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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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買い出しと治外法権地区






ルウィエラは一人で買い物に出ていた。

今日は灰紫色のシンプルだが裾に銀色の細かな刺繍が入った動きやすいワンピースに黒色のタイツ、踵の高くないブーツに着慣れた鈍色のローブの格好だ。



ここ数日の間、キックリからは前に学んでおいた魔草の分類や選別、それらの発生している場所等を一緒について行って学んだり、街にも連れて行ってもらった。


グエタの森周辺の魔草分布はある程度覚えたが、他にも森や湿地や湖などまだ探す場所は沢山あるので、図書館にも通って色々調べてみようと、これから先やってみたいことが次から次に浮かびルウィエラは楽しみで嬉しくなった。



ルウィエラの擬態は今は濃いめの灰色の髪と灰色の瞳で定着させている。


擬態の間は本来の魔力を使う力が八割程になるらしく、諸々が安定するまでは本来の姿はなかなか危険とのキックリからの助言だ。それにルウィエラの魔力量ならば八割でも十分だとのお墨付きをもらっている。


レウィナが買い物中に居なくなってしまったことから、キックリはルウィエラが一人で出かける時に何か遭った時の為にキックリ特製の万能薬を持たされている。


これはどんな状態にあっても魔力と体力が全回復するのと、魔封じや魔力に関する機能的な攻撃を受けた時に短時間だが、それらを解除できるという誰もが喉から手が出る程欲しがるとんでもない代物だ。回復はそのままだが、解除できる効果は半刻ほどとのことだ。




今日買い出しに行くのはグエタの森から一番近いナラルカという街だ。


ナラルカはレウィナが攫われた場所だった。

その話をキックリから聞き、もう少し遠くに大きな街があると言われたが、ルウィエラはレウィナが良く行っていた街を見てみたいのだと連れて行ってもらったのだ。



今日はいつも配達を頼んでいるパン屋と魔草の入荷状況を確かめるために訪れた。



転移ならばあっという間なのだが、ルウィエラは体力をつける為に最近始めた体術を併せて道中を修行のように活用している。


体術は魔術の応用版のようなものだ。



魔術は魔力と魔法に技巧を重ねて練り上げて外側に作っていくものだが、体術は必要な魔力と魔法を組み合わせて、体を瞬間的に上昇させたい部位に上手く組み込んでいく。

上手く操作できるようになれば早く走れることも、高く飛ぶこともできるようになり、時間も増やせていけるだろう。


ただ、一時的な能力なので、元の体力と筋力が上がるわけではない。騎士など戦いに長けた者ならば、必要な術の一つだが、ルウィエラは戦いに適した状態にしたいわけではないので、この体術はあくまでも有事の際などで使うこととして、普段はなるべく本来の体力つくりも兼ねて歩いたり運動したりしているのだ。



歩きながら体術の練習、それに錬金の復習など頭に思い浮かべながら森を歩いていく。




このグエタの森はキックリしか住んでいない。


キックリに聞く所に寄ると、この森は治外法権の特権を持つ場所なのだそうだ。

世界各地には数か所の治外法権地区があるらしい。


それらの場所は国や人間、人ならざる者が決めた訳ではなく、恐らくその土地を守護する『何か』ということらしい。らしい、というのはそれについての確かな情報がないのだ。



キックリはグエタの森に選ばれた者ということになるのだが、どういう経緯なのかは誓約があって言えないのだと教えてくれた。


どういう条件なのかは不明だが、治外法権地区に迎えられた者以外は通り抜けやただの観光、魔草などの採取などは問題なくできるのだが、勝手に住み着いたり、森に繁殖している生き物や植物を乱獲したり、悪しき思考を持って入ったり、選ばれた者への悪意が在る者などは弾き出されたり、数日間出れずに彷徨ってしまったりするらしい。





ナラルカまでは普通に歩いたら一刻半はかかるが、ルウィエラは時折体術を練習がてら使い、一刻程で街についた。



ナラルカはフルナーレほど規模は広くないが、殆どの買い物がここで済ませられてしまう位には大きな街だ。




ルウィエラは先ず、魔草屋に向かった。


扉を開けるとジリリリとベルのような音が店の奥に響いて、中の店員が気付く仕組みだ。

そして奥からのっそりと背の高い男性が出てきた。



「ああ、キックリさんとこの嬢ちゃんか。今日は新しく入荷した魔草でも確認しに来たのかい?」

「ガイロさん、こんにちは。はい、入荷情報と毒消し作用の魔草がグエタには今あまり生えていなくて、店に足りなくなってきたのでそれもと師匠から言われました。」



奥から出てきたのは無精髭にぼさぼさのシーグリーンの髪を一纏めに適当に結んでいるガイロだ。パッと見た目はだらしなさそうにみえるのだが、はっとする濃い山吹色で少し垂れ目がちな瞳が魅力的で身なりを整えれば素敵に違いないだろう色香漂う壮年な様相の店主だ。



