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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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『タチアナ2』






タチアナとオーリスの子供、シェリルはすくすくと育ち、オーリスに目元が似た可愛い子供に育っていった。庭園に散歩に出るようになってから、遠くに見える離れのことをシェリルがいつも聞いてくるので、「悪い女がお父様を騙して、お母様をとても苦しめたの。その女は死んでしまったけど子供はそこで一生償いながら生きていかなければならない哀れな子なのよ」と仕方なく教えてあげた。


そしてその夜に、またあの忌々しい女を思い出させた罰を、あの子供は受けるべきだと、護衛騎士と共に離れを訪れた。


シェリルと数日しか変わらないのにひと回り小さい痩せっぽちの無表情の子供。


その原因は勿論今の環境にあるのだが、タチアナには都合の悪いことは当然頭から全て除外される。


それでも紫が混ざった真っ黒な髪と黒い瞳はあの女を彷彿とさせ、憤りが湧き出てくる。

始めは勝手に外に出たと称して躾として髪を掴み離れまで戻して叩いたり蹴ったりしていた。


始めこそ今迄にない痛みと恐怖にぐずぐず泣いていたが、そのうち全く泣かなくなり、叩こうと手を振りかぶっても、あまり怯える様子すらないその態度が余計腹立たしく、どうすれば泣いて許しを請うのかと、ある時、鞭を持ち出して背中を何度も打った。


流石に始めての壮絶な痛さから涙を流していて、とても晴れやかな気持ちにはなったが、次の時はもう涙だけでなく表情すら動かなくなっていて、それに苛ついて倍以上の数を打ってやった。




それが数年続いていたある日のこと、シェリルが外に出た罰を与えたというので沢山褒めてあげてから、夜にあの子供の元へ行った。


離れに居なかったので、わざわざ井戸まで出向いてやり、あまりに小汚い髪を同行させた騎士に整えさせ、離れで久々に鞭を撓らせた。


シェリルが魔法で与えた火傷痕に敢えて的を絞り、打つ度に痛みで固まる子供の態度に歪んだ快感を覚えて、つい手が痛くなるまでやり過ぎてしまった。

飛んだ血がお気に入りのミントグリーンのドレスについてしまったので捨てさせた。汚させたお返しは次回にとっておこうと思った。




シェリルも幼女から少女になり、夜会やお茶会でも人気があると聞けば、タチアナは自分の育て方に間違いはなかったと自画自賛した。


その頃から、何故かシェリルは仕事中毒だったオーリスと良く一緒に居ることが多くなり、その流れでタチアナも共に行動するようになっていた。

タチアナは離れに不要な人間はいるが、ようやく本来の幸せを掴めたのだと喜びを噛み締めていた。




そしてシェリルが13歳を迎えた頃、またもや素晴らしい親孝行を成し遂げた。


なんと我が国の筆頭相談役である人外者の魔絆の相手だということが判明して、私とシェリルは狂喜乱舞した。何故かオーリスは呆然としていたが、あまりに感動して呆けてしまったのだろう。






そして婚約式当日、王宮の一室で婚約式を行うという名誉ある快挙に興奮しながら、あと半刻程で始まろうとしていたその時だった。



貴賓室に夥しい魔力の渦が顕現した。

普段は殆ど気付かない魔力の少ないタチアナですらも認識できる程で、それが真っ先にシェリルに向かって覆ったのだ。


シェリルの絶叫が響いて我が子の元に駆け寄ろうとした矢先、その悍ましい魔力が今度は四方八方に拡散してその一つが、タチアナに目掛けて襲ってきたのだ。

それを避ける術は無く、おどろしい魔力の塊がタチアナを覆い、身体の中の中心部分に纏わりつく感覚に襲われた。






アグランド伯爵が新たに華々しい日を飾る筈であったその日から一転して、そこからは急転直下の如く地獄の日々だった。


誰かに文句を言う度に、誰かに嫌味を言う度に、誰かに怒鳴る度に、そして一人で愚痴を呟いた時や心の中で悪態を吐いた時でさえ、元々魔力器が小さいタチアナの魔力がごっそり抜け落ちて壮絶な苦痛が襲った。



(なんでこんな目に遭わなければならないのよ!私達家族が幸せになるはずだったのに!)




