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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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状況把握






ルウィエラは時折口を離してはふはふ息を整えてからまた口を付け、時間を掛けながらさくらんぼ水を飲む。相当水分を欲していたらしく、コップの底からずるずると無くなった音を聞いて少し残念に思う。



「まだ飲めそうか?」



セルがそう声を掛けてきたので、ルウィエラは今は声を出すのも、かなりの力を要するので目を少しだけ開けて頷く。


セルが立ち上がろうとして固まる。

どうしたのかなとなかなか開かない半目状態で見ると、コップを持っていない手を見つめているので、目線をそちらに向けて、あ、と気付く。


セルが口元から離せなかったルウィエラの手を掴んだその手を、ルウィエラは未だにきゅっと掴んでいて離していなかったのである。


ルウィエラは焦ってすぐ放そうするが、何故か惜しく感じてしまう。

でもセルが動くことができなくなってしまうので、そっと手放す。



「ごめ――なさい…」

「―――構わん。」



そう返したセルは立ち上がり、机に向かう。


その流れを追っていたルウィエラは、戻ってきたらまた跪かせることになるではないかと気付いてしまう。ベッド上で良いのでせめて起き上がれないかと試してみるが、手を付いて起き上がることすらできない力の無さに絶望する。


これは相当量魔吸収で盗られた時以外は無かった作用で、これは有事の時に命取りになるのではと戦慄く。元気になったら対抗策を練らねばと思いながら、むがむが動こうとして、またもや力尽きる。



「―――何をしている。」



セルの定型のようになりつつある発言に、ルウィエラははふはふしながら途切れ途切れ答える。



「せ、セル――さん、―――ずっと、しゃ、しゃがんでい、――るのが」

「構わん。」



これまた定型の一つになりつつある言葉でにべもなく返され、セルは再度膝をついて並々注がれたさくらんぼ水に刺さったストローを寄せてきた。



「ありが…と―う―ございま、す。」

「飲める時に飲んでおけ。」



ルウィエラは有り難く二杯目のさくらんぼ水を飲ませてもらった。

ふとセルのコップを持っていない手の位置を追うと、ベッドから見えない位置に下がっている。それを寂しく感じることがどうしてか分からずに困惑して目を瞑る。


じわんと頭が鈍く脈打つ痛みに目を顰めてしまい、目元も熱くじわっと瞼が潤む感覚に飲む動作が止まってしまう。



(体中がこれだけ弱っていると…弱くて情けない感情が溢れて押し寄せてくるよう―――――)



そう考えて弱音を吐く自分が嫌になり、もっと目をぎゅっと力を入れると、ふわっと優しくひんやりしたものが目元と額を覆った。


それは先程ルウィエラの手に触れていたセルの手ではないだろうか。



「―――セル、さん?」

「―――熱いな。こうすると少しは楽か?」



静かだが品位のある低音の声色でセルが聞いてくる。



「だ―――――は、い…」

「そうか。」



大丈夫です平気ですと返す筈だったのに、ルウィエラは何故かその一言が言えなかった。ほんの少しの間で良いから、この手が目元に触れていて欲しかったのだ。


長い時間跪かせている負い目もあるので、飲み終わるまでだからと自分に言い訳をしてルウィエラはその与えてくれる温もりに甘える。今だけだから、ほんの少しだけだから、と。



「そのまま返答はしなくていいから聞いてろ。眠かったら寝て構わん。」



少しずつ飲んでいると、セルがそう前置きしてから話し始めた。



「エルが助けた生き物は大地の幻獣だ。そいつも無事だから安心しろ。手で掴んだ呪物によってその傷から魔力器内の魔力を喰い荒らされる固有魔術を発動された。離れたとはいえ、未だに効果の残響が残っている。治癒魔術を使ってしまうとその残痕が残って取り返しがつかなくなる。体が思うように動かないのはその後遺症みたいなものだ。」



朦朧としているルウィエラにも分かるゆっくりとした口調でセルがざっと説明をしてくれる。ヒョウのような不思議な巻き角がある生き物が大地の幻獣ということは、大地の王のセルとの繋がりがあるのだろうか。あの綺麗で強そうな生き物が無事でほっとする。



