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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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真ん中のタオル巣と端っこで






帰宅後、紅い鳥ことティリと取っ組み合ったルウィエラは、直ぐに入浴に直行させられた。


体と髪を洗い湯船に浸かって、ふうと息を漏らす。腕や肩にお湯をかけながら、胸元が視界に入る。



(少し広がっているような気がする―――)



白に近い肌色に浮いたように見える灰色の痣。前は小指の爪程だったのが、人差し指の爪くらいの大きさになったような気がする。



(図書館なら詳しい本がもしかしたらあるかもしれない。今度行った時に調べてみよう。)



殆ど毎日入浴しているので忘れていた訳ではないのだが、明らかに見た目が変わっているわけではなく、よく見るとなんとなく大きさが、という位だ。



(どれだけ削られているのかは想像もつかないけど―――せめて、数年は持ってくれないかな。まだ色々やりたいことも行ってみたい所も沢山ある。)



ルウィエラに恐怖や恐れという感慨は今のところない。実感が湧かないからか、体に経緯の不調がないからかはまだ不明だ。



(じわじわ苦しむのも嫌だけど、急にさくっと息絶えてしまうのも嫌だな。少し前にでも前兆が顕れるなら色々準備できるのに。)



ルウィエラとて望んで死にたい訳ではないし、生きられるなら沢山生きて色々してみたい。

でも魔絆を砕いた時にそれなりの覚悟はしたのだ。それが揺らがないだけで。


勿論目前になったらぶるぶる震えるかもしれないが、どうにもならないなら最期まで精一杯生きたいではないか。悩んだりうじうじしたりする時間を短くても幸せに使いたいのだ。16年間分を僅かな時間でもめいっぱいやり切りたい。


ざばっと湯から出て、タオルで髪と体の水分を吸い取った後、紺色の部屋着に着替える。

キックリ特製吸水タオルで艶が出て先が揃った漆黒と紫の混じった髪を拭いていき、これまたキックリ特製のシダレ国でしか採れない雪紅椿の花から錬成した化粧水をしゃぱぱと顔に付けていく。


さらさらしているのに肌にしっとりと残るこの化粧水をルウィエラはとても気に入っていた。錠菓がある程度上達したら化粧水も試してみようと考える。



「お婆、先にお風呂いただきました。そういえば薬以外で化粧水とかは売り物にはしないのですか?」

「しないねぇ。これは自分の趣味の範囲だね。というか合う化粧水がなかなかないから自分で作った方が早かっただけだからね。」

「それで作れるのはお婆くらいなのでは…」



そう言いながら、保冷庫から林檎水を取り出しぐびっと一気に飲む。もう一杯汲んでからテーブルに着く。



「ごんは降りてきそうもないから食事置いてきたよ。それと烏賊味の錠菓もね。」

「そうですか。ありがとうございます。ごんさんも意外に頑固で――前からですけど。」

「はは、そうだね。でもルウィエラと同様パン粥置いたら体が伸びていたからまあ好きに食べてもらうさ。」

「みょーんとですか。ごんさん乾物でなくパン粥が好きとか…鳥さん的に有りなのでしょうか。でもお婆特製のパン粥を好むとはなかなか見所はあります。」

「何言っているんだか。パン粥は誰にでも作れるだろうが。」

「誰にでも作れるからそこに個性がでるんですよ、特に素朴な料理は。お婆の愛じ―――」

「ほらほら!食べるよ。」



照れるキックリの遮りに心がほっこりしながら温かい食事と温かい時間を過ごした。


その後は今日採れた湖水のツブラアナゴ産の結晶石や探索中に採取した魔草を山分けした。リテリの魔力残滓を見ていたキックリの表情は物語の悪役面である。


お腹も心も満たされたルウィエラが部屋に戻ると、部屋のタオル巣はそのままで、ごんさん用にキックリが用意してくれたご飯はしっかり空になっていたので、空になった器を持って一度下に下りる。


キックリはそれを見て「どんな時でも食うもんをしっかり摂ることは良いことだ」と苦笑して器を受け取っていた。


部屋に再度戻り、見渡すと窓のカーテンが少し捲れたままだ。

キックリが帰り際、間違いなく窓から帰るのを待っている筈だよと言っていたので、その形跡をみると何だかぎゅわっと引き絞られるような切ない気持ちになる。


良くも悪くも心がこのような動きを顕著にするようになったのはごんさんがきてからだ。


ルウィエラはペンダント収納から小さな袋を幾つか出してから部屋の灯りを消し、ベッドの真ん中に設置されてあるタオル巣がずれないように掛け布団を自分に手繰り寄せてもぞもぞと動き端っこに収まる。


ふかふかの布団と枕、そして未だに顔は出さないが、タオルの奥底で息を潜めている小さな鳥が今夜も側に居ることに得も言われない穏やかな気持ちになる。



(帰る前にお婆と話せて良かった…話すことでこんがらがった気持ちが少し纏まったような気がする。)



