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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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不躾な視線






謁見室から出て、少し歩き始めたところでルウィエラは心の中で溜め息をつく。



(やっぱり勘違いではなかったみたい。)



謁見室に入ってからは、その気配が無かったが、出てからまた不躾で悪意のある視線が刺さる。


一度止まってその視線を追ってみようかと考えたが、限定ふんわりチーズケーキと天秤に掛けるまでもなかったので、そのまま歩いていると斜め前の柱の近くからこちらに向かって歩いてきて、直ぐ側で止まった人物にルウィエラは足を止めざるを得なかった。



「貴女がサリトリー様の魔絆の真のお相手ですか。」



第一声から視線だけでない不躾な質問をした声の方に顔を向ける。



そこに居たのは本で見たような執事服を装った背の高い男性だった。


漆黒の燕尾服にダークグレーのベストとタイ、くすみがかかった紫の髪をきっちりとオールバックになでつけていて、前で組んでいる手には白い手袋をはめている。


人形のような整った顔と琥珀色の瞳でこちらを見下ろす男性は執事然と見せつつ軽視が滲む視線で、先程からのものと同一人物のようだ。


ルウィエラもデフォルトの無表情で対応する。



「どちら様でしょうか。」

「私の質問に答えなさい。」

「お答えする義理はありません、失礼致します。」



それだけを返し、ルウィエラは男性を避けて再び歩き出そうとするが、横を通り過ぎようとすると今度は肩を掴まれた。


刻一刻と限定チーズケーキの残数が減っているであろう時なのに、このタイミングでとルウィエラは更に能面のような表情になる。



「そのような態度は如何なものでしょう。」

「その言葉はそのままそちらにお返しします。」

「なんですって?」



その男性は僅かに片眉を動かしたのをみて、ルウィエラの感想は、あ、動くんだ、だったが、早く終わらせるべく言葉を返す。



「どれだけ高位の方かは存じ上げませんが、人間の地に足を着けている以上、特にここは王宮内です。人間の作法を最低限踏まえて関わるべきなのではないのでしょうか。」

「……」

「それに、先程私が謁見室に入る前にも視線を向けられていましたが、明らかに敵意に近い視線のお相手で、しかも名も名乗れない無作法な方に対し、何故こちらの事情をお話する必要があるのでしょう。」

「これはこれは―――何故私が人間ではないとお思いで?」

「人間にはない魔力の織と多さでしょうか。」

「!」

「あとはなんとなくです。」

「なるほど。レディ、不躾なお声掛けと許可なく肩に触れましたことお詫び申し上げます。大変失礼致しました。私はディサイル国筆頭相談役サリトリー様の執事をしております、ジラントルと申します。」



魔力の件で少し驚いた様子だったが、直ぐ様執事対応で胸元に手をあててジラントルは慇懃に一礼した。それでも軽視の眼差しは消えてはいない。



「エルと申します。」

「エル様ですか。では改めてお聞きしますが、貴女がサリトリー様の真のお相手なのでしょうか?」

「そうだったようですね。」

「そうですか。あの女性も魔力だけは潤沢だと思っていましたが、まさかの紛いものだったとは。欲望が尽きない人間の作る呪物というものは、いやはや悍ましいものです。それにしても『魔絆』という絆は我々からしても尊い奇跡のようなものだと認識はしているのですが、我が主に至っては、その後もこちらが心配になる程冷静に対応されていましたので、ひょっとすると主の魔絆は外れだったのではないかと思ってしまうくらいなのですよ。」



ジラントルは慇懃だが見下す態度を変えることなくこちらを品定めするような視線を寄越す。



「魔絆には当たり外れというものがあるのでしょうか?」

「さて、どうでしょうね。私は今までそのような話は聞いたことがございませんが、本来魔絆の相手を認識した場合の人ならざる者は、如何なる手段をもってしても成就させる行動を起こすと言われておりますね。ただ事例が豊富にあるわけではないので、その限りではないのかもしれません。」



