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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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一時の癖の緩和






ぱさっと何かが目元から落ち、視界が微かに明るくなる。

落ちた何かを誰かが拾う動作でルウィエラはぱっと目が覚めて周りを確認していると、とんとんと背中を優しく叩かれる。



「問題ない。お前の目元を覆っていたタオルが落ちただけだ。」



ベッドの端っこに寝ていたルウィエラのすぐ傍に、ベッド端に座っているセルがそう声を掛けた。



(あれ―――いつの間にか横になって………タオル?)



少し上を見上げるとセルがタオルを魔法で冷たくしているのが見え、その速度と魔力の織の精密さに目が留まる。そしてまたルウィエラの目元の上にタオルを置いた。



「冷やしておいた方が良い。上を向いてろ。」



そう言われてルウィエラは素直に頷いて上を向いた。セルはそのまま端に座りながらルウィエラの方を向いて膝元には書類の束が置いてある。

片手はルウィエラの背中を一定間隔でとんとんと優しく叩いている。



暫くすると、紙を捲る音が聞こえてくる。



(―――ここで仕事をしているの?)



自分の部屋でやった方が効率が良いのではないのだろうかと思いながらも、目元が覆われて視界が暗いからかルウィエラはまたうとうとしてきてしまう。


揺蕩う意識の中で時折、髪を撫でられているような感覚がした。とても大切にされているような気分になり、今まで感じたことの無い心地良さに、無意識に頭を擦り付けるとぴたっと止まってしまったので、ルウィエラは悲しくなる。


動かないでいたら、また少しでも撫でてもらえるだろうかと動かないでいると、またさりさりと撫でてくれて嬉しくなる。今度は擦り付けずに我慢していようと思うのだが、ついついまた擦り付けてしまう。だが、今度はそのまま撫で続けてくれているので、もっと嬉しくなった。




きっとこれは夢だから


起きたら終わってしまうから


だから―――今だけ


今まで一度もなかったから―――


せめて今だけ――――









コツコツ―――――と向かってくる足音のような気配にぱっと目が覚めて顔を上げると頭がぐわんと痛む。目元にあったタオルがまたぱさりと落ちる。



「問題ない。ジラントルだ。」



ほぼ真上からセルの声が聞こえ見上げると、まだベッドの端にいる。

ルウィエラの背中をとんとんと優しく叩いてくれながらタオルを拾っているのを見て、ふわんと力が抜けた。


ノックが鳴り、セルの入れという声の後に扉が開いて、くすみがかった紫の髪を後ろに流したジラントルが紙束とトレーに乗せた小さな器を持って入ってきた。



「起きられていたのですか?」



そう言いながら、セルが持っていた紙を受け取り、手元に持っていた紙束を渡している。



「直前まで寝ていたぞ。」

「おや、私の気配に反応したのでしょうか。珍しいこともある。」



セルは所用で少し外すらしく「一旦離れるぞ」と言ってから出て行った。


その姿を物珍しそうに見ていたジラントルは机の上の林檎水が減っていないことを確認してトレーを置いてからルウィエラの側までやってきた。



「お加減の方は?」



そう尋ねるジラントルはいつもの燕尾服だが、冴え冴えとした美貌と琥珀色の瞳が美しく、相変わらず精巧な人形のような表情なのだが、今日は手袋をしておらず、それがとても生き物らしく見えた。



「さくら、んぼ水…を摂った、ので―――少し楽に、なり、ました。」

「…話し方からとてもそうは見えませんが。――――失礼。」



そう言いながらその場に跪き、同時に手袋のない手が伸びてきたので、ルウィエラは無意識に体が強張るが、動くことはせず、だが目線はずっとその手を見つめていた。


その様子を見たジラントルは、手を止め微かに首を傾げた。



「―――怖いですか?」

「―――癖、で。―――大、丈夫、です。」



今は何某かの攻撃を加えないだろうと分かってはいても、長年染み付いた本能的なものはなかなか抜けなく、不快な思いをさせてしまったのかとルウィエラは目線を外すのだが、こちらが動けない――――動いてはいけない状態で少しでもその手が動くと、どうしても目が追ってしまうのだ。


