厨房の王妃 2
王も宰相も半ば忘れかけていたが、かつての王妃は金髪もまぶしい、美しい娘だったはずだ。
大きな空色の瞳はまっすぐにアルトゥールを見つめ、問われた事に対してはきはきと口を聞いた。女とは思えぬ知識の広さと深さは驚くべきもので、豊かな語彙を操って紡がれる言葉には、確かな説得力があった。
アルトゥールはそのあふれる美しさと才気は、王宮にとってよからぬ禍をもたらすと考え、彼女を遠ざけたのである。
それが如何に酷い事だとは知りながら。
時折ご機嫌とりに贈り物とカードを送る。それだけが彼らの繋がりだったのだ。
目の前の娘は、豪華な衣装も宝石も身につけてはいない。
しかし、意志の強そうな大きな瞳は紛れもなく王妃エリスフィールである。
一体彼女に何が起きたと言うのだろうか?
アルトゥールは王妃を見つめながら言葉を失っていた。
「お忘れですか? 陛下。一応あなたの妻のエリスフィールです。お久しゅうございます」
王が動こうとしないので、エリスフィールは自分からそう言って腰を折った。
その優雅な所作と、質素すぎるにもほどがある衣装の不思議な調和。
彼女は自分が粗末な服を着ている事を、別に恥じてはいないようだっただった。
むしろ清々しい潔ささえ感じる。
これは何としても問いたださなくてはならぬ、アルトゥールはそう決心した。
「これは……一体どういう事なのだ! 何故この宮には人がおらぬ!? そしてなぜそなたはそんな恰好を致しておる」
「あら、ここから人を引きあげさせたのは、陛下ではございませんの?」
「何?」
「違いますの?」
平然と聞き返す様子は嘘とも思えない。
「何だと?」
「もう三年ぐらいになりましょうか? 形だけの正室で、王の御渡りもない王妃には用はない、と櫛の歯が抜けるように人がいなくなってしまいましたの」
「俺はそんな指示をした覚えはない!」
「あらそうでしたか。とりあえず立ち話もなんでございますから、中にお入りになって?……粗末な小部屋でお恥ずかしいのですが、よければ」
「……そうしよう」
王妃に案内されてアルトゥール達は、裏の小さな扉から宮に入った。
そこは裏口から入ったすぐのところにある、召使い部屋の一つのようだった。
小さい部屋だが、窓があり、居心地良く質素な家具が置かれている。
一階には同じような召使い用の部屋が並んでいて、隣は寝室に使っていると、エリスフィールは説明した。
「何故、王妃の間を使わぬ?」
「なぜって、あそこは広いばかりで使いにくいからですわ。やたらと装飾過多な家具や、帳、寝具などは掃除や洗濯するのも一苦労です。ここには私と、私の国から連れてきた侍女のモリイしかいませんし」
「王妃自ら掃除や洗濯をしているのか!」
「他にしてくれるものがなくては、自分でしなくっちゃなりませんでしょう?」
「何故、俺に言わなかった?」
「先ほど申し上げた通り、私は陛下が、敢えてこのようにされていると思っていたのです。なんと言っても私は元敵国の娘ですし、これまでのなさりようから見ても、愛されているとはとても思えませんし」
エリスフィールは淡々と説明する。
アルトゥールは言葉もなかった。彼女の言うとおりだったからだ。彼はこの数年完全に王妃を無視してきた。その結果がこれなのだ。
「……」
「失礼いたします」
その時、侍女と思われる娘が、お茶の道具を携えて入ってきた。
「あ、モリイや? 出かける前に窯に入れておいたパンは上手く焼けてる? よかったら陛下にも差し上げたいんだけど。ちょうどお茶の時間ですし」
「かしこまりました」
「出かける? パン? 一体何の事だ」
「ああ、申し訳ありません。ただいまご説明いたしますが、その前に熱いうちにどうぞ? このお茶も裏の畑で育てたハーブを使っておりますの。沈静効果がありますわよ」
王妃自ら茶を注ぎ、王と、恐縮して口もきけない宰相に手渡す。
それから国王と宰相は王妃の驚くべき話を聞く事になった。




