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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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『シェリル1』


『 』は主人公以外の別視点からのお話となります






私は良い子




今日も起きてから等身大の鏡の前に立ち、口ずさむ。




私は良い子






シェリルはアグランド伯爵家の長女として生を受けた。


ミルクティー色のふわふわな柔らかい髪と、少し垂れ目がちな翡翠の瞳。


天真爛漫で無邪気な笑顔と、明るい陽気な性格で、屋敷の皆からそれは大切に大切に可愛がられて育った。



母親のタチアナは、シェリルにいつもお父様は忙しいからなかなか私達に構って下さらないけど、あなたはとても愛されて生まれた子なのよと、毎日呪文のように言われ続けてきた。


シェリルは幼いながらに言っていることと、本当は違うことがあるのだなと漠然と理解していた。でもそれでタチアナの機嫌が悪くならないのならいいのかなと思っていた。


そんなタチアナだが、同じくらいシェリルに良い子ね、正しいことができて偉いわね、と沢山褒めてくれる。





シェリルはいつも笑顔で、お母様を見ながら学んでいるのだと答えると、嬉しそうにとても喜ぶ。



シェリルはいつもちゃんと見て学んでいる。

見習うのではなく。



タチアナがシェリルといる時は、優しいしとても愛してくれるのだが、居ない所ではアグランド家で働いている者を怒鳴ったり、嫌味を言ったり、自室では誰かの名前を怨嗟を込めたような声でぶつぶつと淀んだ目で呟いているのをシェリルは幾度となく見て聞いてきた。




醜いと思った。




綺麗なお顔をしているのに、歪んだ顔をして呟いているのだ。

素敵なドレスを着ているのに、汚い言葉を使って怒っているのだ。

外では淑女の鏡のようなのに、偶にしか帰ってこないお父様に縋って泣き喚いているのだ。



とても醜いと思った。



こうはなりたくないと思った。



もっと上手なやり方を探せばいいのにといつも思っていた。



そんなお父様は、いつも外に出掛けているか屋敷にいても滅多に執務室から出てこない。


偶に会えても「良い子にしているかい?お母様や屋敷の者の言う事をよく聞くようにね」とだけ言って殆ど目も合わせずに何処かに出掛けてしまう。シェリルを抱き上げてもくれない。



ある日、オーリスが執務室に居ると聞き、少しでも話がしたくて訪ねてみた。偶々扉が少し開いていてこっそりと覗いてみると、彼は隠し扉の中にある棚から腕輪を取り出して、それをずっと眺めていた。


とても愛しいという表情で。

その表情に驚き、シェリルに向けてくれたことは一度もない顔だと気付いた。


その後も何度かそういう場面を覗くとこがあり、その度にその表情をするオーリスを見て、何故かずっとそのことが頭の片隅に残っていた。




シェリルは、いつも笑顔で自分は怒ったり汚い言葉を言ったり人の悪口を言わずに、良い子にして幸せでいたかったので、タチアナは反面教師として大いに役に立ってくれた。


いつも笑顔を絶やさないように、自分の周りで諍いや揉め事が起きると、子供特有の幼さを十分に発揮して、相手の喜ぶ言葉を用意して歪んだ顔を元に戻してあげた。

そうすると最後は皆がシェリルを優しくて良い子だと言ってくれるのだ。


それは子供のお茶会でも発揮された。

子供同士が喧嘩していても、普段から良くない例がいつも側にあるので、子供の争いなど可愛いものに感じていた。


稀に飛び火してシェリルに暴言を吐く子供もいたが、シェリルはその言葉を良い方に変えれば醜い顔や心にならないことを覚え、そう言ってくる子は良い子ではないのだからと、そうある度に私は良い子だからと心に言い聞かせていた。


そうして言い返さずニコニコしていると、周りがシェリルを庇ってくれるようになった。

そうすると結局その子供が悪いという結果になってその子は大人しくなるので、シェリルはこの方法を活用していた。







七歳の誕生日の日、シェリルは庭園にある大好きな桃色の花を摘もうと訪れていた。選んで庭師に切ってもらおうと眺めていると、庭園から遠くに見える小さい平屋の離れが目に入った。



前にタチアナと庭園に来た時に、あの離れに行ってみたいといったら、あそこにはお父様を騙した悪い女の子供が住んでいて、その女は死んだがオーリスの慈悲であそこに住まわせてあげている哀れな悪い子だから、仲良くならないようにと言われていた。シェリルより数日後に生まれたそうだ。



(ずっとあんな小さい所に住んでいるなんて可哀想。でも悪いことをした女の子供だから仕方ないのね。でも私とお誕生日が近くて何も無いままだと、ますます悪い子になってしまうかも。―――そうだわ!良い子の私だけはあの子に生まれたお祝いをしてあげよう。そうしたら寂しい所でも少しは温かい気持ちになる筈よ!)


