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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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薬屋までの道のり






「お婆からリテリさんのことは聞いたことなかったですね。」

「あいつは人外者特有の資質満載の奴でね。残虐で享楽的、老獪で狡猾なんだ。極力関わりたくないねぇ。」

「それだけの資質を並べられたらちょっと躊躇しそうですね。」

「あんたはいつも通りだったけどね。」

「軽めだからと攻撃された方には最低限の対応で十分ですね。」

「はは、物怖じしないね。まあ、そのうちとは思っては居たが、あんたに会いに来るとは思っていなかったね。眷属の鳥を知っていれば予め注意喚起はできたんだが。」

「会いに来た、ですか?」

「恐らくはね。眷属を追ってあいつが森になんか来るもんか。」

「命令で呼び戻せばいいだけですしね。そして森にはとても似合わない風貌の方でした…」



そんな話をしながら帰路に向かう。



「そういえば、エルが出掛けている間にごんと話したんだ。」

「ごんさんと?」

「ああ。」

「―――そうですか。」



ごんさんの様子を思い出して足取りが少し重くなる。



「ゆっくりでいいから思っていることを言ってご覧。」

「お婆…」

「言わないで己の中に溜め込むとね、いつの間にか凝り固まって動かせなくなってそれが主軸となると拗れてくるよ。話す相手が居る時は言葉に出してみな。誰かに話すことで、溜まっているものを反芻しながら自分の中で考えが纏まることもあるんだ。今のあんたには私が居るんだから言えることは言ってしまいな。」



それは薬屋に来てから事ある毎に言い聞かせられていることだった。


キックリに出会うまでは対話というものをほぼしたことがないルウィエラは、会話によって賛否両論、自分が思う以上の様々な方法や意見が未知にあるのだと目が覚める思いをしたことは一度や二度ではない。


相手がキックリだからこそもあるが、的確な説明やキックリだけの意見でない、大衆や人外者側の話も良く話してくれた。


この世界は人間だけでなく人の形をした全く価値観が異なる者も数多く存在する。どういう心理方向にするかはそれぞれなのだが、種族に凝り固まった固定概念ほど危険なものはないとキックリは言うしルウィエラも同感だ。


勿論最終的にどう思うかはルウィエラ次第なのだが、色々な考えがあって、自分の考えが全てではないということを前提にしておかなければ、いざ有事の時に手痛いダメージになる可能性もあるのだと教えてもらった。


相手に共感して寄り添うことはしなくても、到底理解し難いことでも、ああこういう考えもあるのだなと一つの考えとして受け入れることは必要なのだとキックリはいうし、ルウィエラもそう思う。


アグランド家での一家はその最たる例どころか特殊過ぎる気がしないでもないが、人間にはそういう者もいるという経験にはなった。


そして外出するようになって、同じ人間でも様々な思考の人達が居ることも分かった。



「―――私はあの離れから抜け出してまだ数ヶ月しか経っていません。今はお婆のおかげである程度人としての生活ができるようになって、沢山知ることがとても楽しいです。一日の日課を熟して時間をやり繰りしながら好きな読書の時間を作ったり、調整して色々な物事をやれることが嬉しい。ただ―――」



一度話を切り、ゆっくりと深呼吸をする。



「ただ、まだ心の動きについていけない時が…ごんさんとの時間はとても心がほわっと癒されて楽しくて、でも―――それは一時的なものだとお婆に前に言われた意味がようやく…心の動きの制御が上手くできなくて…別れることを考えると心がなんというか、きゅっと苦しくなるんです。ごんさんが元気になって嬉しいというのと、元気になれば居なくなるというぎゅっという相反する感じというか…上手く説明ができなくて…」

「今迄になかった経験だからね。」

「はい。そのなんというか寂しい悲しいという心の動きは…母様が居なくなった悲しいとはまた別のもの…居なくなってもどこかで元気にしているだろうと―――でも今まで生活の一部になっていたことが急にが無くなってしまった喪失感…なのだと思います。」



嬉しいのに寂しい。安堵するのに不安になる。

初めての喜怒哀楽がごちゃまぜになったような感覚はルウィエラにはまだ処理し切れない。



「勿論ごんさんが自分の在るべき場所に戻れることは嬉しくて。ですが―――我儘で身勝手な一人ぼっちだった私は……何時か居なくなってしまうなら…そこに心を寄せるのはもう…と自ら進んでやって、いざ心がぎゅっとなると無意識に閉めてしまう―――とても狡くて卑怯な弱い人間です。でも同時にこの優しい優しい時間をくれたごんさんにありがとうという気持ちも沢山あって…そういう様々な思いが混ざってしまって分からなくなっているんです。でも最終的にはごんさんが旅立つのを見送る心構えはできていると思います。―――でも、もう今後誰かを保護しても心を動かさないように予防線を張るつもりの自分勝手な気持ちが形成されつつあります…」



