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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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湖畔探索






グエタの森から更に東に進んで行くと、エト湖がある。

それが境界線の役割になっていて湖の先に見える森はシャゼール国のツエネの森だ。

グエタの森とまた違う針葉樹林のような高い木々が聳え立っているのが見える。


ルウィエラは湖畔に着くまでについつい目に付いた魔草を採取し寄り道してしまったが、比較的予定通りの時間にここへ辿り着いた。


ここから湖畔周辺をぐるりと周って魔石や水辺特有の魔草探しに精を出す。

ルウィエラはペンダント収納から水筒を取り出して小桃水を一口飲んでから、採取を始めた。


今日は少し雲が多めだが、どす黒く重たい感じではないので雨は降らなそうだ。

すうっと空気を吸うと、森の草木の匂いと湖の清らかな空気が心地良い。湖は青緑色で澄み切った透明度が清々しく、奥のツエネの森の木々が湖面に反射して揺蕩っている。



(なんだかとても爽快な気分。ごんさんや他に少し色々考えていたから丁度良い気晴らしになる。でもこうやって考えられる心があることは良し悪しあっても良いことだ。)



ルウィエラは湖畔の浜辺や木々が湖水に浸り生い茂っている影などを中心に歩く。浜辺等に流れてくる希少な魔石が稀に流れてくることもあるので一通り見回る。


幾つかの魔石と魔草を採取し、今日の収穫はまずまずだとほくほくしてピタパンサンドを食べながら休憩を摂る。



採取を再開して生い茂る水辺付近に移動して体を屈めながら周りをくまなく調べていく。水に浸かってしまっている木々の付近は運もあるが、素材の宝庫の時があるのだ。

生い茂る葉を少し掻き分けてみると、水辺の少し奥に石が積み重なった場所があり、中が空洞のようになっている。水辺の生き物の住処かもしれない。


その積み重なった石は長年極薄い魔力の水に浸され続けてきたのか所々結晶化してきているようで、魔晶石の中でも水属性はとても長い年月かけないと結晶化されない希少なものだ。



(これはちょっと欲しいな。でもこの形からして多分これ誰かの住処だよね…)



そう思いながら暫く見ていると、空洞になっている石の手前の砂がもぞもぞと動き始めてぶしゃっと細長い生き物が出てきた。砂から真っ直ぐに体を伸ばし細長い体をゆらゆらしながら直角に曲げてこちらに威嚇してきている。



「!―――ツブラアナゴ!」



最近読破した生き物図鑑湖編で湖水の浅めで木々や石で囲まれている所に生息しているという細長い蛇のような形をした魚だ。海にも数種類いるが、湖にはこの一種類だけで、ツブラというのは丸くて可愛いという意味で目がとても大きくくりくりしていて、赤茶と焦げ茶のチェック柄の模様がまるで服を着ているようで洒落者感漂う生き物だ。


とはいっても縄張り意識が強いツブラアナゴは好戦的らしく、現在ある程度離れていてもルウィエラを警戒して体を砂面に直角にして時々突いてきて口を開けながら威嚇している。



「まるでごんさんの無音威嚇みたい」



暫く観察しているとこちらが攻撃してこないと分かったのか、直角モードを止めて真っ直ぐに伸び始めた。



(確かツブラアナゴは砂の中に住んでいて…もしかしたらあの空洞の奥の砂の中に屋敷を構えている的な…)



ここでのんびり観察日記を書きたくなるくらい可愛い姿だが、時間は有限なのでルウィエラは少し近付いて声を掛けてみる。



「あの。あなたの家なのかは分からないのだけど、色が変わって結晶石になっている石を大丈夫な範囲があれば数個譲って貰えないかな。」



するとツブラアナゴはぴっと伸びたあと、縄張り争いの如く威嚇を再開し始めたので、ルウィエラはさてどうしようと考える。正直少し手を伸ばせば取れてしまうのだが、それが彼らの住処で魔術による防壁となっているのなら奪うのは忍びない。