少しの沈黙の後、ジラントルはルウィエラの目の前にわざと掌を広げて見せる。



「動向を見たままで構いません。熱と脈拍、魔力の減り具合を確かめたいので、首元に触れます。よろしいですか?」



その言葉に、ここに居る間はしないといけないことなのだなと、ルウィエラは掠れた声で返事をする。


そしてゆっくりと寄せられた手がルウィエラの首元に当てられて、更に体が強張り、目線はずっと首元の手の位置だ。


暫くすると、ふむとジラントルが呟くのをじっとしながら、何時手が離れるのだろうと考えていると、そっと手が離れていったので体の強張りが和らいだ。



「熱はまだ高く、脈も早い。魔力器も荒らされて休息状態に入っているのか、あまり稼働していないようですが、明日には少しずつ動くようになると思われます。」

「そ―――ですか、ありがと…ございま、す―――」



思った以上に体に力が入っていたようで、ルウィエラははふはふしながら目を閉じる。

しかし、ジラントルがそこから立ち上がる気配はなく不思議に思い目をそっと開けると、ジラントルがじっとこちらを見つめていた。


その感情皆無な表情から何かを読み取れる程、経験の無いルウィエラが途方に暮れていると静かな声で聞かれた。



「癖とは?」



その言葉を聞き、一つ瞬きをする。



(セルさんといい、何でそんなことが気になるのだろう。楽しくも面白い話でもないのに―――)



そう思いながらも、大した理由ではないことを伝えると、それなら答えられるでしょうと返されたので、ルウィエラは無表情なりにへにゃっとなってしまう。そろりと見ると聞くまでは梃子でも動かない様子なので、ふうふうしながら辿々しく話し始めた。



「振り下ろ…された手の、位置を、見て―――いれば…その瞬間、気張れ、るので」

「――避けないのですか?」

「小さい、頃は。―――でも、それ、をするともっと、数が…増えるので。…痛む位置、が分かれ…ば流すこと、ができ…るので」

「流す?」

「い、……痛みは同じでも、―――そういうものだと…受け止め、れば、痛いのは体だけ…で済みます。」



そこでジラントルは逆側に首を傾げた。



「幼少期はともかく、近年ならばその魔力があればどうにでもなったのでは?」



その言葉に他意はなく、ただ不思議に思っただけなのだろう。


できるものならそうしていた。

でも知るものが何もなくて、漸く知り始めた時には魔吸収を受け始めた頃なのだ。

あの頃の選択肢は限りなく少なかったのだ。そして成すべきことを絶対に失敗するわけにもいかなかった。



一度目を瞑り、再度見上げると、ジラントルは僅かに目を瞠る。



「何も無く何も知らなかった無知だった私には、―――あの日のたった一度の機会を待つしかありませんでした。―――その場限りの感情でまだ慣れない魔力を、…使って失敗するわけにはいかなか―――…ったんで、す。何が何でもそのたった一度で全て覆すしか―――相手を許す、つもりは微塵もな、かったので―――それまで油断させる為なら…流すくらいどうって、こと、なかったんで、すよ――――っごほ」



自分の体調を考慮しない話し方をついしてしまったルウィエラはげほげほと噎せこんで、はふはふ息切れをしながら目を閉じる。話すのがきつくなってきたが、ジラントル含め彼等の日常を安心させる為にこれだけはと言い続けた。



