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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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ごんさん誕生






かくして一階のリビング兼ダイニングルームでは薬屋の主人キックリと居候ルウィエラの臨時眷属なる珊瑚文鳥との、改めての対面となったのだが。



「まあ、元気にはなったようで良かったじゃないか。」

「そうですね。まだ疲れやすいとは思うんですけどね。」

「それが分かっていてもこの調子なんだねぇ…」



人間二人が観察している間、件の珊瑚文鳥はルウィエラの肩からキックリにびびりながらも、ずり落ちそうな程後ろの位置から威嚇し続けている。


リビングに入った時から、明らかにここの住処の主であろうキックリの存在感にキャルルルルといじましく鳴いているのだが、昨日あれだけの打撃を受けているので、すぐに疲れてしまい息が切れ途中でひーふー息を吐いて呼吸を確保しているのだ。


そこで止めておけばいいのに呼吸が安定すると、再戦とばかりに、またキックリに向かってキャルキャル威嚇し始めるので息切れも終わらない。


キックリが近づいた際には、ルウィエラの髪の中に隠れてしまいそこから嘴だけ出して首を揺らしながら威嚇するというなんだか愛くるしい具合になってきているので、まあ突いて攻撃しないだけいいかなと思った。


またひーふーなっているので、ルウィエラは部屋から持ってきた水の入れ物に水を入れ直した。



「ごんさん、お水飲む?」

「ピチ!?」

「おや、名前を付けたのかい?」



珊瑚文鳥の羽が毛羽立ち、キックリが尋ねる。



「あ、はい。たった今。珊瑚文鳥の名称が長くて。今日明日逃がすならそのままでも良かったんですが暫く一緒に居るので。」

「何故にごんなんだい?」

「『さんごぶんちょう』の名称からですね。さんさんだと何だか太陽の光の表現かなという感じですし。」

「チチ!?」

「さんごさんは女の子みたいですし、ぶんさんや、ちょうさんは何かご年配的で渋く感じてしまいまして。なので名前の間の言葉を取ってごんさんにしました。」

「ピチチ!?」

「何て単純且つネーミングセンスのない…」

「そうですか?私的にはぴったりだと思ったんですけどね。」



キックリは眉間に人差し指を当てているし、ごんさんに至ってはなんて名前を付けてくれたんだとふるふるしているようにみえるが、きっと震えるほど喜んでくれているのだろう。


ルウィエラが水の入れ物を近づけると少し警戒していたが、誰も寄ってくることがないと確認すると、器に飛び乗り口を付けてぐいんと体を伸ばし飲み始めた。


勢い良く上向きになるその姿にルウィエラは心をもぞもぞさせながら観察する。

ごんさんは何口か飲んでから満足したようで、直ぐにルウィエラの肩に戻りキャルルル言いながら髪の中に潜っていき威嚇を再開している。



「名前を付けてしまうと情が湧くよ。まあ、それでもあんたには良い経験になるかもしれないがね。」

「ああ、気にかける感情が芽生えるってことですね。その時になってみないと分かりませんが、ごんさんにも生活があると思うのでその時は潔く放り出しますね。男の子ですし、逞しく生きて行って欲しいですから。」

「チピピ!?」

「容赦ないね、あんたは。この子はオスだったのかい?」

「鳥の性別の見分け方は分からないです。昨夜たまたまこうやって――」



そう言いながら指先を伸ばすと案の定突いてきたので、はむっと嘴を摘み、もう片方の手で頬あたりをかりかりと優しく掻いてあげると、必死に嘴を取り戻そうとしていたごんさんは、たちまちへなへなになり最終的には嘴を離しても、今度はこっちだ、と頬を擦り付けてきた。



「もう調教済みかい、末恐ろしい子だね。」

「昨夜たまたま、キューキュー鳴いて魘されているような気がしたので撫でてあげた時に自ら差し出してきたので。その時に魔力の流れを見ていたら、なんとなく。」

「またそれかい。ただねぇ、その鳥なんだけどね―――」

「お婆」



キックリが何か懸念を示そうとしたのだが、ルウィエラは一つ頷いた。



「ここに居る間だけは、この子は怪我をして保護された()()()()()()()です。今は私の魔力識別阻害状態で覆っているので、誰かに知られることはないですし、黒い鳥は森での出来事は忘れているでしょう。回復した後どうするかはこの子次第ですね。」

