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寒くて温かい




紅い鳥が退いてくれたので今のうちにと、ルウィエラはよろつく足を叱咤して石垣に乗り上げ水を汲む。火傷に加え熱感もかなりあるので、体がどうしようもなく辛い分左腕の痛みが僅かに麻痺しているのがせめてもの救いかもしれない。



いつもの半分も力が使えそうにないので、汲む量を少なめにしようと桶を括るロープを両手の感覚で動かし、これならなんとか持ち上げられそうだと感じる重さを確認してゆっくりとロープを引き上げていく。



倦怠感で頭がボーッとしているのでいつも以上に慎重に、時折休憩を挟みながら持ち上げていくとようやく桶が見えてきた。更に集中して力のまだ入る右手でロープをしっかり持ち火傷の痛みに耐えながら、震えた左手で桶を掴み石垣に置いて、ルウィエラも石垣に腰を下ろしホッと息を吐いた。



そしてワンピースから布を取り出そうと腰を上げた瞬間、ぐるんと目が回り更には地面についた足元の大きめの石を踏みつけてしまい、ぐらりと体が桶側に傾きかけた。咄嗟に石垣と逆側に重心を傾けて足を縺れさせながら芝生に倒れこんだ。



倒れた際に左腕を庇いきれず少し地面に擦れ、鋭い激痛が走り「ぅぐっ!…」と呻き声が漏れ蹲った。桶を持ち上げる為に神経を集中させて疲労しきっていた体はぜいぜい息を切らしながらすぐに起きれそうにない程に力が入らなかった。



(あぁ…布を取り出すより先に飲んでおけば良かった。)



とぼんやり思いながら右手に持った布の感触を確認してちゃんと手の中にあることに安堵の息を吐く。そのまま意識が遠退きそうになるが、目をぐっと瞑り頭からぐわんとくる鈍い痛みを敢えて起こさせて意識を保った。



なかなか息遣いが戻らず、熱が上がってきたのかもしれない。それでもと右肘を軸になんとか体を起こして井戸の距離をみて愕然とした。



井戸の逆側に転倒した場所から井戸までは五歩もなさそうだが、今のルウィエラにはとてつもなく遠い距離に感じ途方に暮れる。起こした体は限界がきていてぐらぐら揺れるのを手で支えないとまた倒れてしまいそうな程の辛さだった。



(すぐそこに井戸も水もあるのに、なんで動けないの……!)



理由は明白だが、それでも理不尽だと不貞腐れたくなってきた時、すぐ近くで羽ばたく音が聞こえ小さな風が起こりルウィエラの前に影ができた。



もうあまり開けていたくない目に再度力を入れて見上げると、手を伸ばせば届く位置にさきほどの紅い鳥が佇んでいた。



(あ…まだ居たんだ…)



井戸の水を欲する欲望に邁進していたルウィエラは、正直避けてくれた紅い鳥のことまで気に掛けておらず、今の今まですっかり忘れていたのだ。そして今更だが、避けたとは思うがこの紅い鳥の方にも転げなくて良かったと思った。



その紅い鳥は暫くルウィエラをみつめていたが、ふと目線を外し頭を下げて屈む仕草をして、ルウィエラの右手から布を嘴で加えた。



あ、と思った時には紅い鳥は向きを変えて羽ばたいた。



餌だと思ったのかな、と回らない頭で呑気にそんなことを考えながら見ていると、紅い鳥は空高く飛ばずに石垣に降り立ち布を桶の中に落とし、浸された布を嘴で加え、ルウィエラの元まで戻ってきた。


そして嘴に加えている布を手元近くまで近づけた行動にルウィエラは目を丸くした。



「……水に浸けて持ってきてくれたの…?」



人間と鳥に意思疎通ができるのかわからないルウィエラだが、この紅い鳥は明らかにルウィエラがやろうとしていたことを理解しているように感じたのだ。


まだ体はフラフラ揺れているが右手を差し出すと、紅い鳥はその手にピチャッと布を落とした。



「あ…りがと…ぅ。」



思いがけない出来事にルウィエラは驚きながらもなんとか声を振り絞ってお礼を言った。



水の滴る布を絞ろうとしたが、井戸の場所まで行く気力が殆ど削れてしまったルウィエラは、滴る水を口元より少し上に持ち上げて滴る布の端を口に含んだ。


ひんやりした水が布を通して少しずつ口の中に流れてきて喉を潤していく。布をきゅっと握り都度滴り落ちてくる水に喉仏を何度も動かす。


そのうち滴る水が無くなり、まだ冷えている布を左腕の擦ってしまった火傷痕に当てた。ビリビリとした鋭い痛みが奔ったが、それ以上に冷たく柔らかい布に包まれた感触が気持ち良くてふぅと息を吐いた。熱を伴っている火傷痕に布は少しすると温くなり、布を反対側にして再度冷やした。


その間、紅い鳥は微動だにせずルウィエラを見つめていた。


暫く繰り返して綿布全体が温くなってきた頃、その紅い鳥が少し顔を前に出し嘴を少し開く動作にルウィエラはまた目を丸くしたが、もしかしたらと声を掛けてみる。



「………また水に浸してくれるの?」



ルウィエラが呟くと紅い鳥は更に嘴を開いた。布を近づけると器用に加え、また石垣まで飛んで行って桶の水に浸して戻ってきてくれた。



「…ありがとう。」



その後もその紅い鳥は、繰り返し同じ動作を続けてくれるのを見て、ルウィエラはなんともいえない表現し難い気持ちになる。


心がぎゅっと搾むようで、でも嫌な苦しさではなくて、いっぱいいっぱいな気持ちが何だか分からなくて溢れだしてしまいそうだ。



熱が上がったからか目が虚ろになりながら視界がぼやけて頬と顎が温かい何かが流れ、外は冷えているのに熱が出ているから頬が温かく感じるのかなと、より回らなくなった頭でぼんやり考える。



紅い鳥をみると、くりっとした丸い目をもっと丸くして見ていた。


どうしたのかなと首を傾けていると、ふと紅い鳥が何かに気付いたように目の瞳孔を開き離れの方向を見た。ルウィエラも振り返ると遠くに揺れる小さな灯りを確認する。神経を集中させると一つは軽めの足音ともう一つは重めの足音。



「っ!」



誰がこちらに向かっているか把握したルウィエラは、ざっと血の気が引き紅い鳥の方に向き直った。



「行って。離れて。ありがとう。」



そう言いながら、足音がする方向と逆に指を指す。


紅い鳥はルウィエラを見つめてから離れの方向を見る。そしてもう一度ルウィエラを見て、脚を蹴り羽ばたいて空高く飛んで行った。


もし見つかって、あの綺麗な鳥が危害を加えられたら絶対に嫌だと思ったルウィエラは、これからやってくる彼等と紅い鳥との遭遇を回避できた安堵に溜息をつき、これから起こるであろう出来事に遠い目になった。





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