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はじめ

ゆっくりやっていくのでよろしくお願いします

マリーの一日は、きちんと決まったルーチンを辿る。

起床して、口を濯いで顔を洗う。制服に着替えたら、朝食を摂る。内容は固いパンと、一切れのベーコン、それから薄いミルク。それを手早く口にしたら、昨日の授業の復習をする。これはできる限り丁寧に行う。ノートの整理と要点の洗い出し。暗記事項の抽出を終えたら、鞄を持って学校へ向かう。まだほとんど誰も来ていないような時間だが、必ず早めに登校している。時々、マリーの席は教室から追い出されているし、たとえ教室の中にあっても、机の中に生ゴミや、どこかのドブ川の底から浚ってきた汚泥が、目一杯に詰め込まれていることがあるからだ。臭うし汚い。それの掃除にかなりの時間を使う。


今日のマリーの席は、どうやらどこかに追い出されてしまったらしい。教室の中で整然と並んだ机の一角が、ぽっかりと空いている。そこはマリーの使っている席だ。そこがまるで最初から無かったように空いている。仕方なく、マリーは追い出された机と椅子の捜索に、まだ薄暗い校内を走り回る羽目になった。


結局、マリーの机は裏庭にある噴水池の底に、椅子は焼却炉の真横に煤まみれで放置されていた。

机を池の底から引っ張り出すために、マリーはずぶ濡れになったし、灰と煤で黒くなった椅子を掃除するのにかなり手間取った。どうせなら両方とも同じ場所に追い出してくれればいいものをと、内心悪態をついた。それくらい許されてもいいはずだ。

ずぶ濡れになった机の天板は木製で、しっかり水分を含んで冷たく、教室に戻しても色濃く、一つだけ自己主張が激しかった。椅子にしても、隅々まで綺麗にするのが難しく、細かなところに煤が残っていて、座るたびに制服のどこかしらを黒く汚した。

同じ教室にいる連中は、座るたびにスカートを汚すマリーのことをこそこそと笑い物にし、遠巻きに嫌味を言っていた。

日に日に手が込んでいく嫌がらせに、マリーはいっそ賞賛を送りたかった。初めは教室のすぐ外に追い出されていただけなのに、だんだん変わった手口になっていく。エスカレートしているとも言える。誰がやっているのかもわからないが、少なくとも同じ教室で机を並べる誰かだろう。


マリーの家は男爵家だ。金がなく、領地もない。当主は王宮でささやかな職を持つ法衣貴族だ。元は小さいながらも領地があったらしいが、それも、借金を返すために全て売り払った。領地を売っても借金を返しきれず、いよいよ爵位すら売り払う喉元まで行ったらしいが、少し頭の回る当時の当主が、王宮で職を得た方が長期的にはいいと判断をして、王宮に伺候することになった。それ以来、王宮の片隅でなんとかささやかな職を得て食い繋いでいる。



その借金は、初めは「慰謝料」だったそうだ。それも、婚約破棄とやらの。

かなり昔の話なので、所々違っているかもしれないが、昔、正妻との間に子供のない当主が、愛人に産ませた娘がいた。その娘はさる高貴な令嬢の婚約者と恋に落ちた。高貴な令嬢の婚約者なのだから、当然相手は高貴な出自だ。なんと当時の王の第三王子だったらしい。

その王子さまと「真実の愛」に目覚めた娘は、さまざまな策略を用いて、高貴な令嬢から婚約者をぶんどることに成功した、らしい。

その結果、婚約していた二人の仲を割き、めでたく娘は第三王子を手に入れた、まではよかった。当たり前だが、高貴な令嬢のバックは太い。そりゃあそうだ、高貴な生まれなのだから、実家は太いに決まっている。

高貴な令嬢の実家こと、公爵家を敵に回した結果、娘は慰謝料をふっかけられた。人の男を横からぶんどっておいて、世の中はタダで済むようにはなっていなかったのだ。もちろん、第三王子側にもその請求は別口として回った。王家は支払いを拒否し、当人たちできちんと支払いを済ませるように、とわざわざ文章に残して王命を下した。

王族の籍から抜かれた元王子と、庶子の娘は金に困ってしまった。元王子は男爵家に婿入りし、娘と結婚することで家は繋がったが、税収のほとんどが慰謝料の支払いとして消えていく。金がないのは首がないも同然。二人はたちまち困窮した。

二人が没してからも支払いは終わらず、年々利子が雪だるま式に増えていく。

なんとかマリーの父の代になって、慰謝料そのものは払い終えたが、元の額以上に膨れ上がった利子がまだ残っている。

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