至福と寛ぎの時間
帰りはルウィエラ自身で転移を踏んで無事に薬屋に戻ってこられた。
感覚を掴んだので、今後は行動範囲も拡がりそうだ。
キックリは「久々に魔力を使ったねぇ。たまにはやっておかないと腕が鈍ってしまいそうだよ」と言っていたが、一体どれだけのことをしたのかは気になったが、必要なことなら教えてくれるだろうと敢えてこちらからは聞かなかった。
ルウィエラが着替えている間にキックリが紅茶を入れてくれていたので、テーブルの上に置いてあった限定チーズケーキの箱を開け、皿に取り分けた。
袋に入っていたフルーツケーキも出して、出かける前に配達されてきたパンも置き、準備万端でルウィエラは下唇をもぐもぐ動かしながら座った。
「ではお婆、いただきましょう。」
「ああ、これ食べるのはどのくらいぶりだったかねぇ。」
朱色の細やかな縁取りのあるケーキ皿に取り分けられたふんわりチーズケーキに、いざ尋常に、と掛け声をかけながらフォークを持つ姿にキックリが「一騎打ちか」と突っ込みが入る。
外側の焼き色部分は絶妙な黄金色でカリッとしているのに、力を入れることもなくサクッとフォークが入っていった。一欠片を口に含むと焼き目の香ばしい匂いがふわっと立ち昇った直後、口の中で濃厚なクリームチーズと酸味のあるサワークリームの味わいが混ざりふわしゅわっと蕩けてあっという間になくなってしまった。
「……美味しいです、凄く。焼き目の所もさくしゅわっと消えました…」
「ああ、これは相変わらず美味いもんだね。食べごたえのあるベイクドチーズケーキもあの店にあるんだが、久々にあの店に行ったから今日はこっちが食べたい気分だったんだよ。」
「どっしりみっしりなチーズケーキ…」
「開店当初からの不動の上位だね。今度食べて見ると良い。」
「はい……これだけふわっと溶けて失くなってしまうので、少し大きさがあるくらいが丁度いいですね。」
「そうだね。普通のケーキくらいの大きさじゃ、二個は食べないと満足できないだろうよ。」
それから二人は殆ど無言でふんわりチーズケーキを堪能した。
「少しフォークを動かしただけであっという間に無くなってしまいました…二個目もいけそうでした。まだ足りません。」
「はは、あんたは細っこいのに良く食べるようになったからねぇ。それなのに魔力を上手く循環させているからか、太らないし元々太りにくい体質なのかもしれないね。フルーツケーキを買っておいて良かったじゃないか。」
「はい。今一つ食べて、もう一つは明日以降楽しみに食べることにします。お婆も今食べるのですか?」
「いや、私は明日以降にしよう。ラム酒が濃い方は数日経った方がより旨味が染みて美味いんだ。」
「そうなんですね。」
ルウィエラはフルーツケーキを手に取りパッケージを開ける。バターの濃厚な風味とラム酒の芳醇な柔らかい匂いが漂った。そのまま手に持って食べれる物だが、今日は、もう一つ用意してあったお皿に置いてフォークで一口大にカットしてパクっと口に入れた。
「!」
少し焦がしたバターの漂う匂いとコクのあるギュッと詰まった生地に、浅めに漬かったラム酒の効果で旨味の増したドライフルーツが噛めば噛むほど味が滲み出て口の中に広がる。
「お婆……これは至上………口の中まで宝箱……」
「ははは!そりゃ良かったねぇ。これから沢山好物を作っていきな。食べ物だけじゃなくて色々な好きなものがこれからは選び放題だ。」
そう言いながら、配達されたクロワッサンを食べているキックリをルウィエラは見つめる。快活に笑っている表情の中にとても優しい目が垣間見えて、なんだか心がもぞもぞしてくる。
「ベルガントも言っていたが、目の表情が少し分かりやすくなったね。他の奴等には解らないくらいだがね。」
「そうですか?」
「ああ、ここにきた当初は少し瞬きが多くなっている位だったが、今は目に何かしらの感情が見えるようになったんじゃないかね。」
「そうなんですね。」
瞬きでその時の感情が動いているなんて全然気付かなかったが、キックリは普段から無表情なルウィエラなりの表情の微かな動きを見ていてくれたのだと思うと、またもぞもぞと心が僅かに動く。
