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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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大地の王の屋敷でフルコース体験3






「先ずは前菜ですね。海老を使ったタルタルになります。海老は大きめのものと、甘エビを等分でみじん切りに。他アボカドとパセリ、レモンで和えてあり、生クリームとブラッドオレンジジュース等を煮詰めた濃厚なソースで仕上げてあります。」



そう言ってことりと目の前に置かれたのは真っ白な大きめな皿で、縁は同色の繊細な彫り物模様が描かれている。真ん中には六角形セルクル型に整えられた海老の赤みとアボカドの緑のコントラストが鮮やかで、上には薄橙色のソースが盛られて赤と黄色のみじん切りのトマトが彩られ、小さなバゲットまで添えられている。


ルウィエラはその全体像を凝視してしまう。お行儀悪いことこの上ないかもしれないが、下唇たくたくが止まらない。無理だ。思わず手で口を押さえてしまう。



「何ということでしょう…添えられているバゲットが心憎いです。」

「ぶっ。口元離さないと食べれないよ。」

「そうでした。あまりに見た目から優しい色合いと鮮やかな飾り色にお腹がきゅるっと鳴りそうです。」

「どうぞお召し上がり下さい。」



ルウィエラはふるふる震えそうになったが、カトラリーをかちゃかちゃ鳴らして無作法しないように心を律した。


左右外側のナイフとフォークを手に取り小さな声で「いただきます」と呟いてナイフを使いながらフォークに一口分のタルタルを乗せて口に運び、目を丸くする。



(お……美味しい!)



茹で海老のぷりぷり感と甘エビの甘さにアボカドの濃厚な味わいとソースがさっぱりオレンジの香りで絶妙なハーモニーが表現されている。



「細かく切っているのにぷりぷりは損なわれず甘くて濃くて、なのにさっぱりもしていて…なんて美味しいのでしょう…」



ほうっとため息を吐いて、まだたくたくしている下唇を鎮めるべく、ナイフとフォークを左右に一旦置いてバゲットを取り、タルタルをのせてぱくりと食べる。かりっと香ばしく焼かれたバゲットはほんのりガーリックバターが塗られていて、タルタルとよく合う。



ルウィエラは口を両手で覆い、少し上を向いた。



「んぅー」

「ぷっ。ははは!ジラントル、これはエルの本気で美味いと思った時の仕草だ。やるね。」



そう言いながらキックリは注がれたシャルペに口をつけている。



「……お口にあったようで良う御座いました。」



ジラントルは手を口に当てくぐもった声で答える。珍しく目をきょろきょろさせていたのだが、ルウィエラはこのタルタルとの出会いに感動して全く見ていなかった。



「セルさんも…あれ、まだ食べてないのですか?」

「―――いや、今からだ。」



視線を感じてセルの方を見るとカトラリーを持ったままルウィエラを見ていたようだ。お皿の中身は減っていなかったので声を掛けた。



「海老のぷりっと食感と甘みのほわっとした中の濃厚なアボカドが合わさるのに柑橘のさっぱりがくどくならず、更にバゲットとのさくっとかりっと感をお楽しみください。」

「なんで料理人目線で勧めているんだい。」

「こういう説明で言いたくて仕方がなくて。」



そんなやり取りを耳に入れながらセルも流れるような綺麗な所作でタルタルを口に含む。少し動かしてから、今度はバゲットも使いタルタルをのせて一口で口に放り込む。放り込む仕草さえ優美に見えるのは得だなとルウィエラはその動向を見守ってしまった。


セルは優雅に口を動かしながら、嚥下した後シャルペを一口飲んでルウィエラを見る。



「濃厚な分バゲットやシャルペで上手く調整できるようになっているな。」

「私はそのままでもぐもぐいけてしまう位美味しいのですが、お酒と合いそうですね。食べる方の流れに合わせて作られた素敵な組み合わせですよね。」

「―――――そうだな。」



セルがそういう頃には既にルウィエラの口元はタルタルを求めていたので、慣れてきたカトラリーでささっとまた一口をもぐもぐした。



「美味しいですね。」

「―――美味いな。」



セルがそう言った瞬間、視界の中に見えたジラントルがよろめいた気がしたが、見るといつも通りきりっとしているので見間違いだろうか。その後少し俯いてまたもや片手で口を覆っているので、セルが美味しいといったことが嬉しかったのだろう。


