【4】恋する男達と枕詞 (2011年初夏)
【シリーズ】「ちょっと待ってよ、汐入」として投稿しています。宜しければ他のエピソードもご覧頂けますと嬉しいです。
【シリーズ】ちょっと待ってよ、汐入
【1】猫と指輪 (2023年秋)
【2】事件は密室では起こらない (2023年冬)
【3】定期券、拝見します〜無言で前蹴り〜 (2011年春)
【4】恋する男達と枕詞 (2011年初夏)
【5】勘違いにも程がある (2011年秋)
(続編 継続中)
恋する男達と枕詞 (2011年初夏)
僕、能見鷹士は三十路を前に一念発起し、中小企業に特化した個人コンサルタントとして起業した。そして何故かいつも探偵業を営む汐入悠希の無茶振りに巻き込まれてしまう。この間も猫探しに巻き込まれたばかりだ(【1】猫と指輪)。そんな汐入と腐れ縁の始まりは高校生の時分に遡る。
これは汐入との腐れ縁が始まった高校生時分のお話し。とある事件(【3】)で知り合いとなった工業高校の千本松くん、梅屋敷さん、大森さん。僕と汐入は初夏のある日、3人それぞれからあることを頼まれる。そしてそれが3人の恋路を賭けた闘い発展していく・・・。
第一章
高校生たちの夏、それは恋の季節ーーーにはまだ少し早い6月の下旬。
蒸し暑さが増し梅雨も明けようかという時分に、千本松くん、梅屋敷さん、大森さん、三人の恋路をかけた闘いが勃発した。
ある日、僕は千本松くんに呼び出された。
特に後ろめたいことはないし、用件として思い当たる節もないけど、少し緊張する。
なんと言っても相手は獣並みの強さを誇る千本松くんなのだ。わざわざブチ駅(龍ヶ淵駅)を指定してきたのも気になる。
千本松くんの通うブチ工業は一つ手間前のブチナン駅(龍ヶ淵南駅)だ。帰路は逆だから、わざわざこちらに出向くことになる。僕にだけ内密な用があるってことなのだろう。指定されたブチ駅で千本松くんを待つ。
「能見、悪いな」と千本松くんが登場する。
「いや、全然構わないよ。千本松くんにはお世話になっているからね。でも、千本松くんがわざわざここまで出向くなんて。ちょ〜気になるんだけど」
「ぉ、おう」
と千本松くんが相槌を打つが、声が小さい。ん?なんか、様子が変だぞ?らしくなく視線が泳いでいる。
そして
「汐入ってアジ三だよな?」
と、分かりきったことを聞いてくる。
うん、そうだね、と返事をする。
「ああ、そうだよな。唐突だが、アジ三の二年生に二階堂玲がいるだろ」
二階堂玲?
「存じ上げないけど、その方や如何に?」
「お前、知らないのか!二階堂玲だぞ!蝶も遠慮して近くは飛ばず、薔薇も恥じらって散ってしまう二階堂玲だぞ!」
なるほど。そーゆーことか・・・。
「ごめん。知らない。でも千本松くんの用件は察しがついたよ」
「お、おう。まぁ、そういう訳だ」
リーゼントに決めたヘアスタイルのもみあげ部分を指先で掻くような仕草をしながら千本松くんが答える。
「なんとか汐入の伝手を辿ってきっかけを作って欲しい。しかも内密にだ。勿論、きっかけを作ってくれたらそこから先の助けは不要だ。接点を作ってくれるだけでいい。頼む!能見!」
「わかったよ、千本松くん!まずは汐入にちゃんと頼んでみることは約束する!汐入が受けてくれるかどうかは汐入の問題だけど、しっかりとお願いしてみる!」
「感謝する!頼んだぞ能見!くれぐれも内密に頼むぞ。じゃあ、俺は少し時間をずらして帰るから、能見は先に次の電車に乗ってくれ」
なるほど。ブチ工業の連中には僕といるところすら見られたくないのだな。
「わかった。何とかやってみる!」
と言って駅のホームに入って来た電車に乗り込み、千本松くんと別れた。
さて、まずは汐入に話さなくては。
明日の朝、鳥居駅で話すか?いや、通学の学生だらけだからな。どこで誰が聞いているかわからない。どこかで時間をとって話すとするか、と考えていた矢先、汐入から連絡があった。
明日、夕方、龍ヶ淵駅近くのファストフード店に来て欲しい。梅屋敷さんに呼ばれている、能見、貴様も一緒にと、ご指名だ。
なんか嫌な予感がするが、翌日、指定された場所に出向く。汐入はすでに来ていて、僕を認めるとヨッと無言で手だけ上げる(ヨッという擬音語は僕の想像だ)。梅屋敷さんはまだの様だ。
「おっす、汐入。梅屋敷さんはどう言った用件なんだろ?」
「うむ。まだ全然聞いていない。ま、ワタシに用があるのは間違いない気がする。とりあえずワタシと二人だけでは気まずいから貴様も呼んだんだろうってことは察するが。それにしても場所が気になる。何でブチナン駅でも千代台駅でもなくブチ駅なんだろう?」
