二十三ノ訓
緊張感でガチガチになりつつ、アンドレイ男爵家に着くと、そのままホストであるアンドレイ男爵にご挨拶。
「本日はお招きいただきまして、ありがとうございます」
「こちらこそ出席していただきまして、ありがとうございます」
アンドレイ男爵は、流石軍に在籍されていた方なだけあって、均整な体つきをしている。…1つ1つの動作が美しくて粗野なのに感じが全く見受けられない。素敵なロマンスグレーのおじ様、というのが私の中での印象。
「父様も残念がっていましたわ。今回の会に参加できなくて」
父様は出席したがっていたけれども、生憎の欠席。その用事については詳しく話してくれなかったけど、やはり暗殺を恐れてということだ。
「恐れながら、私も非常に残念に思っております。是非、また次の機会にいらして下さいとお伝え下さい」
「はい。必ず」
ホストへの挨拶を終えて、私は会場を見回わした。
それが私の中での最初の印象。あちらこちらで名の通った方ばかりなのだもの。貴族で言えば、何らかの功績をたてて貴族に取り上げられる方々。後は平民ながらその技術力を買われている方や芸術性に期待を寄せられている方。官僚として第一線で働き、お父様からその名を聞くような方々。そんな有名な方ばかりの集まる会なのだから驚くのも仕方ないことだろう。
「……エルダー令嬢、お久しぶりに存じます」
「まあ…シュタルク伯爵、お久しぶりです」
シュタルク伯爵は、この王国の総務大臣を務めていらっしゃる。確か伯爵はその力量を陛下に買われている。あの王城内で一癖も二癖もある人々達と渡り合っているのだ…とてもその見た目通りだとは私には思えない。
「まさかシュタルク伯爵がいらっしゃってるとは、思いもしませんでした」
国の行政の中でも、重要なポジションにいる彼がまさか何方かの王子に肩入れするとは思ってもみなかった
「私のような一介の官が王位のあれこれに口を出すことはできませんよ」
「ですが、王国にとって何方の方が国のため…ひいては民のためになるのか。それを考え行動するのが、官民の役目だと私は思っているだけのことです」
「なるほど。貴方には国のためになると」
シュタルク伯爵は、私の言葉にただ笑みを深めるばかりだった。
「そういえば、リーゼロッテ令嬢。今宵のお召し物も、とても素晴らしいものですな」
「ありがとうございます」
「それも、御自分の商会で?」
「はい衣服店に注文したものです」
「ほう。エルテニア領には、逸材が揃っておるのですな。海に面しているのも、羨ましい。塩の精製、清酒とやらの開発など他国との交易で得る外貨…海に面しているというのは、それだけで領を富ませることができるのですから。さらに武功も素晴らしい…新撰組は特に」
「え、ええ…まあ。民達のおかげです」
流石、シュタルク様。各領の動向はしっかり把握されていらっしゃるのね。
「ご謙遜を。少なからず貴女の指示によるところも多いのだと、私は伝え聞いておりますが?」
取り敢えず、私はその問いに笑みだけを返す。言葉に詰まってしまった。痛くない腹だけど、探られているようで少し面倒。
「他、領政においても随分活躍されているのだとか。税制の見直しなど着手されているらしいですね。…一体貴方は、最終的にどこを目指しておられるのか」
平たく言えば、交易で外貨獲得し、他領からも商業で金を集め、自領では軍隊を作り上げて何を企んでいるんだ?というところかしら。これじゃシュタルク伯爵でなくても何考えているんだか警戒するだろう。
「私の目標は、民達に安心して暮らして貰えるようにすること。身の安全・生活の安定を保証できる領といったところでしょうか。そんな目標…理想と言った方が合ってますね。その理想にどこまで近づけることができるのか。これは永遠に追求するより他ないかと…ですから“最終的に”などないのです」
「なるほど……。私、とても感動しました。民の為の政ですか…貴方はお若いと言うのに、既に公僕であろうとしているのですね。ですが、お気をつけ下さい。今の貴女の発言は、民の為なら国にすら牙を剥くと捉えられかねない」
「ご忠告、感謝致しますわ」
国に反旗を翻すつもりはない。一応これでも我がエルテニア領は王家に忠誠を誓っているのだもの。
私はそれ以上に民を守らなければならない。だから、状況によっては国と対立する可能性だって勿論ある。最後の札で、最も切りたくないカードとして新撰組を動かして国を牽制したくはないもの。
