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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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ホットサンドとココア






外に出ると少し汗ばむ季節になってきていて、ルウィエラは薄手の藍鼠色のワンピースとローブを羽織り、今日はディサイル国立図書館へ来ていた。


今日の目的は灰色の痣について調べることと、地下にある軽食堂の館長お薦めのホットサンドに挑むことだ。



受付で前回借りた本を返却してから、壁スクリーンで検索を始める。

魔絆と調べると、館内に数多の本数があるにも関わらず、僅か三冊しか検索に引っ掛からなかった。



階段を昇り、三階に辿り着く。

以前生物関連の場所の対極に位置する場所にあり、人外者関連の本が多く並んでいる。


この辺りも一度ある程度読んで学んだ方が良いのかなと思いつつ、先ずは検索した本のうち二冊を手に取る。残りの一冊は貸出中なのか見当たらなかった。



(あれ?貸出中なら検索に引っ掛からないのでは―――取り敢えず二冊を読んでみよう。)



ルウィエラは本を持ち窓側に連なっている読書スペースに移動する。

何人か座ってはいるがまだ沢山空いていたので、間隔を空けて窓側に近い場所に座った。


二冊のうち一冊は人外者そのものの在り方や関係性なども記されており、少し分厚い本だ。もう一冊は『人外者との繋がり』という題名でかなり薄い冊子くらいの本だった。


分厚い方を残して、ルウィエラは冊子ほどの厚さの本を読み始めた。




全部読み終えるまで一刻ほどかかっただろうか。


本を閉じて読み返した部分を思い出す。



(この本を書いた人は…思考が人外者寄りというか、人外者様絶対崇拝みたいな…。)



本には人外者との婚姻の話だけでなく、関わり方が細かく記されていた。しかも人間が謙る前提のものばかりで、内容は頷けるものが殆ど無かったというルウィエラ的には残念なものだった。


というのも、人外者は人間より尊いものであり、敬うべき云々な人外者崇拝を延々と綴っているもので、何と言うか纏めると人外者の言うことはなんでも聞けみたいな結論である。


もしこれが、分厚かったらルウィエラでさえ、途中で断念したか飛ばし読みしたかもしれない何とも言えない内容だった。


ただ、魔絆に関しても人外者絶対な内容で、魔絆砕きに関しても人間側をぼろぼろに書いてはいるのだが、魔絆砕きをした人間の末路が書いてあった。


内容はその場で命が潰えるのが殆どだったが、魔力が全く失くなってしまうものや、一気に老衰した風貌になってしまった例等が書いてあったが、命の期限的なものは書いてなかった。

この内容すら確実ではないが、まあ人間がそんなことをするとは、なんて罰当たりなんだという内容だったので、そんな考え方もあるのだなと勉強にはなった。



そして二冊目を読む前に時計を見ると、あと二刻程で正午に差し掛かるので、その位に地下の軽食堂に行ってみようと、分厚い本の頁を捲り集中する。


大体の内容は前に読んだ冊子や離れの時に読んだものと大差はなかった。あくまでも人間からの視点と考えを元に書かれているものなので、やはりより詳しい内容のものは無いのだなと思いつつ、魔絆の部分に差し掛かる。



(うーん、やっぱり書いてあることはほぼ一緒であとは考察的な感じかな…ん?これは―――)



魔絆砕きによる代償も殆ど書かれていることも変わらなかったが、一つ気になるものを見つけた。


魔絆を見つけた人外者は今迄にない高揚感と耐え難い狂おしい気持ちになるというものに対し、類似はするがある意味全く異なる『魔縁』というものがあるそうだ。


これは魔絆を見つけられる可能性が滅多にない長い時を生き続ける人外者が、人と接し、その相手に心を寄せたり愛着を持ったりすると、彼等が望み、人間に寄り添って相手に縁を繋ぐことを乞うというものだ。


これは人外者からのみの方法で、それに対し人間が受け入れれば縁を繋ぎ、今までの時間を併せ、これからの時間をより大切に育て、唯一の家族、伴侶、親しい友へ変化していくこともあるという。


