表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/17

共和国図書館書庫 3

「お前のせいだ。リゼ……」

 ルドヴィクは、書庫と自分の間に私を挟んだまま、頑固に繰り返す。

 私はその中で出来る限り、顎を上げて長身の彼に向き合った。

「そ、そー……それは、い、言いがかりと言うものでしょう。元首閣下」

「ルドヴィク、ルドだ。リゼ。そう呼べ。それにこれは、言いがかりではない」

「それは、おー……お役人様か、こ、婚約者様とよく話し合わわれた方が、よ、よいかと……」

「お前、それ大真面目に言っているんだろうなぁ」

「は?」

 ……ルド?

 彼は、書架にがくりと肘を突いて、首を垂れている。

 そのせいで髪が、すっかり彼の影に入ってしまった私の額に触れた。

 これでは距離が近すぎる。酷く落ち着かない。

 それにしても、私は何か間違った事を言ったのだろうか?

 いや、言ってないと思う。

 行き違いになった事は、話し合いで解決するのが一番いいに決まっている。

 ましてや彼は、政治家なのだから、その経験は豊富な筈ではないのか?

 はぁ~っと、首を傾げて太い息を吐く元首の顔は暗い。

 少しだけお酒の匂いがした。

「お前、俺が婚約すると知っていたんだな」

「もっぱらの噂で……」

 私はどもらないように、できるだけ短く答える。

「どう思った?」

「いいのでは?……せ、政治家は妻帯した方が、信用が増すと言いますから」

 気をつけてゆっくりと言ったつもりが、正論であるにもかかわらず、ルドヴィクは納得した様子もない。

 どころか、ますます眉間のしわが深くなった。

「さすがの俺も、心がへし折れそうだわ……もっとも、お前にそう思わせ続けたのは俺か。自業自得と言うべきだな」

「……?」

 何の事を言っているんだろう、この人は。

 さっぱりわからないんですけど。

 私は間抜け面で首を傾げる。

「くそっ!」

 ダン!

「ひゃっ!」

 突然大きな拳が書架を殴りつけた。

 何てことするんだろう!

 私は非常に腹が立ったので、怯える気持ちがどこかへ吹っ飛んだ。

 ぎろりとルドヴィクを睨みつける。

 しかし、彼も、ものすごいしかめ面を私に向けていた。

 ま、負けるもんか!

 私は司書だ。本を管理し、守るのが職務だ。

「ら、乱暴はおやめ下さい! 書物は国家の財産です!」

「……俺より本の心配か? リゼ」

「そうです!」

 当然だ。

 この男は頑丈にできているからいいが、貴重な本が傷んでしまうではないか。

 ただでさえ古い本の修復は難しいのに。

「まったく、本気で俺を殺す気らしいな、お前は」

「は? コロス?」

 さっきから何を言っているのだか?

 やはり、昔も今もこの男は苦手だ。

 あからさまに不審な顔をした私を覗きこんで、ルドヴィクは、私の大切な本の背を殴ったその手を私の頬に伸ばしてきた。

 驚いて体を竦める。

 しかし、次の瞬間、私は力強い腕に抱きしめられていた。

 な……これは?

 抗おうにも、恐慌に陥って手足が上手く動いてくれない。

 ひゅうという音を立てて、喉が空気を吸い込むのを感じた。

「リゼ……確かに俺が全部悪いんだが……頼むから少しは俺を見てくれ」

 耳元でそう囁かれて、首筋が粟立つ。

 何コレ?

 わかったわ、とにかく見ればいいのね。見れば。

 そうしたら、この訳のわからない状況から解放してくれるのね? 

 私は、おそるおそる目を開けた。驚いた事に、息がかかるほど近くに、彼の顔があった。

「リゼ」

「は……はい」

「俺はもう、ごまかしたりしない。脅しもしない。直接話法でお前に伝える。でないと、一生分かってもらえそうにないからな、いいか、リゼ」

 ルドヴィクは光の強い瞳で私を見据え、片方の手で私の顎を掴んだ。

「はい?」


 一体何を言おうと言うの? ってか、少しだけでもいいから身体を放して欲しい。

 ルドヴィクの体が熱くて、巻きつく腕が苦しくて、私は膝が崩れそうになるのを必死で耐えた。


「今から俺が言う事は全て真実だ。もう、お前をからかったりしないから、どうかちゃんと聞いてくれ」

「はい」

 私は馬鹿みたいに、はいを繰り返した。

「お前を人嫌いにさせたのは俺だ」

 はい、その通りです。

 ようやく意味がわかる事を言ったわね。

 私は小さく頷いて見せた。

 それを見てルドは、やっぱり苦しそうに口元を歪める。

 あら、少しは反省しているの?

