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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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形を成してきたもの






「おや、どうされたので?」



陶器のポットとカップが乗ったトレーを持って戻ってきたジラントルが、セルに子供抱っこされ、両手で顔を覆っているルウィエラに尋ねる。


顔から手を外せないルウィエラが体幹が揺れまくり、セルによって寄りかかるように寄せられていた。耳が異様に熱いのは熱が上がったからに違いない。



「問題ない。鏡相手に百面相していただけだ。」

「ぐはっ…!」

「それはそれは」



そんなやり取りを聞きながら、生まれて初めての公開処刑に容易く屈したルウィエラは、戻ったベッド手前の端の方に寝かされたが、直ぐ様逆方向にごろんと方向転換した。

ベッドが沈む感覚がして、ぽんぽんと背中を優しく叩かれる。

憐れに思った大地を司る王にあやされ羞恥心は爆上がりだ。


陶器の触れ合う音が響き、こぽこぽと注ぐ音がしてキックリが時折飲んでいる芳しいコーヒーの匂いが漂う。セルは朝の一杯はコーヒーなのだろう。



「食事はどうされますか?」

「コーヒーだけで良い。エルは何か食べるか?」



ルウィエラは顔を覆ったまま、ふるふると首を振る。今は色々な意味でいっぱいいっぱいなのだ。



「では昼食あたりにエルさんには消化の良さそうなものをお作りしましょうか。キックリ殿からママイを戴いたのですよ。それとシダレ特産の出汁も。」



それを聞いた途端にいっぱいだった筈のルウィエラの貪欲なお腹が空腹感を感じて、手を退かして向きを戻す。



「お…粥…でしょうか」

「ええ。キックリ殿からレシピも聞いておりますし、リゾットよりも時間も掛からず簡単なので問題ないかと。召し上がりますか?」

「は、い。…お手数かけます。」

「いえ。ではそれまでに林檎水は飲んでおいてくださいね。」



そう言うと、ジラントルは出て行った。





セルは机に置かれた紙束を手に取りぺらぺらと見ている。



「セル、さん。」

「どうした。」

「思ったより沢山眠れて、少し楽になり、暫く起きていられますので、お部屋で仕事してください。忙しいのに…本当にありがとうございました。」

「仕事ではないな。役割だ。」

「役割?」

「俺が派生した時から定められたものだ。頭の中に在るから書類なんぞ必要もない。この紙類は別物の相談だ。」



そう言いながらセルは何の感慨もなく書類を机に放る。ルウィエラは大地を司る人外者の王としての役割というものが気になった。


でもそれは人外者に対して何の権限も責任も持たない一人間が聞いて良いものかどうか分からず、結局はそのまま黙ってしまうと、セルが問いかける。



「気になるか?」

「少し。でも人間の私が聞いて良い事柄なのかの判断ができません。」

「事柄によっては人間からしたら理不尽だの非倫理的だと横暴だの宣うだろうな。」

「そうなんですか?」

「俺がやるべきことは大地全体の事象を鑑みながら大局を見据えて平定や鎮圧するものだからだ。人間にとって良いこともあれば、悪いことも然りだ。人間が増え、大地を荒らしたり、過剰に食い潰すならば平定対象になる。他の生き物も同様だ。時には自然や生き物の災厄や恩寵の調整も含まれる。」



ルウィエラはその話を聞いて、そうか、と一つ瞬く。

大局を管理する側は、人や生き物、物事の有利不利に関わらず全体の情況から見極めなければならない。そこに私情を組み込むことはないのだろう。



「大地を…守る…整える?のはずっとセルさんがやってきたのですか?」

「ここ数代はそうだ。精霊種族や妖精種族、鳥種族の時代もあったらしいが。魔種族が全体を見通して調整する能力が長けていると言われているらしいな。種族によっては全く動かないものや我欲で戦乱や撹乱を起こす輩もいるからな。」



物知りなキックリからも時折聞いたことはあったが、人外者は勿論、土地そのものを調整する者に会う機会は滅多にないことが殆どなので、新しいこと、しかも貴重と聞くと、ルウィエラは無意識に目がきらきらしてしまう。


だが、高熱により目が潤んだ状態なのを全く理解しておらず、それを見たセルが目をすっと逸らすのを首を傾げて、ルウィエラはそう言えばと、教授されたことを伝えておくことにした。



「お婆、から聞いたこと、があります。人外者に対し何かを聞いたり、知ったりすること……長くを生き、人間には計り知れない、智慧を持っている人外者、特に高位の者の…叡智や知識、力は、相応の対、価を以て得る、ものだ、と言っていま、した。」



新しく得たことに興奮しかけたが、かといって縦横無尽に得られる無償のものではないことも知っているのだと、一気に説明して酸素不足となり、ふうふうと息を吐く。


するとセルが背中を擦ってくれる。心がきゅわっとなり、ほわほわほこほこしてくる。そして心地よく落ち着くのだ。でも――――――



(今、だけなのだ―――)