そう思うと、セルが今まで『食べ物を摂る』と認識していただけだったものが僅かにでも変わってジラントルは嬉しかったのかもしれないと思うと、ルウィエラは心がほわっとした。



(そうか。自分事でなくても心が動くことがあるんだ。)



そんなことを思いながら残りのタルタルを微々たる量も残さずに完食したルウィエラは皿を下げにきた白もやにお礼を言い、また固まらせてしまっているのをキックリが面白そうな顔をしてみていた。


次に運ばれてきた料理はカリフラワーのスープだ。クリーム等を一切使用していないのに、カリフラワーを撹拌したものがとろみを出したスープになっていて、ローズマリーオイルの香りがほんのりと漂い、美味しいのは大前提で奥深く優しい味だった。


次の料理の合間にジラントルがマンゴー水を注いでくれる。



「ジラントルさんはずっとここで給仕して下さっていますが、お料理は全て作り終えているのですか?」

「ええ。皆様のご到着前には。それを状態保存で最適な状態にしてありますのでご安心ください。」



こぽこぽと注がれたマンゴー水はほぼ透明だが、揺らすと微かに黄色がかって見える。いただきますと呟いて飲むと、先程のさくらんぼ水とはまた別物の濃厚なのに後味は響かない美味しい果物水だった。


マンゴー自体癖の強い味なのだそうだが、ルウィエラはこの癖が好みだ。

その頃お酒の方は同じグエルタージュの蒸留酒が出されており、セルはそのお酒とルウィエラが飲んでいたマンゴー水も飲んでいた。




「これはぐびぐびというよりこくこくな感じで味わって飲みたいです。美味しいですね。」

「―――そうだな。」

「セルさんはお酒を好みそうなのに果物水も好きなんですね。」

「―――――そうかもな。」



そんな会話をしている間、キックリ方面からは「ぶぶっ」と聞こえ、所々ふらついて見える瞬間があるジラントルが給仕全体の監修をしつつ進んでいった。



そして本日のメイン料理は牛ホホ肉の赤葡萄酒煮込みパイ包みだ。


ルウィエラは始めから究極のメイン選択制でなくて良かったと思いながら、ついあれこれと聞いてしまい、ジラントルも徐々に説明が饒舌になっていったので鬱陶しいと思ってはいないのだろうと信じたい。


ニンジン、タマネギ、セロリ、ニンニクに小麦粉を振って良く炒めて赤葡萄酒と肉の骨などで取った出汁と様々なハーブを加え煮込んだものに、油とスジを丁寧に取り除き、両面にしっかり焼色をつけた牛ホホ肉を入れて煮込んだ後、オーブンに入れるらしい。

オーブンから出して肉を取り分け煮汁でとろりとしたソースを作り肉と合わせて、半月のパイにして焼き上げ、残りのソースを皿に線状に敷き、付け合せの混ぜ合わせたミニサラダが添えられて完成とのことだ。


説明されながら目の前に置かれた本日のメイン料理にルウィエラはふるふるたくたくしっぱなしだ。



「これはもう…匂いだけでパンが幾つも食べられるのでは」

「ふはっ。折角本体があるんだからいただきな。」

「でもパンも一緒に出されているホイップバターとハニーバターで最強なのです。」



パンと一緒に添えられていた二種類のバターは最早神の領域だった。

生クリームの濃厚さとバターの塩味が絶妙なふんわりとしたホイップバターと蜂蜜とバターの甘味と塩味の黄金な組み合わせは、パンだけでひたすらいけるのではないかと言うくらいの逸品だった。



「これは何時かお駄賃貯めて買わねば…」

「へえ、そんなにお気に入りなんだね。」

「これはスコーンに絶対に間違いなく合います。」

「ああ、確かに。」

「買ったスコーンでなくお婆の手作りですよ。」

「買ったのとさして変わらんだろうよ。」

「変わらない訳ないでしょう。お婆の作るスコーンは絶品なのですよ。他はさっくりぽろぽろですが、お婆のはふわっともちっとなのです。でもパンではないさっくり感もあるという至極のスコーンです。自信を持ってください。」

