落ちてきた珊瑚文鳥
その日、ルウィエラはグエタの森で魔草採取をしていた。
自分で作成した魔草メモを見返さなくてもある程度見分けることができるようになってきていた。
根っこから抜くものや、葉だけを採取するものなど、今日は10種類近くの魔草と、小さな池の畔で魔粒石が採掘できたので、店で仕分けして売れそうなものは次にナラルカに行った時にでも売ってみようと考えていた時である。
(ん?鳴き声?)
ルウィエラが上から微かに聞こえた鳴き声に立ち上がって上を見ながらペンダントの亜空間収納に魔草類を仕舞う。高々とした木の隙間から見えるのは雲から少しだけ垣間見える太陽の光と揺れる木々だけで生き物が飛んでいる様子は見えない。
気のせいかなと思い首を戻そうとした瞬間、
「キャルルル!ギャギャッ!」
高い木々の少し上空辺りに桃色のような鳥が一羽凄い勢いで翔んできたと思ったら斜め上方向からどす黒い突風のような風の塊がその鳥に目掛けて飛んでくるではないか。
桃色の鳥はそれを避けたが、同時に同じ方向からきた別の突風の塊を避けきれずに当たってしまったのだ。
「ヂギャッッッ!」
その桃色の鳥は当たった突風の塊の同じ位の速さで墜落してきたので、ルウィエラは咄嗟に体術を足に発動させて走り、両手を出してぎりぎりの所で桃色の鳥を受け止められた。
ルウィエラの掌に少し余るくらいの大きさの鳥は攻撃は受けてしまっていたが、見える範囲では場傷や出血はない。あれだけの速度で当てられたのでもしやと思ったが、微かに荒い呼吸はしていて意識は辛うじてあるようだ。
命が失われていないことに取り敢えずほっとして、上空を再度みると一羽の真っ黒な烏のような鳥が旋回している。
『ような』というのは、その烏らしき鳥の瞳が真っ赤な色だったからであった。そしてその烏のような鳥は手の中にいる鳥より一回り以上は大きい。
その鳥はこちらを見ながら旋回を続けてルウィエラの手の中に匿われている鳥を明らかに標準を定めて見つめている。真っ赤な瞳も気にかかったのだが、なんとなくだが野生の普通の鳥の動作には見えなかった。あのどす黒い突風があの鳥から発せられたのならその確率は高くなる。
(悪しき物は森へ降りられないし、攻撃も出来ない筈)
今手の中にいる鳥は森に弾き出されず、上空にいる鳥が降りてこないということはその可能性は高くなる。
ルウィエラはペンダント収納から白い柔らかい布を取り出してそれで桃色の鳥の頭以外を軽く包んで片手に持ち替えた。
そして上空でこちらを見ながら未だに旋回している烏らしき鳥に向けてもう片方の手で魔力を動かして操作する。
ルウィエラは自分と手の中にいる鳥に認識阻害の魔術を施した。
すると旋回していた黒い鳥は途端にきょろきょろと周りを探し出したので、ルウィエラは続けて記憶忘却の魔術を風の魔法に混ぜて数個発生させ、少しだけ切れ味を足して、人差し指でぴんっと跳ねるように動かし上空にいる黒い鳥に放つ。
四方八方から幾つもの小さな旋風に襲われ、その一つに羽根が当たり「ガァッ!」と体勢を崩したが、体勢を整えると狙って旋回していたことなど忘れたように、翔び去っていった。
「あれで半刻位の記憶は失っただろうから、森での出来事は忘れるかな。」
そう呟きながら上空から落ちてきた真っ黒な羽を拾った。
こちらは魔草を一時的にいれる状態保存の袋に入れてペンダント収納に入れた。
そして布に包んだ鳥をみると、意識はまだ有るが、浅く息をしながら「キュキュ…キュゥ」と苦しそうに微かに鳴きながら先程より荒い息継ぎになっている。
「ちょっと危ない状態かもしれない。」
ルウィエラは即座に転移を踏んだ。
「キックリお婆!」