「いえ、年寄りの戯言程度に受け止めて下さい」
「はい。肝に銘じておきますわ」
私達はその後も当たり障りのない会話を続けていたが……やはりシュタルク伯爵の目は鋭い。私の一挙一動を見逃さないと言わんばかりだ。
「伯爵…我が領で造られた清酒です。お一つ如何ですか?」
私は話題を変えるべく、清酒を勧めてみることにした。
「おお……これは素晴らしい。是非」
「はい」
シュタルク伯爵にグラスを手渡すと私も一口。うん……良い出来ね。流石、酒造の天才ラーダだわ。
「……これは美味い!」
「ありがとうございます」
「いやはや……この酒も貴女が?」
「ええ、まあ」
私が肯定すると、彼は少し考え込んだ後、再び口を開いた。
「……リーゼロッテ令嬢は、エルテニア領の産物を国内外にも輸出されていると伺っておりますが」
「はい」
「それは我が領にもですかな?」
……これは遠回しに自領への食料供給を要求しているのかしら?うーん……まあ良いか。お金になるんだし、私の懐は痛まないものね。
「勿論です。我が領では農作物の他にも海産品や畜産物も生産しておりますから」
「ほう!それは喜ばしい!実に良い話です」
「ええ、本当に。……よろしければ後で我が家の倉庫をご覧になりますか?」
「ではお言葉に甘えて……」
私の申し出にシュタルク伯爵は満面の笑みで頷いた。
「そういえば、シュタルク伯爵。1つ、聞かせていただいても?」
「何でしょうか?」
「何故、貴方は領地に早くお帰りに? てっきり、もうお帰りになられるかと思っていましたので……」
結構踏み込んでしまったかな、と思ったものの男爵は口を開いてくれた。
「それが、私の与えられた任務だからです」
「ええ。リーゼロッテ令嬢は、マルタ戦役のことは……?」
「勿論、聞いております。ですが、私の知識は書物にあるものとそう変わらないでしょう」
「十分です。……貴女が聞いた通り、私はかつてマルタ戦役で貴女のお父君の下で戦った者。そして、その戦役での武功により、爵位を賜りました」
そう説明する伯爵は、遠い目をされてる。
「ですが、私はあくまで軍籍の身。爵位を賜っても、それは変わりません。そして、サツヴァ武国との休戦は締結されていないのですから…私は国境を預かる者として、あまり領地を空ける訳にはいかないのです」
……確かにそうよね…と思いつつ、けれどもやっぱり釈然としない。まあ同じ国境の領を治めている伯爵とは、“軍出身だから”伯爵の方が警戒心が強いというのは分かるけれども。でも、それにしても早いような気がする。何せ、公式行事である建国記念パーティーの開催前ギリギリにいらしたかと思えば、終わってすぐ帰られて。本当に開戦間近だと思えてしまって仕方ない。
「今尚私の中では戦時中であり、そんな私が貴女に絶対大丈夫であるから、心配は不要と言えません。ですから、注意しておいて下さい…とだけ言っておきましょう。向こうも、すぐに戦いに持ちかけることはないかと思いますが、あの国は常に我々の国を狙っているので」
「豊富な穀物や資源故に…ですか」
「ええ。それに加えて、30年前の戦争の憎悪も残っているかと…さらに腕の立つ者が数人いるということです」
……戦争、ね。エルテニア領は伯爵の領とサツヴァ武国に近い、
一度開戦すれば、様々な面で領に負担は降ってくるのだから。
「ご忠告、ありがとうございます」
「こちらこそ、このようなパーティーで無粋な話題、失礼しました。それでは、私はこれにて失礼させていただきます」
「とんでもございませんわ。とても、為になったと思いますもの」
伯爵はお辞儀をして、会場を後にした。休める場所に移し
「ヒュース」
「ここに…」
伯爵が立ち去った後、私はヒュースを呼んだ。すると、彼はすぐ後ろに控えている。本当によく教育されてるわね……。
ヒュースは目立たないようにするのが基本とはいえ、私の1番近くにいるのだから気配を消していなくてもいいのに……と思ってしまう。
「今の話聞いていたわよね?」
「はい…直ぐにサツヴァ武国について分体が調べております。……それと、クラウスからのご連絡です」
ヒュースは小さな機械を私に渡してきた。これは【オールドナンツ】という遠くの人と連絡が取れるイヤホン型魔導機器である。あの2人が頑張って造った優れものだ。




