錠菓作成
「ごんさん、しつこいよ。」
素材を広げながらルウィエラは作業机近くの椅子の背もたれに止まって威嚇するごんさんに物申す。
「ごんさん用の錠菓はまだ出来ていないし、その前に幾つか試したいのもあるからすぐには出来ないよ。」
「ピチチ!」
首だけゆらゆら動かしながら無音威嚇を最近覚えたごんさんは、当初あまりにキャルキャルしつこく強請りながら鳴き続け、ルウィエラに作業場から追い出された前科がある。なので無言の圧ならぬ無言の訴えをしているようだ。
「羽ばたいて素材が舞い散ったら作業場出入り禁止にするからね。」
「ヂ!?」
それは困ると思ったのか、ごんさんは即座に殊勝な態度に切り替えてルウィエラの肩に乗って定位置の首に近い位置にいった。しかし、作業中は髪を纏めて結っているので髪に隠れる要素がないのか、暫くしてもう一つの定位置のカーテンレールに飛んでいった。
キックリからシンプルな錬成の薬はある程度出来るようになり、初歩的な薬はルウィエラも数種類任せてくれるようになった。先程まで数本作ってキックリには渡してある。
ルウィエラの場合は、そのシンプルな薬から発想を重ねてキックリに考案して使い勝手がいいものになるか、単価が高くてなかなか難しいか判断してもらいながら、需要に関する勉強も始めていた。
同時に季節や時期によって採れなくなったり数が減ったりする魔草やこの辺りでは採れないものは魔草屋を活用はするが、基本自分で採りにいけば人件費だけしかかからないので、ルウィエラだけでなく、キックリも良く出掛けている。
『目利きも出来て素材そのものの生態系も知れるし、何よりただ同然に越したことはないからね。ただ、自ら採取に行っても状態保存の魔術が安定してないと、あっという間に質が落ちて、薬の出来にも影響がでるからね。それだけは日々磨いておくんだよ。』
それは初日に一緒に採取に連れて行ってくれた時に教えてもらった言葉だ。
採りたての状態が一番望ましいのは勿論なので、ルウィエラも状態保存に関しては魔力の動きの精査を気にしながら、日々精進している。
本日作業机に並べられているのは、先日採れた栄養価の高い万能な三色苔の余ってもらったものと、林檎と苺からそれぞれ抽出したものが入った瓶とでんぷん素材に重曹、柑橘類から抽出できる酸味のある成分、ごんさんを襲った黒い鳥の羽、そして昨夜キックリの晩酌時にあったシダレ国の烏賊の乾物一切れだ。
本当は二切れあったのだが、あまりに香ばしい良い匂いがしていたので食べてしまったことは内緒である。
錠菓を作るには、でんぷん素材と酸味成分、重曹を粉状したものに味付けしたい抽出した成分を合わせて錬成する。
おやつ的に食べる甘い酸味のある錠菓は清涼感を求めるが、最近良く錬成する渋いチョイスの材料は清涼感を求めず、重曹等は少なめだ。
キックリの薬屋は液状か粉状、それと錠剤が少しだ。錠剤は飲みやすいが、液状に比べると効くまでに時間がかかる。粉状も錠剤よりは効きが早いが水分がないと飲みづらい。ただ、キックリの薬は飲みやすさに定評があり、且つ効力が優れている。
ルウィエラは何度もキックリの錬成を見ているが、丁寧に精密に苦味や渋みを極力抑えてある程度時間をかけて作っている。その作業工程は全てにおいて無駄がなく、魔力の流れがとても滑らかだ。その動きがとても美しくて、ルウィエラはいつも目をきらきらさせて見ているらしい。
キックリ本人が苦いものがとても苦手なので、特に成分をそのままで苦み等を極限まで除外させている。それに併せて効力が他の薬の数倍以上高く、飲みやすいとなれば少しは値が張ってもかなり売れているようで、依頼も多い。
そんなキックリの薬錬成を取り込みながら、ルウィエラは錠剤に目を向けた。錠剤は世に出てはいるが、そのままでも良いが、基本は水分と一緒に飲み込んで効果を待つ。錠剤にしてあるのは粉以上に苦い等の理由が殆どだ。
ルウィエラは錠剤をより効果の高いもの、付加効果のあるもの、そしてそれを飲み込むのでなく噛んで食べてすぐに効果が顕れるもの。錠菓のように美味しくて噛み砕いて食べられるもの。
それがルウィエラが作ってみたいと思ったものだった。
決して錠菓そのものがとても好きで、口寂しい時に放り込んだり、色々な効果を齎す錠菓薬をお菓子感覚に常に食べていたいわけではない。
そして有事にそれを片手でとってぱっと口に入れられるようにできる袋も考えている最中だ。
