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人間と人外者




二年が経ち、初めて訪ねてきた頃と同じ花が庭園に咲き始めた頃、シェリルが「この間9歳になったお祝いをしたの!」と言いながら何かを両手に持ち訪れた。少しよろめきながら窓際にドンとそれを置いた。



「私はもう使わないからあなたにあげるわ!ずっと前に家庭教師の先生から習っていた時の本よ。お部屋の整理をしている時に見つけて捨てようかと思って。もう私には必要ないものなのよ。」



井戸の水を飲む以外、外に出ることのないルウィエラは、固くて寝心地の悪いベッドから寂れて汚れた窓際に置かれた数冊の本に目を向けた。



「この前ね、お母様と孤児院の慰問に行ってきたの。その時に孤児院の子供たちに沢山お菓子やいらない布やおもちゃを持って行ってあげたのよ。お母様がね、孤児院の子供達は親が居なくて普通の生活ができない可哀相な子たちだから恵んであげなさいって教わったのよ!」



シェリルは無邪気な笑顔で歌うように話す。今日は淡いレモン色のレースをふんだんにあしらったドレスだ。



「そこであなたのことを久しぶりに思い出したのよ。あなたは悪い子だけど可哀相な子だからこれを恵んであげるわ!正しい行いって気持ち良いわね!じゃあね!」



ルウィエラの返事の有無はどちらでもいいのだろう。シェリルは満足気な表情で身を翻して軽やかな足取りで戻っていった。


建てつけの悪くなった窓を開けて三冊の本を取る。そもそも文字を読めないルウィエラは一冊を開きパラパラとページを捲ってみるが、殆どが読めない文字らしきもので、たまに何かの絵が描かれているだけで意味は全くわからない。


二冊目も同じような本で、三冊目をみると恐らくこの国の基本の文字だろうか。文字とそれに因んだ絵が描かれているようだ。ルウィエラには声に出して教えてくれる者はいない。でもこれを読破すれば文字を理解できて本を読めるようになるかもしれない。



ルウィエラは何も物が『残っていない』机を見た。



何年か前、何もすることがないルウィエラは家中をくまなく探検したことがあった。


相変わらず物が増えることはなく、がらんどうな部屋だが、何もない筈の引き出しの一つが何故か無性に気になったのだ。開けると当然何も入っていなかった。


分かってはいたが、何だかがっかりしながら閉めようとすると、カタンと底板が動いた気配がして触ってみるとカタカタと動く。不思議に思いながら手前から奥まで覗いてみると、奥の引き出しの端の一か所に窪みのような隙間があった。それに指をひっかけてみるとその底板が動き二重底になっているのを発見したのだ。


板を持ち上げてみるとくすんだ黒い表紙の本のようなものとそこに挟まれている細い木のような尖ったものが見つかった。それを開いてみると人が書いただろう文字が綴られていた。


それが何かはまだ幼く何も知らないルウィエラにはわからなかったが、ここに母親が住んでいたということから彼女のものなのではと漠然と思った。


これがもし見つかったらまた伯爵という人に取られるかもしれないと考えたルウィエラはまた同じ場所に戻して仕舞っておいた。




文字が読めるようになれば母親の物かもしれないあの本を読めるかもしれない。




その日からルウィエラは、離れに照明器具はあるが、とうの昔に灯りは点かなくなりそのままなので、唯一部屋に明かりの入る昼間の時間を利用して本を読み、記されている文字を人差し指でなぞりながら学んだ。


絵を参考にして分かるものから少しずつ覚えては声に出し、次に覚えられるものを探して声に出しと、ひたすらそれを繰り返していった。



夜は月の明かりだけが頼りだ。雲が多い日や雨の時は本当に何処彼処も真っ暗な闇なので、目以外の神経を研ぎ澄ませながら集中して手洗場に壁伝いに歩いていったり、月明かりが少しでもある時は多少木々が覆って暗さが増しても井戸水を飲みに行ったりしていたので、もし目が視えなくなってもなんとかなりそうだと思うくらいは動けるようになっていた。


とはいえ月の明かりで本を読むのは至難の業なので夜は人差し指で空中に覚えた文字を書いて眠くなるまで続けていた。


闇夜の中での生活はルウィエラにとって不便だったが、そのおかげで誰かがこの離れに近づいてくると音と感覚でわかるまでになり、すぐにベッドの下に本を隠せるのでそういう意味では役に立っていた。


本を持っていることが知られてしまえば、シェリルから渡されたと言おうが何を言ったところで取り上げられる可能性は高いだろうし、折檻も加えられるかもしれない。


そうして絵が中心の本の文字を自分の発する声音と照らし合わせ続け、数日で読破したルウィエラは残りの二冊の表紙を見た。一つは魔法と魔術と錬金術と書いてある。もう一つはディサイル国と周辺諸国、人間と人外者について、と記載されていた。



(まだ殆ど言葉の意味はわからないけど字が読める…!)