今後がある訳ではないが、こうしてもらうと穏やかになれるのだと経験できた事として認識だけしようと、自分を戒める。



「対価は―――まあそうだな。」

「はふ…――――それならディサイル国の王様ともそのような関係なんですか?」

「―――ああ、そういえばそうだな。人外者はそれぞれの資質や能力によって関わり方は様々だ。好んで人間に関わる者もいれば、種族以外は敬遠や嫌煙する者もいる。俺は殆ど人間とは関わらないが、たまたまアルノーが俺の資質に見合う相手であり、対価に興味を示しただけだ。とはいえ、約定は続くものでもない。飽きれば終わりだな。」



その言葉にルウィエラは、ああ姿形は似ていても、人間とは違う価値観の生き物なのだと実感する。


人の形はしていても根本の価値観や常識は目の前のセルを始め、人外者という生き物と人間とは全く異なるものなのだ。


残念ながら、離れ時代に関わった人間達からは負の経験のみだが、人間が書いた本や、キックリから学んだこととはまた別物なのだという認識できたことだけは得られた。ただ、本の内容によっては自分の思考には合わないと感じたことが意外に多かったのが少し驚き、始めは少し落胆したものだ。


しかし、キックリも何方かというと人外者と寄り添う、人間第一の考え方ではない。そしてルウィエラもそちら寄りの考えに近いのかもしれない。



そうすると、今度はその思考をしているキックリは、一体いつからそう考えるようになったのだろうかと、気になってくる。

もしかしたら誰かと暮らしていた形跡の流れを癖でしてしまうことと関係があるのではとルウィエラはなんとなく感じている。でもそれはキックリだけのもので、本人から語られない限りは掘り下げるものではないのだ。



ルウィエラは何度か訪れた色々学ばせてもらっている図書館を思い出しセルを見る。



「セルさんは、何処で学ばれたりしたのですか?」

「学ぶ?」

「はい。人外者専用の図書、館などあるの…かなと。」



その言葉にセルは少し考える風に首を傾けるが直ぐに戻して答える。



「無いな。実際そのような場所が在るかは分からんが。俺は派生した時点で殆ど姿も頭脳も形成されているからこのままだ。」

「派生した時、から―――今目の前、にいる、セルさんで、生ま、れる…?」

「人間のように腹から出てくるわけじゃないぞ。」



ルウィエラのまさかそれは、な言い回しを予測できたらしいセルは早々に否定で返し、まあそうですよねと、その想像の蓋を颯爽と閉じた。

ならばどこから派生したのかと今度はそちらが気になってしまうが、これは聞いて良い範囲ではないだろうことはルウィエラにも分かるので、それならばと一人間として質問をしてみることにした。



「もし、何か知りたいことがあって、それが人外者からしか、取得できないとなった時に、対価はどの、ようなものが、ありますか?」



この質問ならセル個人に、として聞くわけではないから問題ないだろうと聞いてみると、セルは眉を少し上げた。



「何か知りたいことがあるのか?」

「今は、ありませんが、今後何か、あった時に、と。」

「内容にもよるし、相手にもよるな。希少な宝石や酒、魔石や禁書類の魔術書、質の良い魔力薬。後は本人の寿命や魔力もあるな。」

「色々…あるのですね。」

「それも双方相手次第だな。」



ルウィエラは聞いた対価を反芻する。今のルウィエラが用意できるものは魔力回復等の錠菓くらいだ。今後は全て錠菓にしてしまうだけでなく、人外者から視た価値のあるものを調べて、蓄えておくのも良いかもしれない。



「教えてくれて、ありがとう、ございます。」



そう言いながら少し息が切れてきたので、目を閉じる。



「―――対価もそうだが、言葉、対話には気をつけろ。魔力を扱う限り言葉のやり取り次第で対価以上のものを持っていかれることもある。迂闊に受け答えしたり了承すると首が絞まるぞ。」



ルウィエラは目を開いて、はい、と頷く。セルも一つ頷くと、視線を紙束に移した。


まだ外界に出たばかりの無知なルウィエラだから注意喚起してくれたのかもしれない。


それはキックリからも口を酸っぱくして言われていた。相手を見極め、言葉を選ばないと、特に人外者は狡賢く息を吸うように言葉巧みに誘導してくるのだそうだ。日頃からキックリとの会話にも組み込まれ、良く駄目出しをされている。


身勝手で小賢しい知恵、権力や階級を駆使してきたり、話そのものが通用しない人間は勿論、対人外者への対応も知識やキックリの経験はとても為になるので、日々のやり取りはとても有り難いものだった。




ルウィエラは再度目を閉じて、魔力器を探ってみた。


不調で昨晩はそれどころではなかったが、今は倦怠感はあれど、気になっていた魔力の状態を少しでも確認したかったのだ。


魔力器内は上部はまだ増えておらず、中部を確認すると、半分弱くらいまでは溜まっていたのだが、動きがまばらでまだ本調子ではないように感じる。



(離れの時以来これだけ減ることもなかったけど…この状態なのは荒らされたからだ。)



