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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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治らない癖






薄暗い部屋と静寂。

薄ら寒い空気が離れの隙間から入るので、丸まって面積を減らしてもなかなか暖が取れない薄っぺらな布。真ん中が陥没しているベッドの下からも寒い空気が入ってくる。


風が強い日は壁が軋む音をたて、雨が降り続く日は部屋中に纏わりつく湿気の匂い。

この部屋に自分の望むものは何一つなく、何を望んだところで手に入るものも何一つとしてない。



私はずっとここで生きていくのだろうか。



私はずっと一人のままなのだろうか。



私だけが死ぬまでこのままなのだろうか。




言葉が分からない頃から、食事を運ぶ人間が、まるで離れに誰も居ないかのように食事を無造作に置いていく。時には顔を歪ませながら投げかけられる言葉を何の感情もなく耳にしていた小さい頃。


感情が動かないから食事を持って来る者の中で、時折突き飛ばされたり蹴られたりされても、どういう経緯でそうされたのかさえも分からない。そしてそれが続けばそういうものなのだと覚えていくだけ。


でも稚ながらにそれらが自分にとって良いものではないことは本能的には理解していたのだろう。それらに対し反抗することはせずに、ただされるがままに受け止めていた。反抗しても改善されることはないだろうと、なんとなく察していたから。


それに他に方法が何一つ思い浮かばなかったから。

誰も何も教えてくれなかったから。



そして夕方から真っ暗になっていく部屋の中で息を潜ませて神経を剥き出しにして、いつ何時誰が来ても良いように、驚かないように、怯えないように夜を過ごしていくのだ。


生き物が動く音の全てに、ほんの少しの物音でもすぐに覚醒するようになった。



何もない。誰も居ない。

たった一人ぼっちのこの場所で。



生き物が来る時、ルウィエラの味方であったことは一度もないのだから。






――――――トントン…―――



物音がしてルウィエラは瞬時に覚醒する。

ベッドの端に設置している枕から頭を僅かに上げて周りと音を確認する。

神経が敏感に反応して人が作る物音の全てが耳に入ってくる。



―――トントントン――トタトタトタ――ギィ――バタン――――



これはキックリが出す物音だと理解して少しだけ神経が緩む。

もう寝るのだろう。階段を昇りきった後の床を踏む小さな足音。

少し遠くで聞こえた扉の開閉の音。



ルウィエラはここの住まわせてもらってから覚えた、危険が及ばない、いつもの同じ流れの音にようやく安心して枕に頭を埋める。



(癖はなかなか抜けないものだな)



魔吸収されるようになってからは、気を失うように眠ってしまうことが増え、それからは、より気配に敏感に反応するようになってしまっていた。


なるべく隙を作らないように、警戒心を研ぎ澄ませて。

何か起きた時に冷静に対応できるように。



(寝ている時が一番無防備だから)



飛び起きてしまうことも未だにあった。


物心つき始めた頃の、まだ警戒心が薄い時に薄っぺらな毛布を剥がされた直後に体中への鋭い打撃の嵐。そして床に引きずり出され覚醒する間もなく振り下ろされる鞭の撓りとその直後にくる激痛。


それを鬼の形相で罵倒してくる姿に。

憎悪と嫌悪と蔑みの混ざった表情で何もできない自分を見下ろしてせせら笑う姿に。


もう今では表情も動かさず対応できるようになったが、まだあの頃は何故こんなことが起きるのかさえ理解できずに泣くしかできなかった何もできない幼子だった。


そして経験が増えるにつれて、折檻される時は痛い思いを響かせない為に心を動かさずに凍結させることを覚えた。


我慢して歯を食いしばって耐えても、恐らく泣き喚いても相手は悦ぶだろうから。

それならせめて絶対に弱い所は見せたくないから。

これがその時できる精一杯の稔侍だったから――――





魘されていて起きることもあった。



魔吸収によって左腕への業火の熱さと全身を襲ってくる刺す痛みと、次第に過呼吸のように息もままならなくなってくる苦しさに身悶えて、そして目の前では満面の笑みで微笑んでいるだけの少女がずっと居るのだ。


微笑みながら更に根こそぎ持っていこうと魔吸収を重ねて全身を引き千切られそうな激痛に意地でも声を出さずに耐えて耐えて…―――汗まみれで起きる時がある。



無意識に左腕を掴んでそこにはもう忌々しい腕輪がないことを確認しながら息をゆっくりゆっくり整えて、落ち着かなくなっている魔力も穏やかになるまで一緒に整えていく。



今も。

今でも。

時たまこうして夢の中で苛まれる。



その元凶達はもう二度と今までの生活には戻れないし、復讐は遂げた。

それでも過去は消えるわけではない。


幼い頃からついた癖はなかなか治らず、眠っている時は心の柔らかい部分が剥き出しになってしまい、そこに触れられて揺さぶれると一瞬我を忘れて飛び起きてしまうのだ。


ばくばくと早い鼓動を手で押さえて、ゆっくりと深呼吸して瞳孔の開ききった眼を閉じて瞑想させる。


いつのまにか覚えた暗示のように大丈夫大丈夫今は何もないと言い聞かせてようやく治まっていく。

そして大体そのあとは眠れなくなるのだ。



キックリと出逢えて、温かい時間を過ごさせてもらっている間に少しずつでも改善されていってくれればいいと願う。



何でもできるようになった今でも夢の中では無防備なままのルウィエラだ。

覚醒していれば今の状況を鑑みても律することができるのに、夢の中だと考えも纏まらないし武器となる魔力さえ使えない。

夢の中でも強くなれればいいのに。



目を閉じるとルウィエラの内の魔力がふわふわと漂っている。

滑らかに。穏やかに。

まるで今は大丈夫だといっているように。


キックリがそれだけ精密で示し合わせたかのように流れるように魔力を扱えるのはずっと自分の魔力と寄り添うということをしてきたルウィエラだからこそ、だそうだ。


ルウィエラにとってはそれしかなかったので、いつも一緒に居てくれた唯一という認識だったのだが、今となってはやってみたいことを優位にしてくれている結果になっている。


きっといつかルウィエラの命が儚くなるその時まで共に居てくれるのだろう。




今はこの世界の常識を学びながらキックリに錬金や店での対応のやり方などを教えて貰っている。そんな風に色々な新しいことを経験していくと、どんどん視野が広くなり、考えることも増えてきてやりたいことも次から次へと湧いてくる。


それらをルウィエラなりに順序立てて少しずつ実行していくことが、今とても嬉しい。


例え生まれてから16年間の間にしかできないことがあったとしても、全てをやり直すことができなくても、今できることとやりたいことを少しずつ。

今はもうそれを考えることすら放棄していた頃のように殺さなくていいのだ。


もう自分の環境に諦観を感じず、無限にできることを我慢しなくていいのだ。


まだ先を決めかねているけど選択肢は沢山ある。


そう考えながらルウィエラは今日買った魔草の配分の仕方と夜に食べたキックリ特製のクラムチャウダーを思い出しながら、もう一度眠りにつこうと努めた。






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