大地の王の屋敷でフルコース体験4
そして最後は紅茶とコーヒーとデザートが運ばれてきた。
ルウィエラは紅茶を、セルとキックリはコーヒーを頼んで、小ぶりな器に盛られたデザートにルウィエラはまたもや目を煌めかせた。安定の下唇たくたく状態だ。
「デザートになります。季節のフルーツ、さくらんぼのムースとラズベリーのゼリーです。」
小さめの細長いデザートグラスには上の層にクラッシュされたラズベリーのゼリー、下の層にはさくらんぼのムース、上にはレモンピールを砕いたものと、果物そのままのさくらんぼとラズベリーが一つずつ乗っている。
ルウィエラは見た目からも桃色系のきらきらしたデザートにはわはわしたが、何よりそのままの果物も一緒に食べれるという一つで二度美味しい代物だ。
じっとデザートグラスを見つめているとセルが「食べないのか?」と言いながら早々に食べ始めているので、ルウィエラはセルの様子を見ながら、自分も最後のデザートに挑んだ。
「!…美味しい。ゼリーはさっぱりして、レモンピールの酸味と良く合いますね。対してさくらんぼのムースはふわっと甘くてさっと無くなってしまいました。」
「お、これは美味しいね。食後に口がすっきりするね。」
「そしてお初な果物本体なのです……」
途中まで夢中でゼリーとムースを攻めていたルウィエラは紅茶で口の中身を戻してから、まずは粒状の集合体のようなラズベリーをスプーンで掬って食べる。
(じゅわっと甘酸っぱい!)
ゼリーの方は多少甘さを押さえてるらしく、果物そのものの甘みと酸味が口の中に広がる。暫く余韻に浸り、紅茶を一口飲んでから今度はさくらんぼを掬い、果枝部分を持って口に入れて、ぷちっと枝部分を取った。
「んぅー!」
切り込みを入れて種を取ってあるらしくそのままもぐもぐ食べたさくらんぼは爽やかで芳醇な匂いが漂い、口中に甘みと少しの酸味が広がりあっという間になくなってしまった。
「なんと罪深い赤き食べ物……」
「何でそうなる。」
声を掛けたセルを見るともうデザートは空になっていて、ルウィエラはある確証を得た。
「美味しさからあっという間に口の中から消えてしまったので後味惹く果物めーと思ってました。そういえば、セルさんはどちらの果物水も飲まれていましたが、どちらがより美味しかったですか?」
「は?」
急に話を変えてきたからかセルは目を丸くする。
「お酒も飲まれていましたが、果物水もそこそこ飲んでいたなと思いまして。どちらが好みでしたか?」
「――――マンゴーではない方だ。」
「マンゴーではない方」
「ああ」
「マンゴーではない方とは?」
「―――何故言わせようとする。」
「逆に何故その名称を言わないのかなと。」
「別に。」
「ではマンゴーではない方とは?」
「おい、このやり取りは意味があるのか?」
「はい、私的にはとても。そしてそう思うのは私だけではないかもしれません。」
それを聞くと、セルは眉を寄せながら食堂に居る二人を見る。
ジラントルは真っ直ぐ立ってはいるが、絶対セルと目を合わせようとせず、キックリはコーヒーに舌鼓を打っていてこちらも全く目を合わせない。
ルウィエラは何故か無性にこの凄絶に美しい人ならざる者からこの名称を聞きたい衝動に駆られていた。
さくらんぼ
可愛い名称ではないか。
というのも、先程からセルを見ていると、マンゴー水は一度だけだが、さくらんぼ水はお代わりをしていた。そして季節のデザートを出された時、真っ先にさくらんぼから食べていたのだ。
合わせて食べることなくラズベリーを攻めてから一度コーヒーで甘さをけしてからの、最後にさくらんぼのムースを堪能していたのだ。
これは間違いなく好きになったのだろうと思い、しかも可愛い名称を是非にでも言わせたいちょっと嗜虐的な思考に囚われたルウィエラである。
そして他二人もこのやり取りを始めた時にセルを凝視していたのをルウィエラはしっかり確認しているのである。
「セルさん、私は両方とても美味しかったのですが、特にさくらんぼの方が美味しかったです。」
「――そうか。」
「セルさんはどちらが美味しかったですか?」
「――――――――――さくらんぼ」
その瞬間セルを除いた三人は、同じ感情を共有したと言っても過言ではないだろう。
(さくらんぼだって!)