「キックリには既に連絡している。まもなくこちらに来るだろう。残痕が消えるまでは暫くここに居てもらうことになる。」



そう続けるセルの声を聞きながらルウィエラは目元と額に当てられた手の感触がとても心地よくうとうとし始めていた。


ずきんずきんと痛む頭が微かに緩和されている気がするうちに少しでも休みたいと思ってしまったのか、ストローを加えたまま、意識が遠のいていった。







どれくらい経ったのか、少し遠くからの複数の足音が聞こえてぱっと意識が覚め微かに動く。

そしてノックが響いた。



「入れ」



ルウィエラの目が覚めたことに気付いたセルが答え、今の状況を思い出す。

目元の添えられている手が、「一旦外すぞ」の声と共に聞こえゆっくりと瞼の裏が少し明るくなる。



「入るよ。エルの状態はざっとジラントルから聞いたが、どうだい?」



聞こえてきたのは今朝話したばかりのキックリの声であった。もう一人はジラントルだろう。


ルウィエラはなかなか開かない目をどうにかこじ開けようとしていると、近くで「無理に開けるんじゃないよ。」と強く、そして優しい声が落ちてきた。


それを聞いてルウィエラは目に入れていた力を抜いて「お、婆…心配かけ―――ごほごほっ!」と何とか答えようとしてまたしても噎せて体中に痛みが迸り蹲る。



「いいから、黙っていな。サリトリー、手の傷はどの程度で呪術が消失されるんだい?」



そう言いながら声が近づくのを感じた後、ルウィエラの頭を優しく撫でてくれるのが分かった。



「手の傷は簡易手当てのみだ。残痕が残ると後々に何処で影響がでるか分からんからな。その分時間がかかり、体全体に負担はかかり続ける。良くて一週間だな。」

「やれやれ、傷から出ている魔術残響からあいつしかいないじゃないか。丁度良い。微量だがエルのお手柄で魔力残滓を持っているんだ。さて、どうしてやろうかねぇ。それにしてもあんたらも相変わらずだねぇ。今回は幻獣かい。」

「知らん。向こうが突っかかってくるだけだ。」



そんな言葉が耳に入り、最後に捕まえた羽の魔力残滓に僅かにあった、最近感じたことのある魔力に心当たりがあることが今更に気付く。あの時は苦しくてそれどころではなかったのだ。



(そうか―――鳥、の羽…あれは……リテリさんのものか。)



天空を司る王が何故大地の幻獣を襲っていたかは分からないが、領土争いというものだろうか。

ルウィエラはそれに巻き込まれ―――いや、自ら飛び込んでいったようなものだろう。



「この御礼は上乗せして返すが、ジラントル、取り敢えず替えの衣類だけで良かったのかい?」

「ええ。他は全てご用意できます。流石に衣服類はサイズなど直ぐに対応が難しかったので。」

「そうかい。じゃあ、一度あんたらは部屋を出てもらおうか。着替えさせなきゃいけないからね。」

「ああ。」

「では私は飲み物の換えをお持ちしましょう。」



そう言って二人が出ていく気配があり、キックリがベッドに腰掛けて、ルウィエラの傷のない右手を軽く握る。



「はい、なら一度。いいえ、なら二度。軽くで良いから握りな。できるかい?」



はふはふして倦怠感に苛まれているルウィエラに対し、キックリは的確な指示を出してくれる。

いつ噎せて咳き込むか分からないので有り難いと、一度手を僅かに握った。



「今のあんたは意識朦朧としているから詳しい話は後日聞きな。今は先ず体を休めることが第一だ。傷を治していない理由は聞いたかい?」



ルウィエラは一度だけ握る。



「あんたの手を握っただけで解る。大地の幻獣を狙ったものだから強い呪物だ。相当魔力を喰い荒らされたね。それに加えて、リテリの呪術跡は醜悪だ。羽を使った魔術はあいつの十八番でね。大地の幻獣用に組み込まれていたから、相当強いものだ。あんたじゃない人間ならあっという間に消滅してあの世行きだったよ。」



そうなんですねの意味を込めて一度握る。ルウィエラの大事な魔力を喰い荒らしたことは、いつかリテリの心を最も抉る報復をしようと思う。やったらやり返される覚悟は持たねばならないのだ。


でも。


相手は人外者なのだ。それが対幻獣だろうが、たまたま触れたルウィエラだろうが、きっと自分とは価値観も思考も違うのだ。

相手にとってはきっとそれすら知らずに掴んだ者が愚かなのだというのではないだろうか。

そう言われればそうだと言うしかない。ルウィエラがあまりに無知だっただけだ。


とはいえ、このまま引き下がることは当然無いので、純粋にやり返してやろうと思う。

それはそれ。これはこれ。

それで差し引きゼロだ。



「私も見ていないが、ジラントルから聞いた。あんたの手の傷の色は赤色と紫色、それと少しの緑色だ。明らかに二種類以上の色が確認できる時、これは呪術跡の特徴になる。直ぐに治癒魔術すると二度とこの呪いの根本跡は解けなくなる。わかったかい?」



きゅっと一度握る。



「家で治せなくもないが、掛かる時間は更に嵩む。今居るサリトリーの屋敷は大地の加護が強いから、ここなら格段に早くなる。それとも家の方が良いかい?」



勿論慣れ親しんだキックリの薬屋の家が良い。


でも治りが遅いだけでなく、今の状態のルウィエラが居るだけでキックリが出来なくなることが増え、世話を掛けさせるのは避けたいのだ。

セル達にも迷惑は掛かるが、幻獣の話も出ていたので今回はこの提案に甘えさせてもらおう。


ルウィエラはゆっくりと二度握った。



「幻獣を助けてくれたということで、サリトリーとジラントルが快復するまで責任を持って看てくれるそうだが、私も合間をみて来る予定だ。毎日来ても良いんだが、そうするかい?」