国から連日来る者達から聞いた話では、シェリルがあの子供に魔呪道具を使用して魔力を奪い続けていたことと、オーリスが数々の魔呪道具を所持、そしてなんと父親の男爵までもがその道具に関する一端に絡んでいたのだ。


そしてあの子供がいつの間にか色々と知識を学んでいたらしく、魔呪道具を破壊してあの離れを吹き飛ばし、忽然と消えたというのだ。


そして何故かあの女と子供の名前が思い出せなくなっていた。



(あんな忌み嫌われた悪女の子供の魔力を奪って何が悪いの!?サリトリー様にはあんな子供よりシェリルの方が相応しいに決まっているのに!)



そう思う度に体中に激痛が奔り、心身共に憔悴しきっていたある日、使いの者の一人がタチアナに話し掛けた。



「恐らくこの呪い返しの一つの作用は邪な考えを持った時に発動するようになっているようです。貴女は誰よりも苦しんでいますが、それが貴女の通常仕様ならば救いようがない。」



と宣ったのだ。人を蔑むような視線に怒りが湧いた途端、またもや激痛に襲われる。そんな姿をみて、その使いの者はやれやれと言うように肩を諫めて去っていった。



そんな状態が続きひと月経った頃、王宮に呼び出された。


謁見室に入ると、なんとあの子供が小綺麗なローブを着て立っているではないか。



「この疫病神が…ぐ!うぅ…」



思わず怒鳴った瞬間、またもや耐え難い苦痛が迸り、衛兵に引き摺られるようにして謁見室の前まで連れて行かれる。


そこでわかったことは、あの子供はオーリスとあの女の子供ではなかったことだ。そしてあの女には伴侶がいて、オーリスによって拉致され監禁されていたというのだ。そしてあの子供がオーリスに向かって、あの女はただの一度もオーリスを愛したことはなく、心の底から嫌っていたようだったと。



それから、あの子供と一緒に居た老婆に不言の魔術を施されて、何も喋られなくなったタチアナの前にあの子供が立ち、睥睨してきた。


ただ、その眼差しには今迄の諦めのような生気のない目ではなく、意志の通った恐ろしく苛烈な視線で、タチアナはそんな子供らしくない目にぞっと怖気立った。


腸煮えくり返る言葉を浴びせられ、術をかけられていなかったら、これでもかと暴言を浴びせてやるのにと、ぎりぎり歯を食い縛っていると、とんでもない言葉が投下された。



「だからといって、自分の魔力器が小さいことと、自分の夫が振り向いてくれないからといって、恨み辛みの為に魔呪道具の指輪を使って魔力を奪い取るのは、やり過ぎなのではないでしょうか。」



その言葉にタチアナは総毛立った。



何故そのことを知っているのか。



そのことは内密にと父親の男爵以外知らなかったことで、使用した後はすぐ男爵に返し、何も証拠は残していないはずなのにと、タチアナは愕然として、いつの間にか勝手に身体が震えだしていた。



「そのおかげで魔力が少ない貴女は産後も健やかに過ごしたようですが、そのせいで私の母は魔力が足りず、この世を去る事になりました。貴女の思い通りになりましたか?でも私が無事に生まれてしまった為に、今度はその怒りをお得意の鞭を使って私を甚振ることで発散してきたのですよね?」