ルウィエラは何か対価があれば譲ってもらえるかと思い付き、ペンダントの収納からごんさん用の錠菓を取り出した。ツブラアナゴは水に浮く浮遊生物を食べるらしいので少量なら大丈夫かなと細かく砕いて少し離れた箇所に落としてみた。


因みに海産乾物はちょっと塩味が強いので、とりあえず果物錠菓で試してみる。


「それは栄養価の高い鳥も食べられるものなんだけど、それと引き換えにどうだろう。」


これが駄目ならまた考えようと見守っていると、ツブラアナゴは落ちてきた錠菓を暫し警戒しつつ、水中で匂いがわかるのかは不明だが食べ物と分かったらしく少しずつ近付いてきた。ルウィエラと錠菓を交互に見ながらこちらを見ながらぱくっと口に入れた。


するとみょんっと真っ直ぐに伸び上がり目はきらきらしている。これもまたごんさんのようでルウィエラは心がほっこりした。


ぱくぱく口を動かしながら他の欠片も食べていくと、突如近くの砂からすぽんすぽんと同じツブラアナゴ数匹出てきて欠片の一つを競うように食べてびょいんとそれぞれが体を伸ばしている。


美味しいご飯に釣られてしまうツブラアナゴを見ていて、美味しいご飯が大好きな自分も間違いなく釣られる側になりそうだと戦慄く。

欠片を食べる度にびょいんと伸びるアナゴの姿を観察しながら、もし結晶石を譲ってもらえなくてもほっこり癒しの時間が得られたのでまあいいかなと思った。


かくいうこちらも善行ではないので、これ以上の錠菓投資はできないが。



「今あげたのは欠片なんだけど、今のは林檎味の錠菓で本体の大きさはこれ。これが五個入った袋の中身を結晶石と交換してほしいの。でもその結晶石が何かしらあなた達の守りになっているのであれば諦める。」



そう話しかけるとツブラアナゴ集団は円状に集まり水の中で話せるのかと疑問は尽きないが、何やら審議をしているようだ。


結晶石部分を見ながらまた円状になりと繰り返して少し経つと、ツブラアナゴの一匹が砂からふよふよと泳ぎ始める。積み上げられた石の中で結晶石になっている箇所から外しても崩れない場所のうちの一つを体を使って下に落とした。それを数回繰り返す。


落ちた石を残りの数匹が一斉に押し出すようにしてルウィエラがすぐ採れる側まで運んでくれた。二個貰えれば上々と思っていたのだが、ツブラアナゴが運んでくれたのは合計で五個の結晶石だった。



「こんなに良いの?ありがとう。それじゃあ錠菓を落としていくね。ずっと浸かっていると溶けてしまうかもしれないから、砂の中に埋めといた方がいいかもしれない。」



そう言って結晶石を運んでくれた少し奥にぽちゃんぽちゃんと錠菓を落としていく。ツブラアナゴ達は狂喜乱舞しながらそれを空洞の奥へ体を使って押し込んで運んでいく。やはり奥に住処があるようだ。


ルウィエラも貰った結晶石を採取用の袋に入れて仕舞った。



「こんなに沢山ありがとう。これはおまけね。皆で食べてね。」



思った以上の成果だったので、ルウィエラは今が旬の新作マンゴー味の錠菓も数個ぽちゃんと落として、ちょっと冒険心で海産乾物の錠菓も一個だけ落としてみた。アナゴ達はきらきらした目をしていそいそと運んでいく。海のものだから、共食いにはならない筈だ。



「時々ここに来るから、また結晶化している石があったら譲っ―――――っ!」



さあ帰ろうと錠菓の入った袋をしまおうとした瞬間、上空から殺気が駆けた。

はっと上を見ると大きな翼を閉じた赤い生き物が急降下してきている。

ルウィエラが木や葉を掻き分けたことで上空から水中が見えるようになってしまっていたのだ。



「中に潜って!」



咄嗟にツブラアナゴ達にそう叫んで、ルウィエラは片手を翳し防壁魔術を展開した。

直後、バチン!!と音がして鳥が跳ね返されていくのが見えた。



(危ない…ぎりぎりだった。お婆に感謝だ。)



