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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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レウィナの映像






「あれは20年くらい前だね。レウィナがこの薬屋を訪れて開口一番に弟子にしてくれと言ってきたんだよ。」



キックリは紅茶に少しの砂糖と入れ混ぜながら話し始めた。ルウィエラには先程と同じミルクティーが置かれている。



「始めは相手にしていなかったんだ。元より弟子をとる気も更々なかったしね。でも毎日毎日来ては、あそこの店のマドレーヌは絶品だとか、どこそこの店の紅茶葉は安いのに良い物を扱っているだとか、あの店の店主は髪型褒めるとおまけをしてくれるのだとか、くだらない世間話を話しながら居座っていてね。ついでとばかりに色々な魔草を摘んで持ってきたり、店の片付けを勝手にして帰っていくんだよ。知らぬ間にそれが習慣みたいになってしまってね。二ヶ月後位に下働きならと雇うことに決めたんだ。」



キックリは紅茶のカップを持ちながら窓の方に目を向ける。

景色ではないどこか遠くを見つめるように話し続ける。



「やけに新鮮な保存状態の良い魔草を持ってくるなと思っていたんだが、魔力の多さと手先が器用で優秀な錬金術師だったね。一年後にはある程度の魔素材を丁寧に抽出できていて、私のやり方も忠実に再現できるようになっていたよ。錬金だけじゃなく魔術も独創的なものが多くて、あの子の発想力には驚かされたもんだ。二年経った頃だったかね……魔絆の相手だという人外者がしつこく求婚してくるって愚痴を言ってきたんだ。」

「始めは困っていた…?」

「ああ、そりゃもうね。ようやく私にある程度認められて、これから幾らでも学びたいことがあるのに、物凄く鬱陶しいと言っていたね。」



てっきり始めから仲が良かったのかと勝手に勘違いしていたルウィエラは、レウィナの容赦のない対応に些か驚いていた。その時を思い出しているのか、くくくとキックリが笑う。



「一度ここまで魔絆の相手が乗り込んで来たことがあってね、自分の大事な領域に入ってきた奴を渾身の魔術でふっ飛ばしていたよ。いや、あれだけ全力でやったら気持ち良いだろうねぇ。」

「ふっ飛ばした…」



レウィナの勇ましい武勇伝を聞きながら、日記の内容を思い出してさもあらんと思い直す。



「相手の名前はレウィナは愛称で呼んでいたが本名は私にはわからんね。愛称は日記には書いてあったが、レウィナ以外は発することも書くこともできないように魔術誓約管理されているね。レウィナは私に迷惑がかからないように、奴に薬屋には来ないことを魔術誓約で結ばせていたよ。それから数ヶ月経ってレウィナが折れた、というか真撃に相手が頑張ったんだろうねぇ。それで晴れて夫婦となった。それまではここに居候していたんだが、そいつと一緒に住むってことでシャゼール国に行ったよ。ここは国の端っこだから王都に行くよりシャゼール国の方が近いんだよ、そこから通っていた。その後一度だけそいつと挨拶来たことがある。肩より少し上の少し波打った紫の髪と濃い紫と白金の瞳を持った美しい男だったよ。あの魔力量と外見からするとかなり高位かもしれないね。」

「そうなんですか…。」



レウィナの日記の『保険』に記してあったルディの容貌と同じだったので再確認ができた。でもそれだけの高位の人外者なのに、位置が殆ど把握できなかったのは何故だろうか。



「それからは、そいつの嫉妬深さや狭量過ぎる愚痴を聞かされたり、時には惚気話なんてものもあったねぇ。そんな話をしながらもレウィナは日々幸せそうにしていたんだ……それがあの日、買い物を頼んだのを最後にぱったりと消えてしまったって訳だ……私も不審に思って魔力の気配を探るが全く見つからずだ。勿論伴侶のあいつもそうだったんだろうよ。捜しても見つからずに、その日の夜薬屋の遠くから魔力の気配を放出させていたあいつに気付いた私は誓約を緩和させて家に招いた。魔絆の相手がもし死んでいたとしたら人外者にはそれが本能的にわかるんだそうだ。だから生きている筈だと。それからの日に日に窶れていくあいつは見ていられなかったよ……それから暫くして連絡も取れなくなってそのままだ。」