「あー…グエタは今の季節毒消し系はあまり穫れないもんなぁ。丁度先日他から入手してるよ。」



そう言いながらカウンターにある回転する椅子にだらしなく座りながらくるっと回って戸棚の一つを開ける。



「ありがとうございます。それを20本あればください。それとこの辺りでは穫れない魔草は入手されていますか?」

「二種類あるぞ。痺れ毒状態に効く魔草と腹痛用の魔草だな。作る濃度にも寄るが、普通の効果ならどちらも一本で五瓶は作れる優れものだ。」

「あ、腹痛用は師匠があったら買っておけと言われたので、取り敢えず十本。それと痺れ毒は痺れを施すのと治す両方に使えますよね?」

「ああ。治す方が倍の数はいるがな。」

「ではそれは私が買います。四本下さい。」



ガイロはそれぞれの魔草を状態保存袋に入れて外側に魔草の名前をさらさらと記してくれた。



「痺れ毒の方は嬢ちゃんの錬金の練習にでも使うのか?」

「はい。痺れ本来の二種類の錬金手法と、もう一つは予防できるものを。美味しく錬金してみたいのです。」

「……ん?美味しく?」

「薬は殆どが液体や粉ですが、美味しく摂取できるものが作れればいいなと。この前師匠が出掛けて買ってきてくれた錠菓がとても清涼感があって美味しかったのです。それで思いつきました。」

「へえ。面白いこと考えるねぇ。確かに薬は物によっては苦かったり渋かったりするもんな。手軽に口に放り込めるのはいいねぇ。」



ガイロは片眉を上げながら面白そうな顔をして唇の端を上げた。



「あと、一人で採取できる許可をもらったので、魔草が採れた時は引き取りよろしくお願いします。」

「大量に在庫にあるもの以外は買い取りさせてもらうさ。良品を頼むよ。」

「頑張ります。ではお邪魔しました。」

「ああ、またな。毎度。」





ルウィエラは魔草屋から出て、次にパン屋に向かった。



「こんにちは。クロワッサンとデニッシュパンと蒸しパンくださいな。あとこの前食べてとても美味しかった捻り揚げパンは食べながら帰りたいのでそのままで。」

「あら、いらっしゃい。エルちゃんが来てくれるようになってから配達をする回数が減ってうちの息子が喜んでいたわ。」

「そういえば、この前もロールパンの巻きが足りないとか言ってましたよね。美味しいなら良いのにと思ってしまいますが、師匠は拘りがあるそうで。」

「ははは!そのおかげでうちの旦那が成形する時、より形の良いものをって初心に戻って気合いを入れ直していたから、良い薬だったよ。味は勿論だけど、見た目も大事なのは確かだね。」

「それなら良かったです。」



そういってパン屋のおかみさんは注文したパンを手際よく袋詰していく。


捻り揚げパンは前回キックリと来た時に、丁度揚げたての時間だったのでキックリが食べさせてくれた。からっと上げた小さめの捻りパンにたっぷりのグラニュー糖をまぶしてある罪深いパンだ。それをすぐ食べれるようにポケット型の耐油紙に入れて渡してくれる。



「ありがとうございます。今日もこのパンを食べながら帰れるのを楽しみにしていたんです。」

「あらあら、ありがとねぇ。――――そういえば昔にもね、あなたのように食べながらの帰り道が楽しみだって言ってくれるお嬢さんがいたわ。今どうしているかしらねぇ。」

「―――きっとその人も食べながら幸せになれる時間を、とても楽しみにしていたと思いますよ。」

「そうだといいわ。何かあなたに少し似ていたような気がするのよね。もう十年以上も前の話なんだけどね。揚げドーナッツが大好きでいつも買っていたのよ。」

「!…今度その揚げドーナッツも食べてみたいので挑戦します。」

「あら、本当?揚げパン同様にからっと揚げてあってしっかり甘味もあって美味しい筈よ!このくらいの時間に再度揚げることが多いから、揚げたてが良かったらその時間にね。」

「はい、覚えておきます。」




パン屋のおかみさんに挨拶をして、他のパンは亜空間収納に仕舞い、揚げパンを手に持ちながら帰路につく。



生きていた頃のレウィナを知っている人がこの街にはまだ何人かいるらしい。

キックリとこの街に来るにあたり、ルウィエラがレウィナの娘だということは話さないことに決めた。どうしてると聞かれても答えられないし、それを話しても生まれるのは懐かしさよりも悲しみの方が比率が高い。



ルウィエラは心に少しの切なさと、その頃のレウィナを覚えていてくれて、揚げドーナッツのことを教えてくれたおかみさんに嬉しさが募る。


ちょうど揚げたてだった捻り揚げパンをもぐ、と一口食べる。


まだ温かい揚げパンにシャリシャリのグラニュー糖の甘味が広がり噛むと口の中に揚げパンの香ばしさと僅かな塩味が良く合うのだ。砂糖を溢さないように耐油紙の中に落としていき、紙の中に落ちたグラニュー糖を再度パンに付けて余りなく食べるのがこのパンの最も美味しい食べ方のルウィエラ式お作法なのだ。




最後の一口までグラニュー糖をしっかり付けて揚げパンを制覇したルウィエラが薬屋の扉を開ける。



「ただ今戻りました。お婆、捻り揚げパンの捻られた理由はきっとその捻り部分に沢山の砂糖が侵入できる為だとの考えに至りました。」

「開口一番に言う言葉がそれかい。あんたに客だよ。」

「お客?」



カウンター椅子に座っていたキックリは、帰宅早々にあの捻りパンの尊さについて語ったルウィエラに呆れ顔になりながらもカウンター横にあるテーブルに顎をしゃくった。




そちらを見ると素朴なテーブルに似つかわしくない人物が優雅に座ってこちらを見つめていた。







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