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ルウィエラとシェリル




ルウィエラはアグランド伯爵家で『二番目』に生を受けた。


ルウィエラの母親は産後まもなく儚くなり、公にはされていないが愛妾として彼女を寵愛していたアグランド伯爵当主のオーリスは、彼女の命を奪ったルウィエラを受け入れることができず、その後家庭も含め一切顧みることなく仕事に没頭した。


ルウィエラへの愛情は微塵もないが、寵愛したルウィエラの母親の血をひく唯一の子供を秘密裏に消すこともできず、オーリスは飼い殺しにすることにしたようだ。


愛妾の彼女も含めてルウィエラの存在も公にしていなかったことで当然認知をすることもなく、始末だけはするなと釘は刺したが正妻のタチアナを始め、使用人のルウィエラへの不遇の扱いは見て見ぬふりを徹底していた。


そんな当主の行動は必然と屋敷全体に周知され、正妻の子供であるシェリルは当然伯爵家の皆から慈しまれ大事に育てられたが、ルウィエラは母親が居た離れにそのまま住まわされ、物心つく頃には自分は望まれない子供なのだと思い知るには十分な仕打ちを受けてきた。




赤子が泣き喚いても誰も来てくれない。

粗相したら罵詈雑言を浴びせられながら手荒に扱われる。

体調を崩しても誰かが側にいてくれることはない。

お腹が空いても食事は一日一食与えられれば良い方だった。



物心つく頃には泣くことを止めた。


食事が届けられない時は近くにある井戸水をひたすら飲んで空腹を誤魔化した。入浴なんてものはなく、近くの井戸で水を浴びて擦るくらいだ。着るものは生成り色のシンプルな麻のワンピースとサイズの合っていない履き古されたがばがばの誰かの靴。



井戸に行く以外で外に出た時は罰として伯爵夫人に折檻された。


今日まで良く生きていたものだと思う。




ある程度自分の立ち位置が嫌でも理解するようになっていた七歳の時だ。


ポツンとある寂れた離れに似つかわしくない可憐で綺麗なドレスを纏った少女が訪れたことで自分の年齢が初めてわかったのだ。


離れは元々ルウィエラの母親が本宅に住むことを正妻が頑として許さなかったことと、正妻から愛妾への嫌がらせなどを懸念したオーリスが用意したものだった。


母親の死後、殆どの遺品はオーリスが持ち去ってしまい、残ったものは簡素になったベッドと何も入っていないクローゼットと机、灯りのつかない照明と鏡。水の一切でない入浴場所と、辛うじて普通に使える手洗場である。


その後ここの部屋に持ち込まれた家財や物は何一つない。そこにルウィエラは生まれた時からずっと住んでいる。




「あなたはだぁれ?」



今日もただ生かされているルウィエラが、一つしかない寂れた窓から遠くに見える庭園をみていた時、その庭園の方から肩くらいまでのふんわりしたミルクティー色の髪を揺らめかせ、歩く度にふわふわ揺れる薄桃色のドレスを着た大きな翡翠の瞳をした美少女が離れに向かってきて窓を挟んで対面した。


可愛らしい容姿に相応しい鈴が鳴るような声で首を傾けられながら話しかけられる。


「私はシェリルというの。アグランド家の娘よ。あなたは?」

「……ルウィエラ」


ルウィエラは文字が読めない。自分の名前を知っているのはここに食事を届けにくるメイドが「ルウィエラなんて大層な名前らしいけど一生ここから出られないあんたには勿体ないし、名前なんて必要ないわよね」と言われた時に初めて自分の名前を知ったのだった。


自分の名前を答えると、シェリルはこてんと首を逆に傾け「ルビ…ル…ウィ…エラ、ルウィエラ…」と呟きながら暫し考える仕草をしてから、傷ひとつもなく荒れていない子供特有のふっくらとした小さな両手をパチンと鳴らした。



「ああ!そういえばお母様から聞いたことがあるわ。お父様を騙してお母様にとても辛い思いをさせてしまって、神様から罰が与えられて死んだレウィナって悪い女の子供ね!」



その言葉はいつも食事を運んでくるメイドのうち何人からか吐き捨てられるものと同じ系統だなと無知のルウィエラでもなんとなくわかる聞き慣れたものだ。


だが、メイド達がその話をする時はいつもルウィエラを見下すような蔑みの声と、顔を歪ませて笑う表情なのに対して、シェリルは屈託のない満面の笑みで言う。そしてそこで初めて自分の母親の名前も知った。



「あなたのお母様はとっても悪いことをしたから神様から罰が下って死んじゃったのよね?そんな人の子供のあなたもとても悪い子で可哀相な子なのよね?」



シェリルは朗らかな口調で歌うように話す。



「私はちゃんとした立派なお母様から生まれてきたから皆に愛されているの!今日は私の七歳のお誕生日で、これからお客様を招いてお祝いをしてもらうのよ!あなたは私の生まれた次の次の日に生まれたって聞いたわ。でもあなたは悪い子だからお祝いしてもらえないのよね?」



物心ついた時から負の言葉を聞き続け、時には暴力も受け、ここから出ることも許されず、ぞんざいに扱われてきたルウィエラは泣くことを止め、笑ったことなど生まれて一度もなく、怒ることも悲しむこともわからず、表情も心も殆ど動かない。



それでも




「でも私は良い子だからあなたにお祝いの言葉を贈るわ!お誕生日おめでとう!素敵な一日を!じゃあね!」




悪意の欠片もない満面の笑みで今のルウィエラの現状を改めて突き付けられる言葉の数々は、もう動かなくなった筈のルウィエラの心の奥底を、無邪気な悪気のない言葉の刃で切り刻まれ、ぐちゃぐちゃに容赦なくかき混ぜられたような錯覚に陥った。


気付かぬうちに肩で息をしながら荒くなる呼吸を両手に胸にあてゆっくり整えていくよう努める。シェリルが庭園の方へ走り去る所を少しぼやけた視界から眺め続ける。喉が震えるのをぐっと息を止めることで落ち着かせ、瞬きをしたら何故か両目からほんの一滴の水滴が落ちた。





生まれてから初めて知った自分の誕生日。



食事が届くことはなかったのでルウィエラは井戸の水で飢えを凌いだ。




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