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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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一人きりの食卓






錬成に集中していると昼を過ぎていたので、キックリ直伝のリゾットを作り始める。

お粥もパン粥も好きだが、もぐもぐ噛み締める芯の残るリゾットもルウィエラの好物の一つだ。


保冷庫を覗いて、残っていた数種類の茸を少しずつと玉葱、大蒜とバターにキックリの晩酌の肴であるサラミの端っこを貰って作り始める。


バターに微塵切りにした玉葱と生のママイ、茸と小さくカットしたサラミを入れて炒める。サラミと玉葱の香ばしい匂いが漂い、ママイが透明っぽくなってきたら、調味料を混ぜた出汁をいれて焦げ付かないように炒め煮する。水分が無くなってきたら、少しのチーズと入れて火を止める。器に盛って粗挽き胡椒をたっぷりかけて完成だ。


それと完熟してそろそろ食べ頃の時期を超えそうなマンゴーも半分に切って格子切りにして出すことにする。



「ん。美味しそうにできた。」



そう頷いて呟きながらふと気付いてテーブルを見ると、小さい深さのある器をランチョンマットの上に無意識に置いていたようだ。それを見つめながら、ルウィエラはゆっくりと深呼吸をする。



(いつか…居ないことが当たり前になるから。)



そう何度も心に言い聞かせながら、出してしまった器を食器棚に戻そうとして、敢えて出し辛い奥に仕舞うことが何故かできずに、元あった場所に置いて、テーブルに戻り食事にする。



「いただきます。」



食事の挨拶をして、ぱくっと食べた茸リゾットは良い芯の残し具合でだいぶ上達してきたようだ。サラミの塩味が出し切られていないので、噛めばじわっと旨味を感じ、茸と大蒜の組み合わせがより食欲を唆る匂いだ。


はふはふしながら、温かいうちに食べ終え、フォークで掬い取りながらマンゴーも食べる。



水を最後に飲み終えてお腹が満たされ、ふうっと息を吐いた時に空になった一人分の器を見る。



(最近は一人で食事することがなかったから―――美味しかったのに、お腹がいっぱいになったのに…何かが足りない。)



それが何かは今のルウィエラには分かっている。

でも認めてしまったら、何時か一人で暮らすことになった時に、とてもやるせなくなりそうで。


ルウィエラは頬を軽く叩いて、これからはもっと美味しいものを沢山見つけて、美味しい時間を一人でも作れるようになろうと考えながら「ごちそうさまでした」と挨拶をした。



食器類を片付けて、洗濯魔機から乾いた洗濯物を出して畳む。


夕食は要らないとキックリは言っていたので、ルウィエラも適当に済まそうと思い、部屋に戻って魔草と生息分布のメモ帳を広げて読み始めた。




暫くしてふいに気付く。

ただ文字の羅列を追っているだけで、頭に入っていないことが分かってルウィエラは溜め息を吐いた。



(幾ら経験が乏しいからって―――どれだけ脆弱な精神なの…)



離れに居た時は一人しか居なかったので、精神的に強いと思っていたし、強くなるしかなかった。


でも大事なものや大事な気持ちが育ってくると、今度はそれが失くなることもあるという未来に精神を削られるのかと思うと、怖じけて心が竦む。


胸元を無意識に押さえて深呼吸する。



(今後も大事な何かを育んでいくなら、それが何時か去ることも覚悟の上で、それでも今までみたいに空虚な毎日ではないだけ良いではないか。まだ慣れないことだからすぐにぎゅっと縮み上がって心が軋むんだ。それも慣れればそのうち……ゆっくりと浸透させて…習慣化すれば、いい。)



家族ですら爵位を継ぐのでなければ、離れることもあるのだし、そうでなくても家族だからといってずっと一緒な訳では無い。そしてそれぞれまた新しい家族を作って―――――


ルウィエラはこの先のことを考えて頭が纏まらなくなってきた。



(私は―――どうなりたくてどうしたいのだろうか。何を望むのだろうか。)



不意にそんなことを考える。

キックリの元に来てからはまだ日が浅いうちは覚えることが沢山あって、少し生活の基盤が出来始めた時にごんさんに出会って、人…ではなく生き物への愛着心というものを知った。そして別れることを知った。



(出会うということは必ず何時しか別れがくる。もしかしたら―――私自身、心を寄せたり、愛着や執着を持つと、とても依存してしまう人間なのではないだろうか。)



