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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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『ルーシーとケビー1』


『 』は主人公以外の別視点からのお話となります






晴れやかな青空と過ごしやすい気候の今の季節は散歩日和には丁度良い。



そんな今日もアグランド家では諸所から呻く声や悲鳴が聞こえる。



そして二階のアグランド一家の各部屋からは暴れまわる音と何かを壊す破壊音、そして絶叫や何か恐ろしいものを見た時の恐れるような喉から迸る悲鳴が轟く。


逃げたくてもこの屋敷からは誰一人退くことはできない。



正に毎日が地獄絵図のようだ。




ルーシーは溜め息を飲み込み、最初にタチアナの部屋へ赴く。


タチアナにも勿論専属侍女はいたのだが、あまりに変貌してしまったタチアナの風貌と癇癪に耐えられず、下位の洗濯メイドの方がましだと役目を降りてしまい、他の誰もが一日たりとももたなかったので、仕方なくルーシーが二人分担っている。その分新しい執事が賃金を倍にしてくれた。



(賃金が増えた所で仕入れに使う一番近い街以外はどこにも行けない。その分実家への仕送りはできるけど)



そう考えながらタチアナの部屋の前に立ち、ノックをするが返事はない。



「奥様、おはようございます。朝の洗顔と朝食の準備が整いました。」



中からは返事は聞こえないが、唸る怨嗟のような声は聞こえてはくる。溜め息を再度つきたいのをもう一度飲み込み、「入りますよ」と声をかけて入室する。



中はありとあらゆるものが散乱していて、またこの後で片付けなければと思うと辟易してしまう。



ソファにあるクッションがぼろぼろなのはタチアナが何度も何度も叩きつけているからで、その度に呪いが発動して魔力が削られているらしく、起きては伏しの繰り返しだ。


懲りない方だ、と思いながらも側に近づくと、寝間着も乱れまくったタチアナがルーシーに気付きぎょろりと視線が向いた。


未だに慣れない、爛れたような肌と凹凸ができた醜い顔に僅かに眉を顰めてしまうと、タチアナは更に目を見開き「お前如きがそんな目つ―――っがっ!」と喚いた直後にまた枯渇状態になり蹲った。


自分の顔を見た相手の表情が気に食わないのだろうが、そろそろ慣れてほしいと思いながら、ルーシーは国から支給された手首にピッタリと填まっている細い腕輪に触れながら声をかける。



「奥様、朝のお支度のお時間ですので、お静かに願います。」

「ううぅぅ…ぐっ…ぅぅ…」



すると、タチアナは目を瞠り、身体を弛緩させた。



この腕輪は呪い返しと報復を受けたアグランド一家三人対し、世話をする際に普通に対応できない状況になるだろうことを見越して、関わりや世話を中心に受け持つ者に限り、彼等に操縦の魔術をかけられるようにした腕輪なのだ。勿論これを悪しきことに使おうものなら本人が枯渇状態になることは必至だ。



「奥様、お顔を拭きますよ。それと着替えもしましょう。」



そう言って後方を見て合図をすると怯えた様子のメイド三人が入ってきた。

施された魔術によってもう暴れることはないのだと分かってはいるのだろうが、直前のタチアナの行動にどうしても萎縮してしまうらしい。



きめ細やかだった肌は見る影もなく、醜くなってしまった顔や身体を彼女たちは恐る恐る拭いていく。


そして艶の無くなったダークブロンドの髪を梳かし、軽く結いて服も着替えさせる。その間、時折唸る声がする度にメイドはビクリとするが、「いい加減慣れなさい」と諭してルーシーはメイドと共にてきぱき朝の支度を熟していく。


そして椅子に座ってもらい、口を開けてもらって食事をしてもらう。



(まるで介護だわ。)



