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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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大物来店






「セルさん?こんにちは。」

「薬を依頼したい。」



優雅に長い足を組んで座っていたセルは、相変わらずの凄絶っぷりで、今日はチャコールグレーのジレ、同色のズボンを履いていて、それ等より少し色の淡めの上着は椅子に掛けてあり、首元には漆黒の複雑な網目の細い編み紐に少し淡めの紫の大きな宝石がアクセントになっているポーラータイを緩めていた。濃紫のシャツの上の釦も外していて無表情だからこその色香が増強されている。


ルウィエラが挨拶をすると直ぐに依頼の話を切り出してきた。


キックリをみると一つ頷いてまた顎をしゃくったので、ルウィエラはそのテーブルに向かった。



「セルさん、こんにちは。」

「薬を依頼したい。」

「こんにちは。」

「依頼だ。」



ルウィエラは首を傾げる。

人外者の常識は知らないが、これがセルの通常仕様なのだろうか。

その辺りは人外者毎にそれぞれの作法があるかもしれないので、それはそれで自由にすれば良いと思う。


でもここはキックリの薬屋であり、キックリと今はルウィエラの領域でもあるのだ。


ルウィエラが首を傾げて黙っているのを訝しげに見たセルは空いている向かいの椅子を一瞥して言った。



「何を呆けている、そこに座れ。依頼の話をしたい。さっさとしてくれ。」

「うん?」



ルウィエラは、そう言葉を返した時点でセルの方に足を進ませていた。



「だからそこの椅子にすわ―――――」



直後、セルは目を見開いて口も開けて唖然としてルウィエラを見ている。

後ろからは「ぶふっ」とキックリが漏れ噴き出す声がする。



「――――――何をしている。」

「頭部に手刀を打ち込みましたね。」



ルウィエラの片手はセルの頭の中心部分に綺麗に手刀が入っている。

とはいえ、軽くポコンとした程度だ。

手刀したことには変わらないが。



「人と人ならざる者にはお互いに異なるお作法があるのでしょう。それを否定はしませんが、ここは薬屋キックリのお店です。」



こんなことをされたことがないのか、セルは未だに固まっている。

まあ高位の人外者なので経験は無いのだろうとは思う。



「挨拶の応酬もできない方の依頼は受け付ける以前の問題です。貴方がた人外者はともかく、人間には最低限必要な相互間のやり取りなので。」

「―――この手は必要だったか?」

「必要なかったかもしれませんが、何度か同じ言葉を繰り返しても同じ言葉で返ってきたので、説明しても通用しないかなと思い、面倒臭がりな私は身勝手に省きました。因みにここではお婆の店として慮りましたが、個人的に外で会ったとしても、挨拶すらできない方は私にとっては対応するに値しないので同じ様になりますね。」



