玖ノ訓
さて、そんな感じで始まった我がエルダー商会。優秀な皆は持ち場でそれぞれ遺憾無くその能力を発揮し、すぐに商品販売まで漕ぎ着けた。
母様に試作の清酒及び砂糖菓子を送ってみたところ思いの他好評で、すぐにお茶会やら手土産として持って行ってくださったらしく、あっという間に貴族の間でブームに。現在生産が追いつかないぐらいで、商会もウハウハだ。
転生知識バンザイ。
すぐにでも生産ラインを増やして対応するべきだ、との意見も出たが、それは却下。ターゲット層があくまで貴族のため、無理に増産するよりも希少価値を持たせた方が良いだろうという考えだ。それに合わせて、よりブランドのイメージを確固とする為に、箱には新撰組の旗印【誠】を刻印するように徹底させた。……何れ競合他社が出来た時の備えだ。今のところ、まだ現れていないけれども。
それから現在、別途貴族ラインとはまた別に平民用のラインを作ることも動き始めている。
具体的には砂糖自体はまだ高級品の為、カステラや、砂糖でコーティングした菓子の販売をするカフェを検討中。……というか既に場所は確保したし、食材の流通ルートも確保しているので、稼働はもう間近といったところだ。
アリシェたちはとてもとても忙しそうに走り回っている。
とは言え、私ものんびり構えているという訳ではない。徐々に商会が軌道に乗り始めた今、商会の運営と同時並行で領の運営改革の準備に乗り出している。
目まぐるしいスケジュールだけれども、何と無く懐かしく思う。前世でもこんな感じだったしね。
さて、そんなことを考えているうちに早速最初の予定。まずはアリシェとの打ち合わせからだ。
「……現在の状況は、お手元の資料の通りです」
「貴族ラインは相変わらず好調なのね。働き手の確保はどう?」
「それについてもご安心を。現在多くのシェフが、我が商会を訪れております。未知なる食べ物…それも話題の品物とあっては、その作り方を学びたいのでしよう」
「なるほど。であれば、この前話した休暇制度を導入してちょうだい。それからシェルと話してあるのだけれども、彼女のお眼鏡に適った人物には、これから始める別ラインの方のお店を任せたいのよ。そろそろ打ち合わせをしたいから、彼女に確認して私のところに連れて来るように取り計らって」
「畏まりました」
「それから、今後既存の商品も王都のみではなく他の都市にも流通させたいわね。その流通経路の確保と人員が必要……一層の事、運送部門も独自に立ち上げてしまおうかしら?…メラド、普通商家はどのように流通を確保しているのかしら?」
「そうですね…中小商家であれば店主が自ら動いているところが多いかと。大きなところであれば、護衛を雇ってやはり部下にといった具合でしょうね」
「……であれば、やはり運送業というのは中々良いかもしれないわ。すぐに地図を引っ張り出してきて。それからこの国内の道の中で、より平坦・より気候の寒暖差が少ない道をピックアップしておいてちょうだい。それから、各領に着くまでの時間を計算。クラウスと話し合って、護衛はどのぐらい必要か、その費用も合わせて計算しておいて」
「リゼ…今度は何を始めるんですか?」
「あら?お分かり?」
「貴方のすることは顔に出でますよ。昔から変わらないですね。」
「やっぱり敵わないな。そうね…今の輸送業の発展版、というところかしら?後でその構想は紙に纏めるから、費用と勘案して実現可能か検討するわ。では、アリシェ。まずは先ほど伝えた働き手の雇用形態の草案の作成と、シェルとの話をつけておいて。それからメラド、クラウスはこのまま残って、銀行の構想を練りましょう」
矢継ぎ早に述べる私の話を、皆はよく汲み取ってくれて動いてくれる。というか、そろそろ此方の人員も増やしていきたいわよね。徐々に増やしてはいるのだけれども…指示する側が圧倒的に足りてない。
このままじゃみんな倒れちゃうだろうし…中々上手くいかないものね。
と、頭の切り替え切り替え。
「……じゃあ、メラド。この前までのところで何か質問はあるかしら?」
そろそろ本格的に領制の改革も推し進め始めようかと思い至った為、この前はとりあえずメラドに銀行の構想を伝えた。
現在市場では金は流通しているものの、そのコントロールをする機関はないとのこと。また、これにはビックリしたのだけれども…現在領民達は金をタンス預金にするか、もしくは商業ギルドに預けているらしい。何でも商業ギルドはそういう機能も持っているらしく、商業ギルド内であればどの支部であろうが預けた金額を引き出せるという大変便利なものとなっている。
ただし、商業ギルドはそれが本職ではないため、本当に預かってハイ終わりという具合だ。
「と、ここまでで何か質問はあるかしら?」
「いえ。ですが、よくこんなもの考えつきましたね」
まあ、私が考えたのではないけれどもね。と言いたいところだが、言えないのでそのまま笑顔でスルーした。
「取り敢えず、銀行用の建物を建てるから。それから、近日中に商業ギルドにギルド長と主だった商会の会頭を私の名前で集めて会えるようにしてちょうだい」
「分かりました」
とメラドが了承してくれたので、とりあえず銀行設立に向けた準備は出来た。後はお任せだ。
「では次は……そうね、クラウスにちょっとお願いがあるのだけれども」
そう私が切り出したところで彼は嫌そうな顔をする。そんなに嫌がることないのにねぇ……。
「リゼ、変なことじゃありませんよね?」
「……それは私の気分次第ね……」
「はぁ……君の能天気は変わらないのか」
もうため息ついちゃって!失礼なやつなんだから。
「失礼ね!私だってもう昔とは違うわ。やる時はやりますとも!」
と私は抗議する。するとクラウスは観念したように話を続けるのであった。
「……それで、お願いとは?」
「ええ、実は……貴族向けの別ラインを作ろうと思うのよ」
「リゼ、また何か始めるんですか?働きすぎですよ。今度は何を始める気ですか……」
と彼は頭を抱えるが気にしない。だって、これは私の夢だもの。実現させる為に頑張るだけよ。
「それでね、その第1弾として……チョコレートを作ろうと思うの。セバスには既に話を通してあるから」
「リゼ!それは本当ですか!?」
とクラウスが食い気味に尋ねてくる。彼は甘いものが大好きだものね。
「……また君は突拍子もないことを始めるんだな……」
クラウスはきらきらした顔をしているのである。
新撰組時代…山南さんも口にしていて馬鹿達で取り合いになったくらいだ。
でもこれは譲れないのだ。
だって私はチョコレートを食べたいもの。それに貴族向けの商品なら、きっと需要があるはずだし。
「それにチョコレートの原料はどうするのです?」
「ええ。それに関しては既に手を回してあるわ。大丈夫……安心してちょうだい」
私は自信満々でそう答えるのであった。
私がチョコレートを作りたいと言い出した時に、クラウスが懸念した通り、原料となるカカオはこの世界ではまだ見つかっていないらしい。
しかし、その代替品は既に存在しているのだ!それは……サトウキビである。
砂糖を抽出する際に出る廃液を乾燥させて粉状にしたものに、水を加えて煮詰めていくと炭化水素……つまりはセルロースが取り出せる。このセルロースは木を蒸して炭にしてから削ると出てくるのだが、この世界のサトウキビも材料として同じなのだそう。
話を整理するとこうだ。
「サトウキビという植物の樹液を煮詰めればカカオの代用品が作れる」
と言うことになるのだ。