ジラントルが言いたいことは、魔絆が顕現したことからのサリトリーの行動、態度から鑑みてルウィエラを残念な魔絆の相手だと示したいのだろうか。



「そうなのですね。」

「ええ。我が主は人間の国の相談役として、時に叡智や力を与えたりしてはおりますが、それに縛られることはございません。大地を司る魔種族の王でもあるので、普段から御自ら律しております。勿論魔絆のお相手が見つかり、慈しみ愛情を注がれるならば私共もこの上なく主の幸福を願うのですが、残念ながらそれは叶いそうにもないのですよ。」



遠回しにお前は主の関心も惹けない外れなのだからと牽制し続ける言葉に、ルウィエラは心の中で首を捻ってから、もしかしたらと気付いた。恐らくジラントルはサリトリーの魔絆の顛末を知らないのではないか。


とはいえ、ルウィエラは急いでいる所にこの嫌味配合の言い回しが、いい加減に煩わしくなってきてしまった。



「そうですか。」

「ですから今後も我が主に些事な煩わしい思いをさせないように取り計らうのが私のお役目でもありますので、こうしてお話をさせて頂いたのです。」

「煩わしい思いをしたのは私の方です。」



ルウィエラは真っ直ぐジラントルを見てはっきりと物申した。


人ならざる者というものは叡智や力を欲する人間に対して、誰もがこういう対応なのだろうか。必ずしもそういう人間だけとは限らないのに、彼等からすれば短命で脆弱な人間だからと一緒くたにしてしまうのだろうかと疑問に思った。だが人間と人外者では根本的な思考や価値観が違うとなるならば、それはそういうものなのだと飲み込むしかないのだろう。


ただ、この話題限定で言うならばルウィエラにとっては、こんな風に貶される筋合いはない。

誰が相手だとしてもだ。



よもやそんな返しがくるとは想像していなかったのか、ジラントルは僅かに目を瞠った。



「貴女が?煩わしい?」

「はい、この上なく。そして貴方のねちねちと回りくどい言い回しも併せて煩わしいです。」

「…ねちねち」

「お前は我が崇高な主には相応しくないから近寄るな、とでも端的に言ってくだされば良かったのです。そうすれば、私も端的に関わるつもりは砂粒ほどもありませんと返して話は終わったのですから。」



今迄矮小な人間からこんな物言いをされたことがなかったのか、ジラントルは唖然としている。


こちらとしても嫌味を交えた言葉には幼い頃から幾ら聞き慣れているのだとしても、気持ち良いものではない。それにチーズケーキを買いに行きたいのを留められていることが何より許し難い。



「それと聞き及んではいるかは存じませんが、私は魔絆砕きを施していますので今後筆頭相談役様とどうこうなることはありません。失礼します。」



ルウィエラは、ついに口を開けて呆然としているジラントルを避けて再び歩きだした。

しかし数歩歩いてから我に返ったらしいジラントルが再度ルウィエラの肩を掴んできた。




「……許可なく触れるのは無作法なのでは?」



僅かに眉を寄せて話しかけたが、ジラントルはそんなことに気にかけることすらないのか信じられないという表情で話し続ける。



「魔絆を砕いた…?人間風情が人ならざる者からの恩寵と幸運を自ら壊すとはなんて愚かな……」

「……………恩寵?幸運?」




ルウィエラの抑揚のない僅かに低くなった声にジラントルはハッとして見返してくる。



「その魔絆というものの為に、私は数年間、枯渇ぎりぎりまで常に魔力を吸い取られ続けていました。貴方の敬愛する主は私の魔力を纏っている者を魔絆の相手だと信じて選ばれましたし、私に対しては今の貴方のような蔑視の視線と言葉だけでした。それ以降は婚約式当日までお会いしたことは一度もありません。」



そう言いながらルウィエラは肩を掴む力が抜けたのをこれ幸いに後ろに一歩下がった。今度は手が追うことはなくジラントルは呆然としている。



「私にとって魔絆は恩寵でも幸運でもなく、煩わしいものでしかありませんでした。ですから断ち切ったのです。」




何一つ良いことなんてなかった。

母のように幸せを築く始点にすらならなかったのだ。




「っ…だからといって……!」

「やめろ、ジラントル。」




その時少し遠くで落ち着いた心地良い低音が聞こえた。




「…サリトリー様」



ジラントルが直ぐ様一礼したのを見てルウィエラが振り向くと、そこには美しく威厳を放つ人外者が立っていた。


紫を帯びるシルバーブロンドは窓のから入る陽の光で煌めきを放ち、静かな表情でルウィエラを見つめている。



「我が同胞が失礼した。」

「謝罪を受け取ります、では失礼致します。」



またここでやり取りして、ジラントルのような考えの人にあれこれ言われるのはもう面倒くさいなと思っていたルウィエラは、とりあえず受け入れてさっさと去ろうと身を翻そうとしたら、「お前は…」とサリトリーがまだ何か話そうとしたので若干いらっとしてきたが、なんとか踏み留まる。



