大地の王の屋敷でフルコース体験1
朝からごんさんはご立腹モードだ。
なぜならルウィエラとキックリがセルの屋敷でディナーをご馳走になる為に、二人共出掛けてしまうからだ。
出掛けると言っても食事だけなので長くても2~3時間だろうに、ごんさんはまるで何日も置いていかれるかのように何かしようとする毎に声音有無使い分けながら威嚇し続けている。
元気になってきたのは重畳だが、まだ完治したとは言えないので外に出すことはできない。
そしてそれは出掛ける直前になっても続いた。
現在は肩からキャルっているので暫く耳に残響が残りそうだ。
「やれやれ、ルウィエラが甘やかし過ぎるからだよ。」
「良く言いますね、お婆こそ私が居ない時にごんさんにおやつをあげ過ぎているのを知らないとでも思っていましたか?」
「何のことだかねぇ。」
「ごんさんの巣穴に隠れおやつがいつもあるんですよ。全部食べずに少しずつ貯めておくんですよ。」
「―――証拠を残しておくなんて愚かな極みだね。ちょこちょこリビングと部屋の往復をしている理由はそれかい。」
「ですね。きっと素知らぬ振りをしているつもりが、いそいそ感が隠しきれてなさそうですね。」
「チチ!?」
ごんさんが日中ある程度自由に動けるように、リビングからルウィエラの部屋までを普段は開放している。
そんな中いじらしい活動をしているごんさんだが、定期でタオル巣を交換する時に、巣の奥に隠した後忘れてしまっているのか、もっと後にまでとっておこうとしたのかは不明だが、タオルの奥の隙間から隠れおやつが発見されるという切ない光景をルウィエラは何度か見てしまっている。
「ほら、もう時間だから行くよ。」
「はい、お婆先に行ってください。」
ルウィエラは今日のやるべきことが終わった後は、夕方になるまでごんさんと戯れていた。
なぜなら疲れさせる為とお腹を空かせる為である。
最近ではルウィエラが素材採取に行ったりして家を空けて帰ってくるとごんさん対応に追われる。
保護当初の警戒心は何処に置いてきたのか、飛んできて肩に乗り威嚇という名の愚痴攻撃。
部屋まで肩に乗ったまま一緒についてきて着替えるとまた肩に乗って威嚇という名の遊べ攻撃。
下に降りて食事を終えた後もお風呂からでた後も威嚇という名の甘え攻撃だ。
キックリ曰く、ルウィエラが居ない間は食事とおやつを貰う以外は大体タオル巣に入っているか窓辺からルウィエラの帰りを待っているからしい。
なかなかに健気で愛い鳥である。
だが、ツンデレの先駆者のような鳥なので、それを本人には知られたくないのである。
「とうっ」
「ピ!?」
ルウィエラは肩に乗っているごんさんを鷲掴みにしてからテーブルに置いてあったごんさん用夕食の乗ったトレーを持って二階に上がった。
部屋に入り机の上にトレーを置いて、ベッドに腰掛ける。その間ごんさんは静かだった。
何故ならルウィエラの手の中で全身を絶妙な加減で手もみされていたからだ。
この技はようやく最近会得したもので、ごんさん自らが望むことはまだない。
あまりに小煩い時に一度隙をついて鷲掴みしてもむもむ頬を含めてやってみたら全身攻撃の心地良さにふにゃんとなってしまい、最後はキューキュー鳴くまでになった。
ただ、本人的には不覚だったらしく翌日ルウィエラが手を少し上げるだけでびくっとしていたほどだ。あまり癖にさせてずっと掌にいられても困るので、ここぞの奥義として使用している。
「ごんさん、今日はそんなに時間かからないから大丈夫だよ。」
「……ピチュイ…」
至福の境地に誘われ中のごんさんは返事もおざなりになりつつある。
もむりながら机の上にゆっくりと着地させるとごんさんは「ん?何で止めた?」みたいにキョロキョロしてから目の前にある物に目を輝かせる。
ごんさんの好物の一つになりつつある、蒸しパンと海産乾物の錠菓も付けてあげた。そして最近のごんさんのお気に入りのルウィエラ手作りの小桃水だ。
様々な種類の威嚇しっぱなしでお腹を空かせていたことにようやく気付いたごんさんは、つんつん必死に食べ始めた。その様子を見ながらルウィエラは「良い子にしててね。」と言って立ち上がったが、ごんさんはこちらに気付く様子はないのでしめしめと思いながら、部屋の扉をゆっくり閉めた。