「何で上からなんだい。」

「大したことない風に言うからです。併せて言わせてもらうならお粥に始まり、チーズリゾット、クラムチャウダー、そして誰もが勝てない林檎水――――」

「わかったわかった、もう止めな!―――ったくもう、そういうところだよ。」



そんな言葉のやり取りをしていると、ふっと誰かが思わず笑ってしまったかのような息が漏れる音が聞こえ、ルウィエラとキックリはさっとセルを見る。ジラントルも目を見開いてそちらを見ていた。


セルは何事もなかったかのようにお代わりしたさくらんぼ水を飲んでいた。



(セルさんが笑った…?)



きっとそう思っていたのは自分だけではないだろう。

ルウィエラと同じくらい常時無表情なセルが笑ったのだ、多分。


固まっていた三人で一番に解除したのはジラントルであった。セルの笑った疑惑で忘れていた何かを思い出したかのように白もやに何か言伝をしている。



そのまま見ていても変わらなそうなので、ルウィエラは改めて今日のメインに向かい相見える。


香ばしく焼き上がったパイ生地にナイフで切り込みを入れさくっと小気味いい音がした後に、濃厚な赤葡萄と牛肉と香りが漂い、お肉はナイフを当てるだけで簡単に分けられるくらいほろほろだ。それをパイと合わせていただく。



「んぅー……美味しいです。パイの香ばしさとの至極な組み合わせ…」



両手で口を覆うのも惜しいほどで、少し上を向いて唸った後、すぐに次の一口に集中する。



「ああ、これは美味しいねぇ。コクがしっかり出ていて、パイに染み込んでいる部分も良いね。」

「恐れ入ります。」

「セルさん、美味しいですね。」

「ああ、美味いな。」



セルが自分から言い出すことはないが、声をかけると応答してくれるようになっていた。恐らくジラントルが作るものはセルの味覚に合わせている筈なので、セルの苦手なものはないはずだ。



ルウィエラはそろそろお腹が満腹に近付いてきていたのだが、この牛ホホ肉パイ包みに屈服して隙間腹を開設したようだ。出来た自分のお腹である。

食べ終えたあと、どうしてもお皿に残ってしまうソースを残すのが意地汚くてもとても惜しく、あまりに悲しいオーラでも出していたからだろうか。



「エルさん、パンに付けて召し上がってみては?」

「!」

「確かにこのソースは美味しかったね。正式な場では無作法になるが、ジラントルが言うなら良いのだろうよ。」



ルウィエラは半分ほど残っていた丸パンを見てその誘惑にぐらぐら揺れる。ジラントルからの許可は得たが、とセルの方を向いた。セルは蒸留酒をくいっと飲みながら視線に気づき、少し呆れたように言う。



「食べればいいだろう。」

「お婆、言質をとりましたよ!これで無作法だと罵られても許可をくれたここの主も巻き添えです。」

「聞こえてるぞ。」

「その調子だよ。言葉少なに相手を上手く誘導できるように精進しな。言葉の繋がりは怖いからねぇ。」

「はい。では仕留めにいかせていただきますね。」

「パンで食べるだけだろうに……」



ルウィエラは丸パンを一口大に千切り、ソースを拭うようにつけてぱくっと口に入れた。



「んぅ。私はこれができない正式な場では今後食べないことを宣言したいです。」

「なんだい、その誓いみたいなもんは。」

「そういう場に呼ばれること自体ないでしょうが、正直こんな美味しい食べ方ができないでお皿に残されたソースのことを考えると胃がきゅっとなります。」

「そこは胸じゃないのかい。」



残りのパンも千切ってもぐもぐしていたら、それを見ていたセルもまた同じ様に殆ど食べていなかったパンに手に取り残ったソースに付けて食べていた。



「セルさんも、時々やってしまうのですか?」

「いや、初めてだな。」

「行儀的にはともかく、ソースの最後まで美味しくいただける最高の食べ方です。私個人は大満足です。」

「―――こういう食べ方も悪くないな。」

「美味しいですよね。」

「美味いな。」



そんな話をしていると、先程まで手で口を覆っていたジラントルは今度は目を覆っている。ゴミでも入ったのだろうか。







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