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大地を司る人外者との絆を断ち切ってみた  作者: 蒼緋 玲


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初体験と心の行方






「ここが脱衣所、その奥が浴室だ。隣のもう一つの扉は手洗場だからね。」



キックリは、リビングから繋がる二つの扉のうち大きな方の扉を開けた。

中には大きめの茶色の籠、中くらいの薄茶色の籠、その隣には大きな四角い何か硬そうな箱が置いてあり、一部分は透き通る素材でできていて中がみえるようになっている。



「脱いだ服はこの大きい籠に入れておくれ。その大きいのは洗濯魔機といって服を纏めて洗う時に便利なんだよ。こっちにおいで。」



そう言われて奥の部屋に入ってみると、そこには大きな楕円形の人間一人が優に入れる大きな入れ物があり、その側には水が出るという蛇口が備えられていて、そこから繋がる細長い管が通っていて先が丸くなっており無数の穴が空いている大きなスプーンのようなものが壁に掛けられている。



「この蛇口にほんの微量の魔力を流すとお湯がでる。それでバスタブに湯を溜めて入るんだ。蛇口の上部に赤と青の石でそれぞれ熱くするか冷たくするか調整しな。それとこれはシャワーだよ。取手近くにある突起に魔力を流して湯を出して頭や体を洗いな。これが体用、こっちが頭を洗うソープだ。良く泡立てて使いな。」



そういいながらキックリは蛇口に手を翳すと蛇口から勢い良く湯が流れ出し、湯気が立ち昇りながらバスタブに凄い勢いで湯が溜まっていく。バスタブに一定の量溜まると勝手にお湯は止まるらしい。



「ほら、脱いでいる間に湯は溜まるから、さっさと脱いでさっぱりしてきな。こっちの籠には何か着られそうな物と体を拭くタオルを入れておくよ。長風呂は今日は止めときな。湯あたりしてひっくり返るからね。分からないことがあったら呼ぶんだよ。」

「ありがとうございます、お借りします。」



そういってキックリは脱衣所から出て行った。


ルウィエラはキックリが出て行って閉まった扉を暫く見つめ、それからきょろきょろと周りを見てから意を決して一張羅のワンピースを脱いで籠に入れた。下着や鉛筆なども全て入れて、裸で浴室に入る。


浴室用の赤茶色い椅子に座り、シャワーという管を持って突起部分に魔力を流すと勢いよく温かい湯が出てきた。



「温かい…これがお湯……」



足元からかけていくと、始めはジワッと熱く感じる湯が、やがて体が慣れて温まっていき、丁度良い温度に感じてきた。そこから順に上に、そして頭にもかけていく。


それぞれ専用のソープで泡立てながら洗っていくとキックリが言っていたように、不必要な何かと疲れが流れていくような気がしてさっぱりと気持ちが良く、ほっと息を吐いた。



「気持ち良い……ん?」




ふと胸元を見ると丁度心臓の上あたりに、ルウィエラの真っ白い肌に淡い灰色のような小指ほどの丸い痣のようなものができていた。押しても痛くないので、取り敢えず気にせずに洗体を再開した。



体中泡だらけにしながら『気持ち良い』を堪能しながら湯で流していくと、疲労も流れていくように感じて今度はすっきりした気持ちになる。


初めてのことだらけぱちぱち瞬きしながら、次も初めてのバスタブに恐る恐る足を片方ずつ入れてゆっくり座って浸かると、体全体に湯の温かさと何とも言えない開放感が染み渡る。



「………ふぅ」



お湯を掬い顔にかけながら目を閉じていると、ほうっと体から力が抜けていく。

このまま眠ってしまいそうになったが、湯あたりしてひっくり返ってしまったら大変なので、少し温まったところでルウィエラはバスタブから出て初めてのお風呂を終えた。


出る前に鼻に腕を近づけて匂いを嗅ぐと、使ったソープと同じ爽やかな匂いがして、ルウィエラはなんだか嬉しくなる。

脱衣所に戻ると薄茶色の籠の中にはルウィエラの持ち物と新しい下着、紺色の部屋着のような、ゆったりとした膝下までのポケット付きのワンピース、籠の側には部屋で履く専用のもこもこした履物が置かれていた。


ルウィエラがすっぽり収まる位の大きい真っ白なタオルを取り顔を埋めた。ふんわりとした触り心地のタオルにまた嬉しくなる。温まった体が冷える前に、頭から順に水気を拭き取り下着とワンピースを着た。