セルから到底発せられないような言葉を言わせたルウィエラは達成感なのか歓喜なのか良く分からない心の底から嬉しい何か湧き上がるものに翻弄された。
そしてセルがバツが悪そうな表情でルウィエラの方を見て、唖然と固まった。
どうしたのだろうと思い、キックリをみると何故かキックリはコーヒーカップに口を付けたままルウィエラを見て固まっている。
ジラントルを見るとこちらもルウィエラを見て目を見開いている。
なんだなんだと思い、ルウィエラはまさかと恐る恐る話す。
「あの、そんなにセルさんにさくらんぼと言わせたのは不味かったのでしょうか…」
「エル、あんた…顔、―――」
「え。もしかして口元に何か付いて――」
そう言ってルウィエラはデザートの何かが付いていたのかと思ったが、付いてはおらず、キックリは「いや―――何でもないよ。」といい、ジラントルも我に返ったように「さくらんぼは言語的には問題ないはずです。」と良く分からない返しがきた。
そしてセルを見るとまだルウィエラを見ていた。
「セルさん?何か顔に付いてますか?」
「いや、―――無意識か。」
「え?いえすみません。さくらんぼは完全に故意に言わせようとしてました。」
「―――――何を言っている。」
そんな会話をしていると、キックリが「さて、そろそろお暇しようかね。」と言い、ジラントルも「おや、思ったより時間が経ってしまっていたようですね。」と返し白もやに指示を出し始めた。
ルウィエラは食器を下げてくれた白もやに「ありがとう、ごちそうさまでした。」と声をかけ固まらせてから帰り支度を始めた。
「今日はお招きいただき、美味しいお食事をご馳走様でした。とても良い経験になりました。」
帰り際、エントランスでルウィエラはセルとジラントルに向かってお礼を言い頭を下げた。
「ああ。」
「これでいつか他の所で食べても緊張しないで済みます。楽しい時間をありがとうございました。」
「―――――楽しかったのか。」
「?はい。あ、私は、ですよ?」
「そうか。」
「はい。」
「―――――」
「?」
セルが黙ってしまったので、ルウィエラはこてんと首を傾げる。
「――――――――…だった。」
「?何か言いましたか?」
ぼそっと小さな声で言ったのか良く聞こえなかったので思わず聞き返すと、何故かセルは憮然とした表情しながらも、もう一度口を開いた。
「――――――――楽しい食事だった。」
「本当ですか?それは良かったです。これで今度からは色々な方と楽しくお食事ができますね。」
「―――――は?」
セルが訝しげな顔をするのでルウィエラは逆に首を傾げた。
「え、以前に一人で食べるのは寂しいよねの話からの、他の方を招く為の練習のようなものだったのでは?」
「何でそうなる。」
今度は被せるように言ってきたので、はて前に言われた時はそういう意味で言ったのではなく、何か違うのかなと思えば、後方に控えていたジラントルから話しかけられた。
「エルさん、実は今日食事を提供させていただくにあたり、質が良くなくて断念した季節の素材が幾つかあるのですよ。もし次回また経験がてら来ていただけるとお出しできるかもしれません。」
「え、でも―――――」
「メインですと、鯛という縁起物に良く使われる白身の魚で味やコクがありかなり美味なのですよ。もしかしたらびわも次は良品が入るかもしれません。もう少し後になると無花果でしょうか。」
「なんですと」
ルウィエラは鯛もびわも魅力的だったが、無花果と聞いて美味しいアンテナが反応した。
「無花果とはフルーツケーキ等に入っているあの果物ですか?」
「おや、乾燥無花果がお好きなのですか?瑞々しい無花果のデザート等も美味ですよ。お二方共とても美味しそうに召し上がっていただいて、私も久々に腕をより磨こうと思った次第ですので。良ければまた近いうちに如何ですか?」
まさかジラントルからそんなことを言われると思っていなかったルウィエラは驚いて、キックリを見る。キックリは片方の口元の端を上げて「私はどっちでもいいよ。ジラントルとは酒の話が合いそうだしねぇ」と答える。
ルウィエラも始めこそジラントルの嫌厭具合を気にはかけていたが、食事も果物水も同じ様に提供されて、始終不快な思いはしなかったのだ。
それにセルのもしかしたら笑ったかもな件や、美味しいと感じられなかったことを一緒に食事をしたことで、少しでも感じられたなら良かったと思っていたし、ルウィエラ自身楽しく食事ができたのだ。
「私も美味しく楽しく食事ができて心が動いたので、機会があってまた招待して戴けるならとは思いますが、セルさんは他の方とでなく私とまた食事しても構わないのですか?」
そう尋ねるとセルはルウィエラの目を真っ直ぐみて言った。
「構わん。また来い。」
最後に何故命令口調になったのかは疑問だったが、嫌なのを我慢する人ではないなと思い、「はい、ではまた機会があれば」と返すと、ジラントルがセルに何かを言付けて小さな紙袋を渡した。それを見たセルは何とも言えない表情をしたが、再度ルウィエラを見て紙袋を差し出した。
「お前が絶賛していたバターだ。」
「え!」
思ったより大きな声が出て、思わず身勝手な人間は気が変わらないうちにと本能的に思ったのか、差し出された紙袋を喜びのあまり即座にがばっと持ってしまってから、はっと気づく。
「あ、でも手土産を持ってきて、お土産を貰ってしまうのって良いのでしょうか…」
「そういう割にはしっかり掴んでいるが」
「その中には本日お出しした二種類のバターが入っておりますので。」
「エル、自分の方に手繰り寄せているよ。」
セルが紙袋から手を離し、ジラントルのバター情報が耳に入った瞬間手元に寄せたことをキックリは目敏く指摘してきた。
「ついつい出来心でやってしまったことを公開処刑さながらの言動を発するとは何て卑怯な。バターは一回分しか差し上げませんよ。」
「そんなこと言って良いのかい?スコーンとの夢の時間が潰えるよ?」
「ぐぐ…なんて狡猾で残忍な師匠なのでしょう。」
ルウィエラは容易くスコーンの為に折らざるを得なかった。
「ご馳走になったね。あのシャルペの情報は助かったよ。」
「此方こそまた耳寄りな情報をいただけると助かりますね。」
「セルさんもまたさくらんぼ水を飲む時はちゃんと名称言わないと通じないかもしれませんよ?」
「何を言っている。」
そんな会話をしながらルウィエラは初めてのフルコース体験を終え、ほくほく気分で帰還した。そう言えば、セルからお前と言われたが今日は気にならなかったことを戻ってから思い出して不思議に思った。
尚、置いていかれタオル巣からの抗議活動を大袈裟にキャルっていたごんさんを見て、ルウィエラはあのさくらんぼ水を今度お土産に貰えるかなと強欲さを育みながら、タオル入り口付近で手と嘴の抗議活動撲滅に勤しんだ。