シェリルは少し遠くにいるルーシーの目を盗んで離れに走っていった。窓から覗くとそこには見窄らしいワンピースを着たシェリルよりひと回り小さい子供が居た。



シェリルは声を掛ける前に何故か一瞬躊躇した。


その子供は痩せこけていて、ぼろぼろのワンピースを着て黒と紫の髪もぼさぼさなのに、何故か黒と白が混ざった瞳が輝くようにとても素敵に見えたのだ。


何故かもやもやとした気持ちになったが、悪い子だから一人ぼっちでここに居るということは変わらないのだし、ここは良い子の私が良いことをしてあげようと「あなたはだあれ?」と優しく声を掛けた。前に名前を聞いたような気がしたが、忘れてしまっていた。


「ルウィエラ」と名乗ったので、なんとなく思い出して、やはりその子供だと分かったので、お祝いの言葉をあげた。その子は固まっていたけれど、誰も言ってくれないだろうからきっと喜んでくれたに違いない。私が優しくしてあげなければ。


善い行いをするととても気持ちが晴れやかになったのと、やっぱりシェリルの方がドレスも髪も顔も素敵だと改め、少しもやもやした気持ちはたまたまなのだとご機嫌で帰っていった。





九歳になる少し前のことだ。


シェリルはタチアナと共に孤児院の慰問に同行することになった。


タチアナ曰く、孤児院の子供は親がいなくて普通の生活もままならない可哀想な子だと教わった。



シェリルより小さい子が「綺麗なお洋服!」と言って、シェリルのふわふわしたドレスをべたべた触って、手がとても汚かったので、その部分が少し汚れてしまった。


伯爵家の者に頼めば綺麗にしてくれるだろうけど、シェリルは何故かあの子供達が触ったドレスはもう着たくないなと思った。もう要らないから、今度このドレスを布に崩して孤児院に渡してしまおう。ドレスはそのままではなく解して布に分けて活用していくらしい。


一緒に訪れていたルーシーに、子供達にドレスを恵んであげて欲しいと頼んだら、慈悲深くて優しいですねと褒められた。やっぱり正しい良いことをしたのだと嬉しくなった。


でも次以降に孤児院に行く時は何時捨ててもいいようなあまり好まないドレスを着て行くようになった。



暫くして、もう勉強に使わない本を捨てようと思った時に、ルウィエラのことを思い出した。


あの子にも慈悲をと思い立った時、次回孤児院への訪問時に持って行くドレスのことを思い出したが、なんとなくあの子が着るのを考えると、またもやもやしてきたので、この本で十分だと持って行ってあげた。



またある日には外に連れ出してあげようとしたが断られたので、もしかしたら悪い子の自分は良い子のシェリルに相応しくないのだと考えているのかもしれないとシェリルは思い、自分から慈悲の手を差し伸べてあげようと思った。


連れ出した直後にルーシーに見つかってしまい、井戸の水を飲みに行く以外で外に出ると、罰を与えられるということを知った。

シェリルは自分が変わって罰を与えてあげようと、最近覚えた火と水の魔法を順に唱えて放ち、罰だけでなく慈悲も与えてあげた。


ルウィエラが辛そうに歪めていた顔を見て、何故か爽快感を得た。

それはやっぱり良い子と悪い子はこんなにも違うということなのだと納得した。

火の玉はとても上手にできていたし、水の球体は思ったより大きく顕現したので良い復習にもなったと、頑張り過ぎたシェリルを心配してしまったのか、ちょっと困った顔のルーシーの手を取って話しながら屋敷へと戻った。