キックリから彼は大地を司る王だと聞いているので、傅かれるのが当たり前で横柄な態度に物申す相手はいないのかもしれない。

それはそれでそういうものならば、と思うのだがルウィエラがそれに倣う道理はない。


ルウィエラにはルウィエラとしての作法があるのだ。



ルウィエラはさらさらとした紫がかった綺麗なシルバーブロンドの髪から手を外した。

そして後ろに一歩下がり、「お帰りください」と扉の方へ促した。

ここまで言えば不快感を示して出ていくだろう。ルウィエラも不快だったのでお互い様だ。



しかし、セルは扉を見ずにルウィエラを嫌悪でなく、不可思議な生き物でも見るように凝視している。



ルウィエラは捻り揚げパンしか食べてないからお腹空いたなと、もう出ていく趣旨は告げたので踵を返そうとした時、



「挨拶をすればいいのか?」



と眉間を僅かに寄せた表情で聞いてきた。



「挨拶もできない相手とは私が話したくないだけです。セルさんはセルさんの思うようになされば良いのだと思いますよ。」

「お前と話すには挨拶をすればいいのか?」

「まあそうですね。会話する相手への最低限の礼儀だと私は思っていますので。」

「―――わかった。」



そうして眉間の皺を深くして黙ってしまった。



ルウィエラはまた首を傾げてキックリをみる。

キックリはお腹を抱えながら声を殺して散々笑っていたからか、目に涙を溜めながらまた顎でしゃくった。

その意味が分からなかったが、同じことを繰り返せばいいのかなと思ったルウィエラはもう一度声をかけてみた。



「セルさん、こんにちは。」

「―――ああ。………変わりないか。」



セルなりに考えてこちらの様子を伺った言葉を選んでくれたらしい。



「あ、はい。元気ですよ。」

「そうか。」





……………





対話が終了した。










その沈黙は豪快な笑い声で終わりを迎えた。



「ははは!こりゃ珍しいものを見たね!エル、依頼を聞きな。この子にはまだ薬屋キックリでは薬は扱わせていない。受付対応だけだが、いいのかい?」

「構わん。」

「そうかい。じゃあお茶でも用意してくるから、あんたは何の薬をご所望か数まで聞いておいてくれるかい?」

「わかりました。」



そう言うとキックリはカウンター奥に引っ込んだ。



ルウィエラはカウンターにある魔術注文書を手に取り、セルの向かい側に「失礼します」と声を掛け座った。



「では薬のご注文を承ります。どのような物をご所望でしょうか。」

「精度の高い魔力回復薬だ。」

「精度をお求めということは魔術の質の向上の為ですね。何本ご入用ですか?」

「五本だ。質を向上させるという作用を良く知っていたな。」

「前に居た所で本だけは盗み見できたので、それで知ったのです。」

「―――そうか。」



そう言いながら、ルウィエラは頭の中で首を捻る。

始めこそあれだったが、思ったより普通にセルと会話ができている。


先程の挨拶の件もそうだが、幾ら薬を依頼したいとはいえ人間側に配慮をしてくれたことも併せて、こうやって会話をしていてもルウィエラ自身が不快にならないのだ。


王宮の廊下で話した時も、セルが魔絆を断った相手にこういう風に相手にするのだということと、ルウィエラ自身も相互間の違いはあっても、当人への嫌悪感や煩わしさというものがなく、心地良いい魔力を感じることは、この先無いのにセルとの会話は不快ではなかった。



良く物語などでは一度とても心象に悪い意味で残ると、それが後々に響くことがあると書いてあったが、まあ人にも寄るだろうし、ルウィエラはあまり気にしないお気楽な性質なのかもしれない。



「魔草の在庫にも寄りますが、属性などの希望はありますか?」

「闇だな。なければ土だ。」

「わかりました。闇が少ない場合は混合でも構いませんか?」

「ああ。」



ルウィエラは注文書に詳細を書き込んでいく。

それを見ながらセルが話し掛けてきた。



「お前…エルは何も作っていないのか?」

「私はまだ弟子になったばかりで、基礎がまだ整っていないので。ただ売り物にはしませんが、自分用に作ったりはしています。」

「―――そうか。」



そして書き終えた紙をセル側に向けて署名の確認をしてもらう。



「ではこの内容でお間違えなければここに署名をお願いします。」

「ああ。」



セルは優雅な所作でペンを持ちさらさらと流暢な字体で署名をしていく。

それを見ながらルウィエラはふと疑問が湧く。



「この署名にはサリトリーと記されていますが、周りの方も、そのお名前で呼ばれてますよね?セルさんというのは渾名のようなものですか?」

「…サリトリーは人間の界隈での通称だ。」

「そうなんですね。真名に関しては高位の人外者の方は特に希少なもので知ることはないとお婆が言っていました。セルという名前も通り名の一つなのですね。」

「―――――違う」

「え?何かいいました?」

「――いや何も。」



ぽそりと何か呟くのが聞こえたので、聞き返したのだが、セルはそう言って目を逸らした。


サリトリーという名が人間に対しての通り名だというなら、何故ルウィエラにはセルと呼ばせたのだろうかとふと気になった。


ルウィエラは首を傾げたが、ハッと思い当たると恐る恐るセルに小声で声を掛ける。



「あの、私人間ですよ…?」

「―――――何を言っている。」



もしかしたらルウィエラのことを人間に似た人外者だと思ったのかと一瞬思い、尋ねてみたが、そうではないらしい。



「ぶっ。今度は何の応酬だい。」



カウンターからキックリが紅茶の入ったカップを持ってきた。

お客様用のカップをセルの前にコトンと置いて、ルウィエラの方にもラベンダー色のマグカップを置いてくれた。


そしてキックリはカウンター側にある椅子に座って自分の紅茶を飲みながら言った。



「お婆、ありがとうございます。」

「ああ。それとあんたが人間だってことはサリトリーが知らないわけがないだろう。」

「あ、そうでした。魔絆の相手は人間だけでしたね。」



それはセルが知らないわけはないかとルウィエラは納得したが、それを聞いていたセルは紅茶に口をつけたままピシと固まった。



(あれ、どうしたのかな。紅茶が熱かったのかな。)



セルはカップを置いてルウィエラの方を見つめた。

その視線は鋭いのにやけに静かだ。



「お前は、魔絆―――だった相手に何も厭うことなどないのか?」



座っている姿ひとつでも、端麗で人間を超えた美貌の彼は、老獪であるのにどこか諦念の表情も伺えた。



「この前の廊下でも今日もですが得に忌避することはなかったです。魔絆に関しては人外者の方の心境はわかりませんが、魔呪道具があったとは言え、そういうこともあるのだなと思ったくらいでしょうか。それにもう終わったことですから。」



返した言葉にセルは目を逸らすことなくルウィエラを見つめる。

砕いたことに何か異論があるのかなと首を傾けているとキックリが声をかけてきた。



「―――エル、注文書は書き終えているならあとは私がやるよ。あんたは戻りな。」

「はい。注文書はこれです。それでは、ご依頼ありがとうございました。」

「――――――ああ」



そう言ってルウィエラはカウンター奥の暖簾を潜った。

魔絆に関して答えた時のセルの一瞬刺されて痛そうな表情が、なんとなく記憶に残りながら、ルウィエラは買ってきたパンと魔草をペンダントの収納から取り出し、仕舞い始めた。







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