二十五ノ訓
朝食を済ませ部屋に戻るとサヤノとエミラが入ってくる。
サヤノはエミラに商会の喫茶ラインの現場を任せているから、いつもは店にいるか各店舗を飛び回っていて、この館で会うことは本当に久しぶり。
「お嬢様から言われていた新商品ができたよ」
「ああ、あれ?今、持ってきてるのかしら」
「いや、報告だけ。慌てて来ちまったもんだから、肝心の品を忘れちまっていけないねえ。後で作って見せるさね」
「 楽しみにしてるわね」
エミラに頼んでいたのは、貿易で隣国から手に入るようになった寒天を使ってのデザート開発。
「あと、あのコーヒー?とかいう飲み物はいつから店に出すんだい?」
それと王都にいる間に、コーヒーが完成した。因みにコーヒー豆は空間魔法で栽培しているが未完成だ。今回はタンポポコーヒー。前世でコーヒーを欠かさず飲んでいた私からすると、少しコーヒー豆のコーヒーとは少し違う気がするのだけれども…。
「まだ宣伝も何もしてないから、もう少し後になるわね。出すまでの間に、コーヒーを使ったデザートも考えてくれるとありがたいのだけど」
「了解。どうせ久しぶりに屋敷に暫くいようと思ってたところさね。その間は、それに注力しておくよ」
「宜しく頼むわ」
「ところで、久しぶりの王都はどうだった?」
「…もう少し、色々な感情が込み上げてくるかと思っていたのだけど。何も、感じなかったわ」
「……何も?」
「ええ。勿論、友達に会った時や家族に会った時には、懐かしさや嬉しさを感じたわ。でも、王都という場所にはどうやら未練はなかったみたいよ」
「随分とサッパリしてるねえ」
エミラは小気味良くクツクツと笑った。
「サッパリしているというよりも…あそこは、元から“ワタシ”の居場所じゃなかったからかしらね」
「ふうん、そんなもんかねえ」
「そんなものよ。…私にとって、ここが故郷で、貴女達という大切な家族もいる。だから、それで良いのよ」
「はははっ、光栄の極みだね」
エミラは、それから二三言葉を交わすと部屋を退出していった。
私はそれから、再び資料の確認に戻る。
…税収は、上々。他国と他領との貿易が活発化したことで、商会の収益が上昇。
後は高等部で開発された物の販売益も順調に上がってきているようだし。また、雇用が生まれることで個人の収入も上がっている。
中等部の建設も着工した。後は、地方のインフラ整備。…領都はインフラが不便に感じない程に整っているけど、地方はまだまだ上下水道がないところも多い。
それぞれの進捗を確認し、必要なところにサインや手直しをしていたら再びドアからノック音がした。
「お嬢様、ご友人がお見えです」
「入って頂いて」
すると……入ってきたのはティナであった。ティナは学園にいた頃に仲良くなった友人だ。
「久しぶりね、ティナ」
「お久しぶりです、リゼ。お邪魔しても良いですか?」
「ええ、どうぞ。座ってちょうだい」
私が促せば彼女は遠慮なく私の対面に座った。私は今座っているソファからテーブルへと移動すると……そこから彼女の前に書類を滑らせた。彼女がきょとんとした顔をするので説明を入れる。
「……これは?何か新しい事業を始めるんですか?」
「ええ。これは商会の新商品になる予定のものよ。だから、是非貴女にも協力してもらいたいの」
「良いですよ」
彼女は笑顔で了承してくれたので……早速本題に入ることにした。
「まず、これを飲んでみてもらえる?」
「……なんですか?これ」
ティナは躊躇いながらも、それを口に含んだ。すると途端に目を見開き……私を見た。どうやらお気に召したようね……まあ予想してたけれども! 私は彼女にその飲み物について説明すると……彼女は目を輝かせた。そしてすぐに、それを量産してくれと言ってきた。まあ、そうなるわよね。
「これは……売れますよ!」
「そうかしら?」
「ええ!絶対に売れます!!」
彼女は興奮気味に断言する。そこまで言われると自信がつくわね。私は彼女に詳細の話をする。すると彼女もいくつかの案を出してくれたので……とても助かるわ。さすがはティナだわ。
「……そういえばリゼ」
「何かしら」
「また戦争になるって本当ですか?」
ティナが不安そうな顔で聞いてくるけれど……ええ。本当だわ……。
「そうらしいわね」
「……本当に始まるんですか?怖いです……」
