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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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グエタの森にて






「うーん、もう少し腕が長ければ。」



現在ルウィエラは地面をうつ伏せになり這い蹲っている状態である。


本日は魔草探しに勤しんでいる最中なのだが、大きな岩と岩の間に希少な魔苔を発見したのだ。


三色苔という名の苔は、通常の苔色を土台に光の加減によって橙、水色、黄緑色の三色に見える不思議な植物で、通常で使われる魔苔より少量で万能な使い道のある苔なのだ。

岩同士の間や、石の下付近にしか生えないので、じっくり探さないと、なかなかお目にかかることはなく、是が非でも確保したいのだが、ルウィエラよりも大きい岩の隙間でぎりぎり腕までしか入れられないのだ。



「万能ハンドのような長い物があれば……駄目だ、届かない。」



何としてでも三色苔が欲しい。

前にキックリと採取した時は微々たる量しかなかったので、あれだけあればルウィエラの分け前も多めにもらえて錬金できるのではないだろうか。


諦めきれないルウィエラは今度は地面に仰向けになって採ろうとしたが、やはりもう少しの所で届かない。



(うー…でも諦められない!)



ルウィエラは今度は正座うつ伏せになって一瞬で良いから腕よ伸びろと念じながら集中していたので背後からの気配には気付かなかったらしい。




「―――何をしている。」



後方から良く通る心地良い低音が聞こえてきた。

どこかで聞いたことある声音と言い回しだが、苔と激闘しているルウィエラはそのままの状態で返答をした。


「希少価値の苔との対決のまっ最意中なんです。―――んぐぐ、届かない。」

「―――なんて格好をしている。」

「滅多にお目にかかれない種類で、こやつは是が非でも手中に収めたいのです。」

「採取か。遠隔操作魔術で採ればいいだろう。」



そう言われて、あ、その手があったと思い出した。

そしてその格好のまま首を動かし見上げるとそこには眉を寄せたセルが立っていた。


紫がかったシルバーブロンドと対かと思われるような光によって淡く紫色が煌めくようなホワイトグレーのスリーピーススーツとジレ、ダークグレーのシャツに彩るのはシルバーと漆黒で編み込まれたポーラータイに漆黒の宝石が飾られている。



「あ。セルさんこんにちは。」

「それより―――いや、エルは変わりないか」

「はい。元気ですよ。」

「そうか。」



………――――――………




またしても会話が終わってしまった。

ルウィエラは先程言われたことについて懸念事項を尋ねてみる。



「遠隔操作魔術をやってみたとして、その使い手の魔術の質の影響が苔に反映されることはないのでしょうか。」

「…やったことないからわからん。」



経験はないが、遠くのものを取る方法の一つとして教えてくれたようだ。



「なら、今は止めておきます。この苔はあまり採れないので、もし苔そのものの効能が変わってしまったら困るので。ただ、その効果も試してはみたいので、採れた後に残ったらやってみようと思います。」

「そうか。」

「はい、では闘いに戻りますね。道中お気をつけて。」



そういって挨拶をしてルウィエラはさて今度こそ、と正座うつ伏せを逆側の手で挑もうと向きを換えて屈む。



「――まだその格好でやるのか。」



何故かセルはまだ去らないようだ。

ルウィエラは地面に顔を着ける格好のままくぐもった声で答える。



「是が非でも。もうすぐそこにあるのですよ。腕が、指がもう少し長ければと念じながら伸ばし続ければ、もしかしたら一瞬進化するかもしれません。」

「そんなわけなかろうが。」



後方から呆れた声が聞こえてくるが、ルウィエラは最早苔に全神経を集中しているので、セルは放っておくことにした。



(んむー、届かない。でも魔術を使って質が変わってしまっても困る。)



んしょんしょと必死に手を伸ばすがあと一歩届かない。



「おい、どけ………エル、どいてみろ。採ってやる。」



地面でもぞもぞしながら這い蹲っていたルウィエラは上から溜め息混じりに聞こえたセルの言葉の内容に顔の向きだけを変えて見上げきょとんとする。



「え?」

「なんだ。」

「セルさんが?」

「他に誰が居ると?」

「え?その格好で?」



どうみても地面に着くには相応しくない高価そうなスーツ姿だ。



「何か問題があるのか?」

「いや、服が汚れますよね。」

「排他か浄化魔術をかければ問題ないだろう。」

「万が一汚れても解れても弁償できませんよ?まだお駄賃制ですし、ジャムクッキーを買う予定は変えられません。」

「心配するのはそこか。」



セルは片手を振ってどけという仕草をする。

ルウィエラは人外者は普通に魔術を息を吸うように使用するものなのかなと気になった。



「人間は魔力を使うことに頼り過ぎてしまうと、いざ何かの理由で魔力が使えなくなった時に何もできなくなってしまうので、基本生活にはあまり多用しないようにしてるんです。」

