漆ノ訓
私はあっという間に3日は過ぎ、幹部を集めての第一回会議の開催。まずは私の考えを内輪に理解してもらわなきゃね。
「今日は皆さん、集まってくれてありがとう。第一回会議を始めます」
とはいえ、今いるのは私が信用を置ける人たち……つまり、騎士団組長たち、メラド、セバス、それからアリシェ。アリシェは子どものときに私が連れてきたメンバーで、今はセバスについて館の管理と領の実務を行っている。
「……まず、私の考えを述べさせて貰うわ。ここ1ヶ月領内を周り、セバスから事実確認もさせてもらったけれども…我が領は他の領に比べて遅れてるわ」
これは、本当にそう。王都より南部にある常春の我が領は農耕も盛んだし、海にも面しているから交易も行っている。
「けれども、私が実際見て感じたのは……この領は、発芽前の苗のようです。今は成長中ですが、やがて腐り朽ちていく。そのように感じました」
周りは予想していなかったのか、私の感想に目をパチクリさせていた。特にセバスとアリシェはね。
「……富める者に富が集中し、貧する者は這い上がれず。真新しい商品のない店先、停滞した空気」
日本という資本主義の国で暮らしていた私は競争社会には肯定派だし、富がある程度集中するのも仕方ないと思っているのよ。けれども、この領は違う。そもそも競争すらできない。
幕末は藩上主義で藩の者でしか出世できない。実力はあっても煙たがられるだけ…それも競争できていない。
俺はその時から嫌気がさしていた。
弱肉強食…強いものが生き残り弱いものが淘汰される…仕方がないにしてもこの言葉はきらいであった。
上は余程下手を打たなければ上のままだし、下は這い上がる機会すらない。
「民が富まなければ、自然・領が富むことはありません」
そういうことなのよ。限られた市場では、やがて衰退してしまう。
つまり、民を富ませることで経済を活性化させなければこのままやがては流れで衰退してしまうと思った。
「……つまりね。分かり易く言うと、昔の貴方達のような境遇の子どもを、貧しい人たちを作らないような領にしたいのよ」
納得が言ったのか、皆が笑みを浮かべながら頷いた。
「大きな目標は、そんなところ。この先の未来も我が領を発展させることができるよう、まずは民の生活の質を向上させること。幾つかの改革を進めます。まずは我が公爵家とこの領運営の資金の財布を明確に分けること。それから銀行の設立と政務の集中化、税制改正、街道の整備、義務教育……」
「……あ、あの。」
私が話している最中に、恐る恐るといった程でアリシェが口を挟んだ。
「つい熱中し過ぎて、話を端折り過ぎたわね。銀行については、セバスとメラドに携わって貰おうと思っているから、後でみっちりその構想について話すわ。頼らずとも生活を維持できるような体制にしなければ実現できないのだけれども」
「つまり、貴方は民からの税はあくまで領の運営に使うべきであり、別のところから資金を調達したいと?」
「賢いわね。あたりよ。」
「具体的には、どうするつもりですか?」
「まず、商いを始めるわ」
私のその一言に、一瞬会議の空気が凍った。
「……商いですか……」
セバスとメラドは反対なのだろう。少し、表情が曇っているわね。
「慣れないことをして、家が取り潰しと聞いたこともあります。それは止めておいた方が良いのかと思いますが」
メラドがそう告げる。でも、金を稼がなければ本当に私の構想は絵空ごとになってしまう。
屋敷の維持やら私たちの無駄に豪華な服に、それから食事……この先予算をそれに割くのであれば、その分…公道整備とかに使いたい訳。
「まあ、話を聞く前に、止めてしまうの?儲けることができるかもしれないのに」
私の言葉に、メラドは怪訝な表情を浮かべる。
「私は所詮貴族の令嬢。市場という商人達の戦場に立ったことのない私が、いきなり商売を始めるなんて言ったところで、その反応は正しいわ」
あの頃、石田三薬の薬売りをしていたが商売は喧嘩を売って怪我をさせて買わせていた。2度目はちゃんと働いていたから知っている。私には知識がある。それに【賢き者】の恩恵もある。