「どうしたんだい、大きな声なんて珍しいね。森に魔草を…それは鳥かい?」
「この子を診てあげて下さい。」
ルウィエラは先程の出来事をかい摘んで説明した。
キックリに促されてカウンター横のテーブルに移動した。桃色の鳥を包んでいた白い布をゆっくりと開く。キックリは人差し指と中指を鳥の体にそっと当て始めた。
「私は獣医でないんだが――これは珍しいね、珊瑚文鳥だ。それにしても尾っぽの色が…亜種かね。この鳥はこの辺には先ず居ないんだ。ずっと南にあるロジャス国に生息する鳥だ。突風の攻撃で内蔵が損傷していた可能性が高いね。それに関してはあんたが治癒の付与を付けたこの布のおかげで回復はしている。包んでおかなかったら既に死んでいたよ。ただ―――ね。」
「―――死んでしまうのですか?」
「いや、普通の鳥なら間違いなく当てられた時に内蔵損傷で即死だった。この鳥は…恐らく多少魔術を扱える鳥なんだろうが…うーん、魔力の回路を追う限りはどちらかというと人外に近い。魔力が先程の攻撃の効果のせいなのか凝固されてしまっている状態っていえばいいのか。それで自己治癒ができない状態だね。このままだと消滅してしまう。」
「治癒魔術も効かないのですか?」
「魔力の正常な流れが詰まっているようなもんなんだ。こちらから流しても上手く動かない状態だね。どういう攻撃でそうなったのかもわからんからどうしようもないんだ。なんとか流そうとはしているんだがね。その前にこの子がもたな―――っとまずいね。」
キックリがはっとしたように焦る様子にルウィエラも見ると、鳥は細かく痙攣し始めていた。
「可哀想だが魔力が固まってしまっていると、どうしようもない。」
「―――キックリお婆、ちょっと変わってもらってもいいですか?」
「ん?ああ。ただ間に合わなかったとしても、あんたのせいではないよ。」
「はい。」
ルウィエラは目を閉じて桃色の鳥の首から体を人差し指で伝っていく。
キックリのいう珊瑚文鳥の特徴は灰がかった濃い桃色のような一色らしいが、この鳥は珊瑚色に尾っぽが鮮やかな濃い赤や桃色、赤紫色と多色になっている。
意識を集中すると、ぼうっと意識の中に桃色の鳥の魔力の動きが見えてくる。
小さな体の中には細い魔力束が感じられるのだが、首元あたりと心臓あたりに塊のような糸を雁字搦めに結んだような箇所があり、そこがどす黒い何かで覆われていた。
(私の魔力器の括れ部分よりももう少し厄介な結ばれ方をしている感じ……そこを私の魔力で紐状にして解けるかやってみよう。その前に黒い部分を消さないと)
ルウィエラは指先に集中しながら、自分の内から少し透明がかった数種類の魔力を束にして黒く覆っている部分に巻き付けた。数種類にしたのはどれがその靄のような黒の部分に効くか分からず一種類ずつ調べている時間はなかったからだ。
そのうちの一つが効果があったようで黒い靄はしゅわんと消えた。
次に淡い金色の魔力を数本ばらばらに動かして先ずは心臓部分の塊に向けて纏わりつかせて少しずつ解していく動作を開始した。細い金色の数本が塊を囲み僅かな空間に入り込ませて、少しの隙間を作る。そこはそのまま継続させて、今度は残りの数本を首周りに動かして塊を囲みながら少しずつ解していく。
そこも隙間を作ると、ようやく鳥の魔力が本来の動きを始められたので、隙間ができた塊にまた絡まないようにルウィエラの魔力で動きを誘導させながら他の数本で残りの塊を丁寧に解していく。
ようやく全体は解れたが、その二箇所の損傷が思った以上に摩耗されていて、また絡まり塊になりそうな予感がしたので、ルウィエラは自分の魔力をそこの二箇所を繋げるように施してそこの動きを一時的に補助できるように覆った。
