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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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引き攣れる心の動き






確かにルウィエラは一般と言われている普通の暮らしとは程遠い生活を送ってきたのかもしれない。それは認めよう。


未だに無知な部分も多々あれど、脱出してからは日々精進しているつもりだし、最低限のことはできるようにはなったという自負はある。



なので幾ら具合がよろしくないとはいえ、現在のルウィエラの状態は是非とも物申したい気分でいっぱいだ。

昨夜酷かった頭痛は緩和され、魔力器が循環され始めたことで、多少か体調が良くはなったものの、熱と倦怠感はまだあり、真っ直ぐ立ち上がれても少しふらつくことは理解しているが、これはやり過ぎではないだろうか。


ルウィエラが座っているソファの後方からは左右に長い手足が伸びている。

そして背を凭れようものなら、大きな胴体とぶつかるのだ。


即ち、一人の人外者の真ん中にちょこんとルウィエラが居る状態なのだ。








「今回はまだ様子見ですのでシンプルに玉子粥というものにしてみました。簡単なレシピなだけに時間配分やママイの崩れ具合、卵の投入時期等色々と奥深いものでしたね。」



それは昼を少し過ぎた頃だった。


ジラントルがキックリから渡されたママイでお粥を作ってくれたのだ。


ほかほかと穏やかな湯気が漂い、取手付きの可愛らしい丸みを帯びた小さめの白い陶磁器の中には見ただけで、お腹がきゅるると鳴る良い匂いをさせた卵の黄色が白いママイとふんわりと混ざり、シンプルこそ至極のお粥降臨にルウィエラは目を凝視して見つめてしまう。


お腹がくるるとまた鳴って食欲が促進される。ベッドで召し上がりますかと聞かれたので、万が一溢しては罪だと丁重に断って、机から離れた所に二、三人掛けと一人掛けのソファとテーブルがある場所に決めて、お粥から目を離さずに寝起きの体を起こすべく両手両足をしゃかしゃか動かして何とか起き上がる。


その間何故か二人は下を向いて口に手を当てていたので、起き上がれない生まれたての子馬のように見えて格好悪かっただろうかと予想する。


セルが運ぼうかと言ってくれたが、そちらも丁重にお断りして自立を図る。昨夜よりも幾分か楽になっているので、甘え過ぎは禁物なのだ。


ようやくバランスが確保できて、ゆっくりとベッドの端に足を下ろして立ち上がるがふるふると震えているのを見てセルが「生まれたての子馬か」と呟いた。

可憐に見えない容姿かもしれないが、せめて子鹿では駄目だったのだろうか。


震えが落ち着いた頃、一歩一歩と高位の人外者達に見守りをさせる人間はある意味大物であるのかもしれなかった。


ようやく弾力がある沈まない張りのあるソファに慎重に座り、辿り着けた時は思わず目をきらきらさせて、二人を見てしまう。


まるで赤子が初めて一人で歩けたよ!みたいな目線で見られた二人は今度は同時に目元を覆ってしまった。



気を取り直したジラントルがテーブルにお粥とスプーンを添えてくれた。


シダレ特産の海産出汁の香ばしくも優しい匂いと、卵がふわふわ感が見事に調和されたお粥は、初めてキックリのお粥を食べた時に匹敵する感動ものである。



いただきます、と心からの言葉が出て、どきどきしながらスプーンを持つ。


しかし、ここから第一の試練が待っていた。


お粥を堪能したいルウィエラは今になって己の浅慮に気付く。

暫く動かしていなかった腕と手の指の機能回復訓練を疎かにしていた為、口元に運ぶ前に腕の震えと体の振れ具合からスプーンから僅かにお粥が溢してしまいそうになる。


ならばと、トレーごと自分の膝に置こうとするが、今度は手がふるふるして持ち上がらない。目の前にご馳走があるのに、自分の甘さと未熟さ故に至福の時間に到達できない事態にルウィエラはわなわなした。



その姿があまりに貧相で憐れに見えたのだろう。

セルがルウィエラの隣に座って器を持ってルウィエラに寄せてくれたのだ。



「持っていてやるから食べろ。」

「え」



あまりな脆弱な人間の不憫さに手を伸ばしてくれたのは分かるが、相手は高位の人外者、それも王に器を持たせている。そのことにぴしっと固まっていると、セルが「食べることに集中しろ」と気遣いまでさせ、恐縮しながらもスプーンで少量だけ零さないように掬ってふうふうしながらゆっくりと口に入れた。