魔絆という不確かなものの為にそれが顕れるまで待つよりも、自分が育んでいった軌跡を重視して人外者が長い年月の中、共に居る者を選ぶ方法である。



当然、魔縁より魔絆の方が魔力的に強いので、魔縁を繋いだ人外者は魔絆の間隔を遮断する方法があるらしく、この方法は高位の人外者にしかできないことらしい。



(個人的には…魔絆より魔縁の方が良いな。繋ぐにあたって、相手との時間や距離を育ててちゃんと自分の気持ちを鑑みてできることだから。魔絆は確かに唯一かもしれないけど、急にそんな気持ちになってしまったら、本人も相手もどうしたら最善の方法かなんて言っていられないみたいだから―――)



急に心が騒いで、それが唯一だと体も心も魔力も感じて、確かに今迄にない幸福感があったとしても、今まで築いていたものや繋がりを遮断せざるを得ない場合もあるわけで、その時は状況によっては棄てなければならない何かがあるかもしれないのだ。


ふとセルとの邂逅から最近のことまで考えてみた。



(もしお婆と会う前に何の障害もなくセルさんとの魔絆というものが育っていっていたならば、私は今の私でいられたのだろうか。)



ルウィエラは今の自分がとても好きだし、キックリとの生活もとても充実している。

それが、人間のことを良く知らないセルともし一緒に居ることになっていたのならば―――果たして上手くいったのだろうかとふと思った。


彼との絆は切れているが、関わりは何故か継続しているので、もう過ぎた過去をあれこれ考えてもと、今はとても充実しているのだからとルウィエラはその思考を終わらせた。


残念ながら、魔絆砕きによる痣の事象は載っていなかったが、魔縁に関する学びは得たので今回は良しとする。


時計を確認して正午近くなっていたので本は二冊とも読み終わってしまったので、ルウィエラは貨幣やそれに比例する価値の魔石などの一覧が詳しく載った本を一冊取り、貸出の受付を済ませた。




そして初のホットサンドを求めて、地下に降りて行く。


階段を降りきると、その先に扉はなく広々とした空間に出た。

地下なので上の図書館のように天井が広くはないが、簡易なパーテーションに隣接された二人席がメインで四人席が少し、窓側にカウンター席が並び、観葉植物がテーブル毎に置かれていて隣を気にしない程度に間が作られるように配慮されている。


ここで食事をしながら読書する者も多いのだろう。全体がオフホワイトの色で統一されていて、深緑の観葉植物との優しい色合いを醸し出しており、とても居心地が良さそうだ。


まだ正午過ぎてはいないからか、人は多くない。

ルウィエラは全体が薄茶色で装飾されている木目調の注文カウンターに向かった。


注文カウンターの上部には飲み物とメインのホットサンドの名前に画が添えられ、品名と見た目で選べるメニュー表があった。

下のガラスケースにはホットサンド前の保冷された、焼かれる前のサンドイッチが並び品名が書いてある。他にもケーキが数種類、焼き菓子なども展示されていた。



(ホットサンドだけで十種類も!ケーキや焼き菓子も美味しそうだけど、今日はお昼ご飯だからしっかりと食べよう。)



あまりに上部のメニュー表に釘付けだったのか、それを見ていたカウンターに居る男性の店員さんがくすりと笑う。



「とても熱心に見られているのでお声掛けが遅れ申し訳ありませんでした。いらっしゃいませ、ディサイル国立図書館軽食堂へようこそ。」

「いえ、こちらこそカウンター前を陣取って上ばかり見てしまってごめんなさい。こちらの館長さんにお薦めだと言われたので、是非絶品だと言われているホットサンドを食べてみたくて。」



そう言うと、シンプルな白いシャツに黒いズボンと腰から下の同色のエプロンをしている姿がとても似合う、オレンジ色がかった金髪に茶色い瞳の壮年の男性はふわっと微笑む。



「おや、館長からのお薦めとは光栄な限りですね。ホットサンドはどれもお薦めですが、八種類は変わらない内容で残りの二種類は限定メニューになります。今だけですと、ベーコンとズッキーニ、チーズのバジルソースサンドとロブスターグラタン風サンドでしょうか。」