ルウィエラは錬成以外にあまり外では魔力を使わない。だが、有事の際に何もできないと困るからねぇとキックリが家でも外でも時折抜き打ちで攻撃を仕掛けてきていたのだ。


といっても、軽度の打撃や外では軽い魔法程度だが、僅かな隙をついて仕掛けてくるので、元々気配を感知し易いルウィエラは更に即座に反応ができるようになっていた。



(ツブラアナゴを捕食しようとしていたのかな。)



狙ってきた場所がルウィエラより明らかに湖寄りだったので、恐らくそうなのだろう。



「暫く出て来ないほうがいいよ。結晶石交換してくれてありがとう。」



ツブラアナゴ達はぶるぶる震えていたが、ルウィエラの言葉にかくかく頭を動かして、ざっと砂の中に潜っていった。それを確認して掻き分けた木々や葉で再度覆う。


また次の交換の機会が訪れるようにルウィエラは空洞近辺をざっと何重か防壁魔術を施しておいた。


そして鳥が跳ね返された方向を見ると、すぐ近くの木の枝に留まっている姿を発見して目を見開く。



「―――え」



深紅の羽が全体を彩り、目元近辺は黒赤、先端は色が淡くなり尾羽は朱色だ。黒灰色の嘴に、金と銀のオッドアイの力強い瞳の鷹のような勇猛な出で立ち。


それはルウィエラが離れに居た時に数回会ったことのあるあの時の鳥とそっくりだった。



(あの時の…紅い鳥?でも…)



確かにあの鳥と同じには見える。しかしあの時の鳥そのものかと言われるとどうだろう。


枝に留まりこちらを睥睨している紅い鳥は微動だにせずにじっとこちらを見ている。その姿だけを見ると以前に会ったことのある鳥なのだが、なんだか目つきが平坦というか『鳥』という感じがするのだ。



(種類が一緒なだけであの時の鳥とは全く違う鳥なのかな…でも―――)



図書館で借りている生き物図鑑の中にこの鳥は載っていなかった。鷹や鷲等の猛禽類に似てはいるのだが、この色は見当たらなかったので亜種なのかもしれない。

それともう一つの特徴は左右違う色の瞳だ。金と銀の色をした鳥はどの種類にもいなかった。


今目の前にいる紅い鳥はツブラアナゴを狙った猛禽類という感じがする。だが、離れで出会った紅い鳥はなんというか、感情が表に出ているような気がしたのだ。


そんなことを思っていると、その紅い鳥は羽ばたいてルウィエラの近くに降り立った。



先程は一瞬のことだったが、今までそのような生態を見なかったこともあるが、猛禽類特有の翼の力強さと急降下のスピードを目の当たりにして、胸がどきどきしている。


ふとそういえばこの前見た梟も猛禽類だったなと思い出す。とはいえ、あの梟は図書館に居たし、飼い主もいたので獰猛な部分をみてはいないが、本来目の前に居る紅い鳥と変わりないのかもしれない。


そんな野生の動きを垣間見て思わず身構えようと紅い鳥を見返すと、二足歩行でのっそのっそと歩いてくる。



「――――可愛いんだけど。」



その言葉に紅い鳥がぴたっと止まる。


殺気からの急降下、そして枝から見下げる姿に羽ばたき。


それまでルウィエラは猛禽類の勇猛な姿を目の前で繰り広げられ、初めての経験と感動と少しの畏怖と。



それなのに。



左右に揺れながらちょっと軽快に歩く姿が、なんだがお年寄りが腰を曲げて軽やかに歩いているように見えて、獰猛な姿からだからこその想像できなかった可愛いの極みに変化した。