キックリはその時を思い出したのかぐっと目を瞑り眉間の皺を深くした。



「そうだったんですね……話してくれてありがとうございます。」

「いや、私の知っていることはこれくらいだ。レウィナが元々何処に住んでいたとか、伴侶が何の人外者すらも知らないんだ。私も聞かなかったし、レウィナも言わなかった。私も言いたくないことが一つや二つあるからね。でも私等はお互いそれが気楽で良かったんだよ。」



一から十まで話さずとも二人にはそれだけの信頼もあったのだろう。ルウィエラにとってはレウィナを知る一人だ。

そしてあと一人、ルディにも一度会っておきたいのだ。日記を渡すために。



「その…父?…は、ここを感知する時に一緒に調べたのですが、位置が遠いのか遠隔透視も難しくて、先ずはこちらに伺いました。その場所は二人が住んでいた所なのでしょうか?」

「いや…確かに隣国は隣国なんだが、ここからそんなに遠くはないんだ。ここは国の端っこで、隣接しているのがシャゼール国だからね。人間が歩いても一刻もあればと行けるとレウィナが言っていたよ。ならば、今はそこに居ない可能性が高いね。でも…感知できたということは、恐らくあいつはまだどうにかなってはいないんだね。というか、あんたはそんな遠くまで感知ができるのかい…」



キックリは呆然とした表情をしながらも「まあ、今は国境まで行くと間違いなくこの国の奴等に見つかるだろうから、後でだね。」といいながら、先程一度渡した日記をルウィエラの前に出した。



「この日記はあんたに返しておくよ、あんたの父親にも見せるんだろう?あんたとあいつへの、あの子からのメッセージかもしれないからね。」



と言いながら、レウィナが最後に書いてある日記の頁の逆側からぺらぺらと捲り、ある一頁を開いた。



「これは……?」

「おや、気付かなかったのかい?ここを見てご覧。魔術の印があるんだよ。」



キックリに言われてその頁をみてみると丸い形で形成された模様の真ん中にまた違う模様が二つ描かれている。これが印のようだ。鉛筆で薄く書かれていて、その下にルウィエラとルディの名前がそれぞれ書かれている。


日記を見た直後に怒りで我を忘れそうになるのを必死で止めていたので、その後の内容をすっかり忘れてしまっていたようだ。



「ここに人差し指を当ててあんたの魔力を少し流してご覧。」



そう言われてルウィエラは人差し指をその印にそっと当てて僅かな魔力を送った。するとその印からふわっとした風と緩やかな帯の魔力が舞い上がり、日記が置いてあるテーブルの上に少し乱れた模様が混ざり合い、それが段々と人の形になって一人の人間の形になった。



「………!!!」

「これは…レウィナだ。あの子はこんな特等の魔術を拵えていたのかい…。」



胸元から上を切り取ったような映像のレウィナの目線はしっかりと合うことはないが、ルウィエラに向くようにくっきりと映り浮かんでいた。


レウィナは綺麗な漆黒の髪をサイドを緩く編み込んで後ろに一本にして結んでいる。くっきりしていて大きな黒い瞳には僅かに銀色が混ざり、目尻は少し上向きに切れていて緩い曲線を描いている眉との比率が少し蠱惑的な魅力溢れる目元だった。