中部でさらさらふわふわと魔力が漂っているが、動きがどこかぎごちない。もう少し集中してみると、魔力器の回りが些かぼやけているというか、霞がかったように濁って見えるのだ。それでも精一杯漂いながら循環して纏まろうとしているのが分かる。


今まで吸い取られはしても魔力器の中に侵入され荒らされること等なかったので、戸惑っているようにさえ感じる。ルウィエラは心を込めて話しかける。



(頑張って耐えてくれてありがとう。沢山食べられてしまって苦しくさせてごめんね――――)



ルウィエラにとっては共に生きる唯一だ。それが無情にも荒らされたことはとても悔しく魔力一本でも許し難い。


ただ、こういう機会を得られなければこの状態は解らなかったことだ。

負の感情を増やして育てるのは簡単だが、それよりもただじゃ起き上がらない精神を掲げて、大事な自分の魔力を好き勝手に略奪されないように手段を考えた方が生産的だ。



(早く治るように努めるから…もう少し待っていてね。―――私と共にいてくれてありがとう。)



そう念じながら魔力に語りかけるようにゆっくり旋回させていく。

寝込んでいたからか、流れが鈍く下の方に溜まっている魔力を少しずつ少しずつ下からふわっと押し出すように動かしていく。


すると、魔力の動きがルウィエラの意思に反応したのか、少し軽快に動いてくれたのだ。


それはまるで嬉しいよと返してくれているかのように。



(…心配――――してくれてたの?)



そう意識すると、全体が僅かにさわさわと話しかけるようにふわふわと下から空気が入ったように反応してくれるではないか。


それはまるでルウィエラを慰めてくれているかのように。

それはまるでルウィエラを気にかけてくれているかのように。


ルウィエラは目の奥が熱くなる。じわっと潤むものを必死に押し留め、少し蹲りながら魔力と意識の中で触れ合う。するとそれまで紙束に目を通していたセルがこちらを向く気配がした。



「お前の魔力は不思議だな。」



セルがそんなことを言ってきた。



「不思議、ですか?」

「ああ。説明し辛いが…魔力を物として命じるというより、魔力に働きかけているように感じるな。」



そんなことを言われたので、ルウィエラはキックリに良く魔力の扱い方が普通ではないと言われていることを思い出した。



「まるで魔力のひとつひとつが意志を持っているかのようだ。」



それを聞いた時に、ルウィエラは逆にそうではないのが一般的なのだと改めさせられた。


ルウィエラはこのやり方しか知らないので、どこかで学ぶ魔力との基本的な関わり方を知らない。でもこの動きを変えようとは思わなかった。いつも自分と一緒に居てくれる大事なものなのだ。



魔力器の魔力がゆるやかに稼働し始めると、息苦しさが緩和され、楽になったように感じてきた。


その後、起き上がって多少ふらつきはするものの、ベッドの背もたれにクッションを多めに置いてもらい、手にも多少力が入れられるようになったので貰ったコップを慎重に持って、キックリの林檎水を飲み始める。


その間、セルが万が一にもコップをひっくり返さないように下からコップを支えてくれていた。


昨夜から何度もふらついて倒れそうになっているので危機感を持たれているのだろうと思うと申し訳なくなる。


喉を潤してふうと溜め息を吐くと、セルがそっと額に手を当ててきた。



「まだ熱いが、昨日ほどではないな。」

「はい。魔力を循環させたからか息苦しさも楽になった気がします。」

「そうか。」



そう答えてセルは手を外し、ルウィエラから空になったコップを取り立ち上がる。

その後ろ姿と手に視線が無意識に追い、そんな自身の心にぽたんと一雫浸り落ちるのを微かに感じる。


先程戒めた思いがまた浮き上がってくる。

ルウィエラが現状弱っているからかもしれないし、心の強かさがまだ足りないからかもしれない。


まだまだ未熟も未熟だなと遠い目をする。




外へ出てから数ヶ月が経って、ルウィエラが欲するものは少しずつだが形を成してきている。


自分を守れる力と知識。

自分だけの居場所。

自分の心に優しく傷つけない誰かと共にずっと居れること。


最後のものはルウィエラ次第である。


しかし、我儘で身勝手で捻くれていても、自身で決めて行動して生きている自分が嫌いではないので、そんな変わり者に寄り添ってくれる誰かは見つからないかもしれない。


でも願望をもって挑むのは自由だし、結果、駄目だったとしても、やるだけやったのだからと潔く諦められるかもしれない。途中で放棄だけはしないで踏ん張ってやってみたいのだ。



削られた命の期限が訪れるまでは。




よし、と自分に喝を入れ、コーヒーを淹れているセルに目を向ける。


ここでの出来事は仮初めの一時的なもの。


―――――どんな理由があったのだとしても。


これはルウィエラが手放したものなのだから。







次の更新は26日となります。

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