うーん、やっぱそこ、引っかかるよね。
アジ三の最寄りは二つ手前の千代台駅、ブチ工業は一つ手前のブチナン駅(龍ヶ淵南駅)だ。昨日も似た様な状況があったな。
まさか・・・。いや予断は禁物だ。
と、その時、スキンヘッドで高身長の人影。梅屋敷さんがやって来た。
「おぅ!汐入、能見、ワザワザ悪いな」
「あ、梅屋敷さん!いえ、全然大丈夫です」と僕。汐入も、ども、チワっす、と挨拶する。
「なんか食うか?ご馳走してやる」
遠慮するのも悪いのでお言葉に甘える。
「あざっす。ではハンバーガーセットを頂きます!」「では、ワタシもそれを」と汐入も続く。
それぞれバーガーセットを頼み「梅屋敷さん、いただきます!」と食べ始めるが、用件が気になる。
まさか千本松くんと同じパターン?いや、そんな偶然あるかな?と僕の思考はぐるぐる回る。
「梅屋敷さん、今日はワタシに用があるんでしょ?」
と汐入が切り出す。
梅屋敷さんは口に含んだコーラをゴクっと飲み込み、ストローを口から離す。そして、ああ、その件だがな、と話し始める。
「汐入、お前の学校に二階堂玲って言う二年生がいるだろ?」
あ、まさかの!?僕はハンバーガーを喉に詰めそうになったが、オレンジジュースを流し込み、必死にポーカーフェイスを装う。そして汐入の方を伺う。
「ああ、二階堂さん。いますね。ワタシは顔見知りではないけど、有名人です」
と汐入が答える。
「有名人か。そうだろうな。クレオパトラも遠慮して三大美女の座から降り、夜空に煌めく星々も恥じらって全て流れ星になってしまう程だからな・・・」
えっ?何だこれ?二階堂さんを語るときにはなんか枕詞(?)、考えなきゃいけないの?
と、僕は一瞬、ポカンとしたが、梅屋敷さんは言い終わるや否や、いきなり頭を下げた。
「頼む!二階堂さんと話がしたい!何でもいい。接点を作って欲しい!」
僕は汐入を見つめる。汐入は頭を下げたまま微動だにしない梅屋敷さんを見つめている。
そして「ちょっと作戦を考えてみます」と答え、続いて
「さっきも言った様にワタシは顔見知りではないから、まずはこそからやらなきゃいけない。少し時間が必要だし、うまくいくかどうか約束もできないですが、それでも良いですか?」
「もちろんだ、汐入、ありがとう。恩にきる」
ハンバーガーセットを食べ終えると、梅屋敷さんは「俺は別で帰るわ、汐入と能見は先に帰ってくれ。あ、この件は内密に頼むぞ」と言うのでお店で別れた。
ブチ駅から電車に乗ると汐入が
「能見、これから時間あるか?」
と聞いてくる。
「うん。大丈夫だよ」
と答える。僕も汐入に千本松くんのことを伝えなくては。
「暑いから鳥居駅に着いたら喫茶店にでも寄ろう。大森珈琲ではダメだ。あそこではできない相談がある」
えっ?なに?いや、僕も汐入に千本松くんのことを話したいから、大森珈琲以外でちょうど良いのだけれど、なんか汐入にも事情がある様だ。
すっごく気になるけど
「わかった」
とだけ答え、その続きは喫茶店ですることにした。
鳥居駅で降り、湿度の高いまとわりつく様な空気の中、適当なコーヒーショップを探して入る。エアコンの効いた室内で体温を下げつつ、アイスコーヒーを注文する。
アイスコーヒーが来たところでひと口飲み、ホッと一息。ようやく本題に入る。
「で、汐入の用件は何?実は僕も汐入に話したいことがあるんだけど、まずは汐入の話を聞くよ」
「うむ。さっきの梅屋敷さんからの頼みだけど、実は全く同じことを、昨日、大森さんからも頼まれた」
「!!」
僕は絶句した。
これは困った事態になった。なんと千本松くん、梅屋敷さん、大森さんが共にアジ三の二階堂玲さんにいたく関心がおありの様だ。
「でな、梅屋敷さんか大森さんのどちらかをワタシが選ぶというのは仁義に反すると思うんだ。だからーーー」
僕は手のひらで汐入を制する。
「汐入、一旦、ストップしてくれ。僕の用件も伝えた方が良さそうだ」
汐入が怪訝な顔をするが、構わず続ける。
「実は昨日、僕も千本松くんから汐入に頼んでくれないかと、全く同じことをお願いされたんだ」
「なんだと!つまり三人が三人とも二階堂さんと話しをしたがっているのか!?」
「信じがたいけど、そうらしい」
「いや、能見、貴様も二階堂さんを見ればこの状況に納得するはずだ。紫外線も遠慮して全反射し、ダイヤモンドも恥じらって炭化してしまう程の美貌の持ち主だぞ!」
だから、何なんだよ、それ!絶対そんなこと言われてないだろ!例えが独特過ぎるんだよ!