定期的に貴族間で行われている子供のお茶会というものがある。


シェリルはいつものように笑顔で輪の中心にいて楽しく過ごしていた。

皆がシェリルのことを褒めてくれるので、シェリルも小さい頃から培ってきた相手が喜ぶ言葉を返しながら穏やかな時間を送っていた。



そんな中でも得意不得意の相手というものは子供同士でもいるものだ。


シェリルが化粧室で一人になった時にある令嬢が話し掛けてきた。

その令嬢は定期的なお茶会で良く会い、始めは一緒に居ることが多かったが、今では別の派閥の方にいるようだ。



そしてこんなことを言ったのだ。



「あなたって自分を褒めてくれる人しか傍に置かないのね。いつの間にか自分に都合の悪い人は退かしちゃうのだわ。しかも自分ではなく人にやらせて。あなたを思って注意してくれる人まで居なくさせてしまうのはどうなのかしらね。」



シェリルは首を傾げて不思議に思う。



言いたいことを言って去って行った彼女を含め、時々シェリルに対しそれはどうなのかしら、と意見を言ってきていた、今は違う派閥に行ってしまった人達を思う。



皆が楽しくて何が問題なのかしら?

その場の空気を悪くしてまですることなの?

それに注意も何も、私はお家で危ない場所以外で怒られたことがない程良い子なのだから、意見をする令嬢達は注意なのではなくてきっと私を羨んで言ってしまっているだけなのだと理解した。



(このご令嬢もまあまあ素敵だけど、きっと私がそれ以上に良い子で素敵でちょっぴり悔しい気持ちがあるから、つい強く言ってしまうのね。そんな私は心広く受け止めてあげるのだわ。)



そう頭の中で答えを出し満足して、シェリルは迎えに来た伯爵家の馬車に乗り込んだ。






翌年、シェリルの住んでいるディサイル国の祝祭を観に王都に出向いた。



そこで遠目からだが初めて拝見した王様と、その側に居た麗しく素敵な人外者に出逢い、シェリルに鮮烈な記憶を残した。


紫がかったシルバーブロンドに紫の瞳の凄絶な美しさと勇ましく猛々しいのに優雅な姿に手を組み祈るようにしながらシェリルはずっとその姿を追っていた。



(世の中にこんなに格好良くて素敵な人がいるだなんて!)



シェリルはまだデビューを迎えていないので、13歳になるまでは夜会等にも参加できない。


いつか夜会で会えるようになるかもしれないし、素敵な淑女になっていれば、その時にダンスを踊ってもらえるかもしれない。そのことを目標にシェリルは自分を心身共に更に磨いていこうと誓った。





シェリルは十歳になり、国の定められた規定により神殿へ魔術測定を受けにいった。


シェリルは平均年齢より魔力が多めで得意魔法は火と水なのだそうだ。

やっぱり良い子で努力していることを神様は見ていて下さっているのだとシェリルは喜んだ。


その後、珍しくオーリスがルウィエラにも伯爵家内で内緒で魔力鑑定を受けさせるらしく、シェリルも一緒に離れに向かった。


(あの子は悪い子だから、魔力も少なく殆ど光らないかもしれないわ。その時は優しく慰めてあげないとね。)



ルウィエラはシェリルの他に大人が来たことに驚いたのか、魔宝玉に触れるのを躊躇していた。

ここは良い子のシェリルが率先して導いてあげようと彼女の手を掴み魔宝玉に触れさせた。




魔宝玉から発されたのは見たこともない様々な多色が一気に噴き出してくるような眩い光の束。






え?






シェリルは思考が停止した。







え?






シェリルは生まれて初めて頭の中が大混乱に見舞われ、表情も作れずに固まった。







悪い子にはこんな素晴らしい魔力があるわけがないわ。

私の方がとても良い子なのだから。

私の方が下ということはないはずなの。

確かに同じ血は引いているってお母様が苦々しい顔で…―――

同じ血………?





もしかしたら―――――





シェリルは閃いて思い出したある道具を確かめる為に、オーリスが居ない時を見計らい執務室に入った。何度か見かけた隠し扉の秘密の開け方で扉を開き、一つの棚から色々な紙と混ざっていた腕輪を取った。



これは魔呪道具と言われる禁忌の道具だ。

周りに知られることなく魔力を吸収することができる。


これだけを聞いたなら惨い道具だと思うのだが。


もし悪い子が良い子から魔力を奪っているのだとして。

そしてそれをこの腕輪が解決してくれるのだとしたら。

禁忌と言われるこの腕輪の正しい使い方になるではないか。



これはなんて素晴らしい妙案なのだろうか!