小さなタオルでまだ濡れている頭を拭きながら、脱衣所を出るとキックリが取手の無い透明なコップを持ちながら「上がったならこっち来てこれを飲みな。」と言うので、ルウィエラは先程座っていた椅子へ座る。



「温かいお風呂をありがとうございました。とても気持ち良かったです。」

「ああ、さっぱりしただろう?風呂上がりは汗を沢山かくからね。」



そう言ってキックリは持っていたコップを置いた。中身は透明の液体だ。ルウィエラは、いただきますと声をかけてから両手でひんやりと冷たくなっているコップを持ち上げ口を付け飲む。


「……!冷たくて美味しい…少し甘い…」

「それは果物の林檎水だ。林檎を錬成で抽出した物に水を加えて飲みやすくしたものだよ。あとこのタオルで髪を包んでおきな。早く乾くからね。」



そう言って両腕を広げた長さ位のタオルで器用に髪を纏めて後ろに巻いてから留めた。林檎水は少しの酸味と果物そのものの甘味がじんわりと喉に染み渡り、少し火照った体に染み込んでいくようだ。


本で見た林檎の木を思い浮かべながらルウィエラは一気に飲み干した。小さくぷはっと飲み終えた姿を眺めていたキックリは「良い飲みっぷりだね、もう一杯飲むかい?」と言ってくれたので有り難く頂戴した。





「さて、本当は少し休んだ方がいいんだが…ルウィエラ、もう少しだけ話をするかい?」

「はい。」

「そうかい、疲れたら言うんだよ。さっき話した、あんたの持っている能力と魔力の高さもそうだが、ほんの微々たる魔力しか残っていない鉛筆を魔術で収納アイテムに変換したり、息を吸うように無詠唱で魔術を発動させたりするのは、人外者はともかく人間ではそう居ない、ほんの一握りだ。奴等の屋敷の書庫で知識を蓄えていたという理由があったとしても、常軌を逸しているんだよ。」

「そうなのですね。比べる相手が居なかったので、その辺りは分かりませんでした。私は井戸に水を飲みに行く以外は何もすることがなかったので、書庫の本が読めるようになるまでは、殆ど魔力操作しかしていませんでした。読めるようになってからも魔力操作は習慣のようになっていたので、その動きとか魔術の仕組みとか試行錯誤していると、あれこれ考えが湧いてくるんです。これとこれを併せてそこにあれを重ねてみてとか、逆にこれを凝縮させて、そこにこれを足して固めてみようとか、敢えて解して他と混ぜ合わせて柔らかく纏めてみようとか…そんなことばかり考えながら自分の魔力と生活していました。」

「なんだい、まるでパンを捏ねるような扱いは……、あんたと魔力の動きが阿吽の呼吸のように合連動しているからこそできるのかもしれないねぇ。それにずば抜けた発想の転換か………だがね、いくら膨大な魔力や才能があっても、慢心や傲りは目を曇らせて濁らせるし、知らぬ間に己の魔力も歪んでくるものだ。そこは常々初心を振り返ることを忘れるんじゃないよ。人間は得てしてそういう生き物だからね、私も含めてね。」



ルウィエラは頷く。



「それにしても…魔絆の相手がサリトリ―とはね……。化け物級のあいつがとんでもないことにならなきゃいいがね。」

「とんでもないこと?」

「人間には感じない魔絆の感覚とでもいうのかね。魔絆に関する文献は曖昧だっただろう?」



キックリの言うことに再度頷く。

魔絆に関する文献はあくまで人間側からの事例が殆どだ。

人外者側寄りのものは、あっても何とからしい、という仮定が多かった。


特に魔絆に関しては魔絆砕き自体が滅多にないのか、仮定例ばかりだったので、ルウィエラはオリジナルで挑むしかなかったのだ。



「はい。魔絆はどういうものかとは載っていましたが、魔絆は人外者には感知できることですが、人間にはその経緯や繋がり等の詳細が分からないからか仮定的な文章が多かったです。魔絆砕きに関しては遂行した方が極少数らしく、中には命を落とした者もいたそうで、危険性も含め文献には大雑把な仮定のようなものしか記されてませんでした。なので私が施した魔絆砕きの魔術も本来のものとは違う箇所があるかもしれませんので、保険で捜されないように識別阻害の魔術もかけました。」