ルウィエラは先ず、三色苔の抽出から始める。キックリ曰く、かなりの良品で栄養価が通常よりかなり高かったとのお褒めの言葉をいただいて通常よりも上乗せの特別手当を貰っている。
これで良い物が作れるよ、とにこやかに言っていたので、普段守銭奴の権化ようなキックリだが、薬屋として、誰かを救えることを切に願っているのだと思った直後の「これで相手に高品質金額で上乗せできるねぇ」と悪辣に笑って言った言葉で、ルウィエラはこの世は無情なのだと彼女への評価を即座に考えを改めた、いや元に戻した。
三色苔から抽出を行う為、内にある魔力を動かす。
(三色苔に相性が良い属性は水と土と闇。先ずは三種類作り分けてそれぞれの使い道を模索してみよう。)
ルウィエラは三色苔を正面に持ってきて三等分に分け、抽出用の瓶も三個用意した。
自分の内の魔力から淡い青、緑、濃紺色をしゅるしゅる選別しながら、細長い束にしていく。
それぞれ三等分にして抽出専用器に分けてある三色苔に個々に魔力を分別していき、苔に纏わせていく。
そして魔力器の中から他よりもより繊細な動きのみせるほぼ無色透明で煌めく魔力を少し引き出す。
この無色に近い魔力は始めこそあまりに細くて気づかなかったが、最近はだいぶ無色なりに主張してきて、他の色の魔力と共にするととても融合具合が良くなるのに気付いたのだ。それを少しずつ引き出して三等分した苔に纏っている魔力と合わせる。
ルウィエラは両手の指先を巧みに動かしながら、同時に三つの専用器に入っている苔に錬金を施していく。
(相変わらず皆良い子に動いてくれるね。いつも私を温かくしてくれてありがとう。)
無意識に心の中で毎回呟いている言葉だが、そうすると魔力束がほんのり光りとても心がほわほわ温かくなる気がするのだ。
そして三つがそれぞれ苔を分解して抽出され、器には僅かに色づいた液体が残る。
それをルウィエラは用意した人差し指程の瓶に入れていき、三つともほぼ満杯な量が出来上がった。
一旦集中力が切れてふと見ると、ごんさんがいつのまにか肩に乗って興味深そうにルウィエラの手元と、魔力の流れを見ていたようだ。
というか、見えるようだ。普通の鳥ならばまず見えないだろう。
「そういえばごんさんは錬成の時の魔力の流れを見るのが好きだね。」
「ピピ」
そんな会話をしながらルウィエラは微かに濃紺の線状の色が混じる苔から抽出したものを黒い羽と烏賊の乾物を一つの錬成専用器に入れて片手で操作しながら無色透明の魔力を加えて粉状にしてから、でんぷん素材と重曹等少なめに用意して、淡い水色の魔力で撹拌させながら、紫色の風の魔力で乾燥させていく。
そこに普通の錠菓なら必要のない光の金色の魔力束を多めに取り込んでおく。今回は必要なものなのだ。
そして鳥専用の一口大に指先で操作しながら分割していき、少しすると専用器ころころと音がして錠菓ができていく。
状態保存魔術で覆いながら、効能を持続させるためにそのまま少し置いておく。その間に他の林檎と苺の錠菓も同様に作り始める。
こちらの二種類は酸味と清涼感を多めに加えて苔成分の水色と緑色の線状の入った抽出したものと撹拌させて完成させていく。
「よし、完成。ごんさん、片付けが終わるまでは食べないでね。」
「ピチ!」
返事だけはとてつもなく良い。前に片付け中に我慢できずに啄んでしまい、その後のおやつ時間がカットされたことが、とても心に傷を負ったようで、待てができるようになっていた。
ルウィエラは錬成器から少し大きめの瓶にそれぞれ錬成された錠菓を入れて蓋をして、使用した器類の片付けを済ませる。
作業場を元の状態に戻したことを確認してから、リビングに戻って最近はまっている自分で作った小桃水をコップに汲み、ごんさん用の飲み皿にも少量入れてテーブルに向かう。
キックリは今日は少し遠くまで素材採取に出かけている。
今やごんさんの指定席と化した滑り止め付きのランチョンマットの上でごんさんは良い子に待っていた。
深めの小皿と飲み皿を置いてあげてルウィエラも席につく。
「ごんさん、さっき錬成していた羽は前に襲われた黒い鳥のものなの。」
「チチ!?」
ごんさんは、まさかその羽が襲った鳥のものだとは思わなかったようで、目をぱちぱちしている。
「それを抽出させて光の魔力と混ぜ合わせてその鳥から攻撃を受けられないようにしたからね。美味しく食べられて、嫌な奴からの攻撃も避けられる一粒で二度美味―――あ、烏賊味だから三度美味しいね。」
「ピピチ!?」
そう言いながらルウィエラはからからと器に十粒ほど、烏賊味の錠菓を出して一粒摘んでぽいっと口の中に入れてかりぽり食べた。
