彼らのような高貴な身分からすると、自ら職を得ている女は皆一様に娼婦に見えるようだ。我が国で最も尊い方は女性で、しかも国王という職に就いているのだが、彼らはそれに対してどう思っているのだろう。口にしたことはないが、きっと同様に娼婦だと思っているのだろうな、とマリーは考えていた。
娼婦の部下だと思われているなんて、彼らからすれば心外だろう、と内心面白く思っていると、思い切り腕を引かれる。
「マリー・レクザンスカ?」
マリーの腕を引いたのは、学園でのクラスメイトだった。確か、名前はダニエル・ウェザームーン。
「ごきげんよう」
学園のクラスメイトに碌な思い出はない。さっさとその場を離れようと、マリーは軽くお辞儀をして踵を返そうとしたがダニエルは、「こんなところで何をやってる」と言ったまま掴んだ腕を離してくれそうにない。
軽く腕を振るが、しっかり掴んだ手はむしろ強く食い込んでくる。
「なんだその格好。マリー、本当に何をして……」
無礼な男だ。女の腕を掴んだままだなんて、街のごろつきじみている。
手を離せとマリーが言う前に、低く硬い声が飛んできた。
「僕の連れから手を離せ」
人混みの向こうから、レオナルドが険しい顔でやってきた。戻りの遅いマリーを探していたらしい。
レオナルドの顔を見るや、弾かれたようにダニエルはマリーから手を離した。
「おいで、マリー」
犬を呼ぶように呼ばないでほしい。それでもダニエルの近くにいるよりマシだ。レオナルドのそばに行くと、ぐいと腰を抱き寄せられる。
「僕の連れになにか」
レオナルドの言葉は、僕の、に強く掛かっている。その言い方はよくないと思うが、下手に口を出すと話がややこしくなりそうだ。マリーが黙って見守っていると、ダニエルはバツが悪そうに、下手くそな笑みを浮かべた。
「いや、その、学園のクラスメイトがすっかり見違えたので驚いてしまって……」
「そうだろう、すっかり垢抜けて、美人になった。手をかけただけ美しくなるのだから、手入れのしがいもある」
まるで家畜の話だな、とマリーは人ごとのように思った。
「君には無理だね」
レオナルドが鼻で笑うと、ダニエルは痛いところを突かれでもしたように、顔を歪めて去っていった。
その背に、負け犬め、とマリーは声に出さずに呟く。
「マリーは人気者らしいね?」
「あなたさまほどではございませんよ」
その日の夜会もレオナルドはご機嫌で、マリーを連れ回して踊ったが、最近やっと筋力がついてきたマリーは、なんとか最後までついていくことができた。