「!…ふぉ、ふぉいふぃへう」



はふはふしながら火傷しない絶妙な温かさになっているお粥を食べて、美味しいですと、思わず作ってくれたジラントルに伝えようとして、それこそ赤子並みの言語が飛び出してしまったが、きっとこの伝えたい気持ちは分かってくれるだろう。



ジラントルは目を丸くしてから「―――それはようございました」といって、すっと目を逸らし、流れるように机の空いた食器の片付けをし始めた。


ママイの粒が均一した絶妙な柔らかさになっていて、それを卵が包むように、出汁の旨味と連動して食欲を更に唆る。


見た目が排他的で怜悧な美麗姿の人外者から想像もつかないような優しい味にルウィエラは内心で驚いていた。




そして器を持ってくれているセルにもこの美味しさを伝えようと見上げると、目元を手で覆ってしまっているので、疲れているのかなと声を掛けようとすると「疲れているわけじゃないぞ」と瞬時に遮られてしまったので、ルウィエラは少しでも器を持たせる時間を短くしようと意気込む。


だが、まだ熱のある体は平衡感覚が定まらず、ルウィエラはゆらゆら揺れながら、スプーンも同時に動くため、なかなか一口を口に入れるのに時間が掛かる。普段できることが体調不良によってこんなにもできないものかと歯痒く感じていると、セルがお粥を持ったまま立ち上がった。


座っているソファは奥行きが深くて、ルウィエラは手前の方に座っていたのだが、セルはソファに乗り上げて長い足をひょいっと動かし、ルウィエラの後ろに跨り座った。

そしてルウィエラの腰を片手で後ろに寄せて、座ったセルの足にぴったりとはまって動かないように固定して、目の前に器が寄せられた。



「ほら。これで体も揺れずに食べられるだろう。」

「え」

「起きられている間に食べておけ。」




確かに後方に壁ができて、両端はセルが足を曲げて固定してくれたことで、食べやすくはなった。

なったのだが、この体勢への感想が何も考えられず、せめてこれだけは言わせて欲しいとスプーンを握りしめて申告する。



「―――――いつもは何でも…一人で、できるんです―――」



しょぼんと肩を落としながら告げると、セルが「分かっている」といって器を差し出してきたので、ルウィエラは安定した動きで食べ始めた。腰に手は回ったままで、始めはこの状態をはわわと思っていたのだが、すぐにお粥の美味しさに意識が奪われてセルの位置が気にならなくなってしまった自分は食事の強欲さで何事にも順応して生き抜いていけるのではと思ってしまった。


食べ終わる頃には胃も温かさで満たされたのか、あれだけ寝ているのに、またうとうとしてきてしまう。半分しか開いていない目で最後の一口をかき集めてもぐもぐすると、達成感と同時に眠気が襲ってきた。



「ご馳走…様でした。とても、美味しかった…です。」

「少なめにしましたが、召し上がれて良かったです。」



スプーンを置いた器はセルがジラントルに渡して、少しだけ汲んで貰った林檎水を飲み干すと、コップを持ったまま目を瞑ってしまいそうになる。



(補助してくれたセルさんを解放しなければ…――――)



そう思うのに体が睡魔によって思うように動かない。



「これは魔力器の防衛反応か?」

「魔力器が稼働し始めたのなら、正常反応でしょうね。昨夜は眠れたとしても本質的な箇所が休息を求めていたのかもしれません。着替えをと思いましたが、起きられてからにしましょう。」

「ああ。」

「お食事は?」

「後で良い。」



まるでちょっと渋めの低い子守唄かなと思うほどに、二人のやり取りはルウィエラを眠りモードに誘っていくようだ。


ルウィエラは意識半分の中で、自分のことばかりで、セルがまだ何も食べていないことに漸く気付いて心の中で項垂れる。


食べて欲しいと、どうにか伝えたくて微睡みに突入しているルウィエラは何とか身振り手振りで手足を動かそうとするが、コップを持ったままのそれは、辛うじて上下に振ることしかできず、足も擦るようにもぞもぞしか動かせないことに寝落ち手前の体の動かなさを目の当たりにしてしまう。