それは駄目だ。キックリが居ないのは寂しいが、困らせたくないのだ。

咄嗟に助けてしまったとはいえ、ルウィエラ自身の責任なのだ。

大丈夫だという気持ちを込めて二度握った。



「あいつらは男だらけの人外者だから心配だねぇ。まあ眷属にある程度頼んでおくかね…カードに書けるようになったら必要なものを書くんだよ。」



きゅっと手を握る。



「魔力を奪われることがどれだけ苦しくて辛いか…あんたは誰よりも知っているのにねぇ―――久々に人知を超えた逸品をこさえてやろうかね…」



後半の静音の低さと不穏な言葉が、キックリを静かに激昂させていたことに気付きぞっとする。

反面ルウィエラの為に怒ってくれていることに心が柔らかくもなる。


もしルウィエラが逆の立場なら間違いなくキックリと意見は一致するだろうし、頭をここぞと動かして苛烈な仕返しをするだろう。


その相手がどこぞの王だとしても。

ひ弱で脆弱な人間が皆ひれ伏して泣き寝入りすると思っているのなら大間違いだ。


でも、キックリ一人で行って欲しくはないのだと、きゅきゅきゅっと沢山握る。



「…なんだい、やるなってか?」



ゆっくりと二度握る。すると、ふっと笑いが落ちる。



「安心しな。やる時はあんたが元気になってからだ。えげつないどんな物にするかゆっくり相談でもしようかねぇ。」



伝わって良かったと一度握る。



「――――本当に私が常時居なくても問題ないかい?迷惑掛けるとかつまらんことであんたに無理させるのはごめんだよ。」



少し間を開けてキックリが尋ねる。


ルウィエラは先程のセルとの時間を思う。


もしセルと王宮で会っていなかったら。

もし薬屋にセルが訪ねてきていなかったら。

もし一緒に探索してピタパンサンドを食べていなかったら。

もしセルと一緒にディナーを食べていなかったら。


もし、あれから一度もセルと接していなかったら。



ルウィエラは、間違いなくどんなに遅れても良いからとキックリと家に戻っただろう。

どんなに辛くても魔力器を無理矢理こじ開けて家に転移でもしていただろう。



でも何故か大丈夫だったのだ。

体中が辛くて、高熱で意識朦朧としていても、僅かに意識が浮上した時に、もし自分に優しくない気配を感じていたら何が何でも出ていただろうし神経を張り詰めて後先考えずに使えるものを片っ端から使っていたはずだ。



セルが近くに居ても何の弊害もなく、何なら居心地が良かったくらいなのだ。それが何を示しているのかは、今は不可思議でも追々気付くことがあるかもしれない。


だから今はここで一日も早く回復させてもらうことに決めたのだ。


ルウィエラは一度だけ握って答える。

キックリは息を吐いてわかったよと返してくれ、ルウィエラの部屋にあった寝間着に着替えさせてくれた。


浄化魔術はかけても大丈夫だからねと、しゅわっと清々しい風がかけられ、汗ばんだ体がすっきりとしてルウィエラはほっと息を吐く。


寝転んだまま器用にルウィエラに寝間着を着させたキックリは、ルウィエラの大好きな林檎水はジラントルに預けてあるからねと、嬉しい情報をくれた。


介助されながらの着替えすら今のルウィエラには重労働で、終わった後はぐたっと動けなくなってしまい、目を閉じる。


暫くした後、ノックをしたジラントルが入ってきて、キックリからルウィエラの寝間着一式を預かっていたようだ。キックリ特製の林檎水を持ってきてくれたらしく、次に目が覚めたら何とか起き上がって飲めるといいなと思っていると、なんとこの後もセルがこの部屋に居てくれるという。



「へえ、サリトリーがねぇ。」

「我が主本人が言うので。二日間はまともに起き上がれないと思いますので、お一人にすることは出来かねますので、やっていただきましょう。」

「まあ、そういうなら構わないが、着替えは眷属にやらせてくれるかい?」

「それは勿論。彼等は性別がないので問題ないと思います。」



大地を司る王様なのに色々と大丈夫なのだろうかと夢現で思いながらも、水分を摂り着替えもしたことで少しだけ楽になったが、やはり動かない体は、本当に休養を欲しているようだ。


キックリの声が近くで聞こえ、手が優しく握られる。



「エル、私は一度帰るからね。ジラントルが連絡役になってくれるから何か欲しいものがあったら言うんだよ。」



キックリの気配とぶっきらぼうなのに優しい声が傍に居ないのは寂しいが、心配は掛けても迷惑は掛けたくないのだ。


きゅっと手を握り返すと、ふっと笑う声と頭を酷く優しく撫でてくれるのを感じ、ルウィエラは目頭が熱くなる。

高熱と不調を併せると心が脆くなってしまうのか、ぐらぐら揺れるのだ。



「じゃあ頼んだよ。何かあったら時間関係なく連絡するんだよ。」

「承知しております。お気をつけて。」



二人が話す声が遠ざかり、少しでも楽な状態のうちに休みたいとルウィエラの意識も遠ざかっていった。







次の更新は18日になります。

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