労働は汗と涙をお賃金に変える営みです
会場から出てすぐの、明かりの落ちる庭でほんの少し休憩していた折だった。
マリーは人熱に疲れて、レオナルドに断って、一人で庭に出てきていた。人の熱気のこもった室内は、酸素が薄いように感じて、くらくらした。庭に降りて、ほうと深く息をする。少し冷たい湿気を含んだ夜の気配が、肺の中を洗うようだった。
コルセットに引き締められた体では、大きく息を吸い込むことはできないので、ゆっくり肩で呼吸する。紗のかかったようだった視界が明瞭になってきたあたりで、急に背後から声をかけられた。
「あなた、見ない顔ね」
レオナルドが一緒にいた時の、夢見るような顔つきとは一変して、まるで見下すような目つきだ。学園に通っていたときのクラスメイトを思い出す。
マリーが黙っていると、ウォーラルク伯のご令嬢は、忌々しそうに吐き捨てた。
「これみよがしにそんなドレス着て、レオナルドさまがお可哀想だわ。彼の方にはもっと相応しい方がいらっしゃるのに」
きっと、彼女の言いたいことは、レオナルドに相応しいのは自分だ、ということだ。マリーはその点に関して、なにか言うべき言葉を持っていない。
仕方なく視線を伏せていると、「きいているのかしら。それとも無視しているの」と怒気の混ざった声で聞かれたので仕方なく「はい」とだけ答えた。
「いいこと、あなたはただの連れなんでしょう。レオナルドさまからそのドレスを贈られたんだかなんだか知らないけれど、勘違いはなさらないことね」
マリーが黙ったままでいると、向こうも言うべきことは言い終えたとばかりに、踵を返して会場へ戻って行った。
マリーはその背中を見送って、もう少し庭でゆっくりしてから戻ろうと判断した。彼女も、気に入らない女と共に戻りたくはないだろう。
マリーが丹精された庭の花を見ながらゆっくりしていると、レオナルドが会場から出てきて、真っ直ぐマリーの元へとやってきた。
「気分はどう?」
「ええ、随分いいです」
「それなら戻ろうか」
レオナルドの差し出した腕につかまって、足を踏み出す。
「レオナルドさま、今度わたしを社交に連れ出すときは、もう少しご褒美に色をつけてください」
マリーの言葉に、レオナルドはイタズラじみた笑みを浮かべた。
「女の子に絡まれたの?」
「そうです。ああいう手合いの相手をするのなら、追加料金を頂かないと」
マリーはうんざりしてそう漏らした。
「いいとも、なにがいい?借金の減額?それとも、僕の婚約者になる?」
「借金の減額でお願いします」
マリーが食い気味に即答すると、なにが面白いのかレオナルドは笑い始めた。
「つれないねぇ」
その夜、レオナルドはずっとご機嫌で、普段ならマリーと一曲踊ってさっさと帰宅するところを、三曲も踊った。それに付き合うマリーはへとへとで、こんなに帰りの馬車がありがたかったことはない。普段、事務仕事ばかりの人間が急に体を動かすと碌なことがない。
案の定、翌日のマリーは身体中筋肉痛で、せっかくの休みを、痛みに呻きながら過ごすことを余儀なくされた。