しかしぐっと堪えて突っ込まずスルーする。
それにしても困った。僕らが誰か一人を選ぶことはできないし、かと言って、依頼を反故にすることもできない。
「うーん」と汐入も唸っている。
「状況はわかった。偶然だが多分どれも独立事象だ。それぞれ単独で貴様やワタシにお願いをして来ているからな。だが、お互い全く何も感じていない訳ではない様だな。すごくお互い警戒し合っている。だからこそ同じタイミングになっているのかも知れない」
「そうだね。千本松くんからも内密に、と言われた」
「少し様子を見よう。ワタシも直ぐにコネクションができるわけではないからな。どうするのかはまだ決まらないが、ワタシは二階堂玲さんへのコネクション作りに努力をしてみる」
僕も汐入も妙案が浮かばず、方向性の出ないまま、先送りとなった。
第二章
悶々とした日々を過ごし文月に入り、早くも中旬に差し掛かろうとしている。三人の依頼を受けてから二週間以上が経つことになる。
そろそろ何かしらの経過報告をしなくては。
汐入と作戦会議をする為に、帰路、合流した。
一緒に歩いていると、汐入が道に落ちている何かを見つけた。
「お、落とし物だな」
生徒手帳だ。汐入がそれを拾って名前を確認する。
「ん?えっ!?お!おぉ〜!!」
「どうした、汐入?」
汐入の手元を覗き込む。
その生徒手帳の氏名を見て、これが運命というやつか!と乱舞した。
なんとそれは二階堂玲さんの生徒手帳だったのだ!きっと三人のうちの誰かが運命の相手に違いない!
汐入が言う。
「これは明日、直ぐにでも返さなくてはいけない!だがこれは彷徨うワタシ達に神がくれたチャンスだ!今夜、決戦だ!三人を呼び出してくれ!この生徒手帳を返す奴を一人選ぶ!」
早速、三人に連絡をして夕方の公園に集まってもらった。
怪訝な顔をしたリーゼント、スキンヘッド、茶髪ツーブロックの三人が集まる。その三人にごく普通の男子高校生、見た目はお嬢様学校の女子高生を加えた、妙な組み合わせの五人が夕方の公園にたむろしている。
早速汐入は、正直に全ての事情を話し始めた。
最初はオイオイ、マジか!勘弁してくれ!と三人は口々に不満を言っていたが、事、ここに至りては、三人とも覚悟を決めた様だ。
千本松くんが口を開く。
「汐入、能見、要らぬ苦労をかけたようだな。事情はわかった。だが俺も梅屋敷も大森も全く譲る気はなさそうだ。どう決着する?」
「ああ、千本松。わかっている。今日、急遽集まってもらったのはまさにそのことだ。これを見ろ!」
と汐入が言うと、僕は水戸黄門の印籠の様に生徒手帳を皆に見せる!