タオル巣で時折もそっと動く様子を見ながらルウィエラは言葉を紡ぐ。



「ごんさん」



突如タオルがびくっと動く。その顕著な動きに何だか自分だけでなく、ごんさんも色々考えていたのかなと思うと、心が落ち着いてきた。



「少し私の話を聞いていてね。」



タオル巣は動くことなく無音威嚇もなく、こちらの話を聞こうとしてくれる体制なのを感じて、ルウィエラは安堵して話を続ける。



「私はね…最近外の世界に出たばかりで、あまり人の機微というか人の気持ちどころか自分の心の動きにもまだわからないことが沢山あって、ここ数ヶ月お婆と一緒に住んでようやく少しずつ覚えていっているの。そしてごんさんと会って、急遽暫く共に住むことになって―――とても有意義で楽しくて温かい時間を過ごせた。」



タオルがこそっと動いてまた止まる。



「お婆からも聞いたかもしれないけど、私の眷属状態でなければここにはずっと居られないの。ごんさんはまだやるべきことがきっとあるんだよね?そしてそれは眷属状態だと多分難しいものなのかな。」



そう言うとタオルがもそもそと動いて朱色の嘴と綺麗な藍色と青りんご色で薄い黄緑が散りばめたようなきらきらした瞳が覗く。澄んだ色がとても綺麗で鮮やかで、ルウィエラはその瞳をじっと見つめる。



「私はね…多分境遇有無関係なく―――とても心の入り口も中身も狭い人間で、自分に優しくないものと傷つけるものはいらないし入ってきて欲しくないの。心が動きそうになった相手が何時か去ってしまうなら…ずっと一人ぼっちの方が全然良いと思ってしまうくらい受け皿がとても小さい我儘な人間。」



ごんさんの小さいけど透き通った青と緑の瞳が静かにこちらを見る。



「だけどね、誰かと…一緒に寝たのは初めてだったんだ。時々がばっと飛び起きてごんさんを驚かせてしまってごめんね。…それでも側に心が…安心できる相手が居るだけで安らげて眠れることがあるんだって初めて知った。」



あっという間のひと月で小さな生き物だったことが大いに共に同じ部屋で暮らした理由ではあるが、それでもこの珊瑚文鳥との出会いと日々過ごす時間は、ルウィエラに新たな心の動き方を教えてくれたのだ。



「短い間だけど側に居てくれて、安心をくれて、ありがとう。」



ごんさんの円な青と緑の瞳が丸くなる。



「机の上に錠菓沢山置いてあるから、良かったら持って行ってね。大好きな烏賊味の薄灰色の錠菓はあの黒い鳥からの攻撃と排他もできるよ。苺の錠菓は魔力回復だから魔力の質が向上、マンゴーの錠菓は栄養に特化しているからすぐ元気になるよ。」



ごんさんは目を丸くしたまま机をみて、またこちらに向き直る。



「―――――っ、魔力の繋がりを切るよ。切っても烏賊の錠菓を夕食に食べているから明日いっぱい敵に勘付かれることはないよ、大丈夫だからね。」



そう言って目を瞑り片手を動かしてごんさんの中にあった自分の魔力をゆっくりと抜き取っていく。いつの間にかごんさんの魔力と仲良くしていたのか、二つの魔力はなかなか上手く逸れてくれない。


それが何だか寂しくて悲しくて、何故か目の奥が熱くなってくる。

目を瞑っていて良かったと心底思った。

その魔力を宥めてようやく纏わっていたものを外して自分の中に収める。


何故か震える喉を落ち着かせて、それによって声が震えないように何度も呼吸も整えた。



「おやすみ。ごんさん。」



名前のところで少し震えてしまったが、こういう時に無表情の顔は役に立つなと、なんだか侘しい気持ちになり、そのまま狸寝入りを目論んだ。


ごんさんの方から物音は聞こえなかったが、今日はあれこれ体力を使ったので疲れていたのか、然程時間を置かずに眠気が訪れる。


どうか今夜だけは飛び起きることのないように。ごんさんを吃驚させませんように。



ごんさんがお気に入りのタオル巣でゆっくり眠れますように。







眠りの淵で、何かふわっと優しいのに重い魔力が覆い被さるようにルウィエラに掛かり、意識が浮上する感覚なのに、何故か目は醒めない。


意識だけがなんとなく覚めているような不思議な感覚の中、誰かがそっと優しく優しく頭を撫でたような気がした。そして気配が近付いて耳朶をそっと打つように少し掠れた男性らしき声が聞こえる。



「必ず戻るから。待ってて。」



そう囁く声が聞こえた後、ルウィエラの意識はまた深く沈んでいった。






ここまで読んで戴き感謝です


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本当にありがとうございます


次話は1月6日になります

良いお年をお迎え下さい   蒼緋 玲

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