「普段は使わないのか?」

「私はキッチンで火をつけるとか水を出す時には使いますが、動く際にも体術とか、魔術全体は有事の時だけですね。あとは錬成中に関しては使いっぱなしです。」

「人間は不可思議なことを考える。」

「まあそれは種族間毎に異なるものですし、無理して解かろうとする必要もないですからね。人間にも色々な考えはあるのだと思いますが、私はこうだというだけです。」

「――――――いつまでその格好をしている。採ってやるからどいてみろ。」

「あ、本当にやるんですね。」

「そうでないなら今までの会話は何だということになるだろうが。」



まさか本当に採ってくれると思っていなかったので、よっと声をかけながら体を起こし、ローブに付いた葉っぱなどを手で払った。


セルはスーツの上着を脱ぎ、「持ってろ」とルウィエラに放って投げた。

思わず受け取ってしまったその上着は、とても滑らかで触り心地の良い生地に驚く。

そしてスーツから深みがありくらっとしそうな、甘やかだが穏やかさも合わさる不思議で仄かな香りがした。なんだか顔を埋めてすんすん嗅ぎたくなる匂いなのだ。


今迄に嗅いだ匂いの上位は殆どが食べ物関連なので、初めてそれ以外で上位に食い込む匂いが現れた、とルウィエラは動かない表情ながらも驚嘆していた。


そんな芳香談義を胸中で催している間に、セルはジレ姿で岩と岩の間に仰向けに寝転んで腕を奥に伸ばしていた。



「生えているものを全部採るのか?」

「あ、いえ。また時が経ったら生えてくると思うので、少し残しておきたいです。」

「わかった。」



そう答えてセルは苔の箇所を選別しているようだ。



(大地の王が地面に横になっている……)



ルウィエラはかなり驚いていた。

この人外者が横になる時は就寝時だけだという意味のない根拠を勝手に想像していたからだ。

些か呆けてその場面を見ていたルウィエラだが、セルから「苔を収納する袋を出しておけ」と言われて我に返り、ペンダントから採取用の状態保存の袋を取り出した。


暫くしてセルが片手に溢れるくらいの三色苔を持って体を起こした。



「これでいいか。」

「わ、沢山採れました。ありがとうございます。」



そう言って袋を開けると、セルがその中に苔を入れてくれたのでルウィエラは開封部分をしっかりと閉めて両手で掲げてその苔を見た。



「すごい…光に照らすと三色がより鮮やかに見えます。」

「―――苔にそこまで感動するのか。」

「はい。今までこんなに多い量で見たことなかったので嬉しいです。」

「―――そうか。」

「本当にありがとうございます。」

「―――――ああ。」



暫くその苔を目をきらきらさせながら見ていたが、ふとお腹がキュルと小さく鳴ったので、そろそろお昼時かなと思い、ペンダントに袋を収納していると、浄化魔術をかけたセルがルウィエラの首元をじっと見ていたので何だろうと首を傾げる。



「その首飾りは?」

「これですか?自分の切った髪で錬成したんです。長さがあまりに歪だったので。」

「歪?」

「はい、前に切られた時は引っ張られながらざくっと切られただけだったので、お婆に切ってもらいました。」

「――――そうか。」



そう言いながら少し眉を潜めたので、そういえば離れに居た時に会ったことがあるから、その時の見窄らしい姿を思い出したのかなとルウィエラは思った。



「そう言えば、セルさんは何故ここに?グエタの森に何かを探しにきたのですか?」

「薬ができたとキックリから連絡が入ったからな。」

「そうなんですね。そんな中、苔採取を手伝っていただき感謝します。お気をつけて。」

「エルはまだ戻らないのか?」

「はい。お昼ご飯持ってきているので、食べてもう少し森を探索してから戻ります。」

「なら俺もそうしよう。」



どうやらセルはまだここに居るらしい。ルウィエラが居なくてもキックリが居るなら薬のやり取りは問題ないと思うのだが。



「まだ時間かかりますよ?お忙しくないのですか?」

「問題ない。」

「お昼ご飯持ってきているのですか?」

「いや。煙管でも吸っている。」



そう言いながら手を少し動かすといつのまにか手元には精巧な模様の刻まれた掌の大きさほどの、吸口が漆黒の光沢のある銀色の煙管を取り出した。そして人差し指を少し動かして煙管の先に火を灯した。



「…それは自然に優しい煙ですか?」

「他の煙管は知らんが、これでも大地を司るからな。吸っても問題ないぞ。森にとって悪しきものなら追い出されているからな。」

「自然に優しい煙なんですね――あ、上着返しますね。なんだかとても心地良い香りがしますね。これは香水ですか?」

「香り?何も付けていないが。」



セルは受け取りながらそう答えた。ルウィエラ的にはあれだけ芳しい香りがしたのでてっきりそのようなものを付けていると思い込んでいた。



「あれ、そうなんですね。なんだかとても落ち着く温かい匂いだったので、どんなものを付けているか聞いてみたかったのですが勘違いだったみたいです。」

「―――――」



お腹が空いてきたから嗅覚がおかしくなったのかなと首を捻りながらルウィエラは岩場近くにある大きな木の根元に移動し、そこにペンダントからだした敷物を敷いて座った。セルは岩場に寄り掛かって何か考え事をしながら煙管を吸っていた。






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