ごんさんは基本両足を揃えてぴょんぴょん跳ねるが、威嚇時やびびって逃げる時は何故か瞬速で二足歩行になる。言葉に表せない程の愛くるしい歩き方も堪らないのだが、紅い鳥の力強い見た目と歩き方のギャップがルウィエラのツボにきたのだ。



「防壁に当たった趾は大丈夫そうだね。あなたは前に会ったことのある紅い鳥なのかな。」



またのっそのっそと動き出した足取りを見る限りは問題はなさそうだ。

一応声は掛けてみるが、紅い鳥は特に反応することなくルウィエラの手元に一直線だ。その手元には仕舞おうとしていた海産乾物の錠菓の袋がある。



「これ食べたいの?鷲?鷹?って猛禽類は肉食なんじゃあ…」



そう言いながらふと今持っている袋は最近キックリからせしめたおつまみ干物で作ったもので魚味ではある。そう思っていると紅い鳥は堂々とその袋を加えて取ろうとするのでルウィエラはすっと避けた。



「野生にあげてしまっていいものか…でもさっき捕食を邪魔しちゃったしなぁ。」



と呟きながら、続けて紅い鳥が取ろうとするのをひょいひょい避けながら悪い素材は使っていないからまあいいかと結論を出す。



「お腹の足しになるかはわからないけど、栄養はあるから。」



流石に手からあげて、手ごと嘴に啄まれたら大惨事になりかねないので袋から残りの錠菓を取り出して紅い鳥の脚元に置いた。


紅い鳥は錠菓に顔を近づけて暫く匂いを嗅いでから、ぱくっと一つを口に入れた。かりこり音がするのを見ていると、屈んでいた体をぴっと真っ直ぐにしてこちらを見る。そしてまた下を向くと、かりぽりと残りの錠菓をあっという間に食べてしまった。


肉食でもこういう物で味が合えば食べるのかなと思いつつ、ルウィエラはそろそろ良い時間になるので帰ろうとすると、食べ終わった紅い鳥がのっそと進んでもっとよこせという風に嘴を開く。



「もう終わりだよ。」



そう言って立ち上がろうとすると、今度は翼を広げて威嚇のように脅し始めた。体長は腰を下ろしていたルウィエラと同じか少し低いくたいだが、翼を広げるととても大きく見える。



「威嚇されてももう同じものはないの。あとのはうちの子用だから。」



それを聞いた紅い鳥は、自分でなく他にあげるのが気に食わないのか翼を閉じてのっそと歩いて、鋭い趾をルウィエラの膝に乗せようとしてきたので、反射的に手で払った。



「爪尖って危ないから乗せないでね。」



邪険にされたことがないのか、紅い鳥は自分の趾とルウィエラを交互に見てから、また翼を広げて威嚇し始めた。また乗せようとしているのか脚を持ち上げたのでさっと避ける。


のっそと近付いてさっと避けたり、ぱしっと趾を払ったりと繰り返していたルウィエラは段々面倒くさくなってきた。存外紅い鳥もしつこく諦めが悪い。


ごんさんのように嘴を摘むには大きすぎるし危険なので、ルウィエラは紅い鳥が脚を上げた瞬間に上げた脚の足首と同時に突かれないように紅い鳥の嘴の上部分だけを掴んだ。実質顔上部全体に近いが。



「キキャッ!」

「いい加減にしつこいよ。大きい嘴と脚なんだがら危ないってば。」



紅い鳥はもう片方を動かそうとするが、そうはさせるかとルウィエラは器用に避ける。その間も片脚と嘴上部は決して離さない。そのうちお互いが最早意地の勝負に突入し始めていた。ルウィエラもここまできたら、錠菓をあげずに勝ちを獲りたい。



「どうしても乗っかるつもりなら、爪丸く研いできて。まんまるに。つるっつるのまんまるに。」



色々面倒になってきたルウィエラがそんなことを言っていると、



「やめてあげてー」



と、低く甘いがどこか不穏漂うゆったり口調の男性らしき声が耳に入った。







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