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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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少し先の未来の話






「もうそろそろ、ごんさんは完治しそうですね。」

「ああ、もうひと月経つんだね。騒がしくてあっという間だったねぇ。体の方は問題ないのかい?」

「何度か戯れている時に探っていました。昨日診ている時に殆ど完治に近付いていたので、そろそろ眷属状態にしているのを解除してあげないと外に出れないと思って。それを話したら何故か昨夜からタオル巣に引きこもって出てこなくなっちゃって。」

「なるほどねぇ。ごんが出て行かないようならどうするんだい?」



キックリからそう言われて、ルウィエラは首を捻りながら考える。



「――珊瑚文鳥は本来お婆が言っていたように南方に位置するロジャス国で生息されている鳥ですよね。ただ…ごんさんに限ってはそこの国が故郷なのかはわかりません。図書館で借りた生き物図鑑を見たところ、珊瑚文鳥は本来群れでは行動せずに一羽か番で行動するそうなのですが―――家族が居るなら帰った方が良いのですよね?」

「まあそうだね。ごんの環境がなんともいえないから本人が選べばいいとは思っているよ。ただ、某か問題を抱えているようならばここに居続けることは許容できない。」

「ここがグエタの森だから、だけではないですよね?」

「そうだね。悪しき思考を巡らせ行動を起こす時点で弾き出されるだろうが、あれだけ小さいものだとどこまで認識されるかは分かっていないし、私も問題有りを匿うことはごめんだからね。」

「ごんさんを攻撃していた鳥は入れなかったみたいなので、あからさまな悪意があれば、でしょうか。」



朝食を終え、キックリとリビングでお茶をしていたルウィエラは階段の方を見る。あれからごんさんは不貞腐れたのか、タオル巣を解体される可能性を危惧してストライキなる運動を起こしていた。


初めて見る時より過敏に反応して何をするにも威嚇しっぱなしなので、ご飯も巣の近くの机に置いてきたほどだ。


むんずと捕まえても良かったのだが、ごんさんの態度がかなり本気モードなので、ルウィエラは強行突破はしない方がいいと判断して今は好きにさせている。因みに今日は一度も下に降りてきていない。



「そうだね。ごんが鳥である限り、そしてあんたの眷属でいる限りはここには居れるだろうよ。」

「そうですか。今日はグエタの森近くの湖畔まで採取に行く予定なので、帰ったらごんさんともう一度話してみます。」

「ああ、今日は私も一緒に行こうかと思っていたんだけどね、ちょっと錬成しておきたいものができたから、次回あんたが行く時に湖畔向こうのシャゼール国圏のツエネの森まで行ってみようかね。また採れる魔草が違うから勉強になるだろうよ。」

「本当ですか!ついに国境を越えられるのですね。楽しみです。」



ルウィエラはディサイル国からまだ出たことがないので、初めての遠出となりそうだ。



「今日は湖畔周りを中心に魔石探しをしてみたいと思います。」

「ああ、薄暗くなる前には戻りな。気をつけて行っておいで。」



キックリがいつも出掛けに言ってくれる言葉。


ルウィエラはまだここに居ていいのだと。

またここに帰ってきて良いのだと。


言葉には温かい冷たいという違いがあることを掛けてくれる言葉で直接教えてくれた。



ルウィエラは心がもぞっとしながら、「では行ってきますね」とそそくさと準備を始める。部屋に戻るとごんさんは未だにタオルの中にいるようだ。


机に置いてあったご飯はきちんと無くなっていたのでルウィエラはほっとした。



「ごんさん、これから出掛けてくるからね。」



タオル巣からは返事がない。少し覗いてみると無音威嚇中の嘴は見えたので、良しとした。

始めの時よりも警戒されている状態は少し寂しかったが、もし去るのならそれでルウィエラ的にも離れる良い機会なのかもしれない。


キックリが言っていた情が湧くという気持ちは分かるような分からないような微妙な気持ちというのが正直なところだ。

ごんさんと離れて会えなくなると思うと、心がきゅっと搾れるようなものが寂しい気持ちなのかもしれないが、でも仕方ないことなのだと思った瞬間にその気持はすっと消えてしまうのだ。