そしてルウィエラの本日の格好は探索に行くわけではないので、薄手のワンピースにいつものローブだ。最近暖かくなってきたので、ローブも薄手の物をキックリが用意してくれた。
ワンピースもいつの間にか夏用に数種類用意していてくれたのだ。一種類だけが半袖のラベンダー色のワンピースで他は濃紺や紫紺、紅色と濃いめだ。
ルウィエラが今日着ているのは紫紺色の首元はハイネックで長さは足首少し上の長袖ワンピースだ。袖部分は更に薄めの生地を使っていて長袖でも暑苦しくなく見える。
何より素敵なのは胸元下からは緩めのプリーツになっていて、裾には菫色の刺繍がしてあるのがとても美しい。
まだルウィエラはあまり服装に興味が持てないのだが、キックリが選んで買ってくれる物はどれもルウィエラが好きそうな色と形が多い。普段の会話からなんとなくルウィエラの好みを知っていてくれているのかと思うと心がほわっとなる。
そのうち服飾も色々調べて、いつかキックリに素敵な贈り物しようと思っている。
ルウィエラは薄手の鈍色のローブを羽織り、外に出て指先から魔力を少し出して施錠をする。
「ごんは静かになったかい?」
「鷲掴みからの全身手もみでふにゅんからの大好物陳列で、まだ今も食べていると思います。」
「はは!最初はあんなに警戒心が強かったのに随分懐いたねぇ。」
「どうでしょうね。未だにはっと我に返って自分を見つめ直している時もありますよ。」
「まあ…それもある意味大事かもねぇ―――お、来たね。」
そんな話をしていると、キックリがとある方向に目を向ける。
そこには誰も居なかったのだが、いつの間にかセルが立っていたので転移をしてきたようだ。
セルはこちらにすぐ気付き歩いてくる。
(あれ……)
セルの今日の服装は前に見たことのある濃紺の軍服のようなものでも、ここ最近会った時のスリーピーススーツでもない。
膝下までの神父服のような詰め襟の形なのだが、前を全部開けているので歩く度にマントのように風に靡いている。
黒を基調として襟元や袖や裾を始め、至る所に紫紺色の縁と精美な刺繍が豪奢過ぎない絶妙な比率で施されている。
そしてその内側は紫紺に少し暗い赤を足したようなはっとするほど艷やかで、外側の暗めとの対比が見事さ。そして中には同じく紫紺のシンプルなシャツを上の釦を一つだけ外してあり漆黒のズボンとブーツを履いている。
着崩しているのにルーズには見えず、紫がかった緩く左寄りに結んだシルバーブロンドの髪との組み合わせに、清廉さも兼ね揃えた、とにかく凄絶な美貌は相変わらずで、そこに儚さは一切見えない。
「セルさん、こんばんは。今夜はお招きありがとうございます。」
「ああ。―――変わりないか。」
「はい、元気ですよ。」
「そうか。」
そう言うとセルはキックリを一瞥してからルウィエラにまた視線を合わせる。
「ここから承認を得て屋敷に案内する。」
「ここから?」
「ああ。」
「転移とは違うんですか?」
どうやらセルの屋敷には普通の場所にはないらしくセルの承認がないと入れないとのことだ。
「承認が無ければ如何なる者も入れない空間のようなものだ。層が違うといえばいいのか。」
「層…魔力器を感知する時に体の中に感じられないような意味でしょうか…」
「そんな感じだな。」
そう言うと、セルは右手を軽く振った。
すると瞬く間にルウィエラとキックリを不可思議な魔術陣のような空間に閉じ込められる、と思った瞬間にもう先程の薬屋から少し歩いた場所にはおらず、エントランスに居た。
エントランスはとても広く、黒とグレーのマーブル模様の何かの結晶石の柱が立ち並び、正面に連なっているその先には、両開きのアイボリー色の素材の重厚な扉がある。
右側には二階に上がる階段があり、少し進んだ左側は扉が開いていて中に大きな暖炉がある。壁や床はアイボリー色系統に揃えられていて敷かれている絨毯は暗色を複雑に組み合わせた落ち着く色合いだ。
「玄関…?外からお邪魔すると思ってました。」
「ああ、住む者以外はここからとなる。」
全体を見渡し、キックリと家と王宮しか知らないルウィエラは、屋敷というものの実体を見たことがないので気になったことを質問してみた。
「この柱は何から出来ているのですか?」
「これは暁闇の魔輝石だな。家だとわからんが、外で月に照らすと漆黒の部分が紫に見える。」
「へえ、ここまでの数を良く揃えられたもんだね。硬さも強固だから支えるにはもってこいの石だ。」