「――分かっているなら良いけどね。こちらの言っていることも理解しているみたいだし、まあ名前を与えたことで抑制力にもなるしね。」

「実は見た目からごんさん一択でした。」

「ピチチ!?」



ここで漸く頬攻撃に屈していたごんさんが正気に戻って、ルウィエラの髪の中に隠れ、小声で威嚇を再々開している。



「ごんさん、髪の中であちこち動いたら絡まるから程々にしてね。あ、お婆。ごんさんは何を食べるのでしょう。」

「『鳥』ならアクのない葉野菜か虫かママイ…粟とか…」

「チチチ!?」



そんな話をしながら二人はテーブルに移動していく。テーブルには数種類のパンが入ったパン籠に、具沢山の根菜にベーコンのコンソメスープと紅茶が既に置かれている。

ルウィエラはカトラリーを出して並べ、いつもの席に座って今日はどのパンから食べようか目を輝かせながら籠を見た。


キックリは二人が席に着かないテーブルの上に滑りにくいランチョンマットを敷きその上に小さい木の小皿に調理していないママイが少し盛られ、サラダ用の青菜が添えられている。


その様子を見ながらルウィエラは心が温かくなった。


飼い動物は本来そのような食事方式ではないのだろうが、ルウィエラにとっての寄り添うかもしれない相手ということと、眷属ということもあるのかもしれないが、食事する場所を床にするでもなく同じ場所でと考えてくれて、尚且つ趾が滑らないようにマットを何気なく敷いてくれるキックリの心遣いがとても嬉しかったのだ。



「お婆、いただきます。」

「ああ。ごんも食べられるもの食べな。」

「ヂ!?」



ごんさんは呼び捨てにされたキックリをキッと睨みつけていたが、自分の食事テリトリーが用意されたことには満足したようでマットに飛び降り小皿の中をじっとり見つめている。そして小皿のママイと青菜に興味を示さずにキョロキョロし始めた。


ルウィエラは何を食べるのだろうと思いながら、本日は心にもお腹にもほんのり優しい蒸しパンから攻めようと、籠からとって千切って口に入れる。ミルクの風味と微かなバニラオイルの匂いが相変わらずたまらないと噛み締めていると、ふと視線を感じた。


そちらを見ると、ごんさんが蒸しパンをじっと凝視している。


それからパン籠を覗くように首を伸ばしている。思った以上にみょんと体を細く伸ばしたように伸びる姿に鳥の新しい生態を発見をしたルウィエラは身悶えた。



(の、伸びてる!凄く伸びてる!体も首も足も…!しかも残念なことに籠にぎりぎり届いていないし……!)



丸まっている時とのあまりの対称差に驚嘆しながらも、ルウィエラの手は止まることはない。一定のリズムで蒸しパンを千切りもぐもぐしていく。


ごんさんはルウィエラのパンを何度も見ながら籠を覗いている。



「ごんさん、もしかして蒸しパンが食べたいの?」

「チチ」

「ああ、もう残ってないねぇ。蒸しパンはあんたが好きだからね、先ず残らない。」

「他のパンよりはバター等の脂分はないので、大丈夫なのでしょうか。ごんさん食べたいなら分けてあげるけど、残すことはしないでね。」

「チチ」

「どうしても苦手なものなら仕方がないけど、単なる気分とかだったら羽毟るからね。」

「ピチチ!?」

「はは!ごん、覚えておきな。ルウィエラは食べることに関しては強欲で貪欲だ。並々ならぬ執心具合だから、粗末にする奴は総じて屑判定だ。捨てたり残すなんてことをしたら私でも助けられないからね。」

「チ、チチ」



ごんさんは突如舞い降りた毟り刑に羽をバッとけばけばにさせてこくこくと頷く。


ルウィエラの食べ物に関する執着は凄まじい。

離れの頃と違い、キックリと一緒に住んでからは色々な食べ物に出会い、美味しい、温かい、楽しいといった充足感が得られた。心が温かくなる時間だ。


表情には殆ど出なくても、食べることで自身の体を大切にしたい、誰かと食べることでその時間を大切にしたり大切にされたりする自尊的な感情が芽生えてくるようになった。


そして美味しいという感情はとても心を柔らかくしてくれる存在だと知ったルウィエラは、これを粗雑に扱う相手とは絶対に関わりたくないのだ。


ルウィエラはごんさんの口に収まる位に小さく蒸しパンを千切って小皿の端っこに置いた。



「先ずは一口分。ごんさんが食べられそうならもっと分けてあげるから食べてご覧。」

「ピチ」



ごんさんは少し二人の人間を警戒しながらも小皿に近付いて、蒸しパンの欠片をひょいと摘んで食べた。すると体がみょんっと伸びて目がキラキラしているので美味しかったようだ。



「ごんさん、美味しい?もっと食べられそう?」

「ピチ!」



今までで一番元気な一鳴きなので、経過としては良好だと取り敢えず安心したルウィエラは、ひと塊を置いた。ごんさんはお腹が空いていたのか、つんつん突きながらひたすら食べ続けている。



