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紅い鳥





バタンという建付けの悪い扉の閉まる音にルウィエラはハッと覚醒した。いつもなら家の外でも足音がある程度近づくと気付く筈なのだ。


起き上がろうとするとぐわんと頭の中が掻き混ぜられるような不快さと、体が真っ直ぐ保てないくらいの眩みが襲ってきて、ルウィエラは思わず両手をついてしまい、同時に襲った左腕の激痛に耐えながらゼイゼイと息をつく。


呼吸は熱く体に酷い倦怠感があり、明らかに昨日ずぶ濡れになったまま暫く外にいたことと、火傷による発熱であると予想はついた。



目を閉じると目の奥が脈を打つようにズクンズクンと痛み平衡感覚が定まらない。治まるわけではないが右手を目元にあててなんとか痛みを逃がそうと試みる。


折檻をされた当初は痛さと辛さと何故自分だけがとグズグズしていたこともあったが、それで痛みと折檻が無くなる訳ではないし、毎回心が悲鳴を上げ体以外にも苦しくなるのなら、それらをそういうものだからと諦観して頭の感覚を麻痺させてしまった方がまだ自分の心に幾ばくかは優しい。



ルウィエラは時折訪れる折檻の経験からこの年齢で痛みを逃す術を熟知していた。それでも今回はその手法も継続する鋭い痛みと重い倦怠感の前になかなか思うようにいかなかった。



ふと、そういえば扉が閉まる音がしたということは誰かきたのかと額を押さえながら玄関方面を薄目を開けて見た。


扉の側に置いてあった濡れたワンピースはそのままで、その近くに今日始めての食事と、替えの麻のワンピース、その上に白い布が置いてあった。


ルウィエラはふらつく体で底の擦り切れた靴を履き壁を伝いながら、扉付近まで進み食事と服の前で体を支えられずにへたり込んだ。



(着替えがあってよかった……食事はいつもの固いパンとくず野菜のスープ…これは…綿……?麻より柔らかい。)



ワンピースの上にある掌サイズに折り畳まれた綿の布を取り広げてみると正方形の形をしている。



(この布なら火傷痕に当てても、そこまで痛くないかもしれない。)



外を見ると既に陽は落ちていたが、今夜は月がでているようなので月明かりを頼りに井戸までは行けそうだ。


替えのワンピースを左腕の火傷痕に気をつけながら袖を通して着る。床に置いてある古ぼけた食卓用プレートに乗っている食事をみても、発熱して倦怠感が酷いルウィエラは常に空腹なのだが、それでも今はどうしても食欲が湧かなかった。


固形物より井戸水が飲みたい。だが、今これを食べなかったとすると、もし井戸から戻って眠ってしまったとして、明日にはこの食事が下げられているかもしれない可能性を思うと食べない選択肢もとれなかった。



ルウィエラは固いパンをスープに浸してから口に含みゆっくり咀嚼していく。元々殆ど味などないが、熱もあるからか余計に味を感じない。それでも無理して咀嚼し続けたが三口目で嘔気がきたので止めた。もどしたら勿体ない。


ゆらゆらと左右に揺れながら嘔気を治める。ゆっくり呼吸を繰り返して、ようやく少し治まったので井戸まで行こうとゆっくり立ち上がろうとするが、倦怠感と頭が揺れてなかなか真っ直ぐに立てない。それでも左腕の疼き続ける熱を持った痛みと火照っている体はどうしても冷たい水を欲していた。


時間をかけて玄関に進み扉を開ける。外に出ると風は止んではいるが、夜はかなり冷え込む。ブルッと震えたがそれ以上に火照った体に今は丁度良い気がしないでもない。



月の光を頼りにルウィエラは綿の布を持っていつもの半分以下の速度でなるべくふらつかない様に神経を集中させて進んでいた。今の状態ではふらついて座り込んでしまったら立ち上がるのに苦慮しそうだからだ。


