エピローグ『記憶の風見鶏』
それから一ヶ月後。清明学園は少しずつ変わり始めていた。
記憶を奪われた生徒たちの記憶が、徐々に戻されていく。鷹宮の力は、今や記憶を取り戻すために使われていた。そして、かつて記憶の力を持つ者たちは、その力を人々を守るために使うようになった。
学校の古い書類は、一部が公文書館に移管された。戦時中の記録は、歴史の教訓として保存されることになった。ただし、記憶の力に関する記録は、まだ封印されたままだ。その時が来るまで。
生徒会室では、鷹宮が新しい提案を行っていた。「記憶の継承」プロジェクト。戦争体験者の話を聞き、それを記録として残していく活動だ。記憶を奪うのではなく、守り、伝えていく。その活動は、少しずつ広がりを見せ始めていた。
千風の体の痛みは、相変わらず続いていた。しかし、それは彼女が選んだ道の証。祖母から受け継いだ記憶を見る力は、今や誰かの記憶を守る力へと変わっていた。
藤堂先生は、まだ教壇に立っている。しかし、その表情はずっと柔らかくなった。時折、懐かしそうに窓の外を見つめる姿がある。そんな時、先生の周りの風は、穏やかな春風のように見える。
放課後の音楽室。ピアノの音が、優しく響いている。
「この曲は?」
千風が尋ねると、鍵盤に向かう霧島が答えた。
「新しい記憶のための曲。僕たちの」
窓の外では、新しい季節を告げる風が吹いていた。それは、もう誰の記憶も奪わない、優しい風。
千風は目を閉じ、その風を感じていた。祖母が見たかった未来は、きっとこんな風景だったのかもしれない。記憶を奪うのではなく、共に生きていく世界。
夕暮れ時、学校の時計台には、一羽の鳥が止まっていた。それは風見鶏のように、新しい風の向きを指し示している。その風は、きっと明日への記憶を運んでいくだろう。
時計台の鐘が、静かに時を刻んでいく。それは、新しい物語の始まりを告げる音だった。
(了)