「ロブスター…」



キックリと良くエビの大きさで取り合いをするので、聞いた時点で即ロブスターに確定した。

しかもグラタン風ということで、ベシャメルソースが好物のルウィエラには更に期待度上昇だ。

そして限定が間に合うなら次回ズッキーニとベーコンも試してみたい。


目を艶々させているルウィエラに店員はにっこりと微笑んで「もう決まられたようですね」と更に素晴らしい情報を開示してくれた。



「これは私個人的なお薦めなのですが、ホットココアもお薦めです。アイスもご用意できますし、甘さも調整できますよ。」

「ココア…」



またもや一言しか発せられなかったルウィエラだが、頭の中で本日の昼食のメニューは決定した。



「では……自分にご褒美気分で、奮発してロブスターサンドとホットココアを下さい。甘さはまだ私には基準が分からないので、通常仕様でお願いします。」

「畏まりました。こちらで使うホットサンドの食パンは耳も全部使うのですが、プレートで押さえてこんがり焼くのでサクサクして美味しいですよ。」

「こんがりさくさく…」



最早言葉がカタコトのようになってしまったが、まだ美味しいものを美味しそうと思える自分にほっとしてその二つを頼んだ。


席で待っていると先程の男性店員が銀のトレーを持ってきて、そこから真っ白い長方形の皿に盛られたこんがり焼けたホットサンドと、白く丸みを帯びたカップに入ったココアをことりと置いてくれた。



「お待たせ致しました。ココアは通常でお出しする甘さにしていますが、もし甘味を足したいならこちらのシュガーポットからどうぞ。ごゆっくりお召し上がり下さい。」

「はい、ありがとうございます。」



その店員は一礼して下がっていき、ルウィエラは思わず下唇を少したくたくしながらお皿を見る。


大きめの食パン二枚を使い真ん中より少し斜めにカットされたホットサンドは耳部分を挟んで閉じるようなホットサンドプレートで焼いてあるらしく、端っこはかりかりだ。中身は少し大きめにカットされたロブスターがごろごろ入っておりマッシュルームとパセリ、それらがベシャメルソースで纏まっている。


ココアは上にふんわりとクリームが絞られていて、更にココアが振りかけられていてこちらも楽しみである。


いただきます、と声を掛けて、添えてあるおしぼりで手を拭き、まだあつあつのホットサンドの一つを手に取り火傷に気をつけながら、ゆっくりと口に入れる。

グラタンソースの熱さは油断すると大変な目に遭うのだ。



(―――美味しい!なにこれ!)



ルウィエラは目をきらきらさせながらも、もぐもぐは止めない。


トーストされた端っこの耳部分はぎりぎりまでソースが届いているのに、しっかり焼かれているのでさくさくかりかりが楽しめ、こんがり少し焦げたチーズの香ばしさとグラタンソースの組み合わせが素晴らしく、そこに降臨するロブスターのぷりぷりの主張とマッシュルームの一体感が見事だった。


あっという間に一つを食べ終えてしまい、はっと我に返る。



(――まだ美味しいことに夢中になれるのだから大丈夫だ。せっかくの美味しい時間を大事にしたい。)



そう思いながら、ココアの入ったカップを持ち、クリームを少し避けながら、一口飲んだ。



(!チョコレートみたいなのに、ほんのりミルクが甘味を中和していてくどくなくて美味しい!)



少し汗ばむ季節になってきたが、館内は空調が効いて涼しいので温かい飲み物を頼んでも問題ない。ホットミルクのように体も心も温まる感じがしてルウィエラはこれは好物になりそうだぞとほっこりする。


次はティースプーンで上のクリームを一口掬って食べる。純粋なココアの粉の苦味と甘めなクリームが上手く調和していて、半分くらいまでそのまま飲んでから、今度はゆっくりとクリームとココアをかき混ぜてまた一口飲むと、始めと違い、濃厚になって二度楽しむことができる。


ココアも楽しみながら、残りのホットサンドに挑み、今度はゆっくりもぐもぐと味わう。



(心の動きはまだまだ未熟だし、上手く作用できないけど、好きなことをしたり美味しいものを食べることに心が動く時間を大切にしよう。)



そう思いながら、ホットサンドとココアを堪能して完食した。

返却カウンターに食器類を返す時には店内が混み始めていたので、昼少し前が丁度いいかなと思いながら軽食堂を後にして、軽い足取りで帰路に着いた。







次の更新は12日になります。

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