ぽろっと溢れると、次から次へと思いが言葉になり溢れでてくる。



「そうやってあれこれ考えて、自分の気持ちを考えて悩んで、そして省みて幾つもの分岐を出すのは良いんだよ。それはごんも一緒さ。あいつなりに考えて答えを出しているんじゃないのかね。あいつの場合は相手の為にでなく自分の我欲の為だ。まあ、らしいっちゃらしいけどね。」

「我欲―――と言うなら私も相当なのかもしれません。選ぶものは大体始めから決まっていて、それでも一応は考えたり悩んだりしたとしても、自分はこうなんだと思う本質は変わらないような気がします。ここぞという出来事で、誰かからこうなんだと諭されたとしても、あなたはそうでも自分はこうだからと返すのが容易に想像できてしまいます。自分が望むことに貪欲で忠実で一番な人間なのでしょうね。」



でもそれはきっと時に諸刃の剣のように自分を傷つけるかも知れない。

ただ、色々我慢して耐えて妥協したとして、その取り戻しが必ずしも確保されている訳ではないのだ。


どっちもどっちならば己を選んで自己責任になる方がルウィエラはずっと良い。



「私は―――、表面の辛いや痛い苦しいは幾らでも我慢できましたが、内面の寂しいや悲しいはまだ経験が浅く、我慢できなくなる前に、なんというか心の扉がばたんと勝手に閉まるんですよ。とても心の器が小さくて狭くて蹲って耳を押さえて閉じこもってしまう矮小な人間なのでしょう。そんな私は誰かと寄り添うことに向いていない人間なのかもしれません。でも―――」



そんな風に心がまだ制御できず、うじうじ上手く言葉にできずにキックリに話している滑稽な姿だとしても。



「そんな風にとことん情けなくても、そんな自分が何故か嫌いじゃないんです。微動も心が動かなかった時よりよっぽど生きてるって気がします。」



それに普段から切り込んで矯正してくるキックリが居てくれるだけでどれだけ有り難いことでそれだけ救われていることか。



「何か違うなと思うことはありました。例えば今まで読んだことのある物語の本の幸せの結末を幸せに思えない私はそれを望む大衆にはなれないのだと思います。器…受け皿が小さい私は大衆の為になんか絶対に動きません。」



キックリがくくっと笑いながらルウィエラを見据える。



「やっぱりレウィナの娘だねぇ、そっくりだ。」



その言葉にルウィエラは目を瞠りキックリを足を止めて見る。



「―――母様にですか?」

「ああ。前にも話したが、レウィナは人当たりは良かったが、それはあくまで表向きだ。元々なのか経験からなのかは知らんが受け皿が小さくて実は警戒心と猜疑心が強い。その代わり受け皿の底はとても深くて、懐に入れると決めたものにはとても慈悲深い。だからあの子とは色々馬が合ったんだ。私も狭い人間だ。」

「お婆も…」



キックリの目を見ると、少し困った笑顔でルウィエラの頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。



「私も一緒さ。あんたが言う大衆向けなんざごめんだ。自分が守れる、大事だと思う者だけ守れればそれで良い。あんたもそれで良いんじゃないかね。特にあんたは国や人間に良くも悪くも殆ど関わっていない。ある意味まっさらなあんたは自分の思うように好きにやれば良い。と言ってもキックリ式常識は教え込むがね。」



頭をくしゃくしゃされるように撫でてくれている手は驚くほど優しい。この手は誰にでも優しい手ではないのだろう。でもルウィエラにとっては数少ない温かな手なのだ。


それはなんて幸福なことなのだろうか。

ごんさんとの時間は喪失感はあっても、優しい時間はとても有意義だったのだ。

自分の思考が大衆と違っていても、誰かも分からない人からの称賛なんて要らないし欲しくもない。自分が大切だと、大事だと思う人達が僅かでも居るだけで十分ではないか。



「お婆、おにゃかが空きました…久々にお粥かパン粥が食べたいです。」

「ははは!噛んでるよ。全く…仕方ないね。今夜は特別だ―――その握り拳を堂々と出すんじゃないよ。」



食べたい夕食を上手く誘導できたことに思わず両手をガッツポーズしたルウィエラに見逃さないキックリのツッコミが鮮やかに舞い降りる。



「寝る前にごんさんとゆっくりお話してみますね。」

「ああ、そうしな。ごんもあの豆粒ほどの脳で色々考えているだろうよ。」

「豆粒…」

「なんだい、さくらんぼ位とでも言いたいのかい?」

「いえ―――それはちょっと過大評価なのではと。」

「ぶっ――ごんに言うんじゃないよ。」



そんな中、タオル巣ストライキ中の珊瑚文鳥は、巣をそっちのけで窓辺でルウィエラが帰ってくるのを今か今かと体を伸ばしながら待ちわびていた。






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