時間をかけて慎重に歩き、ようやく井戸の場所が見えてきたことで気が緩んだのだろう。ガクンと膝が折れ両手を地面につき左腕と頭の痛みに呻く。



「ぅ……もう少…しだから…」



そう思うのに体が鉛のように感じて頭を上げ体を立たせることがどうしてもできない。嘔気も併せて湧き上がり綿の布をワンピースのポケットに仕舞い、両手を口にあててゆっくり深呼吸して嘔気を治める努力をする。


目を閉じると頭痛と倦怠感からか、ぐるぐる頭が回る感覚に今にも意識を飛ばしてしまいそうで急いで目を開けて堪えた。




どの位そうしていただろうか。ようやく少し嘔気が治まり立ち上がろうと井戸の方をみると石を積み上げられ形良く造られている井戸の石垣に何かが居る。


普段のルウィエラならある程度くっきりと見えただろうが夜であるのと熱のせいでいつもより視界がぼやけていたので些か見辛い。


(…赤い?…というか深い赤い、生き物…羽があるから鳥?窓から遠くを飛んでいるところしか見たことしかないけど………水汲めるかな)


是が非でも今は水を欲したいルウィエラは、あの生き物があそこにずっと佇んでいたら水を汲めないのでは、得体の知れない生き物という認識よりもそちらの方が気になって仕方なかった。



深紅色の鳥は井戸の石垣に佇んでいてこちらをずっと見ているような気がする。ルウィエラはいつまでもこうしてはいられないのだと、ゆっくり立ち上がった。


ぐらんと頭の中が回ってふらつくが、なんとか踏ん張る。その紅い鳥の得体は知れないが、元々感情が希薄なルウィエラには熱も相まって恐怖感も怯えもなく、そんな理由でここまで来て冷たい水を飲まない選択はない。そして冷やした布をじくじくと痛む火傷痕に是か非にでも当てたい。


少し左右に揺れながら井戸に向かっていく。その間、紅い鳥は微動だにせずにルウィエラを見つめている。井戸まであと数歩となっても紅い鳥の位置はそのままで、ようやく近くまできて、その鳥の全貌を確認することができた。



全体に覆っている羽は深紅の羽をベースに目元に近い羽は黒に近い赤で、徐々に深紅に変わり、先端に向かって色が淡くなり尾羽は朱色だ。黒に近い灰色の嘴に、周りの輪郭がきりっと凛々しく見える瞳は力強く、色が左右違うことにルウィエラは密かに息を呑む。片方は金色でもう片方は銀色のまるで宝石が埋め込まれたような煌めく瞳に魅入られそうになる。勇ましく見える紅い鳥の体長はルウィエラの半分位はありそうだ。



(……こんな大きな鳥がいるんだ。羽を広げたら私より大きいかもしれない。それに左右違う目の色と色々な赤の羽を持つ体が合っていて、とても…)



「………綺麗……」



心の中で思っていたことが思わず口に出てしまった。紅い鳥は僅かに目を瞠ったが、ルウィエラは熱の影響で目線がふらついてそれに気付くことはなく、人間に話しかけるように声をかけた。



「水が欲しい…その場所に桶を置かないと…いけないの。」



鳥に人間の話が通用するのか疑問だが、かといってルウィエラはできれば実力行使をせずにそこから避けてほしいのだ。最悪退けるつもりではいるが、帰り道の体力はとっておきたい。


その煌めく綺麗を瞳を見つめながら少し荒くなった息づかいでもう一度話しかけてみる。



「一回だけ…水を汲ませて…」



ぜいぜいしながらなんとか声を絞り出して言うと、ルウィエラを見つめていた紅い鳥は石垣から軽やかに羽を広げてバサッと芝生に飛び降りた。その羽の根本は深い赤から赤、朱色とグラデーションのように重なり合い、月の光も合わさって光っているようでとても美しい。


その羽に見惚れていた私はハッとなり「ありがとう。」と紅い鳥にお礼を言う。


ふと感謝の言葉を初めて紡いだのは人ではなく鳥なんだ、となんだか可笑しく思い表情は動かないがルウィエラはぱちぱちと瞬きを繰り返した。





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