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睨まれても困るのよ

レオナルドとは週末の、大学が休みのときにしかほとんど会うことはない。しかも、マリーには仕事があり、レオナルドも裁可を下さねばならない書類が待っている。

つまり、のんべんだらりと四方山話などしている暇はない。どのタイミングで話を切り出そうかと悩んでいると、「マリー、ちょっと」とレオナルドに指先で呼ばれる。

近寄ると、「今度、ウォーラルク伯に夜会に呼ばれている」と、話し始めた。このままの流れでいけば、いつも通りに、夜会の共をするように、という指示だろう。ウォーラルク伯は、以前にもお会いしたことがある。針金のように細く、背の高い御仁だった。そして、レオナルドと父親のアイザック伯は友好的な関係にある。仕事上で取引があるので、関係性は密にしておきたい間柄だ。


「この後仕立て屋を呼んでいる。いつものように、好きな形を選んで頼んでおいてくれ。ただし、服の色は青緑色にしておくように」


珍しい指定だ。服の色などの指定は、特にないのが常である。TPOにさえ沿っていればいいと、ほとんど丸投げが普通だ。それにも関わらず、ここにきての色指定とはなにかあるらしい。

マリーがそのことについて口に上すと、疲れたようにレオナルドはため息をついた。


「卿が、自分の娘を紹介したいらしくてね。断るのも面倒だし、話自体出されなければそれで済むから」


つまりマリーを防波堤代わりにしたいということだ。仕事であれば否やはないが、なんとなく気が重い。

青緑色は、レオナルドの瞳の色だ。マリーの着た服の色を見て、勝手に勘違いしてくれればいいという魂胆なのだ。


「わたしがその色の服を着て夜会に出て、問題ないのですか」

「それはつまり?」

「わたしが青緑を着て、勘違いされて困る相手はいないのですか」

「特にいないね」


ばっさりと両断される。これでイリアス夫人からの依頼は済んだ。相手はいない、もしくは、いても配慮を必要としない程度の相手だ。レオナルドの様子を見る限り、お相手自体存在しないと思って間違いないだろう。


「君はいないのか」


レオナルドの言葉を聞き取り損ねて、マリーはぱちりと一つ瞬きをした。


「君には、このことを知られて困る相手はいないのか」

「いませんね。前も言ったと思いますが、我が家の女は結婚できないんですよ。権力者に喧嘩を売った過去がありますから」


マリーの言葉に、レオナルドは心底の哀れみを持った眼差しで答えた。殴りつけてやりたかったが、雇用主を殴れば、馘は間違いない。


「お互い、知られて困る相手がいないならちょうどいいだろう」


低く笑うレオナルドを前にして、マリーはため息をつかないようにするのは思いのほか大変だった。



夜会当日は、いつもメイド達に寄ってたかって仕上げられる。昼間から夜のための準備に取り掛かるので、たいてい、書類仕事は午前中で終わりになる。そこからが長いのだが、もはやルーチンワークになってしまっているのでこちらとしては慣れたものだ。マリーが夜のためにうたた寝をしていても、メイド達が文句を言うことはない。

風呂に入って体の隅々まで洗われるのも、少しでも浮腫みを少しでも減らすために、身体中揉んだり撫でたりするのも、初めは恥ずかしくて仕方なかったが、彼女達からすればただの仕事だ。こちらが割り切って適応した方が、彼女達も気楽だし話が早い。

おかげで、実家にいた頃よりよほど艶のある肌と髪になった。後は2時間近くかけて化粧をし、1時間かけて髪型を整え、1時間かけて服を着る。はじめに風呂に入ったのが馬鹿らしくなるくらい、汗をかきながらドレスを着るのだ。最後に汗臭さを消すために香水をひと吹き、これで仕上げだ。

そうして仕上がった状態で夜会に出る。このまま何事もなく終われば万々歳。仕事終わりに、レオナルドからご褒美のウイスキーかブランデーをもらう。酒精の馥郁たる香気が、疲れた精神を慰撫してくれる。

そうしたら柔らかいマットの上で、ほのかな酔いと共にいい気分で眠りにつけるだろう。

そういう夜を期待していたのに、現実は険しい表情のお嬢さまに、真正面から睨みつけられている。


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