くくっと思わず噴き出した声が聞こえたかと思うと、ジラントルらしき声が「食べて欲しいそうですよ。何か片手で摘める物をお持ちします」といってルウィエラのコップを抜き取り、扉を開閉する音が聞こえてきた。


良くぞあの動きで理解してくれたとルウィエラは歓喜した、心の中で。




「あれが笑ったのか…」



と少し呆然とした口調で囁くように聞こえた頃には、ルウィエラには背中から響く振動有りの子守唄にしか聞こえない。そして何より忌避感や違和感、恐怖感がない理由が、セルの不思議で落ち着く匂いなのだ。



(―――慣れては、だめ。)



そう戒めているのに、目の前に珍妙な生き物がいるからなのか、セルが腰に回した手でとんとんしながら髪を撫でてくるのだ。そんなに優しく撫でられたら余計眠くなってしまうではないか。





それがまた欲しいと思ってしまうではないか。





「そういえば―――この色は擬態、だったな。戻した方が治りは早いか…」



何やらルウィエラの髪の色を言っているようで、いつも寝る前に擬態は解くが、昨夜はそれどころではなく、すっかり忘れていた。キックリに聞いてから擬態を解くことにしようと結論を出す。



(意外だな…)



偏見かもしれないが、見るからに高位で傅かれる側の人ならざる者が、ルウィエラの髪を優しく梳きながら撫でるなんて思ってもみなかったのだ。



(私が知らないだけで、もしかしたら普段からこうやって誰かに―――)



例えば大切な誰かに、と考えたルウィエラは心が底からひやっと冷えてぎりぎりと引き攣れるような嫌な感覚に陥り、すぐに考えるのを止めた。何故かどうしてもどうしてもその先を追求したくなかった。



そして今の状況は期間限定なのだから、治すものを治して早々にお暇することを目標にルウィエラは努めようと決意を新たにする。


そこから意識を揺蕩っている間にジラントルが戻り、セルは何かを食べているようだ。そして「左右から前後になるのか」と呟いたセルが少し前屈みになったかと思うと、ルウィエラの膝の裏を持ち上げてくるりと横向きにした。



とすんと横顔に何かが触れ、頬と耳にほんのりの温もりが宿る。



(ああ――――これは駄目だ…)



膝にもセルの足の温もりが、背中には腕の温もりが重なる。落ち着いてしまう心地良い匂いにふしゅんと力が抜けてしまうようで。温もりだらけな状態にルウィエラの心はぎゅううと掴まれたように嬉しくて苦しくて切なくなる。



(こんなの―――この先が苦しくなってしまうではないか)



まだルウィエラの精神はそこまで強かに育まれていない。暗示をかけるのにも限度がある。


かちこちな心はようやく僅かずつ柔らかい箇所ができてきただけなのだ。




何故だろう。


何故魔絆を断った相手にこんなに安堵できてしまうのだろう。




自分の手で壊したのに





魔力器の防衛反応とやらで今でもはっきり覚醒できない中、それでもと、意地で喉を動かし、声を振り絞って言葉に。



「―――ては―――いけま……せん」

「――ん?どうした。」



すぐ上から頭を撫でながら声が振ってくる。

優しく聞こえる声が。

弱い弱い自分に叱咤して、なのに落ち着く心地良さが嬉しくて、目頭がぶわっと熱くなる。



「優し、く―ーしては―――いけ、ません―――私が、壊した―――もの―――――その対、価は―――受け、ます…」



それだけを何とか伝えられて、ルウィエラはほっとして眠りを深くした。

次に起きる時は魔力器の状態も改善されていて、きっと殆ど自分で動けるだろう。


これは今まで何一つ優しい経験をしていなかった一時のご褒美。

こんな経験ができたのだと自分の糧にしてやろう。



いつかずっと一緒に居られる人ができるかもしれないその日まで。


家族のような誰かができるまで。


心の動きも生き方の経験値も足りない自分では、寄り添ってくれる人なんてできないのかもしれないと思うとなんだか悲しくなってくる。


ごんさんも帰る場所があって。

キックリも誰かを思っていて。



いつか。

いつかでいいから。

命が絶えるその時までで良いから

そんな相手が私にも。

いつの日にか。







次の更新は28日となります。

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