ルウィエラは生活環境によって感情起伏が乏しく表情筋もほぼ動かない子供だったが、生まれて初めて何かを成し遂げた達成感に心の奥が僅かにふわっと感じた。


残りの本を読み始める前に、ルウィエラは机の二重底の板を外し、黒い表紙の本を取り出した。一緒にあった細長い木は鉛筆だということを本で知った。


表紙は無題で何も書いてない。開いてみると文字の羅列は確認できるようになっていて読めるは読めるのだが意味はまだ殆ど理解できなかった。


(まだ意味が殆どわからない…他の二冊を読んでからの方が解るようになるかもしれない。)


そこからまたルウィエラは、明るい時間に集中して本を読み進めていった。神経を研ぎ澄ませ集中力を高めることが、より円滑に進むことを子供ならではの柔軟な脳だからか、ルウィエラの元々の素質なのか定かではないが、どんどん文字とその意味を吸収していったのである。





国と、人間・人外者に関する本では、ルウィエラがいるこの国はディサイル国といって魔力による魔術に特化した国らしい。周辺には魔力による武術や体術、錬金術に特化した国もあるようだ。



この世界では、そんな国々に人間と共存している人ならざる者がいる。



魔力が高い人外者ほど、王族や頭領、首領、かしら、特等、第一級などの称号で呼ばれているようだ。


人外者は人間と同じ人型をとる者もいるが、膨大な魔力や叡智を持つ者や、獣姿や異形の者、幻獣と呼ばれる生き物等様々だ。


現在認識されている人外者達は魔種族・竜種族・妖精種族・精霊種族・鳥種族・獣種族・鬼種族・虫種族だ。


国を創るのは人間だけだが、人外者と呼ばれる彼等は己の行動を制限されず自由であり、人間と同じ立ち位置の枠に入らないのが常とされている。


中には人間に交じって人間と同様の生活をしてみたり、時には誓約や対価をもって人間に叡智を授けたり力を貸したりと、人間の何倍も長く生きる中で退屈しのぎをしたり遊びとして興じたりする者もいれば、人間を玩具扱いや物扱いする者、人間の生き様に惹かれて寄り添う者など多種多様だ。


人間の国に住処を構えている間は、その国の最低限の決まり事は守るらしいが、人間と同様で中には『はぐれ』といわれる異端に特化する人外者もいる。人外者より遥かに脆弱な人間だが、だからこそ人外者にはない物事や行動の捉え方が気に入られて関わったり、深い繋がりをもったりする者もいるようだ。


人外者と人間との間には子は設けられないが、人外者のみに感じる魔力から発生する絆の証である『魔絆』という繋がりがある場合に限り、低確率だが子ができるという説がある。



人間の善悪や倫理観、価値観は人ならざる者には当てはまらず、また種族によっては更に異なる作法などもあるらしい。




そしてこの世界にはどの生き物も大なり小なり魔力器というものが存在し、そこに魔力が溜まる仕様だ。そしてその在り方は種族によって異なる。



人間の場合、魔力器の容量は個々様々で休息や体内のエネルギーとなる食事の摂取、魔草類による調合や錬金によって作られた薬による回復の方法がある。


魔力を消費し過ぎて魔力器が枯渇してしまうと身体に支障をきたし、更に酷使すると最悪死に至り肉体は形も残らず塵となって消えてしまうらしい。


容姿は人外者と同じく魔力器に溜められる魔力の多さに比例すると言われているが、枯渇し、継続して極端に少ない状態が続くと容姿にも影響が出るようだ。




対する人ならざる者は身体そのものに魔力が備えられているので枯渇するということがない。魔力器の大きさと魔力の量、質が人外者の強さや美しさに比例する。休息や食事は嗜好や精神面に多少作用するくらいだ。薬の影響は人間と変わらないが、魔力回復薬に関しては魔術の質が向上するらしい。



魔力器は大きさ、型も様々と言われているが、実質体内での感覚的なものなので明確に表現することは難しい。


魔力量が多い即ち魔力器も大きいと認識されるので、人間は10歳になった時に神殿で魔力測定を受けることが定められている。人外者はそれを知覚できる能力が備わっているので必要ないらしい。



ルウィエラは今までここの敷地に住んでいる人間と飛んでいる鳥や小さな虫しか見たことがないので、いつか色々な人外の生き物に出逢うことができるだろうかと思いを馳せながら本を閉じた。



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