ティナは不安な表情を浮かべると、俯いてしまった。私は彼女に言う。
「大丈夫よ。私達はエルテニア領を死守するだけよ。絶対にこの街に被害を出すことはないわ」
私がそう言うと、彼女は少し安心したようだけれど……それでもまだ不安そうにしている。まあ、いきなり言われたらそうなるわよね……でも彼女が心配しているのはサツヴァ武国の侵略だけでない気がするのだけど……。
「貴女は何も心配することないわ。サツヴァ武国は私がなんとかするから」
「……リゼは強いですね。私は、不安で仕方がないです……」
「それは仕方ないことよ」
私は彼女の手を取りながら言う。彼女は少し驚いた顔をしたが……それでも私の手を振り払うことなく受け入れてくれた。
そして、そのまましばらく沈黙が続いた後……彼女が口を開く。
「……リゼは、怖くないんですか?」
「ええ。怖くはないわね」
「どうしてですか?戦争ですよ?」
ティナの目には涙が浮かんでいた。ああ……これはきっと……。
「……私は、貴女達といるために頑張ると決めたの。だから……怖いなんて思わないわ」
「リゼ……」
「それにね?戦争は今まで何度もあった。だけど戦場にいると私が私でいられる。私は、私のすべきことを果たす責務よ」
「……リゼは凄いですね」
「そんなことはないわ。ただ……やりたいことをやっているだけよ」
私がそう言うと彼女はクツクツと笑いだした。そして私の手を強く握り返したかと思えばこんなことを言い出したのだ。
「なら私もやりたい事をやります!リゼの友達として、貴女を全力でサポートします!」
彼女が私に笑顔を見せると、それだけで私は救われた気分になる。彼女の笑顔を見ると何故だか安心してしまうのよねえ……不思議だわ。
そんなことを考えているうちに、彼女はまた口を開く。
「リゼ!何から始めますか?」
「……そうね。とりあえずはティナにこれを量産してもらってもいいかしら?上手く行ったら別の商品も考えていきたいわね」
私がそう言うと、彼女は真剣な表情で頷いた。そして早速仕事に取り掛かろうと席を立つので……私は慌てて彼女を引き止める。
「あ、待ってちょうだい」
「どうしたんですか?」
私が呼び止めると彼女は首を傾げるが……すぐに思い出したのかハッとした表情になった。どうやら彼女も思い出したらしい。
「そういえば……良かったらお城で働いている方々にお土産を買ってきても良いですか?」
「ええ、勿論よ」
私は笑顔で頷くと彼女は嬉しそうに笑う。そしてそのまま部屋を出て行ったのだった。
* 暫くしてからティナは戻ってきた。どうやら買い物を済ませてきたようだ。
「ただいま戻りました!」
「おかえりなさい、ティナ」
私が出迎えると彼女は手に袋を持っていた。恐らくそれがお土産なのだろうと思うのだけれども……一体どんなものを買ったのかしら?少し気になるわ。でも、それは後で聞こうかしらね。
「何か買ってきたのかしら?」
「はい!お土産を買ってきてきました」
そう言うと、彼女は袋の中から箱を取り出す。そしてそれをテーブルの上に置いたのだ。私はそれを手に取ると……中を開けてみることにしてみた。そこにはクッキーが入っていたので、早速頂くことにする。一口食べるとサクッとした食感がしてとても美味しいわ。これは良いわね……今度サヤノに作ってもらおうかしら?そんなことを考えつつ、私は彼女にお礼を言うことにした。
「ありがとう、ティナ。とても美味しいわ」
「良かったです!」
彼女は満面の笑みを浮かべた。本当に可愛らしい子よね……この子。私はそんな彼女に質問を投げかけてみることにした。
「ところで、貴女はどうして私と仕事をしたいと思ったの?」
すると彼女は少し考え込んだ後に答えてくれた。
「そうですね……私がリゼと友達になりたいと思ったのと一緒です」
「私と?」
「はい。私は貴女が持っている強さに憧れているんです」
「……そうなのね。それは嬉しいことだわ」
私としては特に特別な事をしているつもりは無かったのだけれど……でも、彼女がそう思ってくれるならそれで良いのかもしれないわね。私の価値基準は彼女なのだから……。
それから暫くしてティナは帰っていった。また来ると言ってくれて嬉しかったわ。私も彼女と会えることを楽しみにしているから。