「ん、美味しい。じわじわ味が滲み出る感じがいいね。ごんさんも召し上がれ。」
ごんさんは美味しく食べれる烏賊味の錠菓にそんな効能が組み込まれていることに驚いたのかふるふるしていたが、ルウィエラが自分の取り分を一つ減らしたことに焦り、ぴょんぴょん両脚で飛んで器まで進み錠菓をつんつんしながら口にいれてみょんっと体を伸ばした。
美味しかったらしく、思った以上に体が伸びているのでルウィエラはその愛くるしさの極みに背もたれに踏ん反り返りそうになったが、小桃水のコップを持っているのでなんとか耐え抜いた。
ごんさんはかつかつ器を鳴らしながら半分ほど食べていたが、喉が渇いたらしく隣に併設されている小さな飲み皿から小桃水を飲んで、ぐいんと体を伸ばしてからの美味しさにみょんと伸びたのでコップをテーブルに置いていたルウィエラは堪らず天井を見上げながら体を左右に揺らした。
そしてその可愛らしさについつい弄りたくなり、小桃水を飲んでぐいんと体をあげて頬部分が無防備になった好きに指でかりかりしてあげると、羽をぶわっと膨らませてうっとりしながら体重をかけてきた。
ぱっと離すとはっと我に返り、食事中に何するんだとキャルっと鳴きながら、つんと一回だけ指を突いて錠菓の方に移動して食べ始めたのを、また隙をついて頬を撫でるとまた止まって撫で具合を堪能している。
ルウィエラはごんさんの魔力の流れを確認する。決して弄りのついでではなくこちらが目的なのだと声を大にして言いたい。
(―――うん、損傷した二箇所の殆どが完治に近いかな。あと数日したら問題なく飛んでいけるかな。錠菓の効果であの黒い鳥に見つかることも攻撃されることもないだろうし……)
そう思いながらも心の奥底では何かきゅうっと絞れるような悲しい気持ちになる。
(そうか、これがお婆が言っていた寂しい気持ちなのかな。始めは暇さえあれば突いてきたし警戒心強くてどうなるかと思ったけど、最近はある程度は理解するようになって懐いてもくれるようになってきたし―――ほぼ始めは脅しながらだけど)
そう思いながら諸所弄られながらも全部食べ終えたごんさんの頬と頭をなでなでしてあげながら思い耽る。
(多分―――本来はこの近辺にいない子の可能性が高い。それなら無事元気に飛び立って行けることを喜ぶべきなのだ。寂しいけど元気になったのならそれでいいではないか。)
ルウィエラは片手を動かし続けながらもう片手で小桃水を飲み干した。「ごんさん」と羽を最早ふわふわ全開にして寝るんじゃないかというくらいにまったりしてしまっている珊瑚文鳥に話しかける。
「今、魔力の流れをみていたんだけどね。もう殆ど完治に近付いているよ。もう少ししたら外に出られるよ。」
そういうと丸くなっていたごんさんはぴょっと細くなってそうだった!みたいに驚いた体型になった。
「あと少しで好きな時に外に出られるよ。その時に私に眷属している状態の魔力も外すから、もうどこにでも行けるからね。」
そう言うと、ごんさんは目を見開いたまま、窓側を向いて、またルウィエラを見つめる。
威嚇は通常仕様だが、警戒心がだいぶ緩和されて一緒に住んでいることが慣れつつあったごんさんとの生活はとても居心地の良いものだったのだと今改めてルウィエラは思った。
何故か鳥なのに止まり木代わりのコートラックで寝ることをせずに、ルウィエラと同じベッドで大判タオルの巣穴でキャルキャル鳴きながら毎晩寝ている。
時折ルウィエラが急に起きても同時にビクッとして起きてしまうのももう恒例になってしまっているのだ。その時に大丈夫だからとごんさんに言い聞かせていると僅かにざわつく心が穏やかになったのだ。
ごんさんがここから飛び立ったらまた元通りだが、優しい思い出として心に残しておけば、何回かに一回は少し気持ちが慰められるだろう。
「ごんさん、寂しくなるね。」
「―――――ピ」
「ふと思ったんだけど、ごんさん寝る時タオル巣の中が常になっているけど、本来鳥さんは木に留まって寝るんじゃないの?」
「―――――ピ?」
「そろそろ外に出た時の為に慣らしておく方が良いのかな。」
「ピチ!?」
その日の夜、タオル巣に近づくと、中から久々に当初の本気威嚇のごんさんが君臨された。
少しでもタオルを動かそうとすると、割と本気の突き攻撃がくるので、ルウィエラは仕方なく諦めてタオル巣をそのままにすることにした。
それから数日間、大判タオル巣には珊瑚色の門番が鉄壁の防御を成し続けていた。




