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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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揺蕩う意識の中で






ぐらんぐらんと揺れ動くような感覚と、どこかしこも熱く痛みを感じることに嫌でも意識が浮上してくる。

目は開かずに瞼の裏がじわじわ潤む程に熱く、加えて体中の関節が痛み寒気が止まらない。


覚醒しきれない意識の中で体を丸めて蹲り、ぶるぶると震え、横たわっている体に触れている布の擦れる振動が耳に届く程だ。


ルウィエラは朦朧とした意識の中で、今の状態の理由を纏まらない思考で思い出そうとする。



(久々にこんな体中軋むような辛い感覚―――――私は……もう、離れには居ない…筈で)



置かれている状況を確認する為にどうにか記憶を辿っていく。


目に少し力を入れると奥がずきずきと脈を打ち、同時に頭がずくずくと同時に痛み、考えることを放棄したくなる。



(…ええ、と……―――お婆――の卵サンドイッチを食べ――――あ、)



離れに居た時のルウィエラからは考えられない閃きにより思い出し、思わず息を詰める。



(どれだけ意地汚いんだか…でも悪くない――――前よりは全然良い)



ゆらゆらぐらぐら揺蕩う意識の中でそんなことを考えながらも、震えは止まらず何とか腕を動かして腕を掴んで擦ろうとするが、力が入らない。



(それで―――――ああ、そうだ。ヒョウのような生き物…あの時は必死、で、…とても気高くて勇ましい姿の猛々しい生き物、―――無事に逃げられたかな。…治癒魔術が少しでも効いていたら良いのだけど)



意識が遠のきそうになりながら、鈍い深い鈍痛でまた意識が上がってくる。

喉がからからに渇いてごくんと唾を飲み込むとずきんと喉も痛む。それでも息苦しいのではふはふと息をしながら同じことを繰り返す。



(…ここは、何処―――あの良く分からない空間…―――ではない。)



そして肌の当たる感触から、ようやく自分が何処かに横たわっていることを理解できた。



(ベッド……?―――でも、私の、―――ではない?それに、ここは――端っこじゃない…)



離れのベッドの真ん中が窪んでいたことと、何か遭った時に直ぐに下りられないと困ると考える癖は健在で、ルウィエラは時間をかけながら端まで寄り、端に到達してようやく落ち着き蹲る。



なけなしの体力を使い果たして意識が無くなり、次に意識が浮上したその時、近くから人の声を認識して、ルウィエラは朦朧とした意識の中で気づかなかったことにぞっとする。



「また端に寄られていますね。無意識でしょうか。」

「分からん。」



人が近くに居て気づかなかったのは、あの腕の傷の時以来だったが、無防備な状態は恐ろしいと思うのにどうしても意識が浮上できないのは、あまりに体が弱っているからだろうか。


運が良かったのは、話し声から感じる危険察知のピリピリした気配を帯びていないので、それだけは助かったと思うことにした。



ふっと意識が飛びそうになって、またぐわんという頭の痛みと体の軋みで微かに戻ってくる。

はふはふ熱い息をしながら、あまりに辛くて目をぎゅっとすると頭全体に痛みが響いて悪化を辿るので、どうしたら楽になるのか分からなくなる。



「取り敢えず――――――――絡しました。私用で隣―――――――――く戻るとのことです。ジェ――――――――――助けてくれた話をして、現状をお伝えしました。暫くは―――――――――でこちらに居ることも。戻ったら一度訪ねるそうです。」

「そうか――――――そうもないな。」

「そうですね。―――――――が施されていたの――――――手当てだけにしてますからね。ただ、体調も魔力も――――――――――」

「…そうだな。」

「目を覚まされた時に摂れる水分を用意しておきましょう。」

「ああ。」



その間も恐らく二人居るらしい人物達は何か話していたが、ルウィエラは部分的に理解はできるものの、それを予測する作業が現状の意識では困難だった。






それからの記憶が所々曖昧だが、またゆらゆらと意識が浮上してくるのが解り、治まらない頭痛と関節痛に耐えながら、渇いた喉を少しでも潤そうとして唾を飲み込むと、思った以上に渇いた口腔内と喉の痛みに驚き噎せてげほげほと咳き込む。


その反動で端ぎりぎりにあった頭部がぐらんと動き端から落ちそうになってひゅっと息を呑んだ、その時。




「落ちるぞ。」



低く少し掠れ気味の落ち着いた良く通る声が耳元に届き、同時に頭を支えられ、体も一緒にゆっくりと浮き上がる。こんなに熱くなるのか、とまた声が落ちルウィエラはぼんやりとその声の主は誰だろうかと考えようとするが、纏まらない。


