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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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最後の対面






謁見室に近衛兵が戻り、続いて衛兵がアグランド伯爵家の三名を連れてきたので、ルウィエラとキックリは一旦端に寄った。




アグランド伯爵家当主オーリスは悄然とした表情で、ルウィエラを視認すると目を見開いて口を開き何か言おうとしていたが声が出ないことに呆然としている。今更名前でも呼ぼうとでもしたのだろうか。



夫人のタチアナも窶れてはいたが、ルウィエラを認識するなり「この疫病神が…ぐ!うぅ…。」と罵った直後に蹲ってしまい、衛兵に腕を掴まれて引き摺られるように中央近くに連れてこられている。恐らく邪心により元より少ない魔力が消失したのだろう。



そして最後に見た幸福な微笑みとは一変して、風貌が一掃してしまったのではと思う位の艶の全くない薄茶色の髪に血行の良くない肌、濁ったような薄い青緑の瞳と、何よりも目立つのは顔半分と首元、そして恐らく左腕まで拡がっているであろうどす黒く悍ましい蔦模様を纏っているシェリルが入ってきた。


ルウィエラを見つけると、ふわっと満面の笑みを見せ「ああ、いたのね!良かったわ、何故か私の魔力が消えてしまったの。今まで何処にいたの?また罰を受けてしまうわよ?早く元通りになりたいのよ、よろしくね!」と変わらない通常仕様でルウィエラに話し掛けた。


アルノー始めツェクトや衛兵までがシェリルを訝しげに見る視線を向けているのだが、当の本人は相変わらずの安定具合だ。ある意味本物の強者だなとルウィエラは感心してしまう。


三人が間を開けて跪かせられ、後ろには二人ずつ兵を監視に付かせる。



「さて、アグランド伯爵家諸君。今日わざわざ来てもらったのは他でもない。こちらに居る少女に対する16年に亘る不遇の扱いと虐待と軟禁、それと少女の母親を拉致監禁に恥辱、魔呪道具という禁忌の腕輪を母娘共に填めていたという許しがたい罪状の確認かな。」



アルノーが柔和な笑みと穏やかな口調で物騒な内容を晒していく。オーリスはバッと顔を上げ「な、何故それを…」と呟いている。夫人は「国王様!全てはそこのむす…ぐ!…ぐ…。」とまたもや蹲っている。そしてシェリルは首を傾げるのみだ。



「発言は許していないよ?伯爵家とあろう者がそんなことも忘れてしまったのか、それとも魔呪道具使用は反逆の狼煙の序章だったりしたのかな?」



優しい口調で辛辣に嗜めるアルノーに激しく首を横に振りながら伯爵夫妻は即座に平伏したが、シェリルはそのままだ。タチアナに「頭を下げなさい!」と言われまた首を傾げながらも頭を下げる。