「……いえ、失礼しました」
「良いのよ。で、差し当たってなのだけれども。私、この商品を売りたいのよ。サヤノあれを出してちょうだい」
「分かりましたー」
サヤノが取り出した袋の中から瓶をを取り出す。
「それは……砂糖ですか?」
セバスが尋ねたのはその通り。袋から出したものは白い粉である。
「これはね、サトウキビを絞った液体よ」
「はい?まさか、そんな」
と驚くメラドに私は念押しする。
「いえ、本当なのよ。これを使った食品を売るつもりなのよ」
私は袋をひっくり返す。中身はサラサラと粒が落ちてくる。それを見て一同唖然としていたのだった。この白い粒は、サトウキビを絞ってできる砂糖である。
前世では一般的な食材で簡単に手に入るものだったが……この世界にはないらしい。
「これは、この領地の特産品にするつもりよ」
「そんな!そんな高価なもの、いくらになると思っているのですか!」
「まあまあまあ。落ち着いてメラド…まずは話を聞いてからですよ」
とセバスが宥める。そして私は話を続けることにする。
「まずね、この砂糖を作るには手間がかかるのよ。サトウキビの茎を切って、中の液体を絞り取って煮詰めて……ほらこの通り」
瓶を振るとサラサラと音を立てている。
「だから大量には作れないわ。それに手間もかかるからどうしても高価になってしまうし……」
そこで私は一度区切る。それからこう言ったのだ。
「……ただね、栽培に特別な技術が必要なわけではないのよ?だから、まだ本格的にサトウキビの生産がされていない今のうちなら、高く売れると思うのよね」
「確かに……。ですが、栽培はどうするのですか?気候や風土が合わないと育ちませんし、それにサトウキビの畑を開墾するにも人手が……」
メラドはそう反論した。確かに、その問題は大きいわね……でも。
「そこは私が何とかしますわ」
私はそう言って笑ったのだった。
「皆さんには話してはなかったのですが【天候操作】【時空間操作】のスキルを持っています。一部の土地にそれを付与すれば、畑を開墾する手間も省けますし。それに、サトウキビは成長が速いので半年で収穫できますよ」
「そんなスキルを持っているのですか……!?」
メラドは驚いていたがセバスとアリシェは納得している様子。まあ、2人には話してあるからね。
「……確かにそれなら可能でしょうけど……でも、本当に売れるんですか?」
とメラドが尋ねる。
「ええ。この領地には特産品がないの。だから、これを売り出すしかないわ」
「特産品がない?そんなはずは……この領地の農産物はこの領の名物ですし……」
「ああ、それね。売り出し方が間違っていたのよ」
私は一旦席を立つと、窓辺に移動をした。そして窓を開けると景色が一望できる。その景色を見ながら話すことにしたのだった。
「この領地はまあ自然豊かなところなのよ……空気も美味しいし、気候も穏やかだしね?」
「あとはこれよ。」
私が特産物にしたいものそれは清酒である。
「清酒、ですか……聞いたこともありません。でもそれは、この領地では造れませんし……」
「そう、だから私は酒造りをしようと思うの」
「……酒造り?」
「ええ。お酒を造るのよ」
と私は言ったのだった。
私の提案にセバスが質問する。
「酒はアルコールが含まれており、子どもには毒ですぞ」
「ああ、それは大丈夫。私が【浄化】をかけるから問題ないわ」
「なるほど。それなら、良いかもしれませんね」
「セバスさんまで……ですが、酒造りはかなりの重労働ですよ?水も大量に使いますし」
とメラドは反対した。確かに、それはそうよね。でも、私はその問題の解決策を既に思いついていたのだ。
「それも大丈夫。私がスキルで何とかするわ」
「……そんなことができるのですか?」
とメラドが尋ねるので私は頷いたのだった。
「ええ、できるわ。だから安心してちょうだい」
それから私たちは清酒について、そしてサトウキビの栽培について話し合ったのだった。