「何でしょうか。」

「……お前は、この先この国に住まうのか?」

「取り敢えずは。」



ルウィエラは簡潔に答える。今後のことはこれから少しずつ考えていくが、そのことをわざわざサリトリーにいう必要はない。



「キックリの薬屋に居ると聞いたが、そこで働くのか?」

「取り敢えずは。」



同文の簡潔な返しに「なんて口を…」と呟く声が聞こえたが知ったことではない。

サリトリーは最小限の返答に特に不快にする様子もなく、何かを考える風に少し目線を下げ、再び上げてこちらを見据えた。



「…………………薬を依頼するには?」

「……はい?」



発せられた言葉の内容にルウィエラは思わず反射的に返してしまった。



「薬を依頼するには私がその店に行けばお前はいるのか?」

「薬の依頼ですか?来店すれば対応しますが、物によっては時間が掛かったり、お引き受けできかねるものもあります。…筆頭相談役様本人が来られるのでしょうか。」

「そうだ。」



そういうのは従事する者が代わりにやるのではと思ったが、人間と人外者はそのあたりは勝手が違うのだろうか。



「仕えている何方かではなく?」

「依頼する本人では駄目な理由でもあるのか?」

「いえ、ありませんが。」



自分で直接薬の内容を話したり見たりしないと気が済まないのだろうか、と思いながらルウィエラは首を傾げる。



「なら構わんな。」

「はあ、わかりました。ではこれで失礼致しま…あ、それと。」



なんだかよくわからないが、薬屋が儲かるのならいいのかなと、あとで一応キックリには報告しておこうと思い、去ろうとしたが、先程から気に入らないことがあったのでついでにいっておこうと口を開いた。



「お前呼びは止めて下さい。親しい方からなら構いませんが、そうでない方からは不愉快です。そして私には名前があります。それで呼べとは申しませんが、今後薬屋に来られることがあるならば、君か、薬屋の助手とでも呼んで下さい。」



そう言うとサリトリーは僅かに目を瞠り、後方からは「なんて口を…」と定型な言葉が聞こえてきた。



「…では名前は?」

「え?別に助手とかで――」

「名前だ。先程ジラントルにも教えていただろう。」

「……エルと申します。」



一体何時から聞き耳を立てていたのだろうと少しぞわっとしたが、ジラントルに答えていたのを聞いていたのなら知っているではないかと思いつつも、ルウィエラは一応名前を教えた。


サリトリーは名前を聞いてまた少し視線を下に向けたが、直ぐに戻して話す。



「………エル、か。―――分かった、次からその名で呼ぼう。私のことはセルと。」

「え、筆頭相談役様ではいけないのですか?それと名前が違いませんか?」

「エルと同じ理由だな。不愉快だからだ。様もいらん。それとサリトリーは通り名の一つだ。セルも似たようなものだ。」

「確かに二文字なので楽ですが……流石に後方の方から何を言われるかわかりませんし――」

「構わん。私が良いと言っている。」



そう言われても、取り敢えずこの国に居る限りは国王の覚えのめでたい人外者を呼び捨てにしようものなら、何を言われるかわかったものではない。特に側にいる執事はその筆頭だ。



「…ではセルさんで。」

「……それで手を打とう。」



何やら不服そうな声ではあるが、納得はしたようだ。しかし不服なのはこちらも同じなのだ。



「ではこれで失礼致します。」

「ああ。」



そう言ってルウィエラは身を翻すとジラントルが呆然とした表情でサリトリーを見ていたが、まあ名前呼びを主様に反対するなら自分抜きで好きにしてくれとさっさとその場を去った。





大幅にふんわりチーズケーキを入手する時間が遅れた為、城門を出るまでの歩行が競歩手前の早歩きになったのは最早必然である。









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