「けほっ…今は確かに辛いです、が…慣れた、もので、痛み――には滅法強いので、大丈夫ですよ。―――動ける、ようになった、ら、すぐに戻―――」

「了承しかねます。」



戻るので安心してくれと伝えようとすると、ジラントルが言葉を遮った。



「完治されるまでは、こちらでしっかり静養してください。」

「―――でも、」

「相手はあの卑劣且つ狡猾な天空の王ですからね。貴女が快復されるまでどんな狡賢い後付けが付与されているかもわかりませんので。」



そう言ったジラントルは机に置いてあったトレーから小さな透明の器を持ってきた。



「まだ起き上がって固形物を摂るのは難しいでしょう。口を開けてください。」



そう言って、小さなスプーンに乗せられた丸い薄い橙色の食べ物を口元に近付けられる。そこからは微かに花のような爽やかで甘酸っぱい匂いがしてきた。



「びわの氷菓子ですよ。」

「え、―――び、わ」

「ええ。びわ水も作ってありますよ。先程水分を摂ったとはいえまだ全然足りませんが、大量に飲めないのでしたら、これを少しでも召し上がってください。」



びわの件は前に出向いたディナーの帰り際に言われたことだったが、良く本に書いてある社交辞令だと思っていたルウィエラは驚いてしまう。思わず口をぽかんと開けてしまったのだが、ジラントルはそれを食べる為に開けたと判断したのか、ひょいっと小さめの一口サイズの氷菓子を入れてきた。


口に入った瞬間、瑞々しい匂いのびわの氷菓子は杏と桃を合わせたような濃厚な味なのに甘味がくどくなく、とても冷たく口の中が熱かったのも併せてか、あっという間に無くなってしまった。



「お―――おいし、です。あ、ありが―――むぐ」



怠い体に染み渡るような冷感と甘味に熱に潤む瞳に光が差し込んだようにルウィエラは目をきらっとさせた。お礼を言おうとする矢先にまたもう一つぽこんと口に入れられる。



「噎せこむと辛くなりますので、話さないで結構ですよ。」

「んむ」



言葉を返すことも出来ずにむぐむぐする。確かに無理に話して迷惑をかけたら本末転倒だろうと、今だけは有り難く介助してもらうことに徹する。

ルウィエラの口の動きが緩やかになると、ジラントルはまたスプーンに氷菓子を乗せ近付けたので、申し訳ないと思いつつ口を開ける。



「―――なるほど。これが雛鳥に与える―――」



ぽんと氷菓子を入れながらジラントルがぼそっと呟くが、ルウィエラは良く聞こえずに首を傾ける。先程から無表情はそのままだが、視線が少し和らいで見えるのは気のせいだろうか。


その時、扉の奥の方からセルらしき気配があり、扉が開いてセルが入ってくるなり、ジラントルの行動に僅かに片眉を上げる。



「―――――ジラントル、何をしている?」

「おや、随分早いお戻りで。エルさんがまだ起き上がることが困難なので、横になった状態で召し上がれるものをと氷菓子をお持ちしたのですよ。」



ジラントルが無表情のままセルの方に振り向いて答えると、セルは僅かに眉を寄せて「あとは俺がやるからどけ」とぞんざいな口調で言い氷菓子が入った器を奪い取ってしまった。


ジラントルはおやおやというように肩を諫めながら立ち上がり、ゆっくり休まれてくださいとルウィエラに声を掛けて出て行った。



まだひんやりしているびわの氷菓子を欲しているルウィエラは、ベッド端に腰掛けたセルの手元をじっと見つめていると、セルがスプーンに氷菓子を掬う仕草をしたので、つい待ちきれずに早々に口をぱかっと開けてしまった。


するとぴしっとセルの体が固まりこちらを凝視している。どうしたのだろうと思いながら、でもずっと口を開けているのはちょっと辛いなとふるふるし始めると、我に返ったようにぽこんと入れてくれる。


ひやっと口の中が冷える感覚にルウィエラの火照った軋む体がほんのり緩和されるようだ。目を瞑りながらそれを堪能してなくなると、また目を開けてセルを見上げてぱかっと口を開く。



「―――――――何だこの生き物は」

「?」



セルもジラントルのようにぼそっと呟き、ルウィエラの口に氷菓子を入れた後、一度スプーンを器に置いて片手で目を覆っていた。


もしかしてずっと傍にいれくれたから疲れたのかなと思い、



「セル、さん。自分で、食べられま――」

「構わん。」



最後まで言うことなく氷菓子が口の中にぽこんと放り込まれた。







次の更新は22日になります。

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