そして宝物のようなフルーツケーキを堪能しながら食べ終え、紅茶をお代わりしながら謁見の話に移っていった。
「まあ、今後はある程度好きにできるよ。私もちょっと脅…注意喚起しておいたからね。時折だが、巡回な感じで見張られることはあるかもしれないが、あんたに何かしようって奴はいないよ。今までできなかったことをやりたい順でやってみな。」
「はい、心遣いと配慮をありがとうございます。当面はディサイル国で、国自体が大きいので学び選ぶには事足りそうです。先ずはお婆の薬の魔草探しがしたいです。ここで見られるものと実際に生えているのは、また勝手が違うと思うので。後は図書館でもっと色々調べてみたいですね。」
謁見の日まで外出を控えていたルウィエラは、井戸の雑草以外に生えている魔草を見たことがない。まだまだ学ぶことは沢山あるのだ。そして図書館にはどれくらいの広さで、どれだけの蔵書があるのだろう。
「だいぶ体力もついてきたからね。魔草探しも始めてみようかね。それと店頭にも少しずつ出てみるかい?」
「はい―――あ、そういえば謁見後に廊下でセルさんに会いました。」
「……セル?誰だいそれは。」
「国の筆頭相談役様です。あの後、魔絆のことで私に一言物申したいねちねちした彼の執事さんに会いまして、その時に。」
「ねちねち?……それよりも何故サリトリーでなくその名前を?」
「さあ、何故でしょう。私の今後を聞かれたので、暫くはお婆の元にいるのと薬屋の手伝いをと話したら薬屋に依頼をしたかったようで、セルさんが直接出向くと言っていました。その際、何度かのお前呼びが気に触ったので、そのことを言ったら自分もその名前で呼べと。」
「………気に触った……そうかい。あの男がねぇ。」
「その名前で呼ばない方がいいですか?」
「いや、本人が望んでその名前を出したなら問題はないよ。まあ釘は刺したからね、馬鹿なことはしないだろうよ。」
「わかりました。」
キックリが少し考え込む仕草をしたが反対はしなかったので大丈夫なのだろう。
紅茶を飲み終え、ケーキ二つをお腹に納めたルウィエラはお腹も心もほこほこだ。
毎日ではなくても、これからはこういう事が少しずつ増えていくのかと思うと心がほわっと温まった気がした。
「まだ陽が暮れて夕食…チーズリゾットまでは時間があるので、お婆の予定が大丈夫でしたら魔草の生えている場所を、グエタの森周辺から教えてもらってもいいですか?」
「今晩のメニューを何さらっと確定させているんだい。それなら具沢山のミネストローネをあんたが作ることが条件になるよ。今回はベーコンだよ。カリッとなるまで炒めてからスープにいれるんだ。」
「望むところです。そのメニューならば、お婆の林檎シャーベットを食後の一時に添えたら完璧ですからね。」
「なんでもう一品増やした。」
その後、キックリから手始めにグエタの森周辺の魔草の分布図を見せてもらい、自分で作った魔草メモとは別に分布図専用のメモを作成した。
基本頭の中で並べ立てて覚えておくが、どうしても見逃すことはあるだろう時に確認できて手元に残っている方がいい。
今日も美味しい夕食をキックリと共にして、湯上がりでほかほかになったルウィエラは、自室で冷たいアリームイのストレートティーを飲みながら、二冊の魔草関連のメモを出して復習していた。
少し眠気が強くなってきたので、メモを首元にある自分の髪で紡いだ濃紫と黒線状の魔石のペンダントの亜空間収納へ仕舞って、ベッドに入り今日の出来事を振り返る。
(そう言えば……謁見室での少し気難しい様子のセルさんも、廊下で会ったセルさんも、特に関心は無かったけど、嫌悪感も湧かなかった。見下す表情をしていなかったからなのだろうか。)
初めての邂逅から考えると不快感があってもいいものではと思わなくもなかったが、特に嫌悪感など感じなかったルウィエラは、魔絆の繋がりはあっても無くても一緒だったのか、なんてことを考えながらベッドの端っこでぬくぬくしながら丸くなって眠りについた
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