まだ慣れていない感情だからなのか、元々の素質なのか。


胸元を押さえたまま部屋を見渡す。


ベッドの真ん中に置かれた畳まれたタオルはそのままだ。

部屋の窓の近くに設置した止まり木代わりだったコートラックもそのままだ。

机の上に置いてあるいつでも水分が摂れる器もそのままだ。


ルウィエラはそれらを一つ一つ見てからベッドにあるタオル巣に手を掛けた。

タオルを掴んで持ち上げて退かそうとするが、それを実行してしまったら、もう本当に終止符が打たれるような気がしたのだ。



心臓がとくとく鳴りながら、心はぎゅっと搾れるように苦しくなる。

タオルを掴んでいた手を離すと、その苦しさがほんの僅かだけ和らいだ気がした。



「―――いつかも分からないし、あの声は夢かもしれない。」



家には誰も居ないのは分かっているが、ルウィエラは今の心境を頭の中でなく敢えて声に出してみた。



「私は思っていたより弱くて、情けない人間かもしれない。でも―――今の自分の気持ちを優先させるなら、……これはそのままにしておきたい。」



声に出してみると何故か頭で思っていたことを纏めながら声に出したことで、何かすっきりとした気になった。



「コートラックも器もこのまま。もしそれを見る度にとても辛くなるなら、またその時に考えることにする。」



自分の思いを声に出して宣言のように言ってみると、また少しすっきりした。


まだ心の動きは上手く操作できないし、何が正解なのか経験不足を否めないルウィエラには解らないことだらけだが、直感的にこうだと思った気持ちは撤去したくない、とだけは譲れないと思ったのだ。


自分の思いにはできるだけ正直に前向きに有りたいとルウィエラは一つ頷くと、タオルをぽんぽんと叩き、ベッドの端に座り直して目を閉じて自身の魔力を感知させた。



(ごんさんと魔力と上手く繋がって合わさってくれてごんさんを助けてくれてありがとう。あれだけ離すのに時間かかったくらい、あの子の魔力はとても心地よかったのかな。いつか――――いつかまた会うことがあったら気付けるように魔力を感知させた時教えてね。)



そう念じながら自分の魔力器の中を循環させていく。


今のルウィエラの魔力器は砂時計の更に一つ繋がった合計三つの器が見える。そして三つめの底はぼんやり霞がかっているので、感情が大きく動いたら、まだ先があるのかもしれない。


最近は魔力に語りかけることはあっても、ゆっくり集中して接することはなかったので、ルウィエラは久しぶりに目を閉じたまま自分の魔力と向かい合って循環させたり底から色別したり相性の良いものを纏めてみたりと、暫くの間色々試していた。


魔力はいつも共にいてくれるが、今日はずっと意識が向いている為かふわっふわっと少し浮かれるような動きになっているのがとても愛しくなる。



(この子達だけは私そのものが消えるまで一緒に居てくれる。それで十分ではないか。この先色々出会いがあって別れがあっても、だから尻込みして未来を自ら閉ざすなんて勿体ない。こうやって色々悩んだり惨めな気持ちになっても心が動いていて、体も好きな所に行けるのだから、やりたいようにやっていこう。)



そしてルウィエラはまた声にだして宣言する。



「悩むも落ち込むも我慢しないで好きなだけ。その代わり長引かせないで早く這い上がって前を見て進む。時間は有限なんだから勿体ない。こういう時間も必要なことなはず。」



そしてまた一つ頷いて、目を開き、体を起こして部屋を見渡す。

魔力と思った以上に戯れていたようで、外は薄暗くなってきていた。


ルウィエラは部屋を出て、薄暗くなったリビングに入り灯りを灯して、保冷庫からキックリの作り置きしてあったミネストローネの鍋を取り出して温めた。


パンも食べようと思ったが、今夜は色々考えて落ち着きはしたが、お腹があまり空いてなかったので、スープのみにしようとテーブルに着く。



(気持ち的に色々思い悩んでいる時は食欲が失くなることもあるのかもしれない。)



と新しい発見を見つけながら、温かくなったミネストローネを口に含む。



(―――温かくてトマトと大蒜に沢山の野菜の旨味が凝縮されていて…美味しい。この感情があるうちはきっとまだ大丈夫だ。)



また一つ頷き、スープを啜る。温かさが喉を通り胃に収まると、また少し落ち着いたような気がした。






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