「控え!控えい!頭が高い!ここにおわすは二階堂玲様の生徒手帳にあらせられるぞ!」
と汐入が声を張る。
あれ、それ僕の台詞なのに・・・。
生徒手帳を見せられた三人は、
おぉ!マジか!すげ〜な!どうしたんだこれ?パクったのか?ワルだな汐入、
など全く控えず頭が高いまま口々に言いたい事を言っている。
汐入は咳払いをして、続ける。
「この生徒手帳はさっき偶然、奇跡的にワタシが拾った。明日、直ぐにでも返さなくてはならない。だから返す役目を誰にするか、今、ここで勝負して決めてもらう!勝った奴に二階堂玲さんと接触できる権利を与える!!」
ウォォ〜!と三人が盛り上がる!通行人が不審なものを見る目で僕らを一瞥し通り過ぎていく。お嬢様学校の女子とブチ工業のヤンキーの組み合わせは奇異に映ることだろう。
通報されなきゃいいけどな、と少し不安になる。
「なるほど。単純明快!それでは早速やるか!」
と、梅屋敷さんが半袖なのに腕まくりをする仕草をする。
「梅屋敷さん、ちょっと待て、喧嘩じゃない」
そうだよ。喧嘩なんかしたら即、通報されるよ〜、と心の中で汐入に同調する。
「なんだ?漢の勝負といえばタイマンだろ?」
「相撲だ、相撲で勝負だ!巴戦で決めようじゃないか!」
巴戦とは大相撲の千秋楽で三人の力士の星が並んだ時の決着戦だ。三人が順次対戦する勝ち抜き戦で2連勝した者が勝ちとなる。
なるほど、なかなか良いアイディアだな、汐入。
「よし、皆、ベルトが掴める様にしてくれ。ベルトがまわし代わりだ。相撲のルールはわかるな?殴る蹴るはダメだぞ。噛むのダメだ。引っ掻くのも・・」
「わかってる。相撲だな。正々堂々ケリをつけてやるぜ!」
と千本松くん。
「千本松、大森、遠慮はしないぜ」
と梅屋敷さん。
「梅屋敷さん、千本松、二人が相手とはいえこればっかりは譲れない。なんと言っても、夕立も遠慮して虹を映し出し、摩天楼の夜景も恥じらって停電する二階堂さんだからな」
と大森さん。
だから、何なんだよそれ!
さて置き、どーなるんだろ!僕はすっかり観客気分だ!なんかワクワクして来た!
体格とパワーは梅屋敷さんに分があるが、瞬間的なスピードとその爆発力、身体のしなやかさは千本松くんが抜けている。だが今回は相撲なので千本松くん得意のハイキックは使えない。
大森さんも反射神経と器用さが功を奏すれば充分にチャンスがある。僕の定期券事件で、千本松くんが大森さんに前蹴りを見舞った時、大森さんは教室の半分ほどを吹っ飛ばされながらも、実は蹴りをしっかりとブロックしていた。後日、千本松くんはまさかブロックされるとはな、と驚いていた。
組み合わせはくじで決めた。まずは大森さんと千本松くんの取り組みから開始だ。以降は勝ち残りとなる。行司は僕、能見鷹士こと式守鷹之助が務める。
かくして二階堂玲生徒手帳返却権争奪大相撲大会が始まった!
大森の山●–○千本松の海
大森の山が果敢にまわしをとりに行くが、ことごとく千本松の海に切られる。
長期戦となったが消耗したのは大森の山だ。
最後は上手投げで鮮やかに千本松の海が勝利した。
北梅屋敷○–●千本松の海
北梅屋敷、千本松の海ともに真っ向勝負。
お互い正面からあたりがっぷり四つに組む。
こうなるとリーチが長い北梅屋敷が有利だ。
綺麗に上手投げで北梅屋敷が勝利した。
北梅屋敷●–○大森の山
フェイントをかけタイミングをズラしながら大森の山が北梅屋敷のリーチを
かいくぐり懐に入り込む!
間髪入れずに外掛けで北梅屋敷を倒した!金星⁉︎
千本松の海●–○大森の山
前回全く歯が立たなかった大森の山が奇策に出た。
八艘飛び!そして懐に入り込み三所攻め!大金星‼︎
なんと!大森さんが、梅屋敷さん、千本松くんを倒して権利を手にした‼︎
「ウォォー!!勝った!梅屋敷さん!千本松!遠慮なく生徒手帳は頂いていくぜ!」
と歓喜の雄叫びを上げる!