 それとも元首になったから、今更昔の過ちをすすごうと言うのかしら。

「俺が嫌いか?」

「む……昔は、とても」

 正直に答える。

「そうか、そうだろうな? では今は? 今も俺が嫌い?」

「……」

 さて。どうだろうか?

 確かに苦手だが、苦手と嫌いとは、中身が違うような気がする。

 目の前の男は、どちらかと言えば軽い身分から努力を重ねて、国家元首にまでなった人物だ。

 いかに共和国が自由と平等を謳歌する、大陸では珍しい国で、本人に才能があったとしても、そこまでのし上がるのが並大抵の苦労ではない事ぐらい、私にもわかる。

 そんな勤勉な人間を嫌ってはいけないだろう。

 私は小さく首を振った。

「そうか、少しは認めてくれるようになったのか。ならかえって、昨夜いきなり申し込んで驚かせなくてよかった」

「……」

「既成事実を作って、お前を追い詰めなくて正解だったってこった。俺が間違っていた。お前の縁談を聞いて、焦っていたんだ」

「えんだん?」

 どうして私の縁談が、ここに出てくるんだろう。それにその話を断ったことまで、聞いていなかったのだろうか?

 支離滅裂で話が見えない。

「いろいろすまなかった。昔も、今も。だから正す。俺は腹をくくる。いやもう、とっくにくくっている」

 まるで自分に言い聞かせるように、ルドヴィクは言うと、やっと両手を下ろして身体を離してくれた。

 ぐいと背を伸ばすと、やっぱり見上げる程背が高い。

 加えて元首の正装がすごく良く似合っている。

 やはりこの男はすごい人なんだ。私が感心して見つめていると、ルドヴィクは瞳の力を強くして見返してきた。

「リゼ」

「はい」

「俺をすっぽかした相手は、お前だ」

「へ」

「俺が昨夜ずっと待っていた相手もお前だ。招待を無視してくれてこっぴどく振ったのも、全部お前」

「はぁ!?」

「だから、お前のせいだと言ったんだ。お前が俺を振ったんだ」

「は? わ、わ、わっかりませ……」

「まだわからんか。俺は、お前と、婚約するつもりだったんだ!」

「コ……コ、コ、コンニャク?」

 余りの衝撃に、またしても激しくつっかえてしまう。

 話の流れからして、コンヤクって婚約の事だろうか?

「今までいろいろすまん。ちゃんとした段取りを踏まなくてすまん。だが、アルド殿があんなにあっけなく、身罷(みまか)られるとは、俺にも予想できなかったんだ」

「……」

「その上にお前の縁談話を聞いて、俺は非常に焦った。急ぐ必要があった。それで衆人の目前で、リゼを俺の婚約者として発表してしまえば、お前には断れないだろうし、誰にも邪魔されないと思った。だが、ただの招待状では、お前を公の場所には引っ張りだせない。けど、元首直々の招待状なら、さすがに断らないと思って。お前の親父さんにも頼んで」

「お父様に?」

「ああ。けど、お前は来なかった。これは相当嫌われていると、昨夜は苦しくて……」

 彼は本当に、苦しそうに胸に手を置いている。

 そう言えば、目の周りがうっすら黒ずんでいるようだ。

 元首は激務なのに、これで大丈夫なのだろうか?

「あの……?」

「だから、夜が明けたら直ぐにここに来た。家に押しかける訳にもいかなかったし、もしかしたらここに来るだろうと思って」

 そしてルドヴィクは、だしぬけに私の手を取ると、硬い床に片膝を突いた。

「リゼ、リゼ・クロトワ嬢。あなたにお願いがございます」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