平淡な視線で話し続ける子供の暴露話に、タチアナは顔面蒼白となった。


そして横では「お…まえまさ…か…。」とオーリスが絶望と蔑む声音で呟いている。子供がまだ何か言っていたが、タチアナは即座に全てから遮断するかのように耳を塞いだ。



その間、シェリルの悲鳴が聞こえたような気がするが、タチアナはそれどころではない。


オーリスにばれた。

ばれてしまった。

どうやって取り繕うかと必死に頭を動かしている間にあの子供は去ったようだった。




それに代わり、今度はあの老婆が前に出てきた。


杖を持ち、目の前の老婆が恐ろしい程に美しく、同時に余りにも禍々しくも見える姿に変え、その直後にタチアナ達の居る床の真下から、夥しい魔力が噴き出してタチアナ達を取り囲んだ。

魔力が吹き荒ぶ轟音に加えてやけに優しく悍ましい声色が耳元の側で囁くように口ずさむ。



《――――――――私の可愛い弟子の一人に止めを刺したタチアナには、その姿形を悍ましい異形に変え、且つ常時お前が何より許し難い記憶を呼び起こさせる呪いを。―――――――》



あまりに静かな声の中に燻って冷めることのない憤怒の籠もった声にタチアナは総毛立ち絶叫したが、声は出ないままだ。

そのまま気を失ったのか、起きた時には謁見室には何かの姿に変えたであろう老婆は居なくなっていた。


あの耳元での恐ろしい声色を思い出しガタガタと震えが止まらず、ようやく落ち着いて周りを伺うと、タチアナを見た全員が化け物でも見るかのように顔を歪めるのだ。



失礼な人達だと思い、冷や汗を拭おうと手を持ち上げ、凍りついた。



その手はいつも手入れしていた綺麗な白い手ではなく、焼け爛れたような赤黒く醜い色合いで、歪な凹凸が手に拡がっている。


そしてまさかと思い頬に触れると今までにはなかったぼこぼことした感触が顔中にあるではないか。


愛するオーリスの方を見ると、目を見開いていて「ば、化け物」と呟いた。


それで自分の姿がどうなっているかを予想できたタチアナは絶叫した。





そしてその日から生地獄のような生活が待っていた。


実家の男爵家は取り潰しになった。


魔呪道具始め、それに似た道具を魔術師と共に作って売り捌いていたのだ。

莫大な財産は没収され、父は公開処刑された。





今日も何か思う度に身体が引き絞れるような激痛が走り、世話するものは表情を歪めながら嫌々な態度を改めることもなく、中には直視しない者までいた。


タチアナの専属侍女は辞したそうで、今ではルーシーが掛け持ちしている。



そしてあれからオーリスは一度たりとも会ってくれなくなった。扉から声を掛けても「寄るな、化け物!人殺しが!!!―――ぐぁぁ…!!」と叫ばれるだけ。


シェリルに会った時、彼女はタチアナの顔を見て、「あら、お母様。随分醜くなられて。」と顔半分から腕までに蔦模様を纏わせてにこやかに笑う姿をみて我が娘は狂っていると初めて感じた。



従順だった護衛騎士のケビーに何とか元に戻す術を頼んだら、何も感情のない目で返事を寄越してきた。



「奥様、いい加減ご自分の今までなさった数々のことを振り返ってみては?忘れてしまっているようですが、あの子供の母親には伴侶がいたのです。そしてその伴侶が誰よりも憎むのはあなたと旦那様ですよ。今後更に報復が上乗せされる可能性もある。覚悟なさった方が宜しいでしょう。」



と今までにない冷たい声で放ち去って行った。






今よりも更に酷くなる?



これ以上?



何故?



何故こんなことに?



私はただ、オーリスに愛されたくて



それにはあの女が邪魔で



あれ?



でもあの女には伴侶がいるのよね?



それならオーリスが悪いの?






彼が悪いなら何故皆が蔑んだ目で私を見るの?





私は何も悪くないのに





欲しいものを望んだだけなのに







私は悪く……ない―――はず











私は―――――――――――――――――――










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