「汐入、明日はセッティング頼むぞ!」
と大森さんが言ったところで、
「君たち!何を騒いでいるんだ!」
と、地区のパトロールと思しき腕章を巻いた男性が二人、公園に入って来た。
「わかった。詳細は連絡する」
と汐入が大森さんに伝えると、千本松くんが逃げるぞ!と言うので僕らは公園から走り去った。
第三章
翌日、アジ三の正門の外。
リーゼント、スキンヘッド、茶髪ツーブロック、ごく普通の男子高校生、お嬢様学校アジ三の女子高生、の五人がたむろしている。
もちろん、目当ては、孔雀も遠慮して羽を閉じ、モナ・リザも恥じらって目を逸らす二階堂玲さんだ。
まだかまだかと待っていると、
「あ、来た!」
と汐入が小さく叫ぶ。「わかってる。見ればわかる!わかり過ぎる!」と大森さん。
汐入と大森が歩みでて、
「あ、あの、二階堂さんですよね。ワタシ一年の汐入といいます」
と汐入が声をかけた。二階堂さんが歩みを止める。ほら、と汐入が目で大森さんに合図を送る。
「あ、俺、ブチ工業の大森と言います。実はこれ、拾ったんで、お返しに来ました!」
と、言うと、わぁ〜ありがとう!となり、その流れから世間話に持ち込み、まずは顔と名前を覚えてもらう、予定だったのだが・・・。
「私、生徒手帳は落としていなくてよ?」
「えっ?でもこれ」
と言って大森さんが二階堂玲の名が記された生徒手帳を見せる。
「もしかして二階堂くんのかしら。同姓同名の二階堂玲くん。2年生の男の子だわ」
呆気に取られて汐入と大森さんは互いに顔を見合わせる。
「もう少しでここを通るんじゃないかしら。それでは私は失礼するわ。ごきげんよう」
と少し先に停めてある高級そうな白のセダンに向かって二階堂さんは歩いて行く。
白のセダンでは、運転手がドアを開けて待ち構えている。
呆気に取られて硬直していた大森さんは汐入に生徒手帳を渡し、無言で僕らのところに戻って来た。
千本松くんと梅屋敷さんは笑いを堪えるのに必死だ。
「なんでだよ〜!!!」
と大森さんが絶叫した途端、千本松くんと梅屋敷さんの大爆笑が始まった。
残念だったな、大森!いいじゃねーか、1メートルまで近づけて声が聞けたんだぜ!そーか、そーか、二階堂くんね〜!折角だから返しに行けよ!
と腹を抱えながら大森さんの肩を叩く。
汐入がトボトボ戻って来た。
「オイ!汐入!何で二階堂玲って男子がいるんだ!女子校じゃねーのかよ!」
と大森さんが八つ当たりをする。
「大学は女子大だが付属は高校まで共学だ」
と淡々と答える汐入。
マジかヨォ〜、そんなんありか?!と文句を言っている大森さんを他所に汐入は、近くの2年生男子に二階堂という男子生徒を探しているんだけど、と生徒手帳を返すべく聞き込みを始めている。
知り合いの男子を見つけ、その人に生徒手帳を預けた。そして
「みんな、帰るぞ」
と憤懣やるかたない大森さんを引っ張って駅に向かった。
翌日、千本松くんから呼び出しがかかった。
梅屋敷さん、大森さんも一緒にいるらしく、二階堂玲さんへのアプローチの権利について揉めているらしい。
仕方なく、この間の公園で待っていてもらう様に伝えて、僕と汐入はそこに出向いた。
大森さん曰く
「生徒手帳は別人のモノだったから一番手の権利はまだ活きている」
千本松くん、梅屋敷さん曰く
「あれは生徒手帳の権利だ、もう権利行使は完了した」
との主張で折り合いがつかない。
「何で別人の生徒手帳で権利行使したことになるんだ?」
「生徒手帳を返せる権利だからな。その権利はもう使っただろ?話すチャンスはあったのだから、それをモノにできなかったのは大森の問題だ!」
「チャンスなどあったもんか!運転手がドアを開けて待ち構えていて二階堂さんはさっさと帰っていったんだぞ!」
三人がいがみ合っていると、梅屋敷さんが
「あ、玲ちゃん!」
と車道を挟み、向こう側の歩道を歩いている二階堂玲さんを見つけた。するとーーー!
誰だぁ!アイツはぁ!と三人が殺気立った。
なんと、隣には男子が‼︎黒髪のショートボブが似合う爽やかイケメンアスリート体型の男子高校生だ。
二人で仲良く歩いている。二階堂さんの瞳はもう恋をする乙女のそれだ。イケメンくんを見上げる瞳はキラッキラしている。
どんなに鈍感なこの三人も気が付いたであろう。
殺気立っていた三人が沈黙しシンと静まり返る。千本松くんが大声で解散!と叫び、彼らの早過ぎて短い夏は終わった。
(恋する男達と枕詞 終わり)