そして綺麗な形の鼻と少し薄めだが瑞々しい唇で今までみた女性の中で誰よりも魅力的で美しかった。



《ルウィエラ》



ドクンと心臓が動く。


ふわりと心に染みるような、穏やかで優しい声の映像のレウィナがルウィエラに話しかける。


ルウィエラは今までにない程の早く打つ心臓の鼓動と、聞くことは一生ないと思っていた優しい優しい母の声に自分の体の全身の毛穴がバッと開く初めての感覚に戸惑った。



《ルウィエラ……ルウィ。私の可愛い可愛い愛しの娘。私はレウィナよ、貴女の母様なの。初めまして、ね!これを観る時にルウィはどれだけ大きくなっていることかしら。私に似て間違いなく可愛くて美人なのは間違いないわね!ルディも格好良いから!……ルウィ、貴女は私と最愛のルディとの娘で、この世の誰よりも大事な一人娘で大切な家族。……この映像を貴女と私が一緒に観られているのなら何より幸せなのだけど………もしそうじゃなかったとしても…ルウィ、貴女の大事な体と心は貴女だけのものなの。他の誰にも奪えないのよ。それと母様の為に貴女が犠牲にはなっても駄目よ。命なんてかけたら許さないんだからね!あ、でも!悪い人達がいて命懸けないって言うのなら、ルウィ自身の心を削らない程度にぼこぼこにやっちゃいなさい!母様が許す!再起不能まで追い詰めてやればいいわ!二度とそいつらがルウィに逆らえない位徹底的にね!うふふ、私は間違いなくそうするもの。ルウィ…ルウィエラ。母様は例え何処にいたとしてもずっと貴女を想っているわ。大好きな大好きな愛しの愛しのルウィ。愛しているわ。》



そこで映像は切れ、舞っていた魔力の帯が淑やかに収まった。


ルウィエラはその映像を目に焼き付けるかのように瞬きもせず消えたその場所を見続ける。瞬きをしたら今の映像の記憶まで少しずつ消えていってしまうのを恐れるかのように。


でも瞬きしていないのに視界はぼやけていくのだ。


どんどんぼやけて見辛くなる。




消えないで

霞まないで

まだ見ていたいの

母様を

まだ聞いていたいの

母様の声を





その時肩に温かみが宿り、ルウィエラの側にキックリが居た。



「声だけでも相当な技術だろうに映像まで…いつから仕込んでいたんだか…前から少しずつ魔力を流して組み込んでいたのかもしれないね。」

「……まだ………ずっと見ていたいのに、目の前がぼやけるんです。まだ残像を思い浮かべたいのに…何故霞んで見えなくなってしま…うの…でしょっ…か。」

「ルウィエラ………あんた泣いてい―――自覚もなく、それが何なのかもわかっていないのかい。」

「…………泣く?―――ああ、これが涙…本で読みました…。」



ルウィエラはキックリに言われて目元に触れると手が滴で濡れた。



「………涙は悲しい時と…時には嬉しい時にも出るそうですよ…」

「両方じゃないのかね。生きてる間に会えなかったレウィナへの悲しみと…映像で会えたレウィナへの…嬉しさ…なのかもしれないよ。ほら、こっちにおいで。」



そう言ってキックリはまだ映像があった場所を見続けて座っているルウィエラの頭を抱え抱きしめた。



「こういう時は泣くに限るんだ。流してすっきりすることもある。ほら、泣いてしまいな。好きなだけ。悲しいけど嬉しい。でも悲しい。だけど嬉しい。今あんたの心は初めてのことだらけでいっぱいいっぱいだろうから泣いて泣いて受け入れてあげな。」



キックリはそう言ってぎゅっとルウィエラを抱きしめる。


初めて人に触れる温かさとレウィナへの想いが一気に溢れ出てくる感覚に襲われて、目の前は更にぼやけて流れ、またぼやけて流れ、喉がひくひくと震えてきた。



「……っ―――。」

「声に出して泣くことすら………か。糞どもが………あんたは表情も感情もまだついていけないかもしれないが…奴等にしてやった報復の苛烈さといい、豪胆さといい、顔の面影もそうだが…レウィナに良く似ているよ。」

「…母…様に似てい…る?本当…に…?」

「ああ。」



それを聞くとまた悲しい気持ちも溢れてきたがレウィナと似ていると言われ心がほわほわたまらない気持ちになって、でももう二度と会えない気持ちもせめぎ合ってますます涙が流れていく。



そして心がトクントクンと動いたと感じた時。



ルウィエラの魔力の一部が温かい色に次々と変わる感覚に囚われた。それは穏やかに、そして軽やかに舞うように魔力器の下部の更に底を明確に顕現し始めた。



「……っ…何か…魔力器の底が視えてその先も…拡がったような…感覚が…。」

「……何だって?まだ底があるのかい。なんてことだ…長く生きているけどこんな事象は聞いたことないね…恐らくだが本来育んでいく過程が閉ざされていたことで今まで顕現されなかったってことかね。前の顕現は怒りだったのなら、今回は哀しみと…喜びもなのかねぇ。」




ルウィエラは、レウィナの日記を見た直後に激情に駆られ、それが魔力器の可動範囲を広げた。そしてキックリの温かさとレウィナの愛情たっぷりの映像と言葉で、悲しくも嬉しいという感情であるということを理解したことで更に底が顕現したようだった。








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