「紫の煌めきが見えないなんて何か勿体無いですね…月光が僅かにでも差す部屋もないのでしょうか。」
「―――考えたこともなかったな。」
「そうでしょうね。」
セル以外の男性の声が聞こえ、そちらに向くといつの間にかジラントルが佇んでいた。
くすみがかった紫の髪をオールバックにした怜悧な琥珀色の瞳、漆黒の燕尾服にダークグレーのベストとタイ姿のジラントルは真っ白な手袋をつけた両手を胸下に揃えてルウィエラ達に一礼する。
「ようこそお越しくださいました。私は我が王サリトリー様の執事兼世話役をしておりますジラントルと申します。キックリ殿に置かれましてはご無沙汰しております。そしてエル様に関しましては以前のご不快な言動と行動に対しまして大変失礼いたしました。」
「ああ、久しぶりだね。相変わらずお硬いねぇ。」
「元よりこういう性分ですので。」
「堅物なのに料理ができるとは驚きだがね。」
「あれは嗜みのようなものです。趣味でもありますが。」
「お前のは趣味の域を超えているだろうが。」
「そうでしょうか。料理とは終わりの見えない奥が深いものですので。」
「食に興味のないサリトリーじゃあ、さぞかし作り手としてはつまらないものだろうよ―――エル?どうしたんだい。」
そこでキックリはルウィエラが全く喋らずじっとジラントルを見つめていることに気付いた。
その言葉を聞いてセルもジラントルもルウィエラの方を見る。
三人の視線を受けたルウィエラはジラントルから視線を外さずに答える。
「今夜提供していただけるお食事に、私にだけ量が少ないとか美味しくないとか形が歪だとかいう差別は有り得ますでしょうか。」
「「は?」」
「ぶふっ」
またもや理解不能な切り出しをしたルウィエラにキックリは定型の噴き出しで、セルとジラントルは綺麗に一文字疑問語が被っていた。
「エル様、それはどういった意味でしょうか。」
「ジラントルさんは前回会われた時から未だに納得されていないのでしょう?」
「――どうしてそう思われるのです?」
「私に話しかけた時だけ目元?瞳の輝き?みたいなのがくすんだ?淀んだ?なんというか不服な感じが。」
「ぶぶっ」
「ジラントル、お前表情筋が動くのか。」
「王にだけは言われたくありませんが。エル様、そう思われたなら―――」
「ほら、今も。様付けしなければならないのだと嫌々な感じがだだ漏れです。呼び捨てかあんた、とかで良いです。その代わりお食事内容はお婆と同じにしていただければ。」
「ははは!エルはそこが大事なのかい。」
「お婆、笑い事ではないのですよ。フルコースなるものを私は本でしか読んだことはありませんが、例えばお肉が出てきて私のお肉がお婆の半分程にされていたら、私はマナー等遥か彼方に飛ばしてお婆のお肉を強奪しなければなりません。」
ルウィエラはジラントルの言い方や対応云々よりも、自分のお料理の取り分が一番の懸念事項だ。嫌なものは嫌ならば仕方ないではないか。
そこで我慢して、料理に何かしらの影響が及んだらそれこそルウィエラ的に大ダメージだ。
「食事内容が平等なら、お前でも貴様でも小娘でも何でも良いのでよろしくお願いします。」
「そこまでか。」
「滅多にない機会ですし、次が何時食べられるかもわからないのでフルコースなるものの体験を切ない思い出にしたくはありません。」
「―――ではエル――さんと呼ばさせていただきます。話し方は元よりこのままなので、そこはご容赦下さい。」
ジラントルはセルをちらっと見てから、呼び方をさん付けにした。
出される食事に差異がないのなら何でもいいのになと思ったが、今回に限ってはセルが招待した客という対応をしなければならないのだろう。
「はい。今回はご招待とをいう形で伺ったので、そのような対応せざるを得ないかと思いますが、次回からは適当で。あ、今後会わなければ済む話ですしね。」
良かれと思って言ったのだが、ジラントルは目を少し見開いており、セルは僅かに眉を寄せている。キックリに至っては体を捩って肩を震わせていたが、治まったのか体を戻して目尻を拭いながら「そろそろ中に入れてもらえるかい?私もエルもお腹空かせてきたんだ。」と言い、ジラントルがはっと気付いて「では正面奥にどうぞ。」と綺麗な所作で奥の両扉に誘導した。