本来の介護よりは本人が動いてくれるので体力的には楽だが、初めの数週間はルーシーも自分への呪いとの兼ね合いが上手く管理できず、心身削られていた。


とはいえ、人間と言うものは順応していくもので、今ではある程度この家の主人達に説明しながら強行していく精神はついてきた。



「では奥様少々ベッドに横になっておやすみください。」



そう言って、メイド達と共に辞する。



操縦魔術には制限時間が設けられているので、あと半刻ほどで解かれるだろう。


タチアナは毎度懲りないのか同じことを繰り返している。元々尊大な態度をとることがあった女主人だったので、ルーシーはシェリルに専属に決まった時は安堵したものだ。

――――――今となってはとてもではないが、そう思えなくなっているが。




次にルーシーはシェリルの元へ向かう。


扉をノックして声をかける。

応答はなく中では何やらぶつぶつ呟いている声が聞こえてきて、こちらもまたかと思いながら、声をかけて扉を開ける。


タチアナの部屋とは違い、部屋が荒れた様子は()()()ない。シェリルは等身大の大きな鏡の前で「今日も素敵ね……私は良い子」と呪文のように繰り返している。


落ち着いている今のうちに済ませてしまおうと、ルーシーは「シェリルお嬢様、朝のお支度をしましょう」と声をかけ、メイドと共に動き始める。



「あら、ルーシーおはよう!ねえ聞いて。今日もまだ魔力が戻らないのよね。あの子はいつ反省して戻ってくるのかしらね。」



今朝も同じ言葉を紡ぐシェリルは、鏡を見つめ悍ましい蔦模様が這っている顔半分に触れながら言う。それに対しルーシーは淡々とした口調で返す。



「一生ありませんよ、お嬢様。」

「え?なんで?だってあの子は悪……―――うぅぅぅぅぅああぅぅぅ!!!!」



シェリルは意味わからないという風に首を傾げた直後、目と口を見開いて苦しみ始めた。ルーシーはまたもや溜め息を飲み込みつつ、メイドに顔を拭く為の盥のお湯を変えてくるように言いつける。


鏡の前でのたうち回るシェリルだが、今日はまだ良い方だ。

タイミングが悪い時は頭の中に何かの記憶が蘇るらしく、その時の暴れっぷりは最早自傷行為に等しい程だ。その時に身体を傷付けてしまうこともあるが、呪いの発動で暫くすると治癒されるという最悪の循環になっている。



腕輪の機能を発動させてようやく静かになったので、支度を淡々と熟していく。先程の暴れたことは既に無いことになっているのか、シェリルは「今日は髪を編み込んでくれる?」と邪気のない顔で言う。ルーシーは抑揚のない声で「ではそうしましょう。」と答え、やるべきことを成して部屋を出た。




(いつからこの屈託のない無邪気な笑顔が不気味と思うようになったのだろう。)



もしもっと早くに、この違和感を重く受け止めて、何か行動していればと悔やんでも悔やみきれない。

今更なことは分かっているが、時々どうしても『たられば』を考えてしまう。



ようやく朝のひと仕事を終え、ここでようやく溜め息を一つ吐く。



「ルーシー」



呼ばれた声の方向に顔を向けると、そこには数年前に夫となった護衛騎士兼執事補佐がいた。



「ケビー。今日の一日の段取りは新しい執事と滞りなく済んだ?」

「ああ、ジャコビーと打ち合わせをする度に、前執事が本来の仕事をどれだけ怠けて金の亡者と成り果てていたのかを実感するよ。」



廊下を歩きながらケビーが現執事の名前を出しながら困ったように微笑む。




あの婚約式の日から、国からの使いの者が連日大勢の騎士と調査員を伴って訪れていた。


そこで明らかにされたのは、アグランド家当主が魔呪道具を保持し、娘がその魔呪道具を使用していたということだった。


アグランド当主に至っては、魔呪道具を取り憑かれたように蒐集していたらしい。しかもあの子供の母親にもその魔呪道具を使っていたという驚愕の事実も教えられた。

更には、それらと併せてオーリスには他にも悪事に手を染めていたことが後の調査で解った。


そして侍女長と執事に関しては、魔呪道具の存在も知っていて、尚且つ悪事にも加担していており、それのおこぼれを与っていたとのことだ。

なんとなく昔からきな臭い二人だと感じてはいたが、未だに苦しみ魘されていて、自分の部屋から殆ど出られずに使い物にならない状態である。


今ではルーシーが侍女長となり、執事補佐だったジャコビーが執事に昇格して取り仕切りながら、全体を見通せる能力に長けている、護衛筆頭騎士のケビーが執事補佐も兼ねて担っていた。



「そう。唯一の不幸中の幸いね」

「とりあえず、暫くは魔呪道具の入手ルートを突き止めることを最優先に始めて、他にも違法な商売の裏とりなどの書類や証拠を、調査員と連携とりながら屋敷全体を整えていく感じだな。それが終わったら領内の仕事を我々で細々とやっていくことになるだろう。ジャコビーはかなり辛辣にオーリス様に対応していたぞ。」




あの子供の呪い返しにより、現在誰一人悪事ができなくはなっているが、今度は誰もが先のない未来に絶望して何もしなくなっては困ると、今では週に一度、国からの監査が必ず入るようになっている。都度個別に面会のようなものを行い、誰一人その役目から逃げられないように徹底されていた。


始めこそ誰もがこんな境遇に何故自分も巻き込まれるのだと憤慨したが、どんなに怒っても喚いても、どうしようもないことだと理解せざるを得なく、考えを改める者が少しずつ増えて、これでも阿鼻叫喚の構図は減ったのだ。



それでも心がどこかで不条理だという気持ちも残り、時折枯渇状態になりながら、なかなかに過酷な日々を送っていたのだが、王宮に召喚された一家に付き添って行ったあの日、ルーシーは老婆と出会ってから、今まで心の底に淀んでいたものが少しだけ薄まったのだ。







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