「では、話を聞く前に。まず伯爵には血縁鑑定をしてもらおうかな。ここに。」



そう言うと端に控えていた白いローブを着た魔術師らしき人が魔宝玉と同じような珠を持ってオーリスの前に跪いて「触れて下さい。」と言った。


顔を上げるように言われ、オーリスは何故急に鑑定するのか分からないという表情をしたが、その宝玉に触れた。すると宝玉内に白い靄のようなものが拡がった。


それを確認すると白いローブの魔術師はルウィエラの方に歩み寄って来る。



「触れて下さい。同じ血縁なら赤く、違う血縁なら黒く変わります。」



そう説明されてルウィエラは頷いて躊躇せずに触れた。


すると宝玉の中の白い靄がざっと濁り、瞬く間に黒く変化して宝玉の中は真っ黒に染まった。


それを見たオーリスは「…………え?」と呟き唖然と目を見開いた。

ルウィエラは色を確認するとアルノーに向かって「発言の許可下さい。」と申し出る。



「うん、いいよ。本当にじわじわやらなくていいの?」

「はい。それは私が去った後、ご自由になさって下さい。時間があまりないので。」

「…ああ、ケーキね…。」



アルノーが遠い目でぼやいているが、ルウィエラは気にせずにオーリスの前まで歩いていく。

オーリスは黒く染まった宝玉を凝視していた。



「オーリス伯爵」



そう声を掛けると、ここに心あらずの視線を向けてきた。

ルウィエラは抑揚のない声で淡々と話し始める。



「私の母は貴方に攫われてから亡くなるまで、ただの一度も貴方に心を傾けたことはありませんでした。」



そう言うとオーリスは先程よりも更に割れんばかりに目を瞠る。



「な、何、を…」

「母には愛する伴侶がいました。私はその相手との子供であり、貴方の血はただの一滴も入ってはおりません。これは母が貴方から隠していた日記から解ったことです。名付けも貴方には絶対関わらせたくなかったようです。私の名前は母と伴侶の名前から文字を取って名付けてもらいました。」

「そん…な、そんなこと…ある筈が…。」



オーリスはそんなことを考えたこともないような表情で首を緩く横に振っている。

ルウィエラはやはりと思った。


オーリスもシェリルとある意味同じ思考の持ち主だと。

いや、シェリルがオーリス寄りだったのだろう。この表情を見る限り自分が愛されていない訳がないという確信があったようだ。ルウィエラには到底理解できないが。



「もし貴方に僅かにでも情があったならば、死ぬ間際に魔力消失の魔術を施すわけがないでしょう。亡骸も、髪の毛一本ですら奪われたくなかったのですよ。」



そしてとどめの一言を顔を少し近づけて囁いた。




「母は、オーリス伯爵に対して、ただの一欠片も、愛情は、全く、ありませんでした。」



その瞬間、人の中の何かが壊れる感覚というものを見た気がした。



オーリスの瞳はどろっと濁ったようになり、何処もみていないような空虚な表情に変わる。そうは言っても精神破滅不可をかけられているので、我に返ってまた同じ思いを繰り返していくことになるだろう。


そしてルウィエラは少し進みタチアナの前に立ち彼女を見据えたまま、キックリに声を掛ける。



「師匠、不言の魔術をかけて貰えますか?言葉を発する度にのたうち回られても困るので。」

「はあ、仕方ないね。限定チーズケーキの為だ。」

「…そこまでのケーキなら僕も食べてみたいなぁ…。」

「王…。」



何やらひそひそ話しているが、キックリが人差し指を少し動かしたのが分かり、タチアナは喉に詰まったようなくぐもったうめき声を発する。



「夫人、先の話の通り、私の母は伯爵に拉致され、魔呪道具を始め、箝口魔術や逃亡不可など、ありとあらゆる束縛系の魔術をかけられていました。ですので貴女に何か言い返したくても何も言えませんでした。ですが古今東西、女性というものは浮気した夫よりも、その相手へ怒りの矛先がいくという不思議な生き物でもあるようです。」



ぎりぎりと歯を食い縛り睨みつけているタチアナを見てもルウィエラは無表情で続ける。



「だからといって、自分の魔力器が小さいことと、自分の夫が振り向いてくれないからといって、恨み辛みの為に魔呪道具の指輪を使って魔力を奪い取るのは、やり過ぎなのではないでしょうか。」



それを聞いたタチアナは真っ青になりぶるぶると震えだした。それを放心状態でいたオーリスはゆっくりと顔をタチアナに向け、愕然とした表情で見る。



「そのおかげで魔力が少ない貴女は産後も健やかに過ごしたようですが、そのせいで私の母は魔力が足りず、この世を去る事になりました。貴女の思い通りになりましたか?でも私が無事に生まれてしまった為に、今度はその怒りをお得意の鞭を使って私を甚振ることで発散してきたのですよね?」



最早タチアナの顔色は真っ青を通り越して死人のように真っ白になっている。オーリスが「お…まえまさ…か…。」と呟いているが、元はと言えば魔呪道具なるものを所持していたから、こういう顛末になったのだ。