鳥を診ると痙攣しながら荒く呼吸をしていたのが治まり、今はゆっくり胸元が上下しているので、なんとか命の危機は脱したようだ。
ルウィエラは知らぬ間に詰めていた息をふうと吐いた。
「なんとかなりましたね。」
「相変わらずとんでもない魔力の動かし方だね……よくもまああれだけの魔力を巧みに操作できるもんだよ。そのおかげでこの鳥は九死に一生を得たね。眷属化させるとはやるね。」
「え?眷属化?」
「…まあそんなこったろうとは思ったけどね…。」
キックリは呆れたように肩を諫めて話す。
「人間が人外を眷属させるには、自分の魔力を相手の魔力器の中枢に送って相手の魔力と融合させるんだ。通常なら相手が了承しないと不可能だが、弱っている状態では無防備だ。あんたがこの子の損傷箇所にあんたの魔力で保護している状態が続く限りはこの子はあんたの眷属となるってことだね。」
「あ、そうですね。首と心臓あたりの二箇所ともすぐに治るようには見えなかったので、そこは保護しながら魔力の循環をさせている状態です。」
「そう、その間はこの子はあんたの魔力を継続して取り込んでいるからね。まあ回復して自ら問題なく動かせるようになれば、外して逃してやればいい。普通の鳥よりは魔力があるから亜種の珊瑚文鳥かねぇ。野生かはわからんが、眷属化している間は言うことを聞かせられるから暴れて体力を削ることもないだろうよ。」
「わかりました。暫く部屋で面倒みることにしますね。でも鳥ってどうやって飼うのでしょうか?」
「飼い鳥なら鳥籠なんだろうが、この鳥がどういう環境だったか分からないからねぇ。外を翔んでいたのであれば飼われていても放し飼いだったのかね。」
「部屋から出ないように言って大丈夫なら部屋内でいいですかね。それと止まり木代わりにコートラックもあるからとりあえずそれで様子みます。」
「ああ、そうしな。餌用に、もう使わなくなった木彫りの小さい入れ物でも探しておくよ。」
「ありがとうございます。この前魔草屋さんでもらった小さめの採取用の籠に起きるまではタオルに包んでおきます。」
その後キックリに看てもらっている間にルウィエラはさっと入浴を終え、鳥と共に部屋に戻り籠の上にタオルでゆとりを入れて包んで顔だけ出している珊瑚文鳥を見る。
包んだ時と同じ格好で眠っており、体が緩やかに上下しているので経過は問題なさそうだ。
ルウィエラは準備しておいた鳥用の入れ物と水、そして自分用の林檎水を机に置き、そこに置いてあった籠から鳥を包んだタオルを振動を与えないように慎重に持ち上げ、ルウィエラの枕元の端っこではない方の隣に設置する。
顔を近づけるとスピスピ小さな呼吸が聞こえるので何かあった時に直ぐに気付いてあげられるだろう。ルウィエラもベッドに入り体を丸めて目を瞑る。
目を瞑ってから少しすると、珊瑚文鳥が小さな声で「キュ…キューキュゥ…」となんとも切なそうな声で鳴き始めたので、もしかしたら親鳥がいつも傍にいたのか淋しいのかなと思い、ルウィエラは指の先で優しく頭を撫でてやる。
「怖いことないからもう大丈夫。良い子、今は体を休めてね。」
囁くように話し掛けて何度も頭を撫でていると鳥は気持ち良いのか少し顔を動かして頬に指を当てさせた。ルウィエラが頬を優しく掻くように動かしてあげると、羽を膨らまして安心したように「キュゥ…キュ、キュゥ…」と甘えるように鳴き頬を押し付けてくる。その仕草にルウィエラは心がほわりとなる。
(可愛い…初めて誰かと一緒に寝――――そういえば初めてお礼を言ったのも鳥だった。)
そう思うと何だか不思議だなと思いつつ、すぐ近くに自分を害さない生き物が居ても神経が尖ることはないのだなと考えながらルウィエラはうとうとしながらゆっくり意識を手放していった。