だが、持ち上げられた時、微かに少し甘やかで、澄んだ森で深呼吸した時の穏やかで優しい心地良い匂いが鼻を掠めた。何だか顔を埋めてすんすん嗅いでいたい、何処かで嗅いだことがある同じ香り。



そしてふわっと柔らかいベッドに戻され、ふわふわした何かを体に掛けられた。心地良い匂いが遠ざかり、ルウィエラはなんだか悲しくなる。


恐らくまた端ではない所に運ばれ、真ん中は嫌だ、危ない、怖いと頭の中で繰り返す。




「熱いのに震えているのか…」



そんな声が聞こえてくる。

悪寒で震えているんですよと伝えたいができそうもない。



「俺には分からん。」



またぼそっと聞こえてくる声。

何が分からないかはルウィエラも分からないが、揺蕩っているぼんやりした意識の中で感じたのは、ああ今回は一人ではないんだと頭で理解して心がきゅうとなる。


苦しい、辛い、怖い時に傍に誰かが居たことなど、一度もなかったのだから。


その後も時折聞こえてくる声がとても心地良く、耳にさらっと届くこの声は大丈夫なものだと本能で感じ、すっと意識が遠のいた。






ずきんずきんと脳内に響く痛みにまたもや意識が無理やり押し上げられる。

荒い息遣いは治まらず更に熱くなった気がするし、蹲って止まっていても全身の節々が痛み、朦朧としながらもまだ真ん中に居るのが解り、嫌だと直ぐに下りられる端に寄ろうと試みる。


するとふわっと先程の心地良い匂いがした。そして近くで紙を捲る音がする。


とてもとてもしんどいけど、心地良い匂いの傍に行きたいと、力の入らない体をなんとか動かす努力をする。少し移動してはふはふしていると、少し近づいたのか香りも増してきた。


もう少しだと何とか動かすと、まだ端に着いていないのに何かに当たり行き止まった。


何とか目を開けようとほんの僅かに開けられると、ほんのり薄暗く、目の前には黒い布が微かに見える。



(……あ、匂いがするの―――ここからだ)



その黒い布から漂う心地良い匂いに、ルウィエラは最後の力を振り絞って頭を近付けた。


とすんとその布に触れ、同時に仄かに温かみも感じる。すっと息を吸う。



(――――ああ、何だろう…とても…安心する匂い―――)



呼吸すると胸周りも些か苦しくなってくるが、それ以上にこの香りが楽になるような穏やかな気持ちになり思わず、すりりっと頭を擦り付ける。



「っ―――――…おい」



真上から落ちてくる声に、ふと覚えのある記憶がぼんやりと蘇る。そしてしゅわっと消えてしまい、もう一度と思いすりすりして胸元が苦しいのを覚悟でめいいっぱい吸い込む。



「起きたのか?」



その布がぴくっと動くが離れる様子がないのに安堵してから、温かみを感じるこの布は服なのだとようやく気付く。

聞いたことがあるような、でもそんなに優しい声色ではなかったなと、ルウィエラは開かない目をめいっぱい広げて視線を上に向け――――ひゅっと息を呑む。

そして噎せた。



「ごほっ!ごほごほ…っ」

「おい!…大丈夫か?」



もう一度すぐ近くでその声を聞き、ルウィエラは張り付いた喉を何とか動かして声を絞り出す。



「せ……セ、ル―――さん?」

「ああ」

「――…!ど、退きま――――っぅ…!」




耳に凪ぐ声の正体は判明したが、今度は何故ここにセルが居るのか、はたまたここは何処なのだと頭の中の情報が騒がしくなり、先ずは退かねばと再度声に出そうとすると、ぐわんと鈍痛が鐘のように響き思わず呻いてしまう。



「状況はあとで説明してやるから、今は寝ろ。何か飲めるか?」



どうやらセルはベッドの端に座っていたらしい。匂いを求めて服に擦り付けていたルウィエラの頭を退かすこともせずにそんなことを尋ねてくれる。


聞きたいことは沢山あるのだが、如何せん体も動かず頭も働かない状態なので、今はセルの言う通りにした方が良さそうだと思い、目を閉じながら僅かに頷く。


セルも頷いて立ち上がり飲み物を取りに行くのを気配で感じ、匂いが遠ざかった。

それを少し残念に思いながら、離れたことが原因なのか震えが酷くなる。


頭しか触れていなかったのに、どうしてかとても寒く震えが更に増してくる。歯がかちかちと鳴り始めて、これでは飲み物すら飲めないではないかと口元を震える手で押さえようとして左手が何かの布に巻かれていることに感触で気付く。