シェリルは嬉々としてその腕輪を持ち出し、書庫で方法を確認してから離れに向かい、ルウィエラの醜く残っていた傷痕に重ねるようにその腕輪を付けて、自分の胸に手を当てて念じた。




ぶわっと、とてつもない膨大な魔力がシェリルの体内に急速に入ってきた。

その魔力は細やかで清々しく漲るような素晴らしい感覚で、体中だけでなく外に溢れ出してしまう位に満たされている。



(すごい!やっぱり……やっぱりそうだったのだ。これだけ凄い気持ち良い魔力なのだもの!元々私の魔力だったのに違いないわ!あの魔力測定の時は、良い子の私が一瞬神様を信じられなくなったけど、許してあげるのだわ!)



ルウィエラが蹲って苦しんでいるけど、今までシェリルの魔力をずっと奪っていたのだから仕方のないことなのだが、良い子であるシェリルはちゃんと優しい慈悲の言葉をかけてあげて離れから出た。



その後、すぐに腕輪のことはオーリスにばれてしまったが、なんとそのまま使って良いことになった。



オーリスが止めさせないのだから、シェリルの考えは間違っていなかったのだ。



しかも、その日からオーリスは何故かシェリルと一緒に居る時間が多くなった。

何でもあの子供の母親に似ている魔力が心地良いらしい。

悪い女だったのに可笑しなお父様だ。



そしてシェリルが魔力を纏っていると、オーリスは腕輪を見つめていた時のとても優しい表情になる。それが自分に向けられているのがとても嬉しくて、この腕輪は禁忌と呼ばれてはいるが、正しい使い方をしたらこんなに人を幸せにするのだと素晴らしい選択をしたシェリルは己を褒め称えてあげたのだった。





そして、正しい行いをしていると幸せな事が続くらしい。




13歳になり、無事にシェリルはデビューを果たした。


その舞踏会にサリトリーは参加しておらず残念だったが、後日縁があってサリトリ―と会う機会があったのだ。

宰相と共に伯爵家に訪れたサリトリーが急に井戸の方に向かったと騎士から聞いたので、迎えにいくとそこにはサリトリーとルウィエラが居たのだ。



何故かその場面を見ていたくなくて、シェリルはつい淑女らしからぬ振る舞いで走ってしまった。

サリトリーに挨拶をして、話している間にルウィエラが微かに動き、ここは任せておいて欲しかったので、もう一度魔吸収を行って静かにしていてもらった。そして最近覚えた魔術をみて欲しくてサリトリーの前で披露もしてみた。



その後サリトリーがオーリスに話があるというので屋敷に戻ると、なんとシェリルがサリトリーの魔絆の相手だというのだ。今はまだデビューしたばかりなので、三年後に婚約式を行うことになった。



シェリルは狂喜乱舞した。



(やっぱり良い子にして正しいことを続けていると幸せが舞い降りるのだわ!)



シェリルはルウィエラにも事の次第を報告してあげて、元気で良い魔力を作ってもらうように労った。





それからはとても幸せな日々を送った。


とても忙しい方なのに週に一度の一刻程の為に訪れてくれたりした時もあったし、会いたくて恋しくて連絡したり手紙を送ったりすれば、花束や家で使える素敵な品々の贈り物が届いた。



そのうちサリトリーの魔絆の相手だと誰もが分かるような素敵な装飾品を贈ってもらえる日も近いかもしれない。



シェリルはサリトリーから訪れる前触れを受けると、必ずたっぷり魔力を補給しておいた。


神様の悪戯で魔力が奪われていたシェリルがちゃんと纏っていないと、万が一溜めていたルウィエラにサリトリーが勘違いしてしまったら大変だ。

そしてルウィエラも無駄に期待しないで済むのだから、この配慮をいつもするシェリルには感謝して欲しい。





お茶会で友人達にサリトリーとの魔絆の話を報告すると、令嬢達は黄色い悲鳴をあげて羨ましがっていた。

だが、魔絆の会話の中で、令嬢の一人が人外者は魔絆の相手に対する執着や愛情のかけ方は凄いらしいという噂を聞いた。


それを聞いてサリトリーの対応にふと疑問が湧いたが、彼はとても誠実で自分に厳しい人なので、シェリルが大きくなるまで待ってくれているのだろう。

疑問は即座に消え、ますます紳士なサリトリーのことを好きになっていった。









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