「貴女へも様々な魔術を施してはありますが、他の二人に比べれば生温い。報復のとどめは私の師匠に任せます。」



ルウィエラは当初タチアナを二人と同じ状態にしてしまおうか迷った。だが、キックリが心配しているとレウィナが日記に記していたということは、キックリだってきっと何かしらの報復をしたいのではと思ったのだ。


その話をした時にキックリは「良く分かっているじゃないか。」と悪辣に笑って言った。


勿論しなかった場合に対しても、どちらにしろ自身に関する善悪の有無が無い二人よりも、タチアナは感情を常に前面に出してきたので、全体に施したもので十分苦しむだろうと見越してのことだったが。




そして最後にルウィエラはシェリルの前に立つ。


シェリルは首を傾げながら宝玉を見つめている。そして前に立ったルウィエラに視線を向けた。




「ということなので、私とあなたは血が繋がっていません。」



そう言うとシェリルは逆方向に首を傾けた。



「何を言っているの?それなら私の膨大な魔力は何処に行ってしまったの?サリトリー様と繋がる魔絆なのに。婚約式をし直さないといけないのよ?」



相変わらずのシェリルに、アグランド伯爵夫妻以外の周りの人達の視線は、異形の生き物でも見るかのような勢いだ。ある意味間違ってはいない。



「私とあなたは血が繋がっていないので、私の魔力は私だけのものです。奪っていたのはあなたですよ。」

「え?私が?まさか。」

「いいえ、あなたがずっと奪っていました。私はアグランド家の血縁ではない。全く関係ない。ということはあなたとは何の接点もないのです。あなたが魔呪道具を使い、赤の他人の私から魔力をずっと奪っていたのは、神の間違いによる采配でも何でもなく、略奪です。あなたは大泥棒です。」

「そんなわけないわ、私は」

「いいえ、あなたは、()()()です。」

「………………え?」



そこで初めてシェリルのいつもの無邪気な表情が無くなる。大きく目を瞠り首を微かに横に振る。



「あなたの育ってきた環境や教育がどうだったのかは知りませんが、それは理由になりません。それでも目の前で苦しんだり、倒れていたりする相手に対して、労る声もかけず手も差し伸べないで笑顔のまま。相手に攻撃魔法を放ち、満面の笑みでいる人は、決して良い子がする行いではありません。しかも他の人には普通に慮っていたようですから、無意識にきっと私のことを憎んで羨んでいたのでしょう。」

「でも…それはあなたが」

「今まであなたは自分に都合の悪いことは全て良いように変えて楽に生きてきたのでしょうね。例え私と血が繋がっていたとしても、あなたが無邪気にやってきた非道の数々は、正しくなくて、間違っていて、その行動は人間においては、この国でも恐らく周辺国でも絶対に許されることではない。」



ルウィエラは一旦言葉を留めて、最後に諭すように言った。



「あなたは、とても、とても、()()()ですね。」



シェリルは振っていた首をピタッと留めて目をこれでもかと見開いた。口を震えさせ言葉を発しようとした時に体全体がビクッと震え蹲り絶叫した。



「うぅぅぅあぁぁぁぁぁ!!!!!痛いぃぃぃぃ!!!」



(初めて邪心が芽生えた…いや、気付いた、かな。)



そんな姿を一瞥したルウィエラはもうこの伯爵一家に興味を失ってしまった。そしてアルノーに向き直り一礼する。



「以上です。では失礼致します。」

「…ああ、わかったよ。また会おうね。」

「いえ、もう無いと思います。」

「つれない…。」

「先にケーキ屋行ってな。城門出て真っ直ぐ歩いて少ししたら左側にある水色の屋根と壁のベルガって店だ。渡したケーキ代と駄賃は持っているね?」

「はい。それでは先に行っていますね。」



そう言ってルウィエラは後ろを振り返ることもなく扉から出て行った。








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