(何だろう…何でなのだろう―――は、早く、震えを止め、ないと…)



体調を崩している時はいつも一人で何とかしてきたのに、そう思えば思うほど何故か震えが治まらないのだ。


もっとしっかりしなければ―――――

もっとちゃんと――強く―――――





「エル」




すると、すぐ近くでセルの声がする。

全身が震えるのを何とか治めようと努力するも上手くいかないことに苛立ちが募る。セルの声掛けに対して返事の反応すらできない状態にルウィエラは歯痒く感じ、頭が痛いのを覚悟してぎりぎりと目を瞑り痛みで震えを緩めようと試みる。


セルがもう一度エル、と呼ぶ。



「答えなくていい。目だけ開けろ。」



そう言われて、ルウィエラは震える全身に叱咤して何とか目を抉じ開ける。

ベッドに横たわっているルウィエラと同じ位置にセルの顔がぼんやりと見え、その手にはストローが差し込まれたコップを持っていた。どうやらベッドの端に膝を付いているようだ。



「口を押さえている手を離せ。ストローを差し込んだらゆっくり少しずつ飲むんだ。」



熱で回らない頭でも理解できるほど、酷くゆったりとした口調でセルが言った。


これ以上迷惑は掛けたくないと口元を覆っている手を退けようとするが、必死に押さえていたからか、腕全体が固まってしまったかのように、なかなか言うことをきいてくれないことが更に焦りを募らせる。



(な…んで動かないの…!)



自分の体が自由にならないことにルウィエラはまたもや目を閉じてしまう。



「エル。触れるぞ。」



そんな声が聞こえた直後、熱く火照ったルウィエラの手がひんやりとした、それでいて何故か温もりを感じるものに左手の布部分を避けながら掴まれ、ゆっくりと口元から外されたので、無意識にその手をきゅっと掴み返す。



(―――――あ……)



思わず目を開けるとセルがルウィエラの両手を掴んだまま、ストローの入ったコップを近付けた。



「口元に寄せるぞ。焦らずにゆっくり飲め。」



そう言ってストローを口元に持ってきた。



「震えたままで構わん。俺が持っているから問題ない。」



ルウィエラの懸念を予想してか、そう言ってくれたので幾分か気持ちが解れ、かちかち鳴る歯を意識してゆっくりと口を開ける。すると細長いストローが少し差し込まれたので閉じる。


震える口を窄ませて吸うと、程よく清涼に感じる水分が渇いた口腔内にじわっと拡がっていく。

ルウィエラは噎せ込むことだけはしたくないと、はふはふしながら微量ずつ嚥下していく。



(――ああ、冷たくて…―――ほんのり甘くて、美味しい。生き返るよう)



喉元をゆっくり通る水分は程良い冷たさで、体内に入り僅かだが全身が弛緩していく感覚に、どれだけ喉が渇いていたのかを知る。ルウィエラはまたゆっくりと吸ってこくんと飲み込む。



「―――――あ、」

「――どうした。」



数口目でようやく飲んでいる水分の味が何であるのかに気付く。



「こ―――この味…」

「お前が気に入っていたものだな。」



まだ体中が痛いし吐息は熱い。

喉越しが少し緩和されたことで意識が少しだけ鮮明になってきたルウィエラはこんな時に何なのだが――――――――どうしてか、どうしても、聞きたくなってしまった。



「せ、せう――さん……、これ―――何味、ですか?」



ストローが口に入ったままなので、言葉を噛んでしまうが、どうにか言葉にして尋ねてみると、コップがぴくりと動き、セルが目を丸くしている。



「何故今それを聞く。知っているだろうが。」



セルが憮然とした表情で返してきたが、頭の中でどうしてももう一度聞きたいという欲求が何故か無性に湧き上がる。きっと高熱と朦朧としている意識のせいなのだろう。そうに違いない。



「せう、さん―――あ、…味―――」



まともに開けられない目を何とか閉じないように保ち、セルを見上げる。

するとはあ、と溜め息を溢しながらルウィエラを見ていたセルが目を逸らし遠い目をする。





「――――――さくらんぼ」



小さな呟く声が聞きたかった言葉を紡ぐ。


ルウィエラは苦しい胸元がほんわり緩んだ感覚になり、まだ触れたままの手が無意識に力が入り、紡いだ言葉に心がふわわとなって、これも無意識に口端が僅かに上がるのを感じたのだ。


ぼやけた視界でセルが目を瞠るのが分かり、ルウィエラはゆるりと目を閉じて口元を窄ませてさくらんぼ水をゆっくりと吸った。







次の更新は16日になります。

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