「……確実な方法すらわからない中でまあよく実行したもんだね。人外者はね、魔絆を断ち切られると狂乱したり絶望して破壊衝動や精神崩壊してしまう者もいるんだ。」

「………え」

「低位の者は贖える魔力がない分特にね。高位の者は魔力が多いから多少は踏ん張れるのかねぇ。あとは執着具合だね。あんたの場合は一度しか会わなかったことが功を奏したのかもしれないね。」



そう言いながらキックリは静かな目でこちらを見据える。



「サリトリ―は魔呪道具の影響で本当はルウィエラだと気づけなかったことが理由の一つだが、あんたはそれでも伝えようとは思わなかったのかい?」



ルウィエラはコップを見つめながら、自分なりの気持ちを省みてみる。



「そうですね。初めて会った時は彼女から魔力を大量に奪われて井戸で臥せっていたところでした。その後、彼女もその人を捜しにきて、そこで更に搾取されたので、話せる状態でなかったのもあります。翌日彼女から魔絆の話をされた後は………時折、離れの窓から辛うじて見える庭園で数度見かけたことはありますが、直接会ったのはその時だけです。」



話しながらなんとなく言葉が重くなるような気分だったが、いつの間にか下げていた目線を戻しキックリを見つめる。



「書庫にあった物語の一つに何処かに閉じ込められた主人公を王子様が助けてくれる、なんて本がありました。でも現実は……魔呪道具の影響もあるのでしょうが、気付かれることもなく私に向けられたのは侮蔑の視線と言葉でした。初めて見た時………その人の魔力が心地よく感じたのを覚えています。心が動く何かがあった気はするのですが、魔絆を砕いた後は…もう今は何も感じないですね。」



ルウィエラは何も感じなくなった心の動きを想う。



「その人はその後、ただの一度もこちらに訪れることはなかったですし、彼女と愛を育んでいたのでしょう。魔絆砕きの後、相手が実は私だったと気付いたとして………今更何だというのでしょうか。」



キックリは痛ましそうに眉を潜めながら聞き手に徹してくれている。



「母様はその繋がりに恵まれ育んできましたが、私の繋がりは何一つ私を幸福になんてしてくれなかったし、救いもなかった。だから私は全て自分の力であの場所から脱出しました。もし……何かを引き換えに削られたとしても、この行動を取ったのは私の決断で、私だけが背負うものです。」



誰一人、手を差し伸べてくれる人は居なかった。

誰一人、救い出してくれることはなかった。

だから自分で行動するしかなかった。

全部一人で。

一人だけで。



「ここに転移する前に魔絆が砕かれたことが分かったのか、彼は離れまで来ました。以前に心地良いと思った魔力はもう感じられなくて………とても安堵しました。もう煩わされることがなくなるから。」



そう言いながらワンピースの上から胸元に手を添えた。



先程浴室で気付いた淡い灰色の痣。

肌に似つかわしくない色だ。



魔絆を砕いた時に、ブツンと何かが引き千切れる感覚があったのは、この痣の部分だったと話しながら思い出していた。


これが漠然とした文献に記してあった『何かしらの代償』なのだと思う。





「私に優しくないものは、傷つけるものは、何一つ要らない。」




あの時消費されたのは魔力だけでなかった。

恐らく使い手の………生命を削るもの。

命に期限が設けられたのだろうと思う。

漠然とだが、何故か解るのだ。




だからといって、どんな理由で行動していたのだとしても、誰のせいで、なんていうつもりは微塵も無い。この顛末を選んだのは自分であり、まだあまり動かない自分の心を守る為にとった行動なのだ。


今までは優しさなんて何一つない世界で生きてきたのだ。

これからは自分の思うように生きていったっていいではないか。



「……そうかい。あんたは自ら選んで全て受け入れるつもりでそうしたんなら、私が言うことは何もないよ。やりたいようにこれからはやればいいさ。」



キックリは何もかも見透かしたような目をしながら、肩を諫めて少し温くなった二杯目の紅茶を飲み干した。


自分の身を守る為にはまだ学ぶことも知ることも数多にあるだろう。

そして母が慕っていたキックリも話してくれる内容から鑑みて、かなり優秀な魔術師で錬金術師である可能性が高い。きっと色々なことを知っているだろう。



「あ。――あの、母様の魔絆の…話を聞きたいです。」

「ああ、レウィナの話をしておかなければね。といっても私も全て知っているわけではないんだがね。」



そういってキックリは新たに紅茶を入れにキッチンへ戻って行った。







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