「まあ…他の鳥はともかく、ごんに関してはこれでいいのかね。突きながら食べるからあちこち飛んじゃうねぇ。もう少し深い小さい皿の方が良かったね。」


浅めの小皿なので突いているうちにどうしてもあちこち動いてしまい、ごんさんもあちこち動いて同時進行している状態だ。


キックリが立ち上がり、同じような木彫りの少し深い入れ物を持ってきてくれて、変えようと手を伸ばすと、ごんさんは略奪なる敵襲とばかりにキャルキャル威嚇しながらキックリの手をびしびし突いている。



「連打されると地味に痛いね。」

「ごんさん、食べやすいように器を換えてくれているだけだよ。お婆の指は錬成や魔術を扱うからあまり攻撃はしないでね。心と違って指先は繊細なんだよ。」

「両方か弱いに決まっているだろうが。」



そんな会話をしつつルウィエラがさっと嘴を摘んだ隙にキックリがささっと深めの小皿に入れ換えた。鮮やかな連携プレーにごんさんは唖然としていたが、また食べ始めると突いたパンが皿の縁に当たって戻ってくるので今度は落ち着いて食べられているようだ。



「スープは飲むのでしょうか…」

「どうだろうねぇ、熱いのは止めた方がいいだろうけどね。」



ひたすら蒸しパンを食べているごんさんを見ながらルウィエラは今朝も美味しい朝食に専念した。


結局ごんさんは思った以上に空腹だったらしく、もう一欠片を強請った為、ルウィエラは籠から、蒸しパンと同様の王道に位置付けされているクリームパンを取った。中身の卵黄が濃くてバニラビーンズの粒が入っており、ふわりと香るカスタードクリームが絶品なのだ。


始めこそ胃が小さくなかなか量は食べられなかったが、最近ではお代わりもするようになり、あまり変わらない体型にキックリから「それだけ食べてどこで消費されているんだろうねぇ」と言われる位良く食べるようになった。


クリームパンも堪能し、更にミニクロワッサンも食べてから、キックリの分も紅茶のお代わりを入れて一息吐いた。ごんさんは満腹の様子でルウィエラの肩に戻って毛繕いを始めている。



「昨日渡した黒い羽なんですが、何の鳥か解りそうですか?」



ルウィエラは昨日ごんさんを襲った烏のような大きさの赤い瞳の鳥の正体について聞いてみた。



「烏くらいの大きさで真っ黒な鳥はこの辺ではいないのだけど、赤い目っていうのがねぇ。それが人外か眷属となると、もうわからんね。主の施した魔術によって変わるからね。」

「あーなるほど。確かに魔術を放っていた時点でその可能性は高いですね。じゃあその羽から抽出して何かしら予防できそうなものを考えてみます。」

「今度は何を作るんだか…」



特定はできないが、その羽は間違いなくあの鳥から抜けたので、それを媒体にすればその鳥、上手くいけばその鳥全般から何かしらの予防ができるかもしれない。



「お婆、今日はどの作業を手伝いますか?」

「そうだね。仕分けや選別は終わらせてくれているから、ちょっと時間のかかりそうな抽出を手伝ってもらおうか。それが終わったらルウィエラのやりたいことをやりな。」

「はい、わかりました。あと、聞きたいことがあるのですが、前に王宮に行った時に門番の方が持っていたカードの形をした人と話せる物って一般の人が持てるものなのですか?」

「ああ、音声式通信カードだね。持てるが値段は通信距離によってピンキリだ。私も持っているが、見るかい?」

「お婆も持っているんですね。見せてもらってもいいですか?」

「ああ。」



そう言ってキックリは耳飾りに触れ、銀色の薄い掌サイズのカードを取り出して渡してくれる。



「縁の色別で距離がわかる。金・銀・赤・青・緑だね。金が殆どどこでも通信が可能だ。銀は端っこの遠い国でなければ大丈夫じゃないかね。」



ルウィエラは頷きながら先ずは目視で全体をみてから指先で魔術の仕組みと流れを感知してみる。とても精巧な作りであるようで、専門的な知識がないと一から作るのは難しそうだが、改造ならもしかしたらできるのではないかと思案する。



王宮に赴いた時に門番が持っていたカード式の連絡手段をそのうち作れればいいなと考えていたが、ルウィエラは音声だけでなく状況によって対応できない時に、文字も入れられるものがあればいいなと考えている。


キックリに聞いたところ、文字を記せる筆記式通信カードというものがあり、配色は音声式通信カードと同じだということだ。お金が貯まったら二種類のカードを買って試してみようと思いながら、ルウィエラは今日の作業内容の割り振りを考えながら、キッチン奥にある作業場へ移動した。



尚、水を飲みに行っていて置いていかれそうになったごんさんは、忘れられていた悔しさと切なさを威嚇で表現しながら作業場のカーテンレールの上がお気に入りの場になったようだ。








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