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第1話:婚約破棄と新たな聖女

全18話、最終話まで予約投稿済みです。

よろしくお願いします。

 ――私は聖女になるはずだった。


 幼い頃に両親と可愛い弟と離れ、国の希望として育てられ、王太子の婚約者として選ばれーー誰よりも努力してきた。それなのに。


 なぜ、私がこんな仕打ちを受けなければならないの?



   ◆



 王城の広間に足を踏み入れた瞬間、セレナの心は嫌な予感に締め付けられた。


 セレナ・エヴァレットーー彼女は聖女の素質があると予言され、幼い頃から魔族に対抗する者として育てられてきた。

 銀糸のような淡いプラチナブロンドの髪は光を受けてわずかに輝き、深い紫の瞳は静かな湖面のように澄んでいる。

 人々は彼女に聖なる気高さを見たが、今この場で彼女を見る人々の視線はどこか冷ややかだった。


 天窓から差し込む陽光が大理石の床を照らし、豪奢なシャンデリアが天井から輝きを放っている。

 その中央ーー王太子エドワルド・グレイハートがいた。

 黄金色の巻き毛が王族の証としての威厳を示し、琥珀色の瞳がどこまでも冷たい。


 王太子と聖女候補の政略的な婚約と言えど、それなりに関係を積み重ねて、時には親しみが感じられるようになった瞳も、今は何の感情も映していなかった。


 嫌な予感がした。喉の奥がひりつくように痛い。


「セレナ、君とは婚約を解消することにした」


 一瞬、世界が止まった。

 何を言われたのか、理解が追いつかない。


「ど……どうして?」


 震える声が漏れた瞬間、広間がざわめく。だが、エドワルドの目には何の感情もない。ただ淡々とした口調で続けた。


「もう君には期待していない。聖女の力が目覚めない君と、これ以上婚約を続ける意味はない」


 耳を疑った。

 だが、彼の琥珀色の瞳は冗談ではないと告げている。彼の言葉が、鋭い刃となって突き刺さる。 


 セレナはただ耐えるように拳を握りしめた。思わず唇を噛む。髪が小さく揺れ、瞳に苦悩の色が滲む。


 ――そう、彼の言う通りだった。私は何も成せなかった。


 「聖女の素質を持つ」と予言されながら、どれだけ修練を積んでも、その力は発現しなかった。

 王国の希望として生きることを義務づけられ、それを誇りに思い、努力し続けた。なのに、待っていたのはこの結末。


 エドワルドは、まるで勝ち誇るように続ける。


「リリアこそ、聖女にふさわしい存在だ。彼女には本物の素質がある」


 セレナの背筋が凍りついた。


(リリア……?)


 そこに立っていたのは、伯爵家の令嬢リリア・アーデン。淡いピンク色の髪がふわりと揺れ、ミントグリーンの瞳がきょとんと瞬いた。

 アーデン伯爵家の令嬢。確かに彼女は、まるで神に寵愛されたような美しい容姿をしている。だが、聖女の予言など一度もされていない。

 それなのに、エドワルドはまるで疑いすらせず、断言した。


「彼女と一緒にいると、心が安らぐんだ。まるで天使のような存在だよ。リリアが聖女になるべきだと僕は確信している」


 リリアは、その場でぽかんとしていた。


「えっと……わたしって聖女だったの?」


 彼女は無邪気に首をかしげる。

 セレナの胸に、抑えきれない感情が渦巻いた。


(こんな適当な理由で、私は捨てられるの……?)


 まるで悪夢だった。

 だが、リリアは気にする様子もなく、ミントグリーンの瞳をふわりと細めて笑った。


「まあ、いいのかしら。 わたし、何も知らないけれど、エド様がそう思ってくれてるならきっと聖女になれるのよね?」


 ーー何も知らない。


 この国のために、どれほどの覚悟を持って生きてきたのか。

 どれほど、血の滲むような努力を重ねてきたのか。

 それを何も知らないまま、ただ微笑む彼女が、聖女に選ばれる。

 必死に努力した自分を否定し、何の根拠もないリリアを持ち上げる。エドワルドの身勝手さに、怒りと悔しさが込み上げる。


 だが、それ以上に恐ろしかったのは――


(この国の未来を、こんな愚かな二人に委ねなければならないなんて……!)


 セレナの中で、何かが音を立てて崩れた。


 ーーその時だった。


 広間に、眩い光が炸裂する。

 まるで天から降り注ぐ聖なる輝きのように、セレナの体を包み込み、空気を震わせた。

 紫水晶の瞳が見開かれると同時に、銀髪がふわりと浮かび上がる。


「こ、これは……!?」


 貴族たちが驚きの声を上げる。

 セレナ自身も、何が起こっているのかわからなかった。

 心の奥深くに眠っていた何かが、今、目覚めようとしている――


 その光の中で、セレナは確信した。

 これこそが、自分がずっと求めていた『聖女の力』だ。


 だが――


「それは偽物だ!」


 エドワルドの怒声が響く。


「偽りの光だ! リリアこそが本物の聖女だ!」


 セレナの心が凍りついた。


 ――この男は、何を見ても変わらない。

 この輝きが何を意味するのかすら理解しようともせず、ただ自分の都合のいい現実だけを信じている。

 そんな中、リリアは呆然と光を見つめ、ぽつりと呟いていた。


「うわぁ……綺麗な光……」


 まるで、他人事のように。


 その瞬間――空間が歪んだ。

 光が膨れ上がり、セレナの体を包み込む。


「なっ……何が起きている!?」


 エドワルドの叫びも虚しく、次の瞬間――セレナの姿は、王城から完全に消えた。

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