ごんさんがどうでもいいという感情になったのではなく、ごんさんにはここではない帰る場所がある、という認識がわかると、自分の心の扉がバタンと閉じてしまうような感じになる。


そこの動きはまだ最近知ったばかりで、上手く自分の中で処理できていない。

こればかりは何度も経験していくしかないのだろう。何度も―――――何度も。


これから誰かと出会って心を動かした相手と、また別れる時にこの何とも言えない気持ちになるのだろうかと思うと、少し憂鬱になる。



そしてそれはきっといつかキックリにも当てはまることなのだろうとルウィエラは確信している。


理由はなんとなくだ。直感でそうだろうなとなんとなく。

キックリは好きなだけ居ていいと言ってくれているが、それはできないことだと何故か思う。

ここ数ヶ月、数年は可能だとしてもそのずっと先の話のことだ。



(一緒に暮らしてみて分かったことがあった。)



今のキックリの家兼薬屋の二階はルウィエラの母も使わせてもらっていて、それ以外はキックリの部屋があるのみだ。『今の』家には痕跡は何もない。

勿論キックリも長らくを生きているであろうし、様々な出会いがあった筈だ。

その中でも恐らくここに来る前に。

大切な誰かと暮らしていたのではないかという漠然とした、でも間違いないと思うことがある。


何にも代え難いその時間が。


何を持ってそう思うのかはルウィエラ自身これという確かなことが分かっているわけではない。

でもキックリと暮らし始めてから時折、ふとそう思い感じることがあった。


窓の外の景色でなくその先の何かを思い耽けて優しく物悲しい表情をする癖。

食事で女性には多すぎる量をよそってしまう癖。

晩酌する時に何時も二つのグラスを出してしまう癖。

二人掛けのソファに座る時必ず一人分空けてしまう癖。



それはルウィエラやレウィナとのやり取りとも違う誰かとの生活感。

それを本当に稀にふわっと感じさせる時がある。

その時キックリは一瞬止まってやれやれという風に首を振るのだ。

ルウィエラはそれに気付かない振りをし続けている。

そしてそれをキックリも気付いている。


指摘するのは無粋だと思ったし、それはキックリだけの追憶で、語られない限りはルウィエラが立ち入るべきではないと思っている。


キックリが今の姿でいること。

治外法権地区に居る理由。


この二つが、そのことに関係しているのではないか。


治外法権地区はその森に対してもあるが、住まう者に対し、悪意のある者は入れない。


何かの権利によって選ばれし者の特権だが、その特権はどう決められているのだろう。

土地そのものの意志というものらしいが、意志を持つ土地とキックリの何かしらの意思が重なった結果そうなったのだとすると、それは何だったのだろう。


それを聞いて見たいと思ったとこはなくはない。でも土地との誓約で言えないこともあるかもしれないが、聞いたら何故かもうそこには居られないような気がしたのだ。


まだ教えてもらいたいことが山程ある。

まだ一緒に居て色々な心を動かしてみたい。

だから身勝手なルウィエラはキックリが罪滅ぼしと言って置いてくれていることを良いことに敢えて甘え続けているずるくて狡猾な人間なのだ。



まだ外の世界に出て間もないのだ。

まだ少ししか外の世界をわかっていない。

もう少し外の世界に慣れるまで。




一人で生きていけると分かるまでは。



どうかもう少しだけ一緒に居させて欲しい。

どうか誰かと一緒に住む安らかで穏やかで賑やかな日々を堪能させて欲しい。

どうか人との温もりをもう少しだけ。



ルウィエラはクローゼットから採取に適した服装に着替え、ローブを羽織る。


そしてご飯が置いてあった器にごんさんの好物の錠菓と小桃水を注ぎ、「